第17話 カルマの代償
カルマには善と悪のカルマがある――。
そう告げられたイブキ達であったが、善と悪のカルマとは何か? そもそもこの異能力に善悪があるなんて思いもよらなかった。
何をもって善悪とするのか……。その境界線が分からない。
『ある国で、カルマに目覚めた男が現れた。その男は私利私欲のため、暴力、略奪、そして殺人を繰り返していた。私とルナは警察と協力し、その男を捕まえようとした。だが、カルマを行使できない一般人には、その男を捕まえる事ができず、むしろ返り討ちにあって多くの命を失ってしまった』
犯罪に走るタイプか。こういう奴は何を考えているか分からないし、常識が通用しない。どうしようもない奴だとイブキは思った。
『その男のカルマは『石化』。男が触れる物は、すべて石化させてしまう恐ろしい能力だ。それでも男を追い詰め、もう少しで捕まえるところまできた時、その男は突然――』
シンが一拍おく。
『石化してしまった』
「――!」
イブキは驚き、戸惑った。男の持つ能力と同じ効果がなぜ、男自身にも影響を及ぼすのか……。
シンの話しは続く。
『もう1人の男のカルマは『言霊』。発した言葉どおりに人を操り、私服を肥やしていた。嘘をつき、人を騙して多くの人を不幸にしていった。だが、やがてこの男は喋れなくなり、喉から血を吹き出して絶命した』
「ふん! 悪のカルマなど、所詮悪行を行うかどうかの違いか……」
レイは他愛もない話だとして、つまらなそうにしている。
『最後は女性だ。カルマは『伝心』。心、感情をそのまま対象者に伝える、もしくは移すといった能力だ。この女性は常に精神が不安定で、突然怒りだしたり、恨んだり、苦しんだり、悲しんだりと感情の起伏が激しかった。
その女性がカルマを発動すると、対象となった者は感情の起伏に耐えられなくなり、発狂して死んでしまうという恐ろしい能力だ』
「うげっ! 最悪だな」
ヴァンが苦々しい顔をした。
「おまえの能力は人の能力を盗むんだ。似たようなもんだろ」
「え〜! そりゃ〜ないっすよ!」
リサの指摘にヴァンが苦笑する。
『この女性の末路は、カルマをコントロールできなくなり、自分自身も発狂して廃人となってしまった』
なんと悲惨な結果だろう。あらためてカルマの恐ろしさを認識したイブキ。
レイ、リサ、ヴァンもそれぞれの思惑のなかで、自分達の能力に対する認識を変えていた。
『この人達の共通しているところは、己の欲望のままに人を傷つけ貪りつくした点だ。悪のカルマを蓄え、その強力な力に身も心も耐えられなくなったのだろうと推察する』
確信を得ていないことだが、シンの推察は概ね正解だろうとイブキ達は感じていた。
『悪のカルマの反動は悲惨なものだが、これをコントロールできた者は非常に危険な人物になるだろうね』
そんな奴など現れたら、一体誰が対応できるんだろうか……。
『その反対に善のカルマは欲望に流されず、人のために能力を発揮する人だろう。そして、悪のカルマに唯一対抗できる人でもある。僕はいわば、そういう人達を探しているところだね』
悪のカルマに対抗できる人達……。それは自分も含めた、ここにいる人達のことをシンは言いたいのだろうかとイブキは思い描いていた。
『――さて、そろそろ時間のようだ。最後にもう一つ伝えておく事がある』
シンとルナの表情が険しい。まるで禁断の扉を開くように、緊張感漂う空気になっていく。
イブキ達もそれを感じとったのか、シンとルナに注目する。
『……実は悪のカルマを利用し、世界を陥れようとする者達がいる。僕とルナはカルマの事を調べていくうちに、そのことに気がついた。
カルマ、アナンダ文明、女王アスラ、そして悪のカルマで死んでしまった人達……。それぞれが実は繋がっていて、僕とルナは悪のカルマの勢力を抑えるために動いている。
やがては君達の力も借りながら、この勢力に打ち勝てる方法を僕は模索しているんだ』
「お父さん……」
イブキは自分の知らないところで、両親が世界のために奔走していたことに驚いた。海外へ出かける時はいつも笑顔で、時にはふざけた雰囲気でイブキを笑わせ安心させてくれた。本当は過酷な現場へと向かう筈だったのに……。そしてやはり、イブキ達を善のカルマの持ち主だとシンは思っているようだ。
『おそらくだが君達がこの動画を見ている時、僕達の行方は分からない状態だろう……。けれど心配しなくていいよ。その時は理由あって姿を隠しているだけだからね。時が来ればそのうち……会えるだろう』
断定的な話だが、どこか具体的な意味を含んでいるような気がする……。
シンとルナが目を合わせると、頷き合いながら意思の込もった眼差しで正面を見据えた。
『……イブキ。カルマに目覚めた時に、近くにいてやらなくてすまなかった。こんな形でしか打ち明ける方法がなかったことを許してほしい』
『イブキ……さみしい想いをさせてごめんね。本当はあなたと一緒に暮らしていたかった……。けど、黙って見過ごすことが出来なかったの』
2人は熟慮して、悩んで、この方法を取ったに違いない。
どんな事情があるにせよ、イブキは理解し納得しようとした。
「大丈夫だよ……私は大丈夫……」
「……」
ヴァンは、イブキのことをじっと見つめていた。
『まだ少し時間がかかると思うけど、全てに片がついた時には家に戻ってまた一緒に暮らそう。……イブキ、愛してるよ』
『私も愛してるよ、イブキ。もう少し待っててね』
イブキは涙目になっていたが、俯きながらグッと涙を堪えた。
『アルフレッド。イブキのことは頼んだよ』
『はい! お任せください!』
アルフレッドは元気に応えた。
『レイ……。しばらくの間、イブキをお願いね。色々な事を教えてあげて』
ルナから懇願されたレイは、真剣な眼差しを向ける。
「当然だ。命の恩人からの頼みだ。任せておけ」
「レイさん。……ありがとう」
イブキは頭をさげた。レイは微笑を浮かべ頷いた。
『……では、また会おう。次は直に会えることを祈っている。その日までどうか元気で』
『またね! イブキ!』
ホログラム映像のシンとルナが、笑顔を浮かべながら消えていった。
◇ ◇ ◇
しばらく余韻を残しつつ、応接室に無言の空気が漂っていたが、口火を切ったのはレイだった。
「思いもよらない映像だったが、収穫でもあった。カルマのことはもっと調べる必要があるな――」
「はい。早速ではありますが、研究班に手配します」
リサの脳内では既に手筈が整っているのか、サッと座っていた席から立ち上がると――。
「君のAIを少し借りてもいいかな?」
「えっ?」
リサの目線の先にはアルフレッドがいる。
「AIって、アルのことですか?」
「そのAI以外にないだろう? 研究班に先ほどの映像を見せて分析してもらう。映像を再生するには、そのAIでしか無理なんだろう?」
リサの目には、ただのAIにしか見えないのだろう。
だが、イブキにとっては大切な相棒だ。
怪訝な表情で、リサに対して無言でいると――。
「キサラギ大尉。それはまた後のことでいいじゃないか……」
「ですが、大佐……」
リサの狐目がさらに細くなっていく。それを見たレイが苦笑する。
「すまんな、イブキ・ナガト。こいつは一直線な性格だからな。許してやってくれ」
「はい……大丈夫です」
この人達は軍人だ――。
まだ敵でも味方でもない人達を――ましてや大人だ。イブキは少しでも仲間と思った浅はかさを認識せざるを得なかった。
口の中の渇きを覚えたイブキは、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲むが、苦味で余計に乾いてしまった。
「そういえば、ここへ来た理由があったんじゃないのか?」
レイから促されて、改めてイブキは思い出す。
「そっ、そうよ。私は人材派遣企業『ギルド』に所属してるフリーランスなのは知ってますよね?」
イブキの事を調べ上げているだろうから、こんな質問は野暮だが念のために聞いてみる。
「あぁ、知っているとも。君はある男を探す依頼を受け、あの家に向かった事もな……」
レイの紅眼がぼんやりと妖しく光る。
「――――!! 待ってください! なぜその事を知ってるんですか? 依頼者から指名された案件はシークレット案件です。外部には漏れない案件なのに……」
通常の依頼はネットの掲示板から応募し、採用されれば受注となる。だが、指名の場合には指名するだけの理由があり、世間には公表しない案件だ。それを知っているという事は……。
「情報を盗んだのですか?」
思わず小声になるイブキ。当のレイは身じろぐこともなく堂々としている。
「ふん! そんな小賢しいことはしない。むしろ私はその依頼者を知っているからな」
レイは小悪魔のような笑みを見せ、口角を上げた。
「その依頼者は――――。私だ」
「えっ! レイさんが!!」
イブキを指名し、仕事を依頼したのはレイ・アカツキだった。
一体なぜ? どんな理由があってイブキを指名したのか……。
益々疑問が深まると共に、猜疑心に苛まれるイブキだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます