序章 『剣士たちの聖なる山』 その5


 今や臨時の王城である『ボルガノンの砦』は、この四日のあいだで増築が繰り返されていた。ドワーフの建築技術というのは、恐ろしいまでのスピードだな。


 徹底的な職人気質と老熟な技巧は、設計図を用いないという極地に彼らを到達させているのさ。概念をオーダーすれば?……準備しながらでも作りあげてしまえる。だから、早いのさ。


 質実剛健であることを尊び、豪奢な芸術性を選択しない建築哲学……ヒトによればつまらないと断言されることもあるのだろうが、この実用性を重視する主義は、戦時下においては悪くない……。


 そうか。内戦ばかりのドワーフたちだからこそ、実用性を磨き上げて来たのか?……そして、建造物への執着が薄い?……『失うこと』に慣れすぎているから、古い建造物という自分たちの歴史をも、割りとあっさりと放棄するのか?


 『終わりが沼』の『罠』で自分たちの王都ごと敵を焼き払う―――亡国の危機に晒されたあげくの、救国の戦のためとは言え……他の種族では、何人も王都に残り心中する老人たちがいるものだろうが。


 価値観の違いを建造物のスタイルから見るね……オレもそれなりに旅慣れて来ているのかもしれない。そうだ、いつか料理本と共に旅行記を書いて、金持ちになりたい。傭兵稼業ほど、世界を旅する職業はいないものだしな。


 だが、どうあれ今は、マリーちゃんをあの新たなるドワーフ王の住み処に送り届けてしまおうかな。


「ゼファー、砦に降りよう」


『うん!まりー、こんどはゆれないから、あんしんしてね!』


「ええ!でも……ちゃんと持っているわ!!」


 オレの脚のあいだで、ドワーフ女子はゼファーの鱗に指をかける。インテリさんは学習のペースが早いのが特徴だが、彼女もそうらしいね?……貴族戦士のオレが不在になっても、この国の守りは安泰かな。


 ゼファーは『ボルガノンの砦』の上空を三回ほど、ゆったりとした軌道で旋回して、砦の頂上にある着陸スペースに降り立ってみせる。


 有言実行さ。まったく揺れることもなく、ゼファーの足の爪は砦にしがみついていた。


 空間把握の能力が、日増しに向上している。これが竜の学習速度だ。さすがは『耐久卵』から生まれた竜……『ドラゴン・イーター』だな。種族が滅亡しかけた時にのみ、卵から孵化してくる存在―――最高の能力を持つ、竜の群れの鬼子だな。


 祖父のアーレスと同じく、ゼファーもまた才能の塊だよ。


「よくやったぞ、ゼファー!!」


 オレはゼファーを褒めてやるのさ、言葉と彼の首を撫でる指でね。


『あははは!くすぐったいよう、『どーじぇ』ええ!!』


「……ほんと、仲良し親子ですねえ」


「ああ。オレたちは『家族』さ」


「ですね!その言葉に、疑いは感じませんよ。さて……私は、シャナン陛下に報告しに行きましょうかねっと!」


 そう言いながら、マリー・マロウズはゼファーの背から、ぴょんと飛び降りた。うむ、いい跳躍だよ。ドワーフというのは、やはり筋力に優れているな。細身の彼女でもアレだけの運動能力か。


 鎖国を続けてこられるだけの武力は、存在したわけだ。だが……かなり壊滅状態になってしまったね。しかし、それゆえに他国との同盟を許容出来たというワケだ。


 もしも、その合理的な判断をしてくれなければ?


 ルード王国は、この国を侵略して領土に組み込んでいた可能性はある。クラリス陛下は慈悲深く、あらゆる種族に融和的ではあるが……乱世の女傑の一人だ。同盟を結ばぬ隣国に、優しい顔をし続けることは出来なかったかもしれない。


 友好的なのか、敵対的なのか……それだけか。


 乱世の不自由の一つではあるだろう。


 外交のスタイルを、その単純な二択に絞られるとはね。旗幟鮮明であることを迫られる。敵か味方かしか選べなくなるから、争いの火種は増えちまうのさ……。


 『戦が起きる理由』とは?


 世界の始まりから、二つだけ。


 政治的判断、そして、経済的動機。


 この二つ以外の理由で戦争は起きたことが無いのだよ。当たり前さ?ヒトがヒトを殺す動機というのは、それら二つの概念を構成する、四つの動機しかないんだよね、他にはない。


 政治的判断というモノを作っているのは何か?


 最も根源的なことを言ってしまえばね、『好き』か『嫌い』かということだ。政治というのは、ヒトの『選択』でしかないからな。二つかそれ以上の選択肢の中から?自分たちの『趣味』にあったモノを選ぶ行為なだけさ。


 たいそうご立派な政治学者の、取り繕うようなロジックなど、数多の戦を見てきた猟兵であるオレからすれば不要なものさ。


 政治とは、統治者あるいはその集団を構成する多数派勢力の『好き嫌い』でしかない。それ以外の言葉は詭弁だよ。ヒトは竜ではないのだ、低脳で下等な生命体でしかないことを忘れてはならんな。


 で?


 これらが『戦の原因』である。分かりやすいだろ?ヒトを殺す理由にね、政治的選択……つまり、ただの『好き』と『嫌い』があるってことは?


 『嫌い』なヤツの存在を滅ぼそうとするのは、男の本能だ。嫌いなヤツが死ぬのを見ると、男ってのは嬉しくなるのさ。戦争で言えば、帝国の侵略戦争そのもの。『嫌い』な亜人どもを殺しちまえ!……そういうことだよね。


 乱暴だが、分かりやすい殺害動機だろう?嫌いだから、殺せるよ、全力をあげてね?


 さて、『好き』なヤツを殺そうとするのは、独占欲からだ。


 ルード王国が、グラーセス王国を侵略する場合は、それだよ。『仲良くなれる可能性のありそうな子』を、ちょっと強引にでも、『同じグループ』に引き込もうとする行為だ。


 子供の頃に見たこともあれば、したこともあるだろう?


 好ましい相手を己の群れに取り込もうとする、『好き』ゆえの侵略・同化行為をね。大人になって、国同士でやれば、『好き』が理由の戦争となる。納得がいくかい?『好き』を叶える行為とは、侵略戦争と全く同じだ。相手を己の領土に組み込む行為なんだから。


 戦争の理由の残りは、経済的動機。


 これも二つある、『新たな富を獲得したいから』と、『富を奪われることを嫌って』だ。


 とても分かりやすいだろ?


 新たな領土を手に入れれば?金になるよね?略奪すると金持ちになれる。民を支配して税金を巻き上げるのもいいし、自国の商品を新たな国民どもに買わせても儲かるよ。だからヒトは『新たな富』を求めて、ヒトを殺せる。


 反対に、『商売敵』が存在すれば?……肉屋の隣に、肉屋を建てればどうなる?肉切り包丁が、人肉を刻む日も遠くはないってことさ。『富を奪われることを嫌って』ヒトを殺すことは、日常的によく見かける行為だろ。


 それを、大人数でやると、戦争というモノに至るのさ。


 どうだい?


 『なんで、戦争なんてするのか』?……そういう問いに対しての、絶対的な答えがそれらさ。これ以外の理由で、ヒトは戦争など絶対にしない。


 『政治的判断』……『好き』か『嫌い』か。


 『経済的理由』……『富を得るため』か『商売敵を消すため』。


 これらが戦争を企画する、たった二つ、あるいは、たった四つの理由だよ。


 オレも、それ以外の理由で動く戦を見たことはないな。戦でヒトの首を刎ねたことも無い学者どもが、『安全保障上の理由』?……みたいな、アホな言葉で戦の理由を綺麗に誤魔化すことはあるが……そんなものは実在しないよ。


 あるわけないだろ?安全を得たければ?戦などしないことが最良なことぐらい、猿の子供でも分かるだろうよ。あの言葉は、うつくしい詭弁だ。信じるには値しないウソの一つだよ。


 ヒトはね……。


 好きなヤツが欲しいから殺す。


 嫌いなヤツが憎いから殺す。


 得したいから殺す。


 損したくないから殺す。


 この四つ以外の理由で、ヒトを積極的に殺すことは、ありえない動物なんだよ。


 250年生きた、人類よりもはるかに賢い古竜の言葉を信じろ。アーレスもその法則に外れた戦など、その賢き瞳で一度たりとも目撃したことはないと語ったぞ。先祖伝来の知識に研磨されたあげくの言葉をもってね。


 あまりに未熟で、あまりに下等で、あまりに不変な限界をもった野蛮な獣。それがオレたち人類なのさ。


 千年後も、同じことを絶対にやっているよ?それがヒトの限界であり、本能だからな。『ああ、だからこそ愛おしいのだ、その浅ましい低脳ぶりがな』……アーレスの言葉が心に響くよ……バカな子ほど、可愛いんだってよ?


「……サー・ストラウス?……どうかしましたか?」


「ん?」


 ゼファーの足下にいるドワーフ女子が、ゼファーの背で沈黙したまま考え込むオレを、不思議そうに見上げていたね。


「……ああ、悪い。下らないことを考えていた」


「へー。なんですか?」


「人類の限界、そして、抗いきれぬ幼稚な本能についてさ」


「ああ。たしかに下らなそうなテーマですよね?」


 マリーちゃんってば、辛辣ぅ!!……でも、君の言葉は正しいよ。戦の起こる理由を分析したところで、何の意味もない。猟兵が、戦について考えるべきことは、ただ一つ。どうやって勝ってみせるかだ。


 そして……勝利の果てにだけ、オレたちの望む『未来』は実在できるという真実のみに、集中すれば良いだけだよね―――。


「―――人類の限界とか、抗いきれぬ本能とか?……どうせ、性欲とか、セックスにまつわることなのでしょう?……男のヒトって、本当に下品なのですから!」


 ……え?


 ちょっと心外なんですケド?


 オレは反論したかったのだが……マリーちゃんは、オレを置き去りにしたまま、シャナン王の下へと向かって行く……。


 このままだと、ちょっと口惜しいぞ!!


 だから、少しだけ抗うんだ!!


「オレは、そこまで下品な男では、ないんだからね!?ちゃんと、セックス以外のことだって、考えているんだよッ!!」


 ああ。砦の屋上で、オレは何を叫んでいるのだろうか?


 下らぬ戦のための創造物の頂点で、本当に下らない言葉を叫んでいたよ。横隔膜を揺らす価値も無い、オレの人生において、まったくのいらない言葉だったと思う。この言葉は青空にも心地よい春の終わりの風にも似合わない。


「はいはい。分かってます、分かってます」


 その軽い言葉で、かつて、どれだけの人類が納得して来たと思うんだい?……絶対に分かっていないヒトの言葉じゃないかね?


 なんていう敗北感だろう……。


 オレに妻が三人もいるから悪いのかな?その上、昨日の朝に七才の女の子と、結婚の約束みたいなことをしたから?


 ああ……日頃の行いとは、なんて大切なことなんだろう。それらが人物の評価に与える影響は、取り返しのつかないほどに大きいものだな。


 ……ゼファー。『ドージェ』の人生、間違っているかな?


 もちろん、仔竜にそんな重すぎる問いを口にすることはない。ただ、慰安的な癒やしを求めて、オレの指はゼファーの首を撫でてやる。


『あははは!『どーじぇ』、そこ、くすぐったい!!くすぐったいよう!!』


 こんなに可愛い竜の声があれば?


 竜騎士さんはいつでも笑顔になれる、そんな単純な獣なんですよね。


 オレはゼファーの笑い声から、魔法の活力を手に入れると……ゼファーの背から飛び降りる。さて……オレも、仕事をしよう。『パンジャール猟兵団』の団長として、関係各所に挨拶回りさ。


 さーて、友好関係を、刻んでいこう。


 オレたちが、いつまでも仲間であるためにね!


 戦を防ぐ、唯一にして、最も単純な行いは何か?


 一緒にいる時間を共有して、酒でも呑んで、仲良くなることさ。


 『相互理解』。そんな簡単なことを繰り返すことで、殺意は抑制できるよ。知り合い友人は殺しにくいんだから。


 さて……昼間っから、誰かを誘って、お酒を呑む理由が出来ちまった。しばしの別れを、酒で祝福しようじゃないかね?


 グラーセス王国の、酒飲みドワーフどもよ。


 赤毛の竜騎士が、どれだけ酒好きだったのか、覚えておいてくれよ?……それさえ忘れないでくれたなら、オレたちが戦をすることは、永遠に有り得ないよ。仲良くやろうよ、オレたち全員が戦場で死ぬまでぐらいの間はさ?



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