第20話
スゥハと二人で暮らす大樹の家。季節は巡る、春、夏、秋、冬。季節とともにいろんなことがある。
僕はちょっとうんざりしながら、目の前の二人に声をかける。
「あのさぁ。二人ともなんでそんなにツンケンしてるの? 仲良くしてよ」
「この女が身の程をわきまえずにいるからだ! 人間のくせに!」
「私は仲良くしようとしてますよ。今もお茶を入れているところです」
僕の幼馴染みにして悪友、黒鱗赤角のミレスが遊びに来たけど、なぜかスゥハを嫌っている。今もスゥハのことを睨んでいる。
スゥハは涼しい顔しているけれど、スゥハもミレスに対してなんだか態度が冷たい。
大樹の家の二階で三人でお茶をしてるんだけど。
ミレスには魔法で人に化けてもらっている。黒い髪に褐色の肌に赤い瞳の人の形。
ミレスは椅子に座ってふんぞり返って、
「久しぶりに会いに来てみれば、人間の娘と家族ごっこか? ユノンの変態!」
スゥハはミレスにリンゴのタルトとお茶を差し出して、
「えぇ、ユノンには家族同然に扱って頂いています」
「お前がユノンの名前を呼び捨てにするな! ユノンも人間を飼うなら主従関係ってものを教えておけよ!」
「ユノンがそう呼んでほしいと言ったので、いつもユノンと呼んでいますが? あ、ユノン、お茶のお代わりはいかがですか?」
いや、スゥハが僕の呼び方をユノン様からユノン呼び捨てに変えたのって、ミレスが来るようになってからだよね?
「なんでふたりともそんなに仲悪いの?」
「ユノンのお話に聞いてたミレスさんを男だと思ってました。まさか女ドラゴンだったなんて」
「俺が女でなにが悪い! ユノンも俺が目を離した隙に、人間の女の尻に敷かれやがって」
うん、スゥハのお尻は柔らかいよね。たまに敷かれるのもいいな。
こうしてミレスが遊びに来るようになった。
ただ、スゥハとミレスは顔を会わせると口げんかになる。
仲良くして欲しいんだけどなぁ。
村の秋祭りに行ったり。
人に化けてフードで顔を隠して、旅人の振りをして村に入る。村は大きくなって町と呼んだ方がいいかもしれない。
祭りの祭壇にはドラゴンの像が立ち、その前でスゥハが祈りを捧げる。
僕は人混みに隠れてその様子を見守る。
「今年の実りに感謝します。偉大なるドラゴン様。慈悲深き我らの守護神様。これからも我らを見守りください」
みんなからドラゴンの聖女と呼ばれるスゥハ。秋のお祭りを仕切るのはスゥハの仕事になってしまった。
祭壇で町のみんなにドラゴンが山に降り立った日のことを語るスゥハ。堂々としてかっこいい。そして僕は大げさに語られるドラゴン降臨談に照れくさい。
夜が更けても人々は酒を飲み歌を歌って踊る。昔に比べて豊かになったなぁ。
翌日に家に帰ったスゥハに聞いてみる。
「スゥハ、昨日はお疲れ様。毎年、祭りの賑わいが大きくなっていくみたいだね」
「人も畑も増えましたから、鉄と銅の鉱床も見つかって村で作れるものが増えましたし。ユノンに製鉄技術を教えてもらったおかげです」
「頑張ったのはあの村の人達だよ。でも旅人の僕にただでお酒と食べ物とお菓子をどんどん持ってくるんだ。冬の備えはいいの?」
スゥハはうふふと笑って
「十分です。それに私がみんなに言っておきました。祭りを見に来た旅人は、正体を隠して村の様子を見に来たドラゴン様かもしれないって」
「それでかー。飴を持ってきた子が僕のフードの中を覗こうとして、母親に引っ張られて行ったよ」
隣の国の王にスゥハが呼ばれたり。
「陛下の御前であるぞ。跪け」
お城の中、赤い絨毯の先に偉そうに玉座に座った男がいる。回りにも着飾った人達がふんぞり返っている。
僕は人に化けてスゥハの従者の振りをしている。スゥハは偉そうな人達の前に立ち、
「私はこの国の民ではありません。また、我らの町はこの国の領地でもありません。私が額づくのは私が仕えるドラゴン様のみ。ここで跪くいわれはありません」
スゥハかっこいい。
「ドラゴンの威を借る小娘が偉そうに」
「あなた方こそ、あの町に要らぬ手出しなどなさらぬように」
「まぁ待て。王はドラゴンを従えるそなたのことを高くかっている。その力を持って我らの王に仕えぬか? 栄誉も報酬も思いのままぞ?」
「あなた方はドラゴン様の力を何に使うおつもりか?」
「知れたこと。ドラゴンの力を思いのままにできるなら、我が国に勝てる者などおるまいて」
「また、ドラゴンの脅威から我が国の領地を守れますゆえ」
「ドラゴンは財宝を集めることに長けるという。上手く使えば国庫も潤うだろうて」
「ドラゴンの聖女は山の中で慎ましく暮らしていると聞く。どうだ? 我が国の贅を味わってみたくはないか?」
好き勝手に言う人達の話を聞いて、スゥハの手が震えてきた。あ、これスゥハが本気で怒ってる。
「矮小な身で何を思い上がったことを! 身の程を知れ! 愚か者ども!」
スゥハの一喝に王も偉そうな人達も身を引く。うん、スゥハが本気で怒ったら僕もミレスも思わず『ゴメンナサイ』と口にするからね。迫力あるんだよね。
でもスゥハ、今の言い方ってなんだかドラゴンみたいだよ。ずっと僕といたから影響されたかな。
もう、ここに用は無いかとバルコニーへ。スゥハが後をついて来る。
「ま、待て! その小娘を捕らえよ!」
僕はバルコニーから外にジャンプ。変化を解いてもとのドラゴンの姿に。
ズン! と音を立てて地面を踏む。
「ド、ドラゴンが出たぁっ?」
驚いて転んだり硬直したり泡を吹いて気絶したり、僕の姿を見ただけでだらしのない。
スゥハを背中に乗せようと手を伸ばす。
スゥハは一度振り向いて、ドラゴンに怯えて腰を抜かす一同に凛として告げる。
「二度と身の丈に合わぬ欲を抱かぬように。怯えるほど恐れるものを己の好きにできるなどと、思わぬように」
スゥハは僕の手に足をかけて僕の背中に乗る。僕は一声吠えてお城の人達を脅かしてから飛び立った。
「スゥハ、言ってやったね。かっこよかったよ」
「だってあの人達、バカなことばっかり言うのですもの」
「脅かしておいたけど、どうなるかな?」
「今は町にも守備隊がいます。魔狼さんが撃退した傭兵くずれのもと山賊ですが。改心して町のために働く間は死刑は延期という約束で頑張ってくれるそうです」
「あの森が天然の要塞みたいにはなってるか。それにしても、スゥハは怖く無かったの? 兵士に囲まれていたのに」
「ユノンが側にいてくれますから」
「あの人達もドラゴンを使うとか口にしてたのにだらしないの」
「初めてドラゴンを間近に見たら、人はあんなものですよ。私も初めてユノンに会ったときは、恐怖で漏らしてしまいましたし」
スゥハと初めて会ったときを思い出す。オシッコ漏らして腰が抜けて立てなくなった小さなスゥハ。
「大きな身体で、私を一口で食べてしまえそうな大きな口。だけど鱗は真っ白に煌めいて、額の銀の角はまるで聖なる剣のように輝いて。初めて見る美しさと恐ろしさに魅了されて、怯えて、震えて、あのときは頭の中がグチャグチャになりましたよ」
「でも、スゥハはオシッコ漏らしながらも言うことはちゃんと言って、僕と話もできたからね。今、思い返すとスゥハって人間の中では度胸あるんだね」
「そうですよ。今の私を怯えさせるなら、そうですね、ユノンとミレスさんが本気で怒ってドラゴンの姿でケンカでもしないと。だからあんな人達が何人集まって剣とか槍を向けても、なんとも思いません」
「凄いねスゥハ。でも僕とミレスを叱れる人間なんてスゥハしかいないから、最強かもよ?」
「今回は、ちょっと死ぬかもなんて考えてましたけど。ユノンも従者役お疲れ様でした」
「いえいえ、ドラゴンの聖女様にお仕えできるなど、光栄の至り」
「もう」
スゥハが僕の背中にしがみつく。首に腕を伸ばす。
「ユノン、今日はいっしょにお風呂に入りましょう」
「え? いいの?」
「死んじゃう前にしたいことはしておかないと、と思いまして」
恥ずかしくない? と聞いたら、恥ずかしいですよ、とスゥハは応えた。僕の首を撫でながら。
「あの町の人間は、なにかおかしいな」
フイルがスゥハの作ったロールケーキを食べながら、
「なにがおかしいの?」
「ドラゴンの財宝を狙いに来た盗人どもを撃退しただろう」
「いたね、そんなのも」
「あのときの盗人の頭は殺したが、そのときの手下どもはあの町の住人になっていた。先日そいつらが、そのとき見逃してくれたお礼だと、我らに町の菓子を捧げに来た」
「へぇ、礼儀正しくなったものだね」
「どうもあの町に住んでいると、人間は魔狼もドラゴンも怖れなくなるらしい。奇妙な町だ」
「原因はスゥハの影響かなぁ」
僕とフイルが見る先には魔狼とスゥハとミレスがいる。ミレスが魔狼をひっくり返して、その胸とお腹の毛をスゥハが両手でワシャワシャしてる。楽しそうだ。
「おかしな娘だ」
フイルが目を細めてスゥハを見てる。
ん? おかしなとお菓子なをかけたシャレだったのかな。
季節は巡る、春、夏、秋、冬。
鹿を捕まえて、血抜きをして解体。終わって大樹家屋の二階に上ろうとすると上からスゥハとミレスの笑い声。なんだか盛り上がってるみたい。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ユノン」
「おう、お邪魔してるぜー」
スゥハとミレスがエプロン着けてお菓子を作っていた。ミレスがエプロン? そしてクッキー作り?
二人で伸ばした生地の型抜きをしている。
「なんだか二人で盛り上がってるね。なんの話をしてたの?」
スゥハとミレスは顔を見合わせて、ミレスが言い難そうに、
「あー、女同士の内緒だから、ユノンには話せないことだ」
「え?」
スゥハも、
「そうですね。乙女の秘密ですのでユノンには秘密です」
「えぇー? いつの間に二人ともそんなに仲良くなってたの?」
二人で僕を見て、クスクスと笑って。
「それは、まぁ。スゥハのこと解ってきたし」
「私とミレスさんは同じ気持ちの同士だと分かりあえましたので」
「なー」
「ねー」
二人が仲良くなったのはいいことかな。
「楽しそうだね。僕も混ぜてよ」
「いや、スゥハと話したいことがあるから、ユノンは下がっててくれない?」
えー?
「クッキーが焼けたらお呼びしますね」
えぇー?
「あ、うん。じゃあ僕は洞窟で作業してるから」
二人に追い出されるように家を出た。
二人が仲良くなったのはいいけど、それで僕が除け者にされるなんて思わなかった。
寂しい。
夏のある日、夕方に雨が降る。
町の人間が森の奥に入ったと魔狼が知らせて、スゥハは森の中に行った。
雨に濡れて帰ってくるだろうとお風呂を沸かして待つことに。
「ただいま戻りました」
スゥハが帰ってきたけど、
「スゥハ、その子は?」
びしょ濡れのスゥハにしがみついているのは、黒髪の小さな女の子。
「森の中に迷いこんでいました。なんでも、飛んでいく白いドラゴンを追いかけているうちに森の奥に入って帰れなくなったと」
「え? 僕を追いかけて? ひとりで森の奥に?」
町の人たちなにやってんの。
「雨がひどくなったので連れて来ました。雨が止んだらすぐに町に帰しますので」
「そうだね。仕方ないね。だけどよく来れたもんだ」
「ほら、シノム、ご挨拶しなさい」
「し、シノムと申します。ドラゴン様の聖域に迷いこみました。二度とドラゴン様のすむところには近づきません。どうかおゆるしを」
スゥハが教えたのかな? どうやらスゥハに怒られたみたいでビクビクしてる。
町の人間はドラゴンの住み処と魔狼の領域には踏み込まない。これは今も守られている。たまに来る余所者は魔狼を見るだけで逃げて行くけど。
僕はゴホンと咳払いして、
「シノム、雨が止むまでここに滞在することを許す。もう一人で森の奥に入っちゃだめだよ」
「あ、ありがとうございます。あの、本当にドラゴン様、ですか?」
今は人の姿だからなぁ。尻尾を伸ばしてシノムの胴に巻き付けて、高い高いと持ち上げる。
「そうだよ。魔法で人に化けているけど、この尻尾と角が証だ。触ってみる?」
シノムは持ち上げられたまま、僕の角と尻尾をペタペタ触る。目がキラキラしてる。
「銀の角、ステキ……」
「シノムもびしょ濡れだね。スゥハ、シノムと二人でお風呂に入って来なよ。シノムは明日の朝、町に送って行こう」
「はい。シノム、今回だけ特別にお許しをいただいたのですからね。それは忘れないように」
スゥハはシノムを連れてお風呂に。その前にスゥハが僕に言う。
「ユノン。一晩だけ、が一冬だけ、になってその後もずっとにならないように気をつけてください」
あぁ、それは本当に気をつけないとなぁ。
季節は巡る、春、夏、秋、冬。
スゥハと過ごす穏やかな日々。
たまにケンカすることもあるけれど、二人で過ごす暖かく愛しい日々。
季節は過ぎ行く、春、夏、秋、冬。
大樹寝室のベッドの中で、横になってスゥハが言う。
「今年の冬は、越せないかも知れませんね」
「またそんなこと言って、去年の冬も同じこと言ってなかった?」
「そうでしたか?」
時は流れる。流れる時間は止められない。
人とドラゴンの時間は違う。
そんなことは知っている。それでもスゥハと共にいることを選んだのは僕だ。
スゥハといっしょに過ごして、スゥハは少し大きくなって、それから少し小さくなって顔はシワシワになった。
それでもスゥハの瞳は変わらずに、綺麗なまま僕を見つめる。僕のスゥハへの愛しさも変わらない。それどころか、時を重ねるごとに深くなる。
「私がこの家に来て、六十年。あの街の誰よりも長生きできました。ユノンのおかげで」
「スゥハには僕の作った薬湯を試してもらってるからね。これなら百まで生きられるよ」
スゥハのベッドの近くに行く。スゥハの赤い髪を優しく撫でながら、
「今年の秋の祭りには行けなかったけど、来年は二人で行こうね」
スゥハは僕を見上げる。右の黒い瞳で、左の灰色の瞳で。
「ユノン」
「なに? スゥハ」
「私を抱っこしてください」
「うん」
スゥハを優しく持ち上げて、ベッドの上に胡座をかいて座る。そこにスゥハのお尻をおさめてスゥハを胸に抱く。
「スゥハは素直になったよね」
「昔は恥ずかしくて言えませんでしたから。今だから言えますけど、私はいやらしい女なんです」
「そうなの?」
「知ってるくせに。そういうところはいじわるなんだから」
「いじわるのつもりは、無いんだけど」
「昔は、ユノンの裸を見て、なんであんなに恥ずかしいのか分からなかったけれど。ユノンとのいやらしいことをつい考えてしまって、そんなことを考えてる女だって知られたくなくて、それでつい逃げてしまったの」
「僕はそんなスゥハが可愛いと思うけど」
「ユノンはおもしろがって、裸を見せたり、私の裸を見たがったり、触ったり、舐めたり、私が恥ずかしがるようなことばっかりして、私は何度、心臓が止まりそうになったことか」
「だってスゥハの可愛いところが見たかったんだから、つい」
「もぅ」
「スゥハだって、本気で嫌がってなかったよね?」
「ユノンに求められるのは、嬉しいから。でも昔は本当に恥ずかしくて、どうにかなりそうで、怖かったんですからね」
外は雪が吹雪いている。寝室の暖炉の燃える木がパチンとはぜる音が響く。
腕の中のスゥハをやけに軽く感じて、そっと力を入れて胸に寄せる。
「ねぇ、ユノン」
「なに? スゥハ」
「私が死んだら、私を食べてくれませんか?」
「イヤだ。僕は絶対にスゥハを食べたりしないからね。それとスゥハが死ぬ話なんて聞きたくない」
「そうですね。もぅ、シワシワのおばぁちゃんですからね。ふふ、若くてピチピチしてるうちに食べてしまえば良かったのに」
「スゥハ、また二人でお菓子を作ろう。魔狼たちとお菓子を食べて、春になったらミレスと三人で街に遊びに行こう」
「ねぇ、ユノン」
「なに? スゥハ」
「発明に集中するのはいいですけど、夜更かしばかりしてはいけませんよ」
「うん」
「ドラゴンは、食べなくてもいいのかもしれないけれど、ちゃんとご飯は食べてください。お腹がすいてひもじくなると、悲しくなったり心が貧しくなったりしますから」
「うん、気をつけるよ」
「ねぇ、ユノン」
「なに? スゥハ」
「私はとても、幸せです」
「スゥハ?」
「大好きです。ユノン、愛しています」
「スゥハ?」
腕の中でスゥハは目を閉じる。
「おやすみ、スゥハ」
僕はそっとスゥハに口づけする。
今宵はやけに雪が降る。寒い夜だ。
スゥハが寒くないように朝までスゥハを抱いていよう。
毛布と布団を尻尾で引き寄せて、僕とスゥハを包むようにかける。
スゥハ、僕もスゥハといられて幸せだよ。
スゥハは深い眠りについた。
二度と目を覚まさなかった。
朝になっても。
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