第14話 講和会談
頭上では太陽が高々とその光を降らせていた。真昼だ。レキサムの会戦は短時間の戦いだった。ホラズム軍の死者は十人足らず、エキドナル軍の死者は五十を軽く超えていた。この短時間の戦いで、レキサムにおける両軍の数が逆転したのである。
しかし、今回の勝利はともかく、現状ではアイステリア側の圧倒的優勢というほどでもなかった。
ホラズムとの会談を終えたクリシュナは、敵陣へ講和の使者を送った。驚いたことに、エキドナル王弟シュライザルドはあっさりと会談に応じた。
今度は、私もその場に立つことができた。アイステリア側はクリシュナの他にホラズム、ブランジールが代表として席についていた。ロナーと双子は護衛として、私も一応護衛という立場でそこにいた。
私はまずホラズムに注目した。白髪で小柄だが、鋭い目が印象的だった。ブランジールと同じで、少年だったクリシュナをよく知る人物だということだった。クリシュナが名将と称えたこともあり、見ているとなるほどと思える物腰を感じた。また、敵であるシュライザルドの態度もホラズムの存在を重んじていたし、ホラズムもシュライザルドを好敵手として認めているようだった。そのことからも、これまでの両軍の戦いぶりが想像できた。まさに互角だったのだ。
だからこそ、この交渉は、クリシュナが主導権を握った。互角の戦いから完勝へと変化させたのは他ならぬクリシュナ軍だったからだ。
おそらく商人たちから入手した情報なのだと思うが、クリシュナはエキドナルのさらに北に位置するヌクラ国の不穏な動きを伝え、さらに、エキドナル王都の内紛を指摘した。
シュライザルドはクリシュナが本国の状況をそこまで掴んでいたことに驚きを隠さなかったが、アイステリア王家の混乱を指摘し、両国の状況は変わらないと断言した。
そこでさらにクリシュナは、私は三ヶ月以内に王になり、国内は安定し、アイステリアは二年以内に国力を以前よりも高める、と言い切ったのである。
エキドナル側の代表は一笑したが、シュライザルドだけは笑わなかった。
「そうなったら、何が変わるというのだ?」
「エキドナルが今のままなら、エキドナルの南半分もアイステリアの一地方になるでしょう」
王弟の質問に対し、クリシュナは丁重に答えた。しかしその内容は過激すぎるほどに過激な内容だった。「そして、北半分はヌクラの手に」
「ヌクラと手を結ぶ、というのか」
シュライザルドは目を細めた。その表情からは感情が読めなくなっていた。
クリシュナの発言は、シュライザルドを怒らせようとしているかのように思えた。
「今、ラテ国の一軍がエキドナル軍の援軍としてこの平原に進軍しているように、ヌクラとアイステリアの同盟は可能だと思いますよ」
そう言ってクリシュナは笑った。「ラテ軍は五日後にここに着く進軍速度ですが、みなさんがラテの赤い旗をこの平原に見ることはないでしょう」
この一言にエキドナル側の代表は青ざめた。
そしてこれには味方であるホラズムやブランジールも驚いていた。
ホラズムたちはラテ軍の接近を知らなかったのである。
私やロナーは驚かなかった。正確に言えば、驚いていたのだが、クリシュナに驚かされることにはもう慣れていたので、驚きを表面に出さずに済んだだけである。
「見せかけの講和会談で時間を稼いでも無駄ですよ。ラテ軍には、アイステリアのホラズムも、エキドナルのシュライザルドもいない。彼らを壊走させるのは息を吸うほどの難しさもない。シュライザルドさま、あなたでさえ、今日の会戦で私に敗れたというのに」
シュライザルドはじっとクリシュナを見つめた。頑強な肉体、堅固な意志、そして理知的な目の光。年齢も加えて、外見だけならば、王弟であるシュライザルドはクリシュナの何倍も王らしく見える人物だった。
沈黙はそれほど長く続かなかった。シュライザルドが声を上げて大きく笑ったのである。
「はは、アイステリアの王子よ。そなたの言うおそろしい未来をどうにか変えたいのだが、どうすればよいのか教えてもらえないか」
シュライザルドにそう問われたクリシュナは、笑顔のままでとんでもない言葉を口にした。
「次に会う時、互いに王として出会えば、また違った未来になるでしょう」
これには私もロナーもさすがに驚いた。その場にいた者が息をのんだ。ただ、クリシュナと双子を除いて。
結局、この交渉はクリシュナの思い通りに進んだのである。
一つ、両軍とも十日以内にこの平原から兵を引く。
二つ、アイステリアとエキドナルの国境は現段階では特に定めない。
三つ、それぞれの国から離脱して独自の活動をしている町は互いに自由に攻めてよい。
四つ、その町がどちらかの国への帰属を表明したら軍を引く。
五つ、その結果としての領土を両国の境界線とする。
このような五つの約定がクリシュナとシュライザルドの間で交わされた。
五十年続いた戦争がこの場で一つの終りを迎えた。この国は、本当に変革への明確な一歩を踏み出したのである。
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