まるで炎と氷のように
結城暁
第1話
ボクはジャガイモの皮を剥きながら、やつは人参を切りながら話をする。
今日の昼飯は簡単に肉とパンとスープ。その代わり晩飯はそこそこ豪勢にするつもり。
「ボクは昨日兄さんが結婚するって聞いたばかりだからこっちが混乱するのはこれからだよ」
分家には食料を融通してもらうために飛ばした伝書で兄さんが結婚する事は伝えておいた。ただ、さすがに相手の名前は伏せておいた。
相手がルース・レイだと確定してしまった今日は、さすがに仔細を報告しない訳にはいかないだろう。
「そうか。こちらも同じ様なものだ。
ただ、姉上は一族を集めて話したからな。今頃は小賢しい親戚連中が何事か企てているやもしれん。何か動きがあれば報せる様、弟達には言ってある」
「ふうん。そっちも人手が足りないんだ」
「――まあな」
しばらく無言で皮を剥いたり、具材を切ったりが続く。
ボクと兄さんにも弟がいた。
僕らの弟二人は戦死した。今僕の隣でパセリを刻んでいる男の罠に掛かって死んだ。
戦争だ。人が死ぬのは当然だった。敵を殺しておいて自分達には被害が出ないなんてことはない。
逆にルース達の弟達に重傷を負わせたのはボク達だ。
一命はとりとめた様だけど、二度と戦場に出てくることはなかったし、噂で魔術を使えなくなったらしいと聞いた。
魔術の使えない者など存在しないこの世界では死ぬより酷い目にあっているのではないだろうか。
スープを煮込むしかなくなって、ボクは仕方なく席を勧めた。
「正直なところ罠かと思っていた。姉上は馬鹿だからな。イヅチに騙されているのだろうと」
「ハハハ。兄さんを愚弄するな。いいじゃないか、素直でわかり易い女(ひと)で」
「お前こそ姉上を馬鹿にするな。――疑って悪かったとは思っている」
「ふん。……ボクも悪かったよ。別にルースのことは嫌いじゃない。
兄さんが喜んでるし、嫁入りだって構やしない。お前が弟じゃなければね!」
「――フ。嫌われたものだな。だがそれはお互い様だ。
停戦し、近々講和が結ばれる。そうなれば民衆に東国と西国の英雄同士の婚姻を喜ぶ者達も出てくるだろう。そうなれば二人に何の障害もない」
「けどその逆もまた然り、だろ」
「話が早くて助かる」
ボクらの生まれる前から続いていた戦争だ。遺恨も深いし、依存しているものだって多い。
国境沿いの小さな村や町ではさっそく傭兵崩れの盗賊が出たりして治安が悪化し始めているらしい。
武器や食料の大量消費がなくなって経済も悪化するのだろう。
それらの影響を最小にして、戦争をしていた頃の生活に戻りたいなんて思わせないようにしないといけない。
フツーこういうのは国王とかの役目だよね。
戦争に勝つ事しか頭になくて、終わったあとのことなんかちっとも考えてないような人だったし、仕方ないのかもね。一度しか会ったことないけど。
「うちの一族は問題ないと思うよ。言いたかないけど、ルースの強さに惚れてるやつは多いから。
問題はそっちと同じで親戚付き合いしてるやつらかな」
「そうか。こっちはあのイヅチが相手という事で姉上争奪戦が起きた。姉上が全員のして事なきを得たが」
うわー。兄さん予想通り嫌われてるー。
「全属性の魔術を扱え、それに耐えられる身体を持つ姉上を狙う輩は多い」
「もしかしてそっちの王族も?」
「ああ。停戦を成した褒美と称して王子の妃に、と輿入れを打診された。穏便に断るのは骨だったな」
「うわーーーありがとーーーーー。それ、断ってなきゃ兄さんが戦争始めてたかもしれない」
「マジか」
「マジだよ」
こいつのこんな顔初めて見た。
いつもスカしたすまし顔してるからイラっときてたけど、今のはざまあって笑いたくなる間抜け面だったよね。ちなみに大マジ。
兄さんはああ見えて繊細で、懐に入れたものに対して底抜けに情が深い。執着するし、独占したがる。
正直なところ、未来のお義姉さんには手を合わせてお祈りした。
「お前の事、インケンで腹黒で、卑劣な、ルースより戦いたくない男(やつ)だと思ってたけど、ちょっと見直した。小指の爪の先くらいだけどね」
「――それはどうも。
俺もお前を見直している。よく今までイヅチを支えてきたな」
「……おまえに言われたくないだけどね。おまえだってルースのこと支えてきたじゃん」
「姉上は――まあ、性格は少々――多少――だいぶアレだが、戦場ではそれなりに考えて戦えていたからな」
さっきのアレからは想像つかないくらいだけど、戦場では兄さんを超えた化物じみた強さだったもんね。あ、嫌なこと考えついちゃった。
「―――」
「……停戦、したよね」
「――ああ」
「近々、講和するよね」
「――――ああ」
「つまり、戦場に出ることがなくなるよね」
「――――――ああ」
やつは頭を抱えた。
ボクも同じく頭を抱えた。
兄さんだってルースほどじゃないにしろ、私生活はわりとアレだ。戦場でなら活躍できた二人はこれから戦場に出なくなる。
つまり、日常生活がダメダメな二人の面倒をボクがひとりで見なくちゃならない。マジで? ウソだよね?
「君んとこの弟君達ちょうだいよ。大事にするから。
ボクひとりで兄さんとルースの面倒とか見切れる気がしない。弟君達ならルースの面倒もし慣れてるんだから兄さんの面倒も見られるよね」
「断る。あいつらは将来当主が務まるくらいに育成してきたんだぞ。自分の兄と未来の義姉の面倒くらい見ろ。応援はしてやる」
「応援で面倒事が減るとでも思ってんのか」
「胸は一杯になるそうだ」
「胸焼けでか」
「知らん」
えらそーに腕組みをするこいつをはったおしたい。
しかし悲しいかな、ルースの嫁入りは確実だ。だって兄さんはやると言えばやる男だ。
このままでは兄さんより面倒そうなルースの面倒も見なくてはならなくなる。
別にそれが嫌な訳じゃないけどね。ただひたすらに疲れそう。
うん、やっぱり嫌だ。
「くそー。こうなったら嫁にでも行くしかないのか……」
いやでも私生活アレな二人を残してくのはものすごく不安だよね。不安しかないよね。
半年もしないうちに屋敷が幽霊屋敷になるのはさすがに避けたい。
「――――嫁に行く?」
「なに」
向かいに座っている男を見ればなぜかものすごく驚いていた。
なに。確かにボクは嫁き遅れだけど、そこまで驚かれる筋合いはないよね? ガドー本家の血筋なら貰ってくれるところありそうだし。
数舜まごつくように視線を泳がせていた男はそうかと咳払いした。
「………あのさあ」
「なんだ」
「もしかしてさあ、おまえ、ボクのことを男だと思ってたわけ」
「そんな事ある訳ないだろう」
ほーう。お早いお返事で。
「ボクと目を合わせてもう一度言ってみなよ」
「思ってない」
視線がちっともぶれずに真顔で言われても、これはこれで腹が立つよね。
「じゃあ今度はルースに誓って言ってみなよ」
「すまなかった」
この野郎。こいつ殴っても許されるよね? 殴ろうかな。停戦中だけど。
無言でやつの腹に拳を埋めてやったわけだけど、やっぱり涼しい顔をして……少し脂汗をかいていた。いい気味だよね。
「身近な女が姉上だけだっとはいえ、勘違いしていてすまなかった」
そりゃあボクはルースと違って胸も出てないし、失礼すぎる勘違いをしていた
「線の細い奴だと思ってはいたが、お前は姉上と違って的確に気を使える奴だからてっきり男かと……」
「ちょっと待ってひどい誤解だよねそれ」
「姉上と違って料理もできるようだし」
「えっ。ちょっと待って本当待って」
「姉上と違って後先を考えている様だからてっきり――」
「ルースってそんなに酷いの……」
世の女性が聞けば憤慨すること間違いなしな勘違いだ。
というか、男女関係なく気を使える人は使えるし、料理だってできるやつはできるし、後先考えるやつだって大勢いると思う。
「ああ、そうだ。姉上を娶る上で最重要事項を伝えるのを忘れていた。
――姉上を厨房には入れるな。決して」
戦場で見るより張り詰めた表情の男に、ボクは息をのんで肯いた。
Q.厨房に入れるとどうなる?
A.爆発する。
※ネリーみたいな作り方をしようとして力加減とかいろいろ間違える。
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