第19話 真里姉とイベントの詳細と相談事


「公式サイトに載っているイベントの告知は見たか?」


 マレウスさんに問われ、ログイン前に見た内容を思い出す。


「確か【エデンの街に降り掛かる厄災を防げ】でしたっけ」


「そうだ。リアルで、今日から1週間後の午後8時に開催される初の公式イベントだが、内容がどうも怪しい」


「そうなんですか?」


 私が覚えている限り、怪しい感じはしなかったのだけれど。


 ちなみにイベントタイトル以外の説明はこんな感じだ。



『目的はMWOで2時間、皆で協力してエデンの街に降り掛かる厄災を防ぐこと。


 参加は自由で、参加する場合は個人もしくはパーティー単位でのみ可能。


 イベント中はモンスターを倒す等によりポイントを入手できる。


 入手したポイントはイベント終了後にアイテムやスキルと交換できる。


 ポイント取得上位者10名には特別な報酬が与えられる。


 パーティー内のポイント配分は貢献度に依存する。


 イベント中は死亡してもデスペナルティは発生しないが、ポイントが減る』



「タイトルと説明だけを見れば、よくある防衛イベントなのよ? けどね、厄災の説明が曖昧な点はいいとして、わざわざ”皆で協力して”と謳っている点に違和感があるの」


 顎に人差し指を当て、カンナさんが感じたことを口にする。


「大きなイベントなら、参加者同士で協力するのは当たり前。けれど、そんな当たり前のことを告知には書かれているの。それって、当たり前じゃないことがあるからだと思うのよ」


 なぞなぞみたいなカンナさんの言葉に、もし私の考えていることが外から見えたら、”?”を可視できたに違いない。


「つまりですねぇ、私達が思うにぃ、ここに書かれている”皆で”というのがぁ、住人の方も指していると思っているのですよぉ」


「お前はエデンのある第1エリアから出てねえから分からないかもしれんが、第2エリアの街では住人とプレイヤーの関係は最悪だ。俺も行ってみたが、アイテムの値段はふっかけられるわ、宿は空いているのに満室で断られるわ、散々だったぞ」


 エステルさんや子供達、バネッサさんゼーラさん、あとついでにアレンさん達と接している私には、信じられない話だった。


 みんないい人ばかりだし、だからこそ不思議で仕方がない。


「どうしてそんなに関係が悪化してしまったんですか?」


「……原因はプレイヤーね。特に攻略組という、強くなることや手強い敵を倒すことを優先している集団が、自分達の都合を押しつけてアイテムを買い占めたり、横暴を働いたりしたのよ。一部住人の方から教えてもらえるスキルがあるじゃない? それ欲しさに、現実なら犯罪扱いされるようなことをしたプレイヤーもいたそうよ」


「酷い話ですね……」


 もしエステルさん達がそんな目に遭っていたらと思うと、ぞっとする。


 想像もしたくもない光景を追い出そうと眼をぎゅっと瞑ると、足元でもふっとした感触があり、ネロが体をこすりつけ心配そうに見上げていた。


 撫でてあげると、現実なら眼を細め喉をゴロゴロ鳴らしていそうな表情に、冷たくなりかけた心が暖かくなった。


「そんな時だ。ルレットが第2エリアの街に行って、多くのプレイヤーが住人から悪感情を向けられている中、むしろ歓迎されて帰って来たって聞いたのはな」


「教会の食事会でご一緒したぁ、バネッサさんのお店のお客さんとぉ、偶然会ったのが気かっけでしたねぇ」


 詳しく聞いてみると、ルレットさんも最初は住人の方から無視されたり、冷たくあしらわれたりしたらしい。


 それが街の中でバネッサさんのお店のお客さんと会った途端、住人の方の反応がころっと変わったと。


 なんでもアイテムの値段をふっかけてきたお店ではむしろ割引かれ、空いているのに満室と言われた宿では格安で良い部屋を提供してもらったみたいだ。


 ルレットさんはMWOで私と友達になってくれるくらい良い人で、裁縫の技術はゼーラさんも太鼓判を押すくらい凄い。


 分かる人にはやっぱり分かるんだね、うんうん。


 私が腕組みして納得していると、くすくすとルレットさんが笑っていた。


「私が歓迎されたのはですねぇ、きっとマリアさんのおかげなんですよぉ?」


「え? なんで私が?」


「マリアちゃん、【兎の尻尾亭】の女将から”身内”発言されたのでしょう? ルレットちゃんがマリアちゃんのお友達だから、その恩恵を受けたってことだと思うわよ」


「恩恵って、そんな大袈裟なものじゃ……私はただ仲良くしてもらっただけですし」


 そう言うと、ルレットさんとカンナさんが顔を見合わせ、何か納得したように頷き合っていた。


「こういうところですねぇ」


「ええ、こういうところよね」


「だからなんなんですか!!」


 私がうがーっと声をあげると、微笑ましそうに見つめられてしまった。


 むぅ、解せない。


「とにかく、そんな状況だから、次のイベントでお前がいてくれたら、住人の協力が必要になった時心強いと考えた訳だ」


「ひょっとして、それが相談ですか?」


「ああ、当日俺達3人はパーティーを組んで挑む予定だ。そこに入ってもらいたい」


「私からもお願いしますぅ、マリアさんとなら一緒に楽しめそうですしぃ」


「ワタシも、マリアちゃんが来てくれたらとっても嬉しいわ」


 3人からのお願いに、私でいいのかな? という疑問は拭えないけれど、必要としてくれているなら、応えたい。


 ましてその1人は、友達なのだから。


「……分かりました。役に立つかは分かりませんが、ご一緒させてください」


 その言葉に、3人は明らかにほっとした様子だった。


 う〜ん、過度な期待をされていないといいんだけれど。


「そうと決まったら、協力を決めてくれた礼に、その見窄みすぼらしい初心者装備を一新させてやる」


「み、見窄みすぼらしい……」


 そ、そんなに酷いの初心者装備って。


「お前レベルはいくつだ?」


「……14です」


 少し不貞腐れたような声が出た私は、きっと悪くない。


「ならあとレベルが1上がればクラスチェンジだな。ジョブが上位のものに変わるが、メイン武具や防具に変わりがなさそうなら、今のステータスに合った物を作ればそのまま使えるだろう。おいルレット」


「マリアさんのステータスならぁ、布をメインにした服が良いですねぇ。軽くてシンプルでぇ、そして少し大人びた感じはいかがですかぁ?」


「大人びた、感じ……」


 具体的な服のデザインは浮かばないのだけれど、大人びたという言葉だけで、いいかもと思ってしまった。


「上は甘くない白のワイシャツ風にしてぇ、下は髪と瞳の色の間をとってぇ、紺色のロングスカートはいかがでしょうかぁ?」


「お任せします!」


 きっとルレットさんのセンスなら間違いはないはず。


 私のセンス?


 年中学校の制服かバイトの制服、家では運動着だった私に何を期待しているのかな?


「あ、それなら武具の糸も新しくしたいんですけれど、これ使えませんか?」


 【ジャイアントスパイダーの糸】と【鹿の腱】を取り出して見せる。


「【ジャイアントスパイダーの糸】は良い素材になりますよぉ。なかなかドロップしないと言われているんですけれどぉ、さすがマリアさんですねぇ。【鹿の腱】は補強する合成素材になりそうですよぉ」


 良かった、ネロと苦労して倒した甲斐があったというものだよ。


「なんだ、お前道化師の上に糸使いか。よく初心者1人でそこまでレベル上げられたな」


「1人じゃないですよ。ルレットさんや住人の方にも助けてもらいましたし、今はこの子がいますから」


「!」


 ネロが、自分もいるぞとマレウスさんに猫パンチをお見舞いする。


 光るその手はダメージは与えないようだけれど、しっかり電撃としての効果は発揮したようで。


「アバッ!?」


 変な声を出してマレウスさんが飛び上がった。


 笑っちゃダメだと思い我慢したけれど、無理そう。


 そう思ったら、ルレットさんとカンナさんが既に爆笑していた。


「……ったく。ん? こいつの眼【ライトニングタイガーの魔石】じゃねえか。ってことはさっきのは雷か」


 さすが生産系の長。


 見ただけで何なのか、その効果を見抜いてしまうなんて。


「魔石を素材にして属性を付与すること自体はよくある方法だが、ここまでの性能が出るってことは、魔石の使い方が……」


 ぶつぶつ呟いて1人の世界に入るマレウスさんを、ルレットさんが脳天に手刀を落とし力ずくで止める。


「考察は後ですよぉ」


「すっ、少しは手加減しろ。頭割れんぞマジで……糸使いで雷の属性なら、こいつを使ってみろ」


 そう言って渡されたのは、細い銀糸の束だった。


「【魔銀の糸】。金属の鉄板同士を繋げるために作ってみたものの、伸縮する性質があって耐久度が微妙だったんでお蔵入りしていたもんだ。お前なら使いこなせるかもしれん」


 そういえば、武具としての糸は大きな相手すら拘束できるくらい頑丈だね。


 初心者の糸でさえ、切れるところを見たことがない。


 なんだろう、用途によって違うのかな?


 ありがたく受け取ると、カンナさんが話しかけてくれた。 


「木工では、今のマリアちゃんに合うものはなさそうね。ならワタシからはスキルの情報を提供するわ。知っておいて損のないものから、ネタなの? っていうのまで、結構あるわよ」


 スキルポイントが余っていたから、それはとても助かる。


 ざっと教えてもらった中で、1つ気になるものがあった。


「これって?」


「ああ、これ? 夢があるわよね。でも現状、それを扱えるモノがないから死にスキルになっているわ」


「それなら、こう考えたらどうでしょうか……」


 提案すると、カンナさんだけでなく、ルレットさんもマレウスさんも興味を示した。


 結果、3人とも協力してくれることになった。


 私から依頼する形になるので、もらった100Gは10万Gに減ったけれど、後悔はない。


 その日はイベントそっちのけで、私の依頼をどう形にするか、4人で随分と盛り上がった。


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