第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その11


「おい!彼女がいないって、どういうことだよッ!?」


 オレは海賊につかみかかっていくジーンの肩を叩いた。


「どうした、ジーン。落ち着け。仲間同士で争っている場合ではなかろう」


「……サー・ストラウス」


 なんて情けねえツラをしていいるのか。ヘタレと言われても仕方がない。それほどまでに大事な女性なら、もっと早くに告白でもしろ。告白が恥ずかしいのなら、オレの親父みたいにお袋のことを誘拐しちまえば良かったのさ。


「……サー・ストラウス。助けてもらって、すまねえな」


「……アンタは、見覚えがあるな。だが、顔がずいぶん腫れているぞ?」


「昨日の昼間に、どこかの赤毛の竜騎士殿に、しこたま殴られた男だよ」


「知っている。たしか、ターミー船長だっなか」


 その太ったオレのボクシング仲間は、何度かうなずく。


「ああ。そうだ……礼を言う。サー・ストラウス、アンタと竜が来なかったら、オレたちはみんな殺されていたよ」


 ジーンくんへの礼が無いね。なんか、分からなくはないけど。


「それで、ターミー船長。彼女は失踪したのか?」


「……ああ。団長が、いない……」


「ふむ。おかしなところがあるな、この戦場は。見張りは、どうしていた?」


「……分からん。アレだけの大人数を見過ごすのは、ありえないハナシだ。エルフの見張りがいたんだぞ?」


「だが、実際にこうなった。考えられることは、一つだけ。誰かが手引きした。帝国の暗殺騎士どもを、『ブラック・バート』の拠点に招き入れたんだ」


 騒ぎになるかと思ったが。オレの言葉に『ブラック・バート』の海賊たちは、意外なほどに冷静だった。おそらく、その事実を、彼らは予測していたのだろう。


 ならば、ハナシが早いというものだ。


「誰が手引きした?……ここにいない幹部は、誰だ?」


「団長がいない―――」


 ターミーの言葉に、最も激怒したのは部外者であるはずのジーン・ウォーカーだった。


「彼女が、そんなマネをするわけねえだろッ!!」


 オレはターミーにつかみかかろうとするジーンを、ブン殴る。ジーンが鼻を押さえて、うずくまったよ。ダラダラと鼻血を流し始めたその鼻を押さえながらも、オレのことをその黒い瞳でにらみ上げてくる。


 オレはその青さが気に入らない。


 未熟者は、緊急事態に必要ないからだ。


「おい。いいか、ジーン。冷静になれ。これからの行動に参加したければ、お前は冷静になる必要がある。お前の価値は、その冷静な頭脳だけだ。直情的に動くのであれば、ただの足手まといに過ぎん。反論はするな。反論するほど、今のお前に価値はない。黙ってハナシを聞いて、頭を使ってろ」


「……ッ」


 ああ。嫌われたかね?まあ、いいさ。魔王は海賊サンたちとお話しがある。


「ターミーよ、ここからいなくなった幹部は、フレイヤ・マルデル以外に、誰がいる?」


「……死体になっているヤツもいるからな」


「死体を探せ!!幹部の死体を見つけて、その名前をターミーに教えろ!!死体にもなっていないヤツで、ここで生きてもいないヤツ!!そいつが、裏切り者だ!!」


「お、おお!!」


「みんな、死体を探せ!!」


 『ブラック・バート』たちが、死体漁りを始める。すぐに容疑者の名前は分かるだろうが、それよりも……気になるのは、彼女の行方だ。


「ターミー。彼女はどこにいた?」


「……眠っていたはずだ。この砦の最上階が、フレイヤさまの部屋だ」


「そこに行くぞ。何か手がかりがあるかもしれない。案内してくれ」


「あ、ああ!」


 オレと数人の海賊たち、そして、鼻を押さえたまま無言のジーンくんは、列を成してその狭い砦を上っていく。中は、それなりに片付いている。生活のための空間といったところだが……軍事要塞の雰囲気が少ない。


 そこらかしこから、子供たちの顔が覗いてくるからだ。


「……ここは、避難所か?」


「……いいや。フレイヤさまと、孤児たちの家だ。あと、オレたち海賊のヨメと、その子供たちもいるけど」


「ほう。フレイヤという女性は、孤児まで引き取っているのか。素晴らしい人物だな」


「ああ。だから……どうして、彼女が消えたのか、分からないんだ……いや。うん、分からないというのは……嘘なのかもな」


 ターミーは、彼女が手引きしたのではないかと疑っているらしい。たしかにね、それは状況からすると、彼女がそうした可能性は否定できない。なにせ、いないからな。リーダーである彼女が、どこにもいない。その死体もない。


 彼女を疑う心が生まれたとしても、不思議なことではないだろうよ。


 彼女の忠実な『臣下』であるターミー船長が、彼女を疑うのはおかしなことか?いいや、そうじゃない。彼女は、あまりにも努力し過ぎていたのだ。


 『人生を捧げる』、『命がけ』。そんな言葉を体現することは、あまりにも壮絶な行いであり……恐ろしいほどの苦しみと痛みを伴う行為だ。


 あのヘタレ野郎が告白も出来なかったのも、その迫力に負けてのことだろうよ。


 彼女の人生は壮絶だ、まだ若い娘でありながら、祖国のために戦いを続けている。荒くれ者を指揮してな。帝国軍だけじゃなく、『霜の巨人』とやらからも、この半島を守って来た。マルデルの『炎』の加護を、戦士たちに与える役目もこなしてな。


 そして?


 孤児まで育てていたか。どの仕事も、若い女性がこなすには、ハード過ぎるよ。それらを全て背負うことで、彼女は『姫騎士』と呼ばれた。あまりも高潔で、あまりにも崇高な行いだからだ―――。


 そこまでの責任感とリーダーシップがある。それなのに、『女神像』の継承を拒否したのは、自分がその激しい命を、この日々に捧げて近いうちに燃え尽きることを知っていたからだ。少なくとも、セルバー・レパントは、そう確信していた。


 それほどまでに苦しい人生を、彼女は、本当に自分の意志だけで選んだのか?


 かつての議長の娘だからとか、マルデルは巫女だからだとか、彼女を頼って集まったこの海賊たちを見捨てられなかったとか、そして……この孤児のガキたちが自分を見つめる瞳に、『守らなくては』という使命感を触発されたからとか―――。


 そういう環境要因は、まったく考えられないとでも言うのだろうか?


 ターミーが彼女を疑うことが、一つの証明になるとオレは考えるんだ。


 彼女の『選ばされた人生』は、あまりにも重たい。いつか、それを投げ出す日が訪れたとしても、ターミー船長たちに仕方がないと感じさせるほどに。


 だが。


 オレは、彼女をあまり知らないからね。


 彼女の『強さ』の方を信じてみたい。この半島で、オレが最も仲良しな男である、あの恋するヘタレ野郎は、そこそこ賢い男だ。そのジーン・ウォーカーが、彼女は裏切り者ではないと叫んだのだ。


 ならば。オレはその言葉を信じてみようじゃないか?


 こいつは友情だよ。魔王と海賊の友情だから、ときどき左ストレートを顔面に入れることだってある。


 オレはターミーのデカい尻を追いかけながら、その砦の最上部へとたどり着いていた。


「この部屋だよ。フレイヤ団長の部屋は」


「ここに、ぐーすか寝てくれていたら、最高の結末なんだがな」


「……そうだな」


 ターミー船長が、ノックする。だが、返事はない。そして、彼はドアを開ける。鍵はかかっていないようだ。不用心なハナシだ……ある意味、彼女の部下への信頼を感じさせもするな。


 蝶番がギギギギと軋む声を上げながら、砦用の重たい木製のドアは開いて行った。


「入りますよ、団長……」


 不在を確信したターミーと海賊たちが、フレイヤ・マルデルの自室に入っていった。そこは、若い女性らしい部屋だった。大きなベッドがあり、クマの人形があった。その近くに大きなクローゼットと、エルフの親子の肖像がある。


「……あれは、彼女の画か?」


「ああ。黒髪のエルフなんだ、マルデル家は……」


「なるほど」


 たしかに、母上は美しい。フレイヤは、この画に描かれたときは五才ぐらいか。美人に成長したのかどうかは分からないが、ジーンくんが惚れるぐらいだから、美女だろう。


 さて。


 やはりというべきか、無人だった。


 海賊たちは、失望しているようだ。見捨てられた気持ちになっているのかもしれない。


「……どうして」


「……いや、あまりにも、彼女は……辛すぎたからさ」


 ジーンくんはもう鼻を手で押さえちゃいない。だが、何かを考えてくれているようだ。周囲の雑音には、耳を貸さないし、オレのことだって見ちゃくれないよ。さみしいが、いいさ。何かを考えついてくれ。


 さて。テーブルがあり、花が飾られている……そこに、オレは手紙を見つける。


「なにかあったぞ」


「置き手紙か……」


 オレはその手紙を見るよ。ああ、宛名は、もちろん彼女の部下たちへだ。それはそうだな。だが、失礼を承知でそれを読ませてもらおう―――ふむ。なるほどな……。


「おい。ジーン」


「……っ」


 無視されるけど、質問は続ける。


「彼女は左利きか?」


「……右利きだよ」


 ターミーが答えてくれた。なるほど。ならば、コレは気にする必要はない。


「なあ、サー・ストラウス。その手紙には、何が?」


「気になるならば、声に出して読むといい、ターミー。オレは、他に情報を探す」


 海賊にその手紙を差し出しながら、オレはクローゼットに近づき、それを開ける。女モノの衣類があるな……背後で、ターミーの震える声が、あの手紙を朗読し始める。震える声で。


「……し、『親愛なる、『ブラック・バート』の皆さま……私は、今の生活に、疲れてしまいました。戦いの中で、あまりにも身勝手なことと思いますが、私はもうこの人生に、耐えられないのです……私は、ここを去ります……どうか、探さないで下さい』……ッ」


「だ、団長っ!?」


「お、オレたち、団長に捨てられてのか……ッ!」


「捨てられるのは、いいよ……で、でも、オレたちを、帝国に売るなんて……ッ」


 パニックが起きている。だが、オレは慌てない。ベッドの下を覗き込み……ああ。見つけたぜ。まだ、中身がちょとだけ入っている、怪しげな小瓶―――。


 オレは右腕を伸ばして、その小瓶を取り出すよ。


 じつは毒については、ちょくちょく使うおかげで詳しくなっている。この痺れるような香りは、『ヴァシッド茸類』の抽出物か。『証拠』は見つけたな……。


 さて、涙目の海賊たちがしている誤解をどうにかするか……ん。いや、オレがする必要は無さそうだな。


「おい。みんな、注目だ。ジーンくんが何か発表してくれるみたいだぞ」


 オレの言葉に海賊どもがジーンくんを睨む。


「なんだよ、ジーン!!」


「いい加減、自分のところに帰れ、このヘタレ!!」


「さっさと、お前が団長に告白して支えてやっていれば、彼女はこんなに追い詰められなかったんだ」


「そうだ!!このクソヘタレ!!ぶっ殺してやる!!」


 ジーンのヘタレはこの半島では常識なのだろうか?海賊どもに、散々、ヘタレ扱いされながらも、ジーンは怒りを抑えていた。冷静になることを、学んだようだな。鼻血は拭いた方がいいと思うが、別にいい。ビジュアルよりも、中身が大事だ。


「……うるせえよ。オレは、ヘタレだけど、分かったぜ!!サー・ストラウス!!」


「そうか。分かったか」


「ああ!!皆、よく見ろ、この手紙は、ニセモノだ!!」


「え!?」


「はあ!?」


「どういうことだ!?」


「フフ。それはな―――」


「―――そうか、その字……スペルの終わりが、左に跳ねてた!!それは、ニセモノの手紙だ!!だって、それは左利きのヤツが書いている!!団長は、右利きだぞッ!!」


 ターミー船長が気づいたようだ。まあ、オレが左利きかとか訊いた時点で、その辺りに注目して手紙を読むよな?感情が昂ぶり、一瞬では気づかなかったかもしれないが、しばらくすれば気づいただろう。


 一番、カッコいいところを持っていかれたジーンは、押し黙っていた。でも、いいじゃないか、ここは『ブラック・バート』で、君の『リバイアサン』ではない。


「さて。海賊たちよ?」


「な、なんだ、サー・ストラウス?」


「この瓶は、ヴァシッド茸のエキスが入っている。犯罪組織でもある君たちには、よく知られているだろうが、強烈な睡眠薬でもあるよな」


「それを、どこで?」


「この部屋のベッドの下だな。慌てていると、ヒトをよくモノを落とすものだ。君たちの幹部に、左利きで、毒薬の知識があり、そして、少々、気の弱い男はいないか?」


「……ビードだ」


 海賊の一人が、ぼそりとそう言った。ビード。なるほど、そいつが誘拐犯かな。


「あ、あいつ、いねえぞ!?」


「影が薄いから、分からなかった!!」


「クソ、あいつ、裏切りやがったのか!?」


 海賊たちが沸き立つ。


「『ブラック・バート』よ。そいつを探し出せ。そいつは普段、どこにいるんだ?隠れるとしたら、一体ドコに隠れ―――」


 ―――『どーじぇ』!!たいへんだよ!!おふねが、おふねが、もえているッ!!


「……何だと!?」


 ゼファーの言葉を証明するように、砦の周りにいる海賊たちが、大騒ぎを始めていた。


「大変だああああああああああああああああああッ!!船が、船がああああッ!!」


「燃えてるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「急いで、火を消すんだああああああああッッ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る