第32話 白い画用紙、黒いクレヨン

 それからわたしはアオイに、気を失っていた時に見た夢で思い出した両親との思い出を話した。そして、10年の時が経って、わたしは二人にどうやって接すればいいのかわからなくなっていることも…………。


「そうか。話を聞いている限りでは、いい両親のようだね」

「うん。そうなんだけど…………わたし、二人にどんな顔して向き合えばいいのかわからなくって…………。アオイはどう思う? そういえば、アオイのご両親は…………?」


 わたしが聞くと、アオイはなにか辛いことを思い出したように、目を逸らす。


「あ……ごめんね! 話したくなかったら全然いいんだけど…………」

「すまない…………。だが、ひとつだけ言えることは、ボクには親との接し方はわからない…………」


 アオイはパンッ、と手を叩く。


「とにかくだ。やはり、彼らと話してみないことには何も進まないだろう。だから、アカネ…………」

「うん、わかってる。明日また、お父さんとお母さんに会いに行こう。二人に会うのはちょっと怖い気持ちもあるけど、話したいこともたくさんあるから……!」

「ああ。それに…………ボクがキミの隣にいるから、安心してくれ」


 アオイは照れてわたしと目を合わせないようにしながら言う。


「うん。ありがとう」

「じゃあ、ボクは風呂に入ってくるから」

「うん」


 まだ会って一ヵ月も経ってないのに、なんだかアオイがいる日常を当たり前のように感じる。…………10年前のわたしにとっての当たり前の日常は、お父さんとお母さんだったんだろうか。


「そうだ……」


 ふと思い出して、朝出かける前に勉強机の上に置いたままだった「かたたたきけん」を手に取って、じっと見つめる。


「…………思い出した!」


 ―――


 その日は休日で、わたしの誕生日でもあった。


「「茜、お誕生日おめでとう!」」

「わあ、ありがとう!」


 わたしはその日お母さんと買い物をしていて、ダダをこねて買ってもらった大きなホールケーキを頬張り、ご満悦だった。


「茜にパパとママから誕生日プレゼントがあるんだ」

「え? なになに!?」


 わたしは自分の部屋に目を閉じて誘導されるがまま入る。


「目を開けてごらん」


 開いたわたしの目には、今朝は無かった勉強机が置いてあった。


「わあ!これ、わたしの机?」

「そうだよ!」


 わたしはお父さんが買い物についてこなかったのが気になっていたけど、それはわたしが外にいる間に机を用意するためだったのだ。


「ありがとう、パパ、ママ! …………そうだ!」


 わたしは画用紙をちぎって、黒いクレヨンを手にとって文字を書く。


「はい! パパとママにお返し! いつでも使ってね!」

「肩たたき券か! ありがとう茜!」

「茜、ありがとう! とっても嬉しいわ!」


 ―――


 結局、それから一回も肩たたき券が使われることはなかった。

「お父さん、お母さん……!」

 わたしは肩たたき券を握り締める。

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