エピローグ 『たとえ世界に『夜』が訪れたとしても……』


 ―――帝国議会では、グラーセス王国での有り得ない敗北が話題となっていた。


 無敗のアインウルフ将軍が率いる第六師団が、滅ぼされた!?


 四万で攻め入り、二万の援軍、そして五千の傭兵団の全てが!?


 六万五千が、二万七千のドワーフに、敗北しただと!?




 ―――議員たちは、恐れ始めていた……亜人種たちの『反乱』を。


 ドワーフの奴隷は経済を支えているぞ?グラーセスへの逃亡が多発するのは困る。


 より強いものがいるぞ、逃亡奴隷に対する罰を強化するのだ!!


 やはり、『指切り』の政策は必要ですぞ!!十二才になるまでに指を切るのだ!!




 ―――亜人どもへの『見せしめ』が必要だ、そうでなければ逃げてしまう!!


 そうだ、『指切り』などでは、手ぬるいのだ!!


 反乱を企てた亜人奴隷、逃亡を企てた亜人奴隷……それらへの厳罰がいる!!


 議員たちは過去を調べ、奴隷どもを縛り付ける良策が無いかを調べる。




 ―――邪悪な刑罰は、過去にも多くあるが……『恐怖』で奴隷たちを縛る法がいる。


 そうだ、これではどうだね?


 帝国の議員は四世紀前の愛国法なるものを紐解いた、うつくしい法律だ!!


 国家に反逆を企てる不届き者は、全てうつくしい炎で焼き払うのだよ!!




 ―――火刑だよ、火刑に処すのだ!!大通りで、市場で、広場で!!


 反乱奴隷どもを、うつくしい炎で焼くのだ!!


 亜人奴隷どもに、これほどの罰はないであろう!?


 知らしめるのだ、ヤツらの命は、我々により維持され管理されているのだと!!




 ―――その演説は、たいそう人々の支持を集めているよ。


 人間第一主義を掲げる帝国にとって、その法律は帝国人の誇りに合うものさ。


 人間のみのうつくしい国家を作るのだ、そのためには亜人どもを排除しなければ。


 ……だが……労働力は必要だ、人間の富のために働く、従順で有能な亜人奴隷が。




 ―――亜人の奴隷に依存しながらも、亜人を嫌う帝国人はどこか狂って見える。


 帝国人にはね、いつの間にか亜人に共感する能力が、無くなっていたんだよ。


 そうなることが、選挙で勝つコツだったからね。


 悪口は結束を産むのさ、だから政治家はそれに囚われることもある。




 ―――有史以来変わらぬことを、ファリス帝国はしているだけさ。


 変わっているのは、力のバランス。


 人間族が増えすぎて、強くなりすぎたんだよ。


 ……ああ、ソルジェ、この言葉を僕は君に聞かせるのが怖い。




 ―――怒れる君は、ならば『減らせばいい』。


 その言葉を口にしてしまうのではないかと、少しだけ不安なんだ。


 君の愛は、とても強くて、君の正義は狂暴だから。


 君は……いつか人間だけの住む街を、焼くのかな……?




 ―――火刑の法案は通りそう、実施は一ヶ月後からだ、もうすぐ始まるよ。


 『指切り』は、何才から実施するのかを詰める議論に入っている。


 ……『僕たち』は、どう妨害すべきか迷っているんだ。


 議会に紛れ込む、僕らの協力者は……苦悩している。




 ―――『多く』を救うべきか、『幼き者』を救うべきか……。


 究極の決断だよ、ソルジェ、君に相談できないのが、あまりに辛いよ。


 君ならば、最高の解決策を見つけるんじゃないかな?……いや、実行するよ。


 ……ああ、僕らだって知っているよ、帝国を滅ぼせれば話が早い。




 ―――最高の策だけど、それにはまだ、力が足りないんだ……。


 もどかしいよ、力をつけるほどに、敵は僕たちの仲間を弾圧する。


 ファリスの議員は賢いね、相手の嫌がることを熟知している。


 亜人勢力が強まるほどに、亜人を弾圧すれば?




 ―――亜人勢力を強めようとしている僕たちが、苦しむことを知っている。


 下手をすれば、亜人からの支持を失う可能性だってあるのさ。


 僕はね、知っているよ、ソルジェ……。


 滅ぼされていく亜人種のために戦う君が、いつかこう言われる日が来ることを。




 ―――『お前のせいでオレの家族は焼かれた!!なんてことをしてくれたんだ!!』


 解放や『自由』に比べてね……あまりにも、みじめな奴隷の日々だったとしても。


 その日々に幸せを見つけられる人々は、たくさんいるのさ。


 ねえ、ソルジェ……君の気高さは、その叫びに耐えられるのかな……。




 ―――そうだよ、賢い帝国議員はね、本能的に『君』に標的を絞りつつある。


 亜人種たちにとっての救世主、自分たちにとっての破滅をもたらす存在。


 『魔王』。


 それが、再臨していることを、彼らは認めつつあるんだよ。




 ―――だから、『魔王』を罠にかけたがっているんだ。


 君を、誘い出そうとしているのさ。


 救世主なら……救うべき者たちを救わなければならないよね?


 だから、君が救おうとしている者たちを、これから火刑に処すんだよ……。




 ―――君の心と、君への支持を砕くためだけに。


 それに先んじて、これから亜人奴隷の指が、切り落とされることになるのさ。


 それはおそらく……一部ではもう始まっている。


 ああ……本当に……何てことなんだろう、自分が人間であることが、腹立たしくなる!!




 ―――子供を『人質』にしようとしているのさ、帝国はね。


 ……僕たちの『協力者』は……誘導することは可能かもしれないと言っている。


 『選ぶこと』は出来るかもしれないのさ……『数』を取るか、『幼さ』を取るか。


 それらを誘導できる可能性は、あるんだよ……。




 ―――帝国の亜人奴隷の年齢の割合はね、大人のほうが多いんだ。


 亜人奴隷の子供の多くは、過酷な児童労働のあげくに死ぬからさ。


 気のいい医者を幸運に見つけるしか、風邪薬を処方してもらえることもない。


 子供はすぐに死ぬ、だから、数が少ないんだ。




 ―――帝国議会には二つの案が、存在しているのさ。


 そのうちの一つは、子供の『足の指』を切って『逃げられなく』する。


 そして……親たちを縛る……。


 そんな残酷な、法案が……あるんだよ……っ。




 ―――これだとね、指を切られる人数は少なくて済むんだ……ッ。


 もう一つはね、全ての大人たちの『手の指』をいくつか切るのかだ。


 こうすれば、武器を握りにくくなるからね、反乱防止のために指を切るのさ。


 ねえ、ソルジェ……数かな、幼さかな……僕らは……どちらを選べば正しい!?




 ―――そうさ、知っているよ。


 どちらも、大間違いだ!!だからこそ、君に話せないんだ……っ。


 君は……『力』があるから、解決しようとするかもしれない……でも、足りない!!


 だからこそ、僕たちは最新の情報を、君に隠しているんだよ……。




 ―――君を守るためさ、君だけは、死んじゃダメなんだ。


 君は自分の命なんかに価値を見つけられない戦士だよ、生粋のガルーナの竜騎士だ。


 だから、君の『妻たち』は三人がかりで、愛するのさ。


 君を失わないために、君を守って死ぬ覚悟の自分の『身代わり』を用意しながらね!!




 ―――彼女たちが、そこまでするのだから、僕だって耐えてみせるよ。


 君のためにという逃げ場を用意しながら、僕は、君に殺されても仕方ないことをする。


 知るべき真実を、僕は、可能な限り、君から遠ざけるよ……。


 いつか全てを知り、君が怒りのままに叫ぶその瞬間まで……僕は、嘘つきをやるよ。




 ―――その日が訪れたとき、僕のことを殴り殺してくれてもいいからさ。


 君は……世界を救えるだけの力を作ってくれ……。


 僕とクラリスは、その世界のためだったら、何でもしてあげるんだ。


 亜人種のためでもあるけど、僕の大好きな英雄、ソルジェ・ストラウスのためにね。




 ……僕とクラリスは、君の作る『未来』を……この目で見たいんだ。




「わあああああああああああああああああああああいいいッ!!」


「ハハハハハハハハハハハッ!!楽しいだろう、竜の背中はッ!!」


「うん!!最高だよ、ソルジェお兄ちゃん!!」


「だってよー、アイシャちゃんに褒められたぜ、ゼファー!!」


『えへへ!!うれしいよー!!』


「だろうなあ!!アイシャちゃん、ウルトラ可愛いもんね!!」


「そ、そんなことないよー……っ」


 ああ。ハーフ・エルフのアイシャちゃんが、空を嫌いなタイプの女子じゃなくて良かったよ?


 ほんと……セシルを思い出してしまうな。七才か……うん。もっと、こんな風に脚のあいだに挟むようにして、セシルも空に連れてってやれば良かったなあ……。


「ねえねえ、ソルジェお兄ちゃん?」


「なんだい、アイシャちゃん?」


「あの山が、私たちが連れてこられた『砦』なの?」


「そうだよ。あそこが『忘れられた砦』さ」


「……そうなんだ。こっちから見ると、フツーの山みたい……あんまり、怖くない」


「『外敵』を脅すための仕組みだからね?」


「へー、そーなんだー」


 アイシャちゃんも女子だなあ。興味無いことに、適当な相づちをする。


「怖くないなら、それで良かったよ……これからは、君のことをあの砦が守ってくれるんだ」


「……ソルジェお兄ちゃんは?」


「グラーセスからは、もうすぐ出発するよ―――他にも、倒さなくちゃならない帝国の豚野郎がウジャウジャいるんだから」


「……そうなんだ。アイシャ、さみしいなあ」


「そう言われると、オレもさみしくなるよ……だからね?アイシャ」


「なあに?」


「約束するよ……君たちが、もう苦しめられることのない世界を創るよ」


「苦しくない、世界?」


「ああ……帝国人のヤツらに、ヒドいことされない世界だ」


「でも……アイシャには、そんな『価値』とか、ないよ……キズモノだもん!」


「……だから、それは謝っただろう?……もしも、大人になっても気にするのなら、オレが君をヨメにもらってあげるよ」


「そ、それは、うれしいんだけど。ソルジェお兄ちゃんは、もう三人いるよね?」


「ああ。だから、四人になっても問題ない」


「……ふむー。なーんか、複雑だなあ……」


「イヤならいいんだ。アイシャちゃんなら、オレよりいい男をいくらでも選べる」


「そーかなー?……んー……でも、私には、たぶん見つからない。だってさ、私、かけっこだってドベだもん……」


「……そうか」


「……左足の指、三本も切られちゃたからさー……ソルジェお兄ちゃんのね、おヨメさんになる『価値』なんて、ないんだよー」


「ちがうよ、アイシャちゃん。そんなことは関係ないのさ」


「でも。私は、また追いかけれたら、また捕まっちゃうもの……すぐ死ぬ!そんなおヨメさんだと、お兄ちゃんを悲しませちゃうもの……」


「いいや。大丈夫だよ。君が、誰からも逃げなくていい世界を、創るから」


「……ほんとー?」


「ああ。ホントさ」


「じゃあ!そんな世界が来たら、結婚してあげるね、ソルジェお兄ちゃん!!逃げなくてもいいなら、他のことは何でも出来るもん!!」


「おう。そうしてくれ!!」


「うん!!」


「おい!!聞いていたか、ゼファー!!オレの婚約者がまた出来ちゃったぜ?……こういう楽しいときは、どう言うんだっけ?アイシャちゃん?」


「うたええええええええええええええええ!!ゼファーぁあああああああああッッ!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!』




 ―――ゼファーの歌が響いていった、朝焼けに染まりつつある世界の中を。


 遠くまで、その『約束』を伝えるために……。


 ゼファーは知っている、どんなに苦しい目に遭ったとしても……。


 ヒトには、また笑う強さがあることを。




 ―――そして、本当に叶えたい祈りを背負ったヒトは、決して曲がらないことを。


 命をかけて、走るのだ。


 どんなに辛くても、どんなに苦しくても。


 見たい世界があるのなら、そこに向かって、ただ走るのがヒトなのだ。




 ―――だから、ゼファーは歌いながら、祈るのだ。


 大好きな『ドージェ』が見たい世界に、辿り着けますように。


 いつか、アイシャが誰からも逃げずにすむ『未来』が、来ますように……。


 『未来』を守る偉大なる竜は……『大魔術師アイシャ』と『魔王』の約束を聞いた。




 ―――約束を叶えてやることが、ゼファーの祈りになったのだ。


 闇を払う朝の光を浴びながら、その祈りの歌は……どこまでも響く。


 少女の笑う声が、歌に融け。


 『魔王』の微笑みは、歌のなかに君臨する……。




 太陽は、その日も闇を消し去り、あらゆる人々の頭上に輝いていた。







第三章、『グラーセスの地下迷宮』、終わり。



第四章、『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』へつづく。

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