第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その6


 『ゼルアガ』という存在は、本当に厄介なことを仕掛けてくれるよ。これが呪術であるのならば、カミラ・ブリーズの『闇』が大なり小なり、その影響を除去してくれるはずなんだけどね。


 『闇』で『キャリオン・ゴーレム』を切り裂いたカミラも、いつものように獲物から『闇』越しに魔力を吸い取ることが出来ないようだった。


 そうだろう。『キャリオン・ゴーレム』はそもそも魔力で動く、普通の生命体では無いのだ。屍肉が動いているからね。魔力の源である『血液』がそもそも朽ちている。ほとんど無敵の第五属性『闇』とはいえ、効果が薄い。


 しかも、武術歴が浅く、武器を使いこなせていないために、リエルとフレイヤの『エンチャント』の加護も受けられていないため、効率良く敵の罠にハマってしまっている。


「……自分、今回、ホント役立たずで、生き恥をさらしている気持ちっす……ッ!!」


「そ、そんなことないですよ!?カミラさんの能力で、私たち、血行が良いです!!」


 フレイヤがフォローしていたが、カミラは涙目だった。


「フフフ……そんなの、ちょっとスクワットでもしたら、いくらでも温まるっすよ」


 『血流の操作』だ。カミラの吸血鬼としての地味に優れた能力さ。傷口の出血だってコントロールするからね、瀕死の深手を負った時でも出血死が重傷で収まってくれる可能性だって出てくるよ。最高の外科医になれる才能だ。


 どこかに吸血鬼の外科医なんて存在が、いるのかもしれないな。


 さて……そんなカミラのおかげで、オレたちパーティ・メンバーは手足が凍えることなく温かい。


 2階、3階、4階と、『キャリオン・ゴーレム』の群れを倒しながら、露骨なほどに疲弊していく仲間たちは、体温の喪失さえ心配する必要さえ起きかねなかった。だが、カミラのおかげでそれはなかった。これはとんでもない貢献だぞ。


 オレみたいに、疲れてしまっているミアを抱っこで温めるとか、みんなの荷物袋を担ぐとかに比べて、明らかにサポートとして上質だよ。


 そう褒めてやっても、なんだか拗ねるのさ。


 まあ、セルバー・レパントとの合宿訓練でも、張り切っていたからな。風邪で出遅れてしまったから、取り戻そうと必死なのかもしれない。がんばり屋さんだ。オレはカミラの金髪のポニーテールを撫でてやる。


「……そるじぇさまあ……っ!!」


「ああ。泣くな。だいじょうぶだ、お前は貢献しているさ」


「はい!でも、もっと、やれる子になりたいですうっ!!」


「これからも訓練していこうな」


「はいっす!『魔王の后』にふさわしいレベルになるまで、自分は、己を磨き続けて、がんばるっすよう!!」


 カミラ・ブリーズのやる気が反映されているのか、『血流の操作』が熱を帯びる。ミアが、おおお、あったまるうう!!と叫び、ピョンとオレから離れると、ゲロ吐きそうなぐらい青ざめているジーン・ウォーカーと交替する。


 ミアが射撃チームになり、すっかり疲弊しているジーンが戻ってくるのさ。カミラの周囲に戻ると、手足の寒さが消えるのだ。


「な、なんか、温かい!!」


「ですよね、ジーン!ほら、カミラさん、とても役に立てているじゃないですか!!」


「……ぶっちゃけ、ソルジェさまの役に立ちたいっす」


 拗ねてる吸血鬼が、ちょっと可愛いことを言ってくれる。


 ジーンくんは、そんな言葉を聞いてはいなかった。かじかんだ指で、ボウガンに矢を装填し直すと、これまた疲弊が著しいターミー船長に手渡したよ。ターミー船長は四十路だと思うが、もう十才ぶんぐらい老けてしまっているようだ。


「ターミー、パス。交替」


「お、おう。ま、まかせとけ……」


 そう言いながらターミー船長が戦場に向かう。この海賊どもは、さすがは海戦での経験が豊富なだけがあるというか、基礎として騎士の訓練が生きているというか。ボウガンの腕前も一流だったよ。


 海戦では、船に乗り込む接近戦の前に、弓での撃ち合いになるだろうからな。弓術の腕前が、海賊行為における仲間の死を減らすことに役立つであろう。アリューバ半島の海賊船長たちには、弓を使いこなす必要性があるということだな。


 熟練の技巧だったよ。


 だが……弓での狙撃も、ミアのスリング・ショットでの射撃も、どんどん攻撃者の生命力を奪っていくのが目に見えて分かる。『ゼルアガ・ガルディーナ』が強いた、この不条理な法則に、オレたちは翻弄されているんだよ。


「だ、だいじょうぶでしょうか」


 姫騎士とまで呼ばれた戦術家が、その言葉を揺らしながらつぶやいていた。不安そうな表情をしている。だから、オレは命令するよ。


「仲間を信じろ。それが出来なければ、この戦いには勝てない」


「……っ!!は、はい!!」


 そして、姫騎士フレイヤ・マルデルは、その可憐な頬を叩いたよ、自分の手のひらでペシペシと。ちょっと赤くなっているが、いいさ。アリューバの海のように深くて強い青が、その瞳には戻って来たのだから。


「みんなを、信じます!!……だから、みなさーん、がんばってくださーいッッ!!」


 この重苦しく、身が縛り付けられるようなシビアの戦場に、なんだか明るい言葉が響いて抜ける。言葉は無力じゃない。熱と振動を伴う。本当に心が折れてしまいそうな戦いでは、ちょっとだけ心の熱量が戻ってくるのさ。


 そうだ。


 この戦場にオレたちが持ち込むべき哲学の一つさ。『がんばる!』。効率化をはかれない時には、この言葉に尽きるときがあるんだよ。


 オレたちは強者だからな、へこたれなければ、負けるようには出来てはいない!それを信じて、戦うのみだ!!


「うむ!!任せろ、フレイヤ!!」


「うん、ここは踏ん張りどころだから、踏ん張るんだッ!!」


「団長おおおおッ!!オレは、ま、守るんだあああああッ!!」


 射撃チームが空元気を叫び、腹から叫び、撃ちまくったよ。


 いいカンジだ。


 フレイヤちゃんの応援って、なんかパワーがあるぜ。寄り添うような声だ。ヘタレのジーンが、もう立ち上がっている。このバカ、サーベルを抜いているな。


「よし!オレも、剣で戦う!!」


「ジーン!?」


「オレも男だ、アリューバ半島の海賊だッ!!命を削られるぐらいで、ビビっていられるかよッ!!……だいたい、もう、矢もねえしッ!!」


 そして、フレイヤの応援に洗脳されたジーンが、無茶な突撃を仕掛けようと走り始めるから、オレは、その襟首を掴んでジーンの特攻を止めてやる。


「は、離せよ、サー・ストラウスううッ!?」


「いいか、友よ。もうちょっとだけ、待て。そしたら、止めん。それまで『呼吸』を―――」


「ん?どうした?」


「―――いや。こっちのことだ、とにかく、落ち着け。カミラの側にいて、血流の調整を受けろ。そうすれば、かーなり楽になるだろ?」


「ん。ああ、そうだな……?でも、かなり削られている。本気のアタックを仕掛けるのなら、そろそろしないと、時間切れになっちまうぜ、サー・ストラウス」


「わかってる。オレも、そして彼女もな。だから、彼女の号令に従ってくれ。待つのも大事だ。君の命がけの貢献にも、期待しているんだから」


「おう!任せておけ!」


「いい顔しているぜ、がんばれよ。君の未来は……悲惨だが、希望もある」


「なんて予言くれるんだ?」


「希望があるんだ。それが欲しければ、全力で生き抜け。お前の希望は、死ぬことではあるまい」


 生きていなければな。


 お前とフレイヤちゃんは、生き抜いて欲しい。確率が少なくとも……関係ない。どうにかして生き抜け。


「……わかった。オレ、とにかく、合図を待つ!」


「それでいい」


 そう長くはかからないだろう。あとは……そうだな。やってみるか。


 ここは……丁度いいことに、窓がある。外にいるゼファーが、この小さな窓からも見える。ここの壁は『薄い』んだ。


 だからこそ、ロロカ先生はここをキープしようとしている。


 魔眼に手を当てて、オレはゼファーに命じるんだ。


 ……ゼファー、ここを、ぶち抜け。


 ―――わかった!じゅうびょうごに、いくね、みんなを、さげててね!


「よし。カミラ、ジーン、フレイヤ。その壁を離れろ!みんな、ゼファーの爆撃が来るからな!慌てるなよ!」


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!


 氷の壁が吹き飛んで、その場所と外が繋がる。そとは夕日で赤くなり始めている。そんな西の海を背負い、ゼファーの長い首が、破壊した壁の中から入ってくる。


『みんな、けがはなかった?』


「ええ。大丈夫ですよ、ゼファーちゃん」


「自分もジーンさんも無事っすよ」


『それなら、よかった!』


「ああ、偉いぞ、オレのゼファー」


 そう言いながら、オレはゼファーの頭を撫でる。そして……ゼファーに命じて、造らせていたモノを受け取る。うん。『コレ』は『目に見えない』。だから、たぶん、『ゼルアガ・ガルディーナ』も気づかないだろうよ。


 まあ、何より、ド派手に壁がぶち抜かれちまったからな……のぞき見するとしても、この大穴に注目するだろう。しかし……この氷の壁……所々にヒトの『欠片』が混ぜてあるぞ。建材代わりにしているのか?


 ……骨が多いな。肉が少ないぞ。うん。喰っていたのかもしれんな。まあ、いいどうでもいいさ。もうすぐ殺しちまうヤツのメシのことなんざ、どうでもいい。


 とにかく、これで『退路』は確保できたな。全員が疲れても、ここからなら逃げ出せる。階下から来る『キャリオン・ゴーレム』は、ゼファーがブレスで焼き払うんだ。


 疲弊しきっても、ここまで戻れば、戦闘無しで撤退が出来るというわけだよ。後ろの敵は気にしなくて言い。前からの敵だけを気にすればいい形の出来上がりさ。


 オレたちは、無謀な特攻主義者ではないんだよ。だが、ガルディーナの千里眼が、この穴に気がつけば、それなりの戦略を練ろうとするだろう。動きがあるかもしれない。


 だからこそ。


 オレたちのチャンスだ。


 敵が戦術を変える時というのは、集中力が失われる。相手のミスや精度の落ちを狙うのならば、今は、とてもいいタイミングだということさ。


「……ふむ。そろそろ、頃合いですね」


 先頭で戦っているロロカ先生がそうつぶいた。


 ロロカ先生は、槍術で戦っている。『水晶の角』が水色の輝きを放ちながら、攻防一体の槍が乱舞し、あのクソ醜い『キャリオン・ゴーレム』どもを破壊し尽くしているのさ。突き壊し、打ち砕き、回転しながらの石突きでの打ち上げから、刃の振り落としで敵の頭を切り落とす。


 金色の髪を、ゆったりとしたサイクルの三つ編みロングにまとめてね。それが彼女の躍動感ある、槍術の舞いと共に踊るのを見るのが、たまらなく好きだよ。『水晶の角』のかがやきを残しながら、君は勇猛果敢に敵へと走る。


 大型の馬上槍、その突きの威力で敵を突き崩す。鋼の疾風のような一撃は、君の秘めた闘争本能の発現だ。ディアロス族の誇り、『正面突破』の哲学を、酋長たちの血を継ぐ君の魂も宿しているのさ。


 まったく圧倒的な戦力だ。


 だが、今回は、それだけに疲弊も激しい。


 息が上がっている、たった、これだけの戦闘で、君の槍が緩むのを見てしまうとは、辛いよ。まるで、潜水でもしながら戦い続けている気持ちだろうな。それとも、凍えながらだろうか。


 温めてやりたいが、このクソみたいな法則で世界を侵食している悪神をぶっ殺しちまわねえとなァ。頼むわ、オレの奥さん。オレとフレイヤちゃんを、『ゼルアガ・ガルディーナ』のところまで、導いてくれ―――。


 ―――声がね。


 聞こえたよ。わかりました、ソルジェさん。彼女がそう言った気がしたんだ。


「でやああああああああああああああああああああああああッッ!!!」


 くくく、ほらな!以心伝心だ!さすがは夫婦だね、オレたちってば。彼女は敵陣を突破しにかかるよ。槍と一体化して、凍った腐肉のゴーレムたちを、蹴散らしていった。


「今です!全員!!攻撃に出て下さい!!私の突破した穴を維持して、ソルジェ団長と、フレイヤさんに、悪神へのアタック・ルートを確保しますッ!!」


「了解だ、ロロカ姉さま!!いくぞ、猟兵どもおおおおおおおお!!」


「ロロカに続きなさいオットー!」


「ええ!!援護は任せます、レイチェル!!」


「自分も、壁になるっすよおおおお!!」


「全員でかかれば、大丈夫!!……だから、行って、お兄ちゃんッッ!!」


「ああ!わかったぞッ!!」


「『今』だな、オレもがんばる!!だから、フレイヤ、君もがんばってこいッッ!!」


「は、はいッッ!!」


「サー・ストラウス!!フレイヤさまを、頼んだぞおおおおおおおおおおッッ!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 猟兵と海賊どもの歌と剣戟が一つに融けて、オレとフレイヤはゼファーの歌に後押しされるように、仲間たちが作ってくれた道を走り抜ける!!


 通路にひしめくような『キャリオン・ゴーレム』の群れを、ロロカの槍が突破してくれる。彼女の金色の髪が揺れるのを、オレは横目で見たよ。そして、そのまま一気に戦場を駆け抜けて、その通路を突破していった。


「ハハハハハッ!!敵の囲いは抜けたぞッ!!あとは、このまま敵の親玉のとこに、殴り込みだああああああああッッッ!!!オレに続け、フレイヤあああああああッッ!!!」


「イエス・サー・ストラウスッッッ!!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る