第34話 白い雲に隠された真実
「茜、私は…………」
お母さんの唇がゆっくりと動く。
「あなたを、殺そうとしました」
…………? わたしは一瞬、お母さんが何を言ったのか理解できなかった。殺そうとした? お母さんが、わたしを?
「嘘、だよね。だってお母さん、あんなにわたしに優しかったのに…………」
お母さんは口を歪める。
「あなたと接する時だけは、そう、振舞っていたということよ」
「嘘…………」
嘘だと言ってほしい。冗談だと笑ってほしい。でも、お母さんもお父さんも表情を変えない。ああ、これは…………本当、なんだ。
「…………なんで」
わたしは吐息に近い言葉を発する。
「……その話をする前に、茜。あなたは私たちが死んだ理由について、なんて聞かされてる?」
「? わたしが夜寝てる間に二人で車で出かけて、その時に交通事故に遭ったって…………」
「それは、本当のことじゃないの。私たちは、私があなたを殺そうとしたその日に死んだ」
「え…………?」
頭が、追い付かなくなる。わたしがずっと信じていた事実が、今日この時間だけで別のものに塗りつぶされていく。
「茜。これから話す事実が、あなたを傷つけることになる。私はあなたを殺そうとした。そして、お父さんはその事実をあなたに隠した…………。でも、私たちは今、あなたに本当のことを伝えようとしている。自分たちの未練を捨てさるために…………」
お母さんは唇を震わせながらわたしを見つめて話す。
「茜、ここから先はもう戻れないわ。進むか戻るか、あなたが決めて。…………私たちは、永遠に罪を背負ってこの世に留まる覚悟を決めています」
お母さんもお父さんも、わたしを一人の大人として見ているんだ。進むも戻るもわたし次第…………。きっと、わたしは傷つくだろう。立ち直れなくなるかもしれない。でも…………。
「話して、お母さん、お父さん。わたしの知らないこと、全部」
二人は、10年後悔に苛まれて、やっとわたしの前に現れたんだ。だったら、救わなきゃいけない。魂浄請負人として、そして、娘として。
それに、わたしはきっと、ここで話を聞かなかったら、きっと後悔する。そんな気がして…………。
「ありがとう、茜。ごめんなさい…………」
お母さんは頭を下げる。
「…………アカネ」
雰囲気を察して席を立とうとするアオイを、わたしは袖をつかんで止めた。
「ここにいて大丈夫だよ。…………いや、アオイ。お願い、わたしの隣にいて……!」
アオイの袖をつかむ手は震えている。アオイはお父さんとお母さんを見る。
「僕たちからもお願いする。アオイさん、茜の傍にいてあげてほしい」
うなずいて座ったアオイは、無言でわたしの右手を左手で握る。
「茜、気持ちの準備は大丈夫?」
お母さんは複雑な表情をしてわたしに問いかける。
「…………うん。話して、お母さん」
***
「あの日の、本当のことを話しましょう。私たちが死んだ日のことを」
わたしは唾をのむ。
「さっきも言った通り、私たちが死んだ原因は交通事故なんかじゃないわ。あの日私はあなたが寝付いた後、包丁を持ち出したの…………あなたを殺して、私も死のうとした」
…………どうして。
「どうしてあなたを殺そうとしたか、それは後で話すわ。…………あなたを殺そうとした私は、包丁を持ち出すところを虹一に見られてしまった…………」
「僕は、そこで空が茜を殺そうとしていることに思い至った。茜には見せなかったけど、あの時の空は、限界だったんだ…………」
「虹一は私を全力で止めた。でも……私はもう冷静にはなれなかった。見られたからには虹一も殺して、茜を殺した後に、私も死ぬ。それしか考えられなかったの…………」
わたしは、まるで夢でも見ているかのような感覚になった。わたしが寝ている間に、そんなことがあったなんて。
「でも、そうはならなかった…………」
「僕は鬼気迫る勢いで僕に向かってくる空を止めようとして、包丁を掴んだ。でも、そのままバランスを崩して…………押し倒した拍子に、空の首に……包丁を、突き刺してしまった」
「!」
わたしは声にならない悲鳴を上げる。そんな…………そんな、ことって…………。
「私の生前の記憶は、そこで終わっているわ。即死だった…………」
「僕は、空の名前を大声で叫びそうになって、そこで、茜の顔を思い出したんだ」
「母を殺した父といっしょに生きる…………そんな辛い人生を茜に押し付けたくない…………いや、空を殺してなお、茜と顔を合わせられる勇気が僕になかった。結局、僕は茜のことじゃなく自分のことしか考えていなかったんだ」
「だから、僕は死ぬことを決めた。茜に事実を伏せたまま僕が死ぬ方法を考えた…………そして、僕の弟……つまり、茜の叔父の、
「僕は現場を見て驚いた虹二に、僕が空を殺してしまうまでのいきさつを説明した。…………茜を起こしてしまわないように、外に出てね。そして、寝ている茜を託した。僕は警察に連絡する、茜には空の姿を見せたくないと言ってね」
そういえばわたし、叔父さんの家で起きたんだっけ……。あの時はどうしてかわからなかったけど、そんなことだったなんて…………。
「そうして一人家に残った僕は、虹二が家に戻ってすぐにうちには駆けつけられないよう時間が経つのを見計らって、メールを送った。茜の面倒を見てほしいと、そして茜には、僕たちが交通事故で亡くなったことにしてほしいと、伝えた。」
「そして僕はメールを送る前に書いた遺書を残して、最後に警察に連絡をした。それから、警察や虹二が来ないうちに…………空の隣で、死んだ」
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