6話 帰路

「それにしても、吉村君はひどい」

「何がだ?」


 委員会会議の後、忠長と雫は並んで帰路に就いていた。


「ナイフ。四本しか使わなかった」

「あー、あれかぁ。いやだって、あの時にナイフを全部使ったら、次の一手を打てなくなるだろ?」

「確かに。全部使ってたら、嬉々として攻撃してた」


 あっけらかんとして嘯く雫に対してジト目を送る忠長。

 そんな彼の灰色交じりの目を覗き込みながら、雫は微笑む。


「でも、結果は変わってなかったと思う」

「……お前、あの時〝やっぱり〟って言ってたよな? 何処で判断したんだ?」

「足運びと重心。わざとらしすぎ。ブレているように見えて、何かあったらすぐに動ける足運びと重心移動だった」

「……今度から気を付けておく」


 学校内に設けられた鉄道駅に辿り着いた二人は、途端に黙り込む。が、居心地の悪いものではない。

 暫くすると、駅の自動放送が列車の接近を報せる。


『間もなく、一番ホームに市内連絡列車が六両で参ります。足下の点字ブロックより内側へお下がり下さい。なお、当列車は途中駅の学生寮前、商店街前には停車いたしません。お乗り間違えのないようにご注意ください。次は、山川高校正門駅に停車いたします』


 という放送とともに、六両編成のステンレス車が入線してくる。


「今更だが、雫も外から通ってるのか?」

「ん。寮に入ってもよかったけど、偶々外に家を持ってたから」

「俺もそんな感じだ。にしても、ここはすごいな」

「確かに。学校の敷地内に寮も飲食店もゲームセンターもあるなんて驚き」


 この学校はかなりの敷地を有しており、その中には学校は勿論のこと、学生寮や飲食店、ゲームセンターなど、生活に必要なものの殆どがここで完結するようになっている。

 また、現在忠長達が乗っている鉄道は、乗車する為に学生証などの身分を示す書類が必要で、実質的な貸切列車となっている。

 さらに、ここは四方を山や森で囲まれており、ここから外へ出るためにはこの鉄道を使うか、歩いて山越え、森林越えをしなければならないため、一部の生徒は格安で提供されている学生寮を使っているのだ。


 電車に揺られること約三十分。

 忠長達は【山川高校正門駅】で降りて、言葉を交わす。


「俺は食材を買うからここで降りるが、雫はどうする?」

「私は、このまま帰る」

「そうか。じゃあ、十三日に、また」

「うん、また」


 二人はそう言って別れる。

 忠長はそのまま【山川高校正門駅】と頭上の看板に書かれた改札機にICチップが埋め込まれた学生証を翳して抜ける。

 その前には、大規模な駐車場が並んでおり、大型の観光バスが数十台止められる駐車スペースも用意されていた。


「……正門前駐車場って、やっぱり此処のことだよな?」


 そう言いながらスーパーの方へと足を向ける。

 途中、見知った顔の少女が腕を組んで立っていたような気がするが、取り敢えず無視して歩みを進める。


「ちょっと! なんで無視するのよ!」

「……遥香。何でここにいるんだ?」

「だって、今日は忠長君がご飯を作る日でしょ? なら、私がついていくのは自明の理! そして私にご飯を奢るべしっ!!」


 忠長に向かって細い指をビシィっと突き立て、そんなことを言ってのける黒髪ロングの彼女こそ、彼の幼馴染にして妹弟子、そして上司でもある秦遥香はたのはるかだ。


「……食費、半分持ちで考えてやろう」

「っし!! それじゃあ、さっそくスーパーにいこー! あっ、初寧ちゃんに連絡しておいてね!」

「へいへい」


 忠長はポケットからスマホを取り出して、メッセンジャーを開く。

 彼の親指がスマホの上で舞い踊り、送信ボタンが押された。


《今日、遥香と一緒に帰るから食器の用意よろしく。何か晩御飯にリクエストは?》


 すぐに〝既読〟が付き、返信が来る。


《了解しました~。ご飯は唐揚げがいいですっ!》

《初寧、この前も揚げ物だっただろ。太っても知らないからな?》


 それだけを一方的に送ってから画面を消してポケットに仕舞い込む。

 抗議のメッセージが届いた気がしなくもないが、気にしない。


「今日は唐揚げだとよ。鶏ももとサラダにする野菜だな。調味料とかは一式揃ってた筈だし、ドレッシングはごま油と砂糖、お酢で作ればいいから。あっ、まだ昼飯食ってない。惣菜でも買って帰るか」

「りょーかいっ!」


 遥香は嬉しそうに忠長の前を歩き、振り向く。


「なにしてるの~? 早くいくよ~!」

「……へいへい。お嬢の仰せのままに」


 二人並んで歩く姿は、まるで長年連れ添ってきた夫婦の様。

 そう見える程、二人は互いに全幅の信頼を置いているのであった。

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