第30話 ホワイトアウト

「それで……いつものごとくまだ聞いてないけど、今回の依頼人はどんな人なの?」


 わたしはいつもの公園への道を歩きながらアオイに尋ねる。


「今回は今までに比べて特殊なケースと言っていいだろう。というのも、依頼人は一人じゃなくて夫婦だ。しかも、死後約10年が経過している」


「10年…………。そんなに長い間、未練を抱きながら幽霊として現世に留まってたってことだよね…………。一体、その人たちの未練は何なの?」

「ああ。ボクもまだ直接会って話したわけじゃないから細かいことは知らないが、一人娘を残して死んでしまった、そのことに後悔しているらしい。…………なんにせよ、10年もの間未練を抱え続けていたんだ。基本的には幽霊として留まっている期間が長ければ長いほど、想いは強く、太くなる。今までより気合を入れてかかるべきなのは間違いないだろう」


「そっか…………。でも、わたしたちの絆も強く太くなってるからね! きっと今回も二人で力を合わせれば今までみたいに上手くいくよ! がんばろ、アオイ!」

「ああ。がんばろう、二人で」


 わたしたちは軽くハイタッチする。そして、いつものようにアオイはわたしが幽霊を見たり触れるように能力(チカラ)を貸し与える。


「そろそろ公園だね。あ、もう人影が見える! 急ごうアオイ!」


 わたしは軽く速度を上げて公園に入り、依頼人らしい二つの人影めがけて走る。

 しかし、依頼人の顔を見た途端、わたしの足はぴたりと止まる。


「? どうしたんだい、アカネ。急に立ち止まって…………」

「嘘…………」


 わたしには、アオイの言葉に反応する余裕はなかった。だって、この人たちは…………。


「…………お父さん、お母さん」


 ***


 わたしの目に映るのは、一人は30代半ばの眼鏡をかけた男性で、知的で穏和な雰囲気を漂わせている。もう一人は同じく30代半ばとみられる女性で、後ろでひとつにまとめた髪が特徴的で、少しふくよかな体型をしている。


 間違いない。わたしの机の引き出しの奥にしまってある写真。わたしと、お父さんとお母さんが映っている写真。二人が亡くなってから、何度も何度も見返した写真。今、わたしの目の前にいるのは、その写真に写ったわたしの父と母だ。


「アカネ…………? 今、なんて?」


 アオイはわたしの発言に目を丸くしている。アオイの視線はわたしに向けられた後、ゆっくりとわたしたちの目の前にいる二人に向けられる。


 そして、驚いているのはわたしだけじゃなかった。わたしの目に映る二人。わたしのお父さんとお母さんも、わたしの姿を見て驚いていた。


「今、『茜』って…………。いや、そんなことを確認するまでもない。その見た目を見ればわかる…………! 茜!。茜、なんだね?」


 眼鏡をかけた男性は泣きそうな顔をしながらわたしの顔を見る。


「茜! こんなに……大きくなって…………!」


 髪を後ろで結んだ女性も、同じように泣きそうな顔でわたしを見つめる。


「ほんとうに、お父さんとお母さん、なの…………?」


 わたしは二人の顔を交互に見る。写真で見た姿とほとんど変わらないその見た目を目の前にいる人物に確認して、変な感覚に陥る。


「ああ、ああ! そうだよ茜! 僕たちがお前の父さんと母さんだ!」

「茜!」


 二人はわたしに近づこうとする。わたしはとっさに自分の肩を抱きながら後ずさってしまった。


「茜…………?」


 お父さんは後ずさるわたしを見て悲しげな顔を見せる。


「はあ…………はあ…………」


 わたしの呼吸は、少しずつ荒くなっていく。

 どうして。なんで、今わたしは二人から離れたの? 間違いなく、二人はわたしのお父さんとお母さんなのに。二人の胸に、飛び込んでいい、はずなのに。なんで?


「はっ……はあ…………」


 二人が幽霊だから? 生身の人間じゃないから? でも、今のわたしは幽霊に触れる。生身の人間と同じように。


「はあ、はあ…………!」


 苦しくなる呼吸の中で、わたしの思考はあるひとつの結論を導き出す。そうだ、わたし、わからないんだ。親にどうやって甘えればいいのか、どんな顔を見せて、どんな言葉を交わせばいいのか。


「はっ…………。……………………。」


 耳鳴りがして、視界が真っ白になっていく。やばい、これ、わたし、倒れ…………。


「アカネ!」


 意識が途切れる直前、最後にわたしの目に映ったのは、アオイの心配そうな顔だった。

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