第18話
朝、起きて洞窟の外を見ると雪に埋もれている。
こんなときのために作っておいたドラゴンサイズシャベル。
洞窟から大樹の家までスゥハが通れる道を作る。わっせわっせと雪掻き開始。
前に手っ取り早く雪をどかそうと炎の吐息で溶かそうとしたとき、小さな雪崩が起きてスゥハが危ないところだった。
なので朝の雪掻きは僕の仕事。
洞窟の中に布織機とスゥハの裁縫仕事の作業場があるので。
家の窓を開けてスゥハが顔を出す。
「おはようございます、ユノン様」
「おはよう、スゥハ」
手を振って応える。
「すぐに朝ごはんの用意をします」
「僕の分を作りすぎないでね」
最近は朝と晩にスゥハといっしょにご飯を食べるようになった。と、言っても僕は食事はそんなに必要では無いのだけど。
なので、スゥハの半分から三分の一くらいの量でスゥハに作ってもらってる。
スゥハに料理を教えてもらうときには一緒に作ったり。お菓子を二人で作ったり。
雪掻きしてついでに雪を集める。スゥハが外で使ってた巨大お風呂鍋。そこに雪を入れて炎の吐息で溶かして水にする。
家の二階にある給水タンクの蓋を開けて、溶かした雪を入れて補給。雪掻きはめんどうだけど、代わりに水を汲みに行かなくてもいいのは便利。
変化魔法『人間、角あり尻尾つき』
スゥハと二人で朝ごはんを食べる。
「ソルガムのパンも美味しいですね」
「春になったらソルガムの畑を作ろうか?」
その後、スゥハは洞窟で裁縫仕事。スゥハの作業場のストーブに木炭を入れて火をつける。
僕は僕で服を入れるタンスとかハンガーとかを作ったりする。
「糸と布を染めてみたいですね。ユノン様の服は白い服しかありませんし」
「染色するとなると水仕事だから、暖かい季節になってからにしない?」
「春になってから、ですか」
春になったらスゥハを自由にする。僕はそう言った。春になったらスゥハは村に帰るんだろうな。
雪が全て溶けたら、スゥハを解放しよう。
んー、ずっと冬のままでいてくれないかなぁ。
晩には家の中で、スゥハは毛糸を編んでセーターとか作ってる。僕も同じ部屋で細かいものを作りながら、スゥハと話をする。
スゥハの神殿での生活を聞いたり。
僕は僕の悪友ミレスと昔やらかしたことをスゥハに話したり。
「ユノン様の幼馴染みのドラゴンですか。一度お会いしてみたいです」
「そのうち遊びに来るんじゃないかな? 今頃どこでなにやってるんだか」
鏡と櫛を作ってスゥハの髪をとかしたり、魔狼一族とお菓子パーティしたり、スゥハを背中に乗せて空を飛んだりしたり。
で、まぁ、その合間にはついスゥハにいじわるをして逃げられたり、ペチンペチンと叩かれたりした。
いや、僕としてはいじわるのつもりは無いのだけど。
ついガマンできずにやってしまうんだよね。わざとスゥハの前で変化魔法を使ったり、スゥハの髪の匂いを嗅いだり、赤くなった首筋をペロッと舐めたり。だけど、新しい発明を見せて怒られるのはたまに納得いかない。
スゥハは一晩過ぎれば翌日にはもとどおりに話をしたり、一緒にご飯したりする。
許してくれてるのか、春までと思い堪えているのか。
たまになにか思い悩むような顔をしたりする。それでも笑うことが多くなったような気がする。
「よし、できた。スゥハちょっとこれ使ってみて」
家屋の二階、木炭ストーブで暖かくしてスゥハは毛糸を編んでいる。僕はできた小箱をスゥハに渡す。大きさと重さはスゥハが片手で持てるくらい。
「これは何ですか? 箱に取っ手が付いてますが、どう使うのですか?」
「これは手動演奏機械。そのハンドルをこの方向に回すと音楽が流れる」
前に作ってた自動演奏機械を小さくして、スゥハの手に乗せられるサイズで作ってみた。円盤式から円筒式に変更、今は手回しだけどこのあとはゼンマイを組み込む予定。
スゥハがハンドルを回すと円筒についたピンが響音盤を弾いて、金属の鳴る音がする。
その音が連続して鳴り響き、音が繋がりメロディへ。ティン、ティララ、ティン、ティララ……。
「ハンドルを回すだけで音楽が、素敵です。手動演奏機械ですか……、この音楽は」
「気がついた? 前にスゥハが布織機を使いながら歌ってたのを再現してみた」
「あの歌、ですか」
スゥハがハンドルを回す手を止める。ちょっと恥ずかしそうに。
「いつも聞いてるじゃないですか。他にいい曲は無かったのですか?」
「いつも聞いてていい歌だなーと思ったから、作りたくなった。円筒は交換できるから、他にもスゥハの歌のメロディで作る予定だけど」
「私は、ドラゴンの歌を聞いてみたいです」
スゥハはちょっと恥ずかしそう、でも楽しそう。
スゥハがハンドルを回すと音楽が再び流れる。
「不思議な小箱、まるでおとぎ話の調べの小箱ですね」
「あ、いいねそれ。演奏機械と言うよりも雰囲気が出てる。これからはそう呼ぶことにしよう。調べの小箱って」
「だけど……、うふふ」
「どうしたの?」
「ひとつ音がズレていますよ」
「え? どこ?」
「ええと、このあたりで」
ティン、ティララ、ティン、ティララ……
「ちょっと良く分からないなぁ。スゥハ、調べの小箱といっしょに歌ってみてよ」
「はい、ん、こほん」
ひとつ、人里遠く離れて
ふたつ、二人は手を繋ぎ
みっつ、緑の森の中
よっつ、夜が降りて来る
いつつ、いつまで逃げようか?
「ほら、今のところです」
「あ、ごめん。スゥハの歌に聞き惚れてた。もう一回いい?」
「もう」
むっつ、迎えも振り切って
ななつ、無くした、指輪はどこへ?
やっつ、やがてはたどり着く
ここのつ、ここは花の園
とおとお、地のはて、妖精郷
「あ! わかった。一ヵ所音が高くなってる。ピンの位置を間違えたかな?」
「ここがズレてると、なんだかおかしいですね」
「うん、歩きながらうっとり聞いてたら、そこでずっこけてしまいそうだ」
スゥハが楽しそうに笑う。僕も楽しくなって笑う。
ずっとこうしていられたらいいのに。
楽しい時間は過ぎるのが早い。集中してなにか作っているときと同じくらいに。
暖かくなって、雪が少しずつ溶けていく。
スゥハと二人で糸と布を染めてみたり。
「これでユノン様に鮮やかな色の服を作れます」
「僕ばっかりのじゃなくて、スゥハの服も作ってよ」
日差しが暖かくなり森の雪が消えていく。
スゥハを背中に乗せて空を飛ぶ。森を見て回れば雪をかぶっている木は一本も無くなった。山の上の方には雪は残っているけど、それでまだ冬だ、と言い張るのは難しい。
洞窟の前に着地。ここにももう雪は無い。
洞窟の前の開けたところ、近くには木造の家屋がくっついたような大樹が一本。
大樹には石の階段がついて、上った先には扉がある。大樹の中に入るための扉。
この家ももう、用済みか。
スゥハを背中から下ろす。地上に下りたスゥハは神妙な顔で僕を見上げる。
「もうすっかり雪が溶けてしまいましたね」
「そうだね、もう、春だ」
スゥハと見つめ合う。スゥハの額から左の頬にかけて、刃物で切られたようなキズがある。
昔、両親を失ったときのキズだという。そのときの怪我で左目は灰色に濁ってほとんど見えない。
でもスゥハの目は綺麗だ。右の黒い瞳も左の灰色の瞳も。
スゥハと離れたくない。だけど僕はドラゴンでスゥハは人間だ。スゥハにとっては同じ人間と一緒に暮らすのが、当然のこと。
だから、
「スゥハ、約束したよね。春になったらスゥハを解放するって」
「はい、覚悟はできています」
ん? 覚悟?
スゥハはその場で熊の毛皮のコートを脱ぐ。そのまま毛皮のブーツも脱ぐ。
僕の背中に乗るために穿いてたズボンも脱いで上着も脱ぐ。下着も脱いで素っ裸になる。
えーと?
赤い血のような色の髪を風になびかせて、スゥハが全裸で立っている。
お風呂のときも湯着をつけてて裸を見せるのを嫌がってたスゥハが。
スゥハの左の肩と左の腕、そして右の胸にも刃物で切られたキズがあった。それで見せたくなかったのかな?
僕はいままでスゥハが隠して見せないようにしてたものを初めて見れたことで、ちょっとドキドキした。
スゥハは膝をついて手を組む。スゥハがこのポーズをするときはちゃんと話を聞かないと。
「ユノン様には深く感謝しています。暖かな家に美味しい食事、そして村にも農具や食糧を分けていただきました」
スゥハが満足してるならいいんだけど。
「ユノン様と過ごした日々はまるで夢のようです。目を閉じれば思い出します。雲の上の風景を、空から見た地上の風景を」
僕もスゥハの歌を聞きながら空を飛ぶのは楽しかった。
「地上の人が誰も知り得ない、豊かさと暖かさと叡知に満たされた生活。ユノン様のおかげで私は幸福です」
夢見るように微笑むスゥハは、嬉しそうだ。
「もう、思い残すことはありません。ユノン様の血肉となるなら本望です。どうぞユノン様のお好きなように」
「なんでそうなるの?」
僕はスゥハを見る、スゥハも僕を見る。
「春になったら、ユノン様は私を食べるのでは無いのですか?」
「食べないよ。僕は人間は食べない」
僕とスゥハの間に風が吹く。春の訪れを告げる風。
スゥハは何を言い出してるの?
「あの、ユノン様が言ってましたよね? 私のことをやせっぽちで小さくて食べるところなんて無いって」
「そんなこと言ったこともあったっけ」
「それで私を太らせて美味しくしてから食べるつもりでは無いのかな? と」
「そんなつもりは欠片も無いのだけど」
「お風呂もトイレも、私が身体を綺麗にして、私を美味しく食べるための工夫なのかと」
「えぇ? スゥハ、今までそんなふうに考えてたの? 春になったら解放するって、自由にしていいって言ったよね、僕」
「それは、私を食べて私の魂をこの苦界から解放する、という意味では?」
「そんな凝った言い回しは、思い付かなかったなー」
「あ、あれ?」
スゥハが裸のまま目をパチパチさせる。
ピュウと風が吹く。
「あの、ユノン様が私の裸を見たがったのって、どれどけ肉がついたか確認したかったからでは?」
「スゥハの健康は気になるけど、スゥハが裸を見られないようにするところが可愛いから、つい」
「わ、私のこと、美味しそうって言ってましたよね?」
「髪の色はね。生肉かじるの好きなドラゴンから見たら血の色は新鮮な生肉を連想するから、スゥハの髪の色は美味しそうに見えるけどさ」
「えぇと、その、私のこと、食べないんですか?」
「た、べ、な、い!」
なんだかぐったりして地面に首を落とす。首と顎を地面につけてだらーんと寝そべる。そんなだらしない格好でスゥハを睨む。
「今までそんなふうに僕のこと見てたんだ」
なんだか悲しくなってきた。あ、涙が出そう。
「だってユノン様、ドラゴンは食事はさして必要無いと言ってましたけど、食事を作るときはこだわるじゃないですか。砂糖菓子の形とか。熟成肉とか。肉を寝かせて美味しくするなんて、私には思い付きません。だから春までに私を美味しく育てるのかな、なんて」
「スゥハにそんな目で見られてたなんて、泣きたくなってきた」
スゥハは裸のまま、僕の顔に近づいて、
「もしかしたら食べるため以外の目的があるのかも、とは考えましたけど」
「そっちが正解。なんで僕に聞かなかったのさ?」
僕は半泣きで落ち込んで、スゥハが僕の顔に手で触れて。
「あの、怖くて、聞けませんでした」
怖い? なんで?
「私には、食べる以外でユノン様が私を飼う理由が思い付かなかったから。それに、ユノン様から直接その目的を聞いて、この暮らしが壊れてしまうのが、怖くて」
「どんな目的だったら僕とスゥハの生活が壊れるのさ」
スゥハは僕の顔にピタリとその身を寄せる。スゥハの胸が僕の鼻筋にあたってちょっと形をかえる。あ、柔らかい。
「どんな目的でも、です。私の勘違いでも思い違いでもいいから、私がユノン様に気に入られて可愛がられていると、私がそう思い込みたかっただけなのです」
「いや、それで合ってるけど」
「え?」
「僕は悲しいよ、スゥハ」
「あの、ユノン様?」
「今までスゥハを喜ばせようとしていたことが、全部スゥハを美味しくするためだと思われていたなんて」
「ご、ごめんなさい。ユノン様」
「こんなに悲しい気分は、生まれて初めてかもしれない。なんか、泣きそう」
「だ、だって、じゃあなんでユノン様は私を飼うことにしたんですか?」
「話の流れで?」
「流れ?」
「ひと冬くらい人間の女の子のめんどうを見るのもいいかなって」
僕だってこんなにスゥハのことが気になるなんて、そのときには思わなかったけどさ。
「あの、ユノン様。泣かないでください。ごめんなさい」
「まぁ、最後に誤解が解けたのはいいことかな。約束どうりスゥハのことは解放する。これからはスゥハの好きにしていい。服も倉庫の中のものも村に持って帰っていいよ」
スゥハに誤解されたまま別れるのは嫌だったから、これはこれで良しとしとこうか。
やっぱり人間とドラゴンはいろいろ違うんだなぁ。
「スゥハと暮らせたこの冬は、僕も楽しかった。いろいろ作ったしスゥハのおかげで新しい発見がいっぱいあった。まぁ、別れても僕はここに住んでるから、たまに遊びに来てくれると嬉しい」
もう会えないわけじゃない。だからこの別れは笑顔でスゥハを送ろう。
スゥハは僕の鼻筋に身を寄せたまま頬をつけて目を閉じる。
「ユノン様」
「スゥハ?」
「このままユノン様にお仕えしても良いでしょうか? 好きにしていいのならば、私はこれからもユノン様のお側にいてもいいのでしょうか?」
「村に帰らないの?」
「村に戻って暮らすのが、人として当たり前なのかもしれません。ですが、ユノン様と一緒にいたいです」
「スゥハはそれでいいの?」
「はい。私はユノン様と……」
スゥハはうっとりと僕に頬をつける。僕の鱗は固いからスゥハの肌にキズをつけないといいけど。
だけど本当に? スゥハにもう一度確認する。
「スゥハ、僕といっしょにいてくれる?」
「はい。これからもお仕えさせてください」
「またスゥハが恥ずかしがるようなことをしちゃうと思うけど」
「それは、ダメです」
「えぇー?」
「た、たまに、ちょっとくらいなら、許してあげます」
少し赤くなったスゥハが身体をギュッと僕の顔に押しつける。
スゥハの胸とお腹って柔らかいなぁ。
なんだ、春になったら終わりと考えてたけど、これからもスゥハと暮らせるのか。
僕は嬉しくなって、つい、
「ところでスゥハ。スゥハの胸って柔らかいね」
スゥハは慌てて僕から離れて、
「あ? 私、はだか……」
両手で胸を隠してしゃがみ込む。
僕はスゥハのいつもは見れない肩や胸やお腹とかお尻をじっくりと見る。
「ねぇ、スゥハ。その胸、触ってみてもいい?」
「ダメです! あの、服は、服はどこに」
「さっきの風で飛んでいったよ。森の方に」
草の上にあるのはブーツだけだ。コートもズボンも下着も春の風にさらわれて飛んでいってしまった。
「そんなぁ」
「スゥハ、胸がダメならお尻は触ってもいい?」
「ダメですったら!」
「えー? さっきは『どうぞユノン様のお好きなように』って言ったじゃない?」
「い、言いましたけど! いやらしいことダメです!」
「分かったよ、触るのは諦める」
「ほっ」
「そのかわり、舐めてもいい?」
「もっとダメですっ! 服をとってきます!」
スゥハは胸を隠したまま石の階段を上って大樹寝室に駆け込んで行った。
僕は走り去るスゥハの丸いお尻を見送っていた。
丸くて柔らかそう、美味しそう。
いや、食べないよ、食べないからね。
毛皮のブーツだけがポツンと残されていた。
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