第三話 『ドワーフ王国の落日』 その11


「……うわ。エグッ!?」


 カミラちゃんの友だちは素直な言葉で、それを表した。ああ。たしかに、その通りだ。殺す前からエグい形状していた『聖隷蟲』だが、今では内臓やら、何だか分からんモノが飛び出しているし、金色の炎がそれを燃やしているしね。


 おかげさまで明るいよ。ありがとう、アーレス。お前が絶世の美少女とかだったらキスするけど。250才超えたシニアな竜だったから止めとく。竜太刀にキスすると、唇にとんでもない深手を負いそうだし?


 しかし……なんというか、困ったな。コレはオレが頭のおかしい竜騎士だからかね?竜と混じっているからか?……言わない方がいいよねえ?だってさ……このあいだ、ミアだって引いてたよね?ザクロアで、オレが死霊と化したゾンビ系状態のヴァシリ・ノーヴァのじいさまと会話していたら?


 オレ、アーレスが混じっているせいで、ちょっと、おかしくなっているのかも。


 そう言えば、ゼファーも『地獄蟲』を苦いけど美味いとか言っていたしなぁ……。


 竜目線だと、コイツらのにおいって―――。


「―――コレ、美味しそうなにおいがするね!」


 ミアが、そう言ってくれた。そうか。オレが変じゃないのか。人類の嗅覚は、『聖隷蟲』の焼けるにおいが、まるでカニとかエビみたいで美味そうって感じになるんだな!!よかった、オレの感覚、ノーマルだあああああッ!!


 ジャスカ姫もうなずいている。よし、オレのノーマル性が更に強まったな。女子二人と意見が同じなら、セーフだろ?


「……ほんと。気分悪いハナシだけど、美味しそうね、においだけは―――」


「うん。食べる?」


「え?ミアちゃん、妊婦に変なモノを勧めないでよ?こんなの食べたら流産しそう」


「そだねー。ジョークだから……うん。ジョーク……」


 ミアの瞳が好奇心に一杯だ。でも、うん。やめとけ。


「ミア、これはドワーフだぞ?ヒトだぞ?」


「うん。そーだよねー、原材料は、あのジジイだもんねー」


「……ああ。あのガルードゥだ。ヒトを喰うのは止めようぜ?」


 そうだ。拠点に帰ったら、甲殻類を探そう。『川』に、エビとかいねえかな……?


「ほんと、死んでくれて良かったわ!!大声で叫びまくるから聞こえていたけど、コイツ、このモンスターの体で、私を妊娠させたいとか言っていたの!?出来るワケないでしょッッ!?」


「いいや、女子側の協力次第では―――ああ、スマン。ジョークだ、ジョーク」


 さすがに。この生物と交尾か……ムリだろ?……なんか、エロい感じしなくもないけど、ガチでその光景を目撃したら、引くんだろうな……。


「……でも、ロジンとはどうするんだ?」


「え?」


「数ヶ月から数年は、アレだぞ?……その、したくなる日もくるだろう?」


「ちょ、ちょっと!?何を言っているの!?や、やるわけないじゃない!?」


「そうか。愛があれば、もしかしたらな、とか……ああ、ジョークだよ」


「……ま、まったく!……カッコいいのか、下品なのか、分からないヒトね」


「人妻を誘惑したら大変だから、クールさをコントロールしているのさ。もう三人もヨメがいるし―――さて。とりあえず、調査でもしようかね」


「え?調査?」


「ああ。何か有益なモノが無いのか、調査だ」


「略奪だあああああッ!!」


 ミアがそう叫び、この聖なるほこらの中を駆けていく。うん。素直な言葉だ。でも、世渡りをスマートにこなすためにも、『TPO』という言葉を教えなくてはならないな。そうだ、時と所と場合に応じて、配慮が必要である。


 ガルードゥは悪党だったよ。でも、ドワーフ族の高級神官ではある。彼らの居住地は、つまりここは聖地みたいな場所だろう?そこを、荒らす―――うん、ドワーフとのハーフであるジャスカ姫には、印象が悪く聞こえるかもしれない。


「……ジャスカ姫、その、ミアが言っているのは―――」


「―――いいわね!!ドワーフ族の……グラーセスの財宝!?」


 あ。大丈夫だ。そうだ……この人は強盗団みたいな荒くれ組織、『ガロリスの鷹』のリーダーだった。残酷な集団らしいから、もしかしてオレたち以上に、略奪のプロかもしれない。


「そうだ。たんまりいただこう!!」


「うふふ!!鍵とか開けるの、上手なのよ?」


「ノリノリだね。でも、戦利品を略奪するのは当然だけど……情報も欲しいんだ」


「情報……ね?どんなことを探すの?」


「なんでもいい。ベストは地図だ」


「なるほどね。上のドワーフたちは、あまり入ってこないらしいけど……隠者であるガルードゥたちは、この地下迷宮で暮らしていた……」


「そう。ならば、当然、地図の一枚や二枚があっても、おかしくはなさそうだ」


「ふむ。それはいいモノね。でも、何に使うの?」


「カミラは話しただろ?」


「……ああ。そうね、ルード王国へと繋がる、『制覇の道』ね」


 ほう。『制覇の道』……ルード王国からすれば、『侵略路』って印象だが。TPOによるんだろうな、そいつの名称も。


「そうだ。とにかくその地下通路が健在であるのなら、グラーセスが帝国に陥落した場合、どうにか対策を取る必要が出てくる」


「……きっと、健在よ」


「……だろうな。ドワーフの構造物の頑丈さは、この旅でよく分かっている」


「どうするの?」


「……どうにかしたい」


「……えーと、考えが無いということかしら?」


 妊婦さんはオレのことを呆れ顔で見ている。とても居心地が悪くなる視線だね。


「仕方ないだろ?オレは、ガンダラみたいに賢いわけじゃない。そもそも、カミラを探すことが最優先だったからな」


「そうよね?……うん。貴方はよくやったわよ、サー・ストラウス。ザクロアから飛んで来て、愛する妻を取り戻したのよ?」


「ああ……そうだ、そのことに関しては上出来だ。奇跡的なことだよ、戦地で行方不明となった人物を取り戻せるなんてことはね。経験上、滅多とない」


「ええ。私もよ。おめでとう」


「ああ。ありがとう……君がカミラを介抱していてくれたおかげでもある」


「そんなに大したことはしていないわ」


「いいや、オレには大きな意味があったことだ。さて……とりあえず、地図を探そう」


「そうね。ガルードゥが後生大事に懐とかに持っていなければ良いけどね……?」


 姫さまの視線が、オレの呼んだ炎につつまれて、ゆっくりと燃えていく『聖隷蟲』を見つめていた―――そうだな、あり得ることだから、そうじゃなければいいんだが。


「……他の死体も探ってみる?」


「当然だ。お手伝い出来るかな、ジャスカ姫」


「もちろんよ」


 そして。オレは焼けるエビと同じにおいが漂う場所で、神官たちの首無し死体を探るという罰当たり行為に没頭する。うん。死体を探ることに罪悪感はないが、なんというか収穫物が少ないな……。


 汚れた古い服だし、装飾品も工芸品レベルというか。質素過ぎるな。ドワーフはもっと金属を身につけていそうだが、ここは隠者たちの住み処だからか……質素だな。


「しけてるわね」


 そのうち母親になる女は、舌打ちしながら死体の頭を叩いている……。


「……そうだな。なんか、小銭も持っていない。まあ、ここじゃ使う所もないか」


「静かな祈りの生活だったのかも?」


「野心を持たなければ、殺す価値も生まれなかった男だがな」


「野心を持たない男なんて、ちょっとつまんないけどね。でも、このバケモノは無い」


「だろうね。向こうは最終的に求愛してたけどな」


 さて。うん、金になりそうなモノは……もとい、情報は何も得られなかった。うむ。さて、どうする……?となりの部屋も見てみるか、ミアが走って行っちまったけど?


 ……って考えていたら、ミアが戻って来た。色々抱えている。さすが、オレの妹!


「お兄ちゃーん!!見てみて!!」


「なんだ?いいモノがあったか?」


「うん!!はい、『地図』!!」


 ニンマリ顔のミアは、オレにその古い地図を手渡してくれる!!


「おおお!!いきなり、でかしたぞおおおッッ!!」


「えへへへ。褒められると、幸せだー」


 ミアの猫耳がピコピコ動いている!!ああ、抱きしめたいッ!!他意はないんだ!!愛しいから、本当に抱きしめたいぜ!!


 ……でも、ミアには報告の続きがあるようだ。略奪用の袋に手を突っ込み、モゾモゾしている。うむ、期待感が、高まるな。


「はい!!……変な『輪っか』!!」


「お、おう。ホントだー、変な『輪っか』だー……」


 そうだ。それは、確かに変な『輪っか』だった。うむ。丸い金属の輪があり、そして、取っ手と……どこかへ差し込むような突き出た部分……。


「どこで使う『ハンドル』だ?」


「ああ。それは、ここの『水路』の流れを変えるための道具ね」


「ほう。つまり、これを使えば?」


「あちこちに、隠されている水門があってね。そこでコレを取りつけるための穴がある。そこに刺してハンドルを回すと、水門が開いたり閉じたりするのよ?……そしたら、『水路』の流れが変わる」


「すると―――『運河』として使えるのか」


「ええ。でも、流れが変わるのは数十分だけね……そのあとは、元の状態に復帰していくわね。何か仕掛けがあるんでしょう、この地下迷宮の壁とか天井とか床下に」


「それについて、君らは詳しいのか?」


 ジャスカ姫は首を横に振っていた。彼女は眉間にシワを寄せる。


「んー。ロジンが調査をしていたから、少しぐらいは詳しいわ……でも、今はあんまり会話とか、出来なさそうよね?」


「……ああ。コレと同じことになっているからね」


「やめてよ。ヒトの恋人を、このグロいスケベ蟲と同じ扱いするなんて?」


「たしかに。すまなかったな。デリカシーに欠いた発言だった」


「はあ。まあ、いいわ……ん?ミアちゃん?」


 ミアがニコニコして待機中だ。


「お話し、終わった?」


「え、ええ?なに、もしかして、まだ、何かあるの!?お宝っ!?」


 盗賊系姫さまがワクワクしておられるぞ。うん、オレも楽しみだ。


 この『ハンドル』と地図があれば……なかなか移動も楽になりそうだ。いいアイテムが二つ続いた。じゃあ、次も期待してみたくなるだろう……?


「はい!!『なんだか大切そうな鍵』ッ!!」


「まあ!!ほ、ほんとうだ……やけに大きいし、なにか、『魚』の飾りがついてるわ……どこかの水門の鍵?」


「……うむ。たしかにな。魚は、水とか川を連想させますなあ」


「私のことバカにしている?貧相な発想だって?」


「いいや、そんなことは思わないよ」


「はい。お兄ちゃんに、プレゼント!!」


「おう!!うむ……ほんとだな、『魚』がついてる……?」


 ムダに大きく、そして古い。


 インテリアでこれを置くとか、そういう粋な趣味は僧侶やら神官たちには無いだろうな?……オレさ、いつか豪邸を建てたら、自分の部屋には『錨』を置いてみたいんだ。え?『錨』さ。船とかで使うアレ。なんか、カッコよくね……?


 ……オレの趣味はともかく。おそらく、『実用性があるもの』しか、質素な宗教集団は配置しちゃいないだろう―――もしくは、当事者以外には、まったく意味とか無い物体も、宗教集団は配置するかもしれんが……。


 そうだよな、あの割れちまった土偶とか……無意味にたくさんあったけど、何なのだろうか?……オレ、じつは骨壺とかじゃないかとか心配しているんだけど、大丈夫かね?まあ、呪われても?カミラに吸ってもらえばいいんだけどな。


 さて。この鍵ね?


「はい。お兄ちゃん。謎解いて?」


「謎があるかどうかも分からんなぁ?……たしかに、姫の言う通り、水門の鍵かもしれん。魚のマークは怪しいし、この鍵の形状は……指で触るに、かなり緻密だ。雑に見えるのは、技巧だな。欠けているワケじゃない。わざと、削って、欠けたように見せている」


「……ふむふむ!!ということは!?」


「……これを使う鍵穴も、とても複雑。つまり、何か、大切な扉を開くための……あるいは重要な装置を動かすための鍵だろう」


 そうだ。ドワーフは、『無意味』を好まない。職人とは、そういうものだ。シンプルにそぎ落とし、最善を成す。この30センチ近くある鍵が、複雑ということは、複雑な装置を動かすための鍵だろう……あるいは、宝物庫ならワクワクするんだが……。


 この『魚』がな……恋愛脳を持つアホ系姫さまじゃないが、いかにも『水』を連想させていけないな。魚、川、水、水門……うん。じつに単調な連想リレーだけど、否定するための根拠も入らない……。


「……ん?」


「あ。お兄ちゃんの探偵としての勘が動いた的なッ!?」


「まあ、探偵もやってるの?ハーレムに傭兵に探検家に、探偵?ほんと手広いわね」


「ハーレムはプライベートだから……というか、探偵でメシは食っていない」


 しかし。


 うむ。カッコいいね、『隻眼の探偵』……クールでモテそう!!


 さて、冗談はともかく。気づいたことはある。意味があることかは分からんが……。


「……じつはこの鍵。この『魚』の部分と、『鍵』のボディ部分が……捻ると外れるな」


 キュキュキュ。綺麗な音がして、オレの両手のなかで、その鍵は解体される。


「おお!!ホントだ!!」


「よく、そんなコトに気づくわね……神経質なの?」


 あれ?どこか非難されている気がするな。ジャスカ姫よ、豪快じゃないオレのコトをつまんないと感じているのかね?……でも、オレには繊細な一面もあるのさ。


 そして、いつか『隻眼の探偵』と呼ばれるかもしれないオレは……本当にどうでもいいことに気がついた。


「……あと。これ、重さがほとんど同じ―――ていうか、たぶん、まったく同じだぞ」


「……はあ?だから?」


「知らんよ。本職の探偵じゃないんだから、何でもかんでも分かるかよ?」


「それに、意味があるの?」


「ある!!ミア、人間やじろべえだ!!」


「ラジャー!!」


 ミアが、片脚立ちになり、その両目をギュッと閉じる。そして、両腕を水平に伸ばす。


「はい、人間やじろべえの完成!!」


「まあ、かわいらしいわね?……それで?」


「かわいいだろ?……それで十分だ」


「そう」


 イマイチな反応だ。


 クソ。なんだか、期待にこたえられなかったダメな男にでもなった気持ちがする。


 オレは、アンタたち夫婦と、その間に生まれてくる命を守った男だけど?……まあ、いいよ?好きでやったことですからね。リスペクトが薄味でも気にしないさ。


「……ほら、ミア。両手を上に向けて、はい開く。そして、ほーら、どーだ?」


「……おお。まったく同じ、重さ!!」


「ミアは、1グラム以内の誤差も分かる。だから、ミアがそう言うのなら?」


「それらのパーツは同じ重さなのね?」


 そうさ、オレとミアはニヤリとドヤ顔!!……姫さまはくしゃみしてる。反応がない。まあ、同じ重さだからどうだというハナシだがね……。


「ああ。あと、同じ金属で作られている……でも、何かは分からない。ドワーフがオリジナルで作っている魔法金属っぽい……」


 オレはミアから二つの部品を回収する。ミアはやじろべえモードから、ノーマル・モードへと元に戻る。ふむ、そのゆっくりとした動作が愛らしい。


「で。ソルジェ・ストラウス。つまり、コレは何なの?」


「……分からない。だが、おそらく大事なものだろう。意味が無いようには思えないんだよな……とくに、この『魚』?」


「鍵本体じゃなくて、飾りの方?」


「わざわざ、外れるように作ってあるのも変だろう?……外すまでは、鍵にしか見えなかったけど?……ほら、外して二つにすると、このデコボコした『棒』と、『魚の彫刻』……どっちが大切なモノに見えるかい?」


「……意味があるのは、『魚の彫刻』の方ね?『棒』は、ディテールが粗いのもあって、鍵と一目では思えないわ」


「……しかも、無くしやすいのは『棒』の方……『棒』が大切なら、くっつければいいじゃないか?ドワーフなら、それぐらい容易い」


「……そうね。ふむ。それで、結局それは?」


「わからん!……だが、回収しておこう!!ミア、他には?」


「食糧がそれなりに、備蓄されてあるよ!!」


「いいわね!!そういう物資は、必要よ!!」


 うん。オレの下らん分析よりも、食べ物の方への熱意が大きいな姫さま……。


「……とりあえず、船に色々と積み込むぞ?本は全て回収する―――この地下迷宮に何か意味があるのなら……それを、オレたちの戦にも使えるんじゃないかね?」


「戦に、使う?」


「ああ。『忘れられた砦』と繋がっているんだぞ?……戦闘用だろう。この地下迷宮には、戦のための実用的なモノが接続している……そこに意味があればいいんだが」


「ドワーフたちも、忘れていることなのよ……考えて分かるの?」


「そういうことの『専門家』が、グラーセスに来ているし、しばらくすれば合流も可能だ」


「なら、そのヒトを頼るのね?」


「……ああ。そうだね。オレじゃ頼りないから……とにかく、資料と物資を、全部強奪していこうじゃないか?」


 そうだ。頭脳労働は専門家に任せちまおう。オレたちストラウス兄妹みたいなアホの民は?妊婦さんの指揮のもと、せっせと小麦袋を運ぶんだよ、奴隷みたいに重労働をこなすのさ。


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