第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その16


 ―――アズー・ラーフマの計算は、大きく崩れてしまっていた。


 慎重なはずの彼は、珍しく焦り、政治的な失敗をしていたんだよ。


 カーレイ王を暗殺したことではない、ハント大佐に逃げられてしまったことだ。


 民衆の前で、ハントに『出て来い!』と言ったのは、出て来ないことが前提だよ。




 ―――出て来なければハント大佐を、逃げたと罵り、罪をなすりつけられた。


 だが?彼は、自由となって、このアズー・ラーフマが支配する土地を歩いているのだ。


 そして……まちがいなく、王都へとやって来るだろう。


 ラーフマ自身が、来いと言ったのだから……。




 ―――自分は、焦っていたのだろうか?ラーフマは考える。


 カーレイを殺した自分は、焦っていたのか?たかが老人一人を殺したぐらいで心が乱れていたと?


 この『白虎』の頂点である、アズー・ラーフマの心が、揺らいでいたと言うのか……?


 否定したいが……現実は、そうであったのだろう。




 ―――認めようではないか……たしかに、私は焦っていたのだ、民衆の蜂起と身内に潜む敵に。


 この私にしては、軽はずみだったことを認めるほかないだろうな。


 だが……その間違いは認めるが……。


 どうして、このようなことになるのかは、解せぬ……。




 ―――ハント自身の力でも、ハントの仲間の力でも、ヤツが自由になるはずがない。


 あの強力な『蟲使い』である、ギー・ウェルガーがいたのだぞ!!


 それに、こちらからは、手練れの『盲虎』も護衛につけていたのだ……。


 警備は、完璧なはずだった……。




 ―――彼らに任せたのだから、ハントは確実に帝国の手に渡るはずだった。


 ……それが、『バガボンド』とかいうならず者と合流し、北上を開始したというのか……ッ!!


 アズー・ラーフマにとって、最悪のシナリオだった。


 ラーフマは、不安にもなる……『ベルーゼ』、『彼』に裏切られた気持ちがしている。




 ―――『彼』が……いや、あるいは『彼女』が、自分をハメたのだろうか?


 正体こそ知らないままだが、『ベルーゼ』が金と権力を持っていることは知っていた。


 何を企んでいるのか知らないが、莫大な資金を集めようとしていたことも理解している。


 まだまだ、『白虎』は『ベルーゼ』に利益を稼がせるはずだ……。




 ―――そうか、ヤツは裏切ってはいないのか?


 ……つまり、ヤツも想定していなかった、偶発的な『事故』が起きた。


 ……どうだろうか?本当にそのような偶然が、私に牙を剥くことなど、あるのだろうか?


 アズー・ラーフマは悪党だから、事実を理詰めで考える。




 ―――偶然などではあるまい、誰かが、あの場所へ、ヤツを『誘導した』のだろう……。


 ソルジェ・ストラウス……竜騎士を『あのとき、あの場所』に、導いた存在がいる。


 そいつは『ベルーゼ』ではなかろう、欲深な『ベルーゼ』は『白虎』の利益を捨てたくはないはずだ。


 誰だ?……『ベルーゼ』のような、影の世界の住人か……ルードどもなのか?それとも『螺旋寺』の……?




 ―――アズー・ラーフマは疑心暗鬼に囚われて頭を抱える……真相は、闇の中だ。


 『誰』がソルジェをハント大佐に導いたのかなんて、彼には理解が出来ない。


 ありえないぐらいの低確率で、偶然という可能性もあるにはあるのだから……。


 それに……もう状況は動き始めたのだ……乗り切るしかない。




 ―――『白虎』の首魁だからね、ラーフマだって相当な数の修羅場を潜ってきている。


 その全てをどうにかクリアして来たのから、現在の地位というものがあるんだよ。


 今回も、乗り越えれば良いだけのことだ……。


 狡猾なる頭脳を用いて、アズー・ラーフマは考える……。




 ―――まずは、落ち着くのだ、冷静になって、状況を整理しようじゃないか。


 シャクディー・ラカは王国軍に守らせているし、『白虎』の精鋭も集めている。


 戒厳令を敷き、王都の民を夜間禁止にしている……経済活動も停止だ。


 物流を無理やりに止めたから、それに紛れてハントの兵士が王都に潜入することはない。




 ―――竜騎士にも備えているぞ、毒矢を持たせた弓兵たちで王城を守る。


 近づけば、竜とて射殺せるはずだ……。


 『虎』も兵士もいる、ハントについた数の四倍はいる……。


 民衆は仲間ではないが、敵でもない……それならば、いい、王都はまだ安泰だ。




 ―――民衆の蜂起で殺される、その惨めは自分には訪れはしない……。


 そうだ……落ち着け……ハントが戦を仕掛けて来ても、数でも質でもこちらが上だ。


 焦らなくてもいい……それに、私には、『須弥山』もあるではないか?


 『須弥山』……『呪禁者』どもがいる……ヤツがいる。




 ―――バカどもめ、ヴァンに力を貸して、私を殺すつもりだったのか?


 そうか、呪われた影の集団が、野心を抱いたか?


 構わない……それでもいい、今から私の戦力になるのなら、許してやろう。


 『呪い尾』を造らせていたのだろう……ならば、『シャイターン』も創れるな。




 ―――ヴァンよ?どこに隠れているか知らないが……。


 お前は、『シャイターン』を創る覚悟をしていたのか?


 していたのだろうなあ……だから?あの寺にはあるはずだ……『シャイターン』の『繭』が。


 創らせていたのだろう?……『繭』だけでも脅しになる、交渉のカードにも……最悪、他国に渡すことも出来る。




 ―――貴様の野心を、奪い、使わせてもらうぞ、ヴァン・カーリーよ。


 私は、お前とは違い、状況次第では……この身さえも捧げる覚悟がある。


 ヴァンよ、若いお前は、ただ私の座を奪いたいだけだろうが?


 私は、そうではないのだよ、お前とは違い、『白虎』を守るのだ。




 ―――お前にとっては、『白虎』など、ただの道具でしかないのであろうな?


 だが、私はそんな考えではないぞ?


 『白虎』とは……私の『誇り』そのものなのだ……。


 おそらく、貴様も、ハントも理解していないのだろうな?




 ―――この組織を、私自身が、どれだけ崇拝しているのか、分かるか?


 粗野な愚か者ばかりの、ならず者の群れでしかなかった、ハイランド王国を。


 支えて来たのは、我らのような影の結社であったのを、忘れるなよ。


 『白虎』が全てを統括するよりも、はるか以前から……。




 ―――我らこそが、この国に富をもたらしたことを、否定しないでもらいたい。


 下らぬならず者では、為し得ないことだぞ!!


 我らは水運と海運をつくりあげたのだ、この木と暴力しかなかった土地に。


 保守的な王族に支配された、成長の見込みのない土地を、それだけ進歩させたのだ!!




 ―――合理的な世界を、創り、与えてやっただろう?


 お前たちは、一面しか見えていないのだ、一つの悲劇で、我々は、二つは富を創って来た。


 発展には対価が必要であるだろう?お前たちに、出来たのか?


 ただ、飢えるだけであった惨めな貧乏人どもに、選択肢を与えたのだぞ!!




 ―――たかが子供を一人犠牲にすれば、食えるような国にしてやったのだぞ!?


 私は、その犠牲を軽んじない組織を作っただろう!?


 きちんと売春宿に子供を売れば、生産性のない親たちにも衣食住を与えたんだぞ!?


 麻薬の貿易が、どれだけ多くの富をこの土地にもたらしたか考えろ!!




 ―――原初の森林の奥地に、どれだけの雇用と富をもたらした!?


 麻薬の生産ほど、効率の良い『農業』が他にあるとでもいうのか!?


 投資した資本と労力、それははるかに上回る富をこの国にもたらしたのだぞ!!


 その金が、ヴァールナ川の運河を整備し、港を構築し、北海貿易の道を開いた!!




 ―――麻薬の栽培がなければ、山の中で獣に追われながら、つまらんイモを掘っていた!!


 それだけしかない、惨めな国だったというのに……。


 我らのような結社が代々、産業を支えて、国家の経済をリードしてきたのだ。


 我らこそが、この国を創った『商人』なのだぞ!?




 ―――『白虎』とは、何か分かるか!?


 『白虎』とは、その結社たちの集約だ!!


 お互いを食い殺し合う淘汰の果てに、我々は一つに平定された!!


 闇に生きる我々が、ついには王宮にまで昇りつめ、王さえも操縦する存在に至った!!




 ―――我らは、発展させたぞ!?つまらぬ野蛮人の美学ではなく……!!


 闇に生きた者でしか扱えぬ、徹底的な合理主義の果てに!!


 我々は、我々こそが、この王国を一流の国家へと導いたのだ!!


 この事実を誇らずして、何を誇るというのだ!!




 ―――いいか、事実を誤認する、愚かな理想主義者どもよ……。


 支配されることを、『不自由』だと思うな?


 支配されることほど、大いなる安心と秩序をもたらす手段はないのだぞ。


 支配から解き放たれたとき、貴様らは、何を選ぶというのだね?




 ―――何も選べないさ、今までのように、何も選ぶことなど出来ない!!


 我々による支配によって、お前たちは思考せずとも富を享受してきた。


 偉大なる『白虎』が勝ち取った利益に、お前たちは酔いしれてきた!!


 『白虎』が滅びたら、貴様たちはどうなる?




 ―――誰が、麻薬をくれるというのだ!?とても格安で、とても良質な麻薬を!?


 それを無くして、貴様たちのような非生産的な野蛮人が、何を創り出す!?


 『螺旋寺』の修行で得た力だと!?それで、お前たちは何をする!?


 ただの殺し合いを、楽しんで笑い、それで終わるだけであろうが!!




 ―――予言してやろう、ハイランド王国よ、我々が消え去れば、この国は弱体化する。


 ハントのような思想家の夢を、どれだけの者が共有出来るというのだ。


 理想はな、清いほどに……『使い手』を選ぶ。


 切れすぎる刃が危険で扱いにくいように、尊い理想ほど、許容出来る者を選ぶのだ。




 ―――貧しくなってまで、より多くの苦労をしてまで、帝国と争うというのか?


 滅びと貧困を選ぶのか……愚かしいことだぞ、ハーディ・ハント大佐よ!!


 媚びて尻尾を振るだけで、欲深いファリスの豚どもは、我らに富を与えるのだ。


 たとえ、表面上の商業が滅びようとも、『ベルーゼ』のような者が、必ず富をもたらす。




 ―――欲望だけは、信じていいのだ。


 ヒトの本能的な行動を、ヒトは否定することはない。


 必ずや……ヒトは金のにおいに寄ってくる。


 法律や政府が禁じたところで、お互いの国に潜む闇が、必ず手を結ぶ。




 ―――そして、我々は、お互いに富をもたらし続けるのだ。


 それが世界の理だ、それがヒトの創り出す、国家という組織を裏打ちする本能だ。


 ヒトは、本質的に邪悪なのだ……それゆえに、富を得たければ、邪悪を選ぶ。


 ハントよ?……お前の理想などで、国家は成り立ちはしない!!




 ―――私は、誇りを持って語ろうではないか!!


 この王国を豊かにしたのは、我々だと!!


 我々こそが、合理主義を刻みつけ、この国に富をもたらし続けたのだと!!


 『白虎』を、称えろ!!理想に溺れるハントよ!!欲深いだけのヴァンよ!!




 ―――貴様らのような若造ではな、私ほど、多くの者に富を与えることは出来ない!!


 いいか、ハント、ヴァン!!


 私の『白虎』への崇拝は、究極の愛国心なのだ!!


 私だけが、真の愛国者なのだぞ、無礼で邪悪な簒奪者どもめッ!!




 ―――ハイランドよ!!愛国者、アズー・ラーフマの名を称えろ!!


 我の崇拝する『白虎』の在り方が、大いなる富を築いたと、認めろ!!


 麻薬栽培による最高の農業、人身売買による貧しい者たちへの社会保障!!


 それらを、貴様らのような、未熟な者どもが……この怠惰で間抜けな民どもが!!




 ―――創り上げられるわけが、ないであろうよ!!


 なればこそ、愛国者たるこのアズー・ラーフマは……ッ。


 『シャイターン』をも、封印から起こし……ッ。


 『白虎』とハイランド王国に仇なす者たちを……駆逐するのだよッ!!




 ―――ラーフマはそんな考えに至り、ハハハハッ!!と叫ぶように笑ったよ。


 彼はそのとき自分でも気づいていたのさ、手なずけて来たはずのこの国がね。


 幼かったはずのこの国が、一つの成長を迎えようとしていたことに。


 不正を許さない、それは別に貧しさを招くという意味ではない。




 ―――正しい知識と、公正な資本の配分……そして、その土地に生きる民の努力。


 誠実さはね、いつかは富を造るのさ。


 たとえば、それは悪事に比べると、ゆっくりとかもしれない。


 それでもね?悪意や欲望による力学は、真の合理的な社会にはなり得ない。




 ―――悪意は、ルールを歪めるからね、歪んだルールが支配する国家では?


 民の努力や、偶然のもたらす幸運は……全て悪意に摘み取られてしまうのさ。


 努力と偶然が産んだ、その国家が歩むべき流れにはね……。


 民の心というエネルギーが、推進力となってくれるものなんだよ。




 ―――悪意に固められて、可能性が失われた世界は、若く熱意ある者にっとてさ……。


 あまりにも息苦しいんだよ?……だから、ハーディ・ハントは間違っていない。


 悪意もヒトの本能だけど、『自由』もヒトの本能から生まれる力だよ。


 世界の秩序を否定して、より良いモノを探そうともがく力こそが、真なる発展の力さ。




 ―――今日を破壊するんだよ、そして、より良い明日を示し合うのさ。


 そこから先は戦いだよね、より良い明日と、ヒトが信じる方に金が集まる。


 その金と、それが生み出す努力こそが、ヒトの心が持つ力だよ。


 ヒトの欲望は、内向きなだけじゃない、可能性を与えてやれば、どこまでも広がるんだ。




 ―――現状を壊すことは痛みを伴うし、不確実なことかもしれないけれど。


 創造のための破壊の力を、否定しちゃうなんて、もったいないでしょう?


 ヒトはね、自分の信じた欲望の形……夢というモノのためになら、力を出すんだよ。


 夢を原動力にしてね、今を破壊し『未来』を創る力に変えるのが、解放された自由な経済さ。




 ―――アズー・ラーフマは、悪人だけど頭が悪いわけじゃない。


 だから……見えているんだ、ハントの見つけた可能性の価値をね。


 だけど、彼は崇拝者だからね、認めるわけにはいかないよ、『白虎』の首魁として。


 彼は、古き論理の化身として、全霊をもって、ハントの道に立ちふさがるよ。




 ―――これは国盗りさ、二匹の『虎』がお互いの理想を喰らい合う内戦だよ。


 下手をすれば、泥沼確実だからね……だから、クラリスは君に彼を討て命じたのさ。


 泥沼の内戦になってしまえば、ハイランド王国は疲弊し、たやすく帝国に陥落する。


 それだけは避けたいから、ハントも急ぎ、ラーフマも焦っている。




 ―――だからね、ソルジェ?……君がラーフマを討つんだ。


 そうすれば、この争いは速やかに決着がつく……ハイランドの被害は最小限だよ。


 さあ、そのために……『白虎』を排除し、王国軍の動きを止めよう。


 ムダな争いは止めるんだ、ファリス帝国を倒すために必要な兵力を失ってはならない。




 ―――さあ、ゼファーを使い、戦場をコントロールするんだ。


 猟兵たちに指示を出すんだよ、ソルジェ。


 この国盗りを、速やかに……政権移行の被害を少なくして。


 やがて君の『魔王軍』と同盟を組み、共に帝国を焼き払う『虎』の戦士たちを、仲間にしよう!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る