Act.8-124 ファンデッド子爵家の問題とマフィアの闇金融 scene.4

<三人称全知視点>


「おっ、アルマ。お前も風に当たりに来たのか?」


 アルマの中で、バルトロメオに対する評価はお世辞にも高いとは言えない。

 数多の浮名を流していて、奔放な人物であると専らの噂だ。


 アルマは自分に全く自信がない。化粧っ気がなく、ブライトネス王国の美女の条件――二重でまつ毛が長く、色白で、細く儚げな体躯である――ことを満たしていない。

 パステルなドレスよりも侍女のお仕着せの方がホッとし、イケメンを直視できないことから分厚い眼鏡を掛けたアルマは、恋愛など後回しで仕事に邁進してきたことから『地味で不愛想な侍女』という共通認識を持たれている。


 流石に奔放でも自分のような人に声を掛けないだろうと思いながら、アルマは二人きりで話題もないこの状況をどうにかしなくては、と思考を巡らせた。


「今回は私如きのためにありがとうございます。……本当に宜しかったのでしょうか?」


「ん? 別に仕事は俺の頼もしい親友が片付けてくれるんだし、三日有給もらったと思えばいいんじゃないか? って感じだな。それに、俺も面白い奴とお近づきになれたから収穫が全く無かった訳じゃない」


「収穫ですか……メレクは確かに優秀ですね。王弟殿下のお眼鏡に適ったのでしたら、これほど嬉しいことは――」


「いや、違うからな? 確かにメレクも優秀だが、俺が話しているのはアルマ――お前のことだよ」


 予想もしない言葉にアルマは固まった。


「……私はこの国の美人の条件も満たしていない、不器量な女です。できることも仕事くらいで……その仕事も誰でもできることをただ地道に頑張っているだけです。……王弟殿下が奔放でも、もっと相手を選ぶべきだと思います。例えば、王女宮筆頭侍女様はまだデビュタント前ですが、聡明で美しい方ですし」


「うーん? ローザに勝てる美貌を持っている奴はこの国どころか世界中を探しても、まあ、いねぇだろうけどなぁ。ただ、アイツを異性として見ることは俺には無理だなァ。どっちかっていうと悪友って感じだし。ってか、お前はアリだと思うけどなぁ」


 風呂上がりの薄手の服にカーディガン、眼鏡も掛けず髪も結っていない無防備な姿のアルマに「こんな現場を見られたら一般的には夜の意味で・・・・・の逢瀬だぜ? まったくもって無防備だなあ!」と内心思いながらバルトロメオはアルマの髪に手を伸ばす。


「……お前は、もうちょっと警戒心を持った方がいいぜ」


「で、んか?」


「この国の美的に外れてるだとか何だっけか……まあ、そういうのはあるんだろうけどよ。お前自体は悪くないってこった」


 最初はレインから頼りになる後輩がいると聞いていただけだった。

 あの王子宮筆頭侍女のレインが後輩を褒めるのも珍しいと、物見遊山のつもりで見に行くと、中庭に鳥の巣のヒナを観察して木の枝に髪が絡まってほどけなくて、泣きべそをかく羽目になっていたアルマに遭遇した。


 そんな奇想天外な出会いに抱腹絶倒したバルトロメオとアルマの出会いは最悪だったが、その後もアルマを観察し、彼女が真面目に侍女の仕事に向き合っていることをバルトロメオは実感することになる。

 王子宮の侍女の大半は侍女業そっちのけで良縁を結ぶために駆けずり回っている、他の宮の侍女から比べたら数段レベルの落ちる者達ばかりだが、アルマはその中で仕事に邁進し、努力を重ねていることが窺い知れた。本気で仕事を気に入って全力を尽くしていることが分かった。


 ――ローザに話したら、『恋だねぇ』って言われそうだな。んでもって、全力で応援されちまうか。


 バルトロメオがその頃からアルマに惹かれていたことは確かだ。

 バルトロメオに護衛役として残るように進言したのも、そのための万全の体制を整えたのも、二人だけの時間を作るためだったとしたら納得がいく。


「お前、髪はおろしてた方が似合うぞ」


「え?」


「……ついでに、目も隠すな」


「無理です。前にもお話したじゃありませんか、私は殿方と目を合わせて話すのは苦手なのだと」


「勿体ねぇだろ……まあ、お前がそういうなら仕方ねぇか。俺はお前のこと、好みなんだけどなぁ」


 色気をたっぷりと含んだ視線が、アルマを覗き込んでくる。

 それだけで蛇に睨まれた蛙状態のアルマは、固まってしまった。顔は茹で蛸のように真っ赤だ。


 そんな様子が面白かったのか、バルトロメオは更に手にしているアルマの髪に――くちづけた。


「んなぁっ?!?」


「ふはっ、もうちょっと色気のある声出せねえのかよ!!」


「あ、あわわ、何を仰っておいでなのですか!? いえ、まず私の髪を離してくださいませ!」


「ああ、おやすみアルマ。良い夢を!」


 動転するアルマに微笑むと、バルトロメオは客間へと歩いて行く。


 ――落ち着け、この人は国中の美女を思いのままにできるバルトロメオ=ブライトネス様だぞ。私みたいなモテない不美人の象徴みたいな行き遅れにそんな空気を出す筈がないじゃないか! きっと何かの間違いだ。


 そう何度も心の中で繰り返しながらアルマは心を落ち着ける。


「……そういえば、王女宮筆頭侍女と王弟殿下の関係をお聞きするの忘れていたわ」


 そうして落ち着くと、ずっと気になっていた疑問を尋ねる場を逃してしまったことをアルマは後悔した。



 翌日、バルトロメオは王宮に戻るために子爵領を去って行った。何故かロウズを連れて。

 『色々家族に迷惑も掛けましたし、周囲に誤解も与えてしまうようなので、きちんと距離を置くことにします。身分を問わず良くしていただきまして誠にありがとうございました』というお別れの手紙を認めたのだからもうそれで良かったんじゃないの? と思っていたアルマは驚いたが、すぐに「何か必要なことがあるのじゃないか」と思い立った。


 ロウズは勿論行きたくないと駄々を捏ねていたが、現役の武官の腕力と枯れ始めた文官ではパワーが違い過ぎるため、呆気なく捕まえられて馬に乗せられてしまった。


 その後、入れ替わるように現れたローザが「統括侍女様に話を通してきたから、はい、これ四日分の有給許可の書類。有意義な時間を過ごすように……それじゃあねぇ」と書類を手渡された。

 既に一日使ってしまったので残り三日。折角、王女宮筆頭侍女が統括侍女から有給を取得してきてくれたのだから有意義に活用しなくてはとアルマは気合を入れた。


 一日目、まずは家族会議で一日を費やした。

 具体的には話し合いをしながら母親と娘という絆の結び直しだ。


 この家族会議でアルマは自分をもう一度見つめ直すと同時に今まで気づかなかった家族の一面にも気づくこととなる。


 アルマには『継母と継子は相容れない』という先入観が元々存在していた。


 ――弟がいるし、弟の実母は私を疎んじているだろうし、じゃあ私出てけば丸く収まるじゃん。


 と、あっさりと判断したアルマは家を飛び出したのだが、実際のところフランはアルマを嫌っていた訳では無かった。

 フランは伯爵家の次女として生まれ、特に優れた容姿もないのでほどほどの縁を見つけてさっさと嫁げと言われていた。

 そこにファンデッド子爵家の後妻にどうだと打診があり、フランは有無を言わさず嫁がされた。


 ちなみに、伯爵家とさほど縁がないため、アルマはフランの生家の伯爵家についてあまりよく知らない。フランによれば当主同士が近況のご挨拶を書状でするくらいはしているようだが……。


 確かにアルマに対して長女というだけで貧乏でも社交界デビューできる私が羨ましく、嫉妬心があったことは否定しないとフランに断言されてしまった。

 しかし、同時に前妻ばかり想う夫、娘を残念にしか思わない夫を見て、私に対しての同情心もあったのだと告白され、アルマは内心「お父様ェ……」と今のこの場にいない父親にジト目を向けたくなった。


 では何故アルマが帰ってきたときにあのような罵詈雑言を、という疑問についてはメレクが引き継いだ。


「姉上はご結婚こそなさっておいでではありませんが、信頼厚い侍女ということでしたので、我が家の事情でご迷惑をおかけする訳には参りませんでしたので。形だけの勘当と母も分かっていたのですが、それを盾にとる形で逃げおおせていただけたらと思っていたのです。僕も正直に姉上に事情を話すべきかずっと悩んでいましたので同罪です……」


「……それは私が、子爵家の長女という重みに耐えられず、現実から目を反らしたことに起因しております。お義母様、今まで申し訳ございませんでした。私は、この家の長女として……恥ずかしく思います」


 田舎だろうが貴族で、王城近くに住んでるからお前が生きているのは貴族社会なんだぞと子供の頃から見聞きしていた筈なのに、それが窮屈で、義務なんてものを負わされたくないとアルマが思っていたのは事実なのだ。


 それを謝るとフランは「とんでもない!」と謝り、「私が社交界デビューしなくてつい勘当だなんて彼女の両親の口癖を言ってしまって自分でも愕然としたというのに、更に私がデビューしなかったことでメレクのデビューと子爵夫人としての体裁を整えるだけの資金が残されたのだという現実を知って膝から崩れ落ちる気持ちだった」と語った。


 正直そこまで考えてなかったんで土下座しそうな勢いはおやめください、お願いします。


 と、今にも土下座しそうなフランをアルマは何とか取りなした。

 

 こうして、アルマとフランは改めて母娘として縁を結び直したのだ。

 そして弟も改めて「姉上と母上と、こうして笑って過ごせる日が来ることをずっと願ってたんです!」と微笑み、アルマとフランは揃って崩れ落ちそうになった。


 ただ、その会議は父親の書斎で家探ししながらというのが雰囲気をぶち壊しにしていた。


 とはいえ、領地のことをなんとかせねばならない。

 この時、アルマはようやく書斎を漁るために王弟殿下は父を連れ出したのだと気づいた。


 ――そういうことはきちんと指示してくださいよ! 私はそういうののプロじゃないんで! 侍女ですんで!!


 そうして見つけたのはなんと賭博の請求書。


 ――しかもこれ暴利じゃね? おかしくね? しかも滞納なの? 遅延金増え過ぎじゃない? これって所謂闇金的な何かなの? この世界にもそういうのってある訳? 流石はマフィアの闇金融、やることが汚い。


 そんな考えが一気にアルマの脳裏を過った。

 アルマの全財産でも支払うことができない請求額にアルマも愕然とする。

 領地を富ませようにも、アルマにできることは前世で培った・・・・・・事務能力くらいである。前世の専門知識を使ったとチートなど、アルマには到底できない。


 アルマが覚えている父親には、真面目しか取り柄が無くて、時々花壇に水をやるのが好きで、アルマのことは見た目が良くなくてもきっと中身を見てくれる人が現れるからねと微妙な慰めをする、あーこの人ちょっとモテにくいタイプの良いヒト・・・・系男子だと思った人だった。


 そんな人がまず賭博に手を出すだろうか? 堅実で碌な趣味もないつまらない男だ。


 逆を言えばそうせざるを得ない状況に追い込まれる、もしくは賭博が面白いと感じてしまったのだろうか。

 どちらにせよ、それを手引きした人物というのに行き着くには賭博場で足りなかった金子を貸したというガネット商会しかない。


 だが、ローザ曰く、ガネット商会はブライトネス王国に巣食うマフィアであるという。海千山千の商人相手なら馬鹿正直に真っ正面からいったところで相手にされない……時点で終わるだろうが、相手がマフィアとなればどのような目に遭わされるかは分からない。


 これに関してはローザ達に任せるしかないだろう。アルマにできるとしたら、マルゲッタ商会に確認を取った上で前にも言ったようにジリル商会で調査を依頼することくらいである。


 この日、アルマはフランとメレクと、三人で食卓を囲んだ。

 ロウズがどうしているのかは、まだ連絡がなかった。



 二日目。アルマは手紙を認した。


 まずは、マルゲッタ商会にロウズの借金に関する情報提供の依頼。

 それから、付き合いのあるジリル商会にガネット商会の調査の依頼。


 マルゲッタ商会とは付き合いがないのでどうなるかは分からないが、ファンデッド子爵家の御用達の商会がジリル商会であることも相まって会頭夫妻とはアルマも付き合いがあるので無碍にされることもないだろうと考えていた。


 今回の件の解決にはその他にも本来は様々な人脈が必要なのだが、残念ながらアルマにはそのような繋がりはない。

 アルマにできることはこれくらいだ。


 その日の午後、ファンデッド子爵家を一人の男が訪ねてきた。


「お初にお目に掛かります。ビオラ商会合同会社で融資関連のお仕事をさせていただいております、グレッグ=フォーンルと申します。本日は融資のご提案をさせて頂きたく参りました」


 「あっ、融資の返金? したきゃすればいいんじゃないの?」というありがたいのか、フランク過ぎるのかよく分からないアネモネの言葉を携えたグレッグを応接室に招いた。


「治水工事等、ファンデッド子爵領では滞っている公共事業があるとお聞きしました。そちらの資金を我々の方で出させて頂きたいと思っています。返金に関してはご心配には及びません。返ってこないなら返ってこないもの、成功したらお裾分け程度に返してもらえばいい……そういうお考えなのだそうで。実際、私も昔は融資は商売だから阿漕な商売でなんぼのもんじゃいと思っていましたが、モレッティ様……私の上司に嗜められました。顧客の幸せを考え、遠回りでも頑張っていればいつかは報われると。ビオラ商会がここまで大きくなったのは、こうした会長達の理念があるからなのですよ」


 グレッグは目を輝かせながら、そうアルマに語った。


「具体的な内容に関しては後日相談ということになると思いますが、一応どれくらい掛かりそうか見積もりを取らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 二日目の午後半日はグレッグを案内して消え去った。


 三日目。流石に前回のように転移はできないので、アルマは直通の馬車を出してもらった。お金はかかるけど移動時間は乗合馬車に比べたら早いのだ。


 とにかく城下に戻るためには時間が必要なので、またすぐに連絡をすると約束してアルマは実家を後にした。

 里帰りはほどほどにしよう、と強く心に決めた三日間だった。……とはいえ、ここからが本番なのだが。

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