Act.8-122 ファンデッド子爵家の問題とマフィアの闇金融 scene.2

<三人称全知視点>


 屋敷に入ったアルマ達を出迎えたのは老齢の執事だった。

 古くからファンデッド子爵家に仕えてきた執事ロバート=クルシュの表情はアルマを見て僅かに驚きの色に染まる。


「お嬢様、お戻りでしたか」


「急に帰って悪いのだけれど、お父様とお義母様はどこかしら?」


「旦那様と奥様は今サロンにおられますが……そちらの方は」


「何事ですか!!」


「これは奥様、お嬢様がお戻りに――」


「そのような娘は知りません。何ゆえにこのファンデッド子爵家に足を踏み入れる権利があって来たのです、そのような薄汚い恰好をして!」


「よ、よさないかフラン!!」


「前触れもなく来たことにはお詫び申し上げますわ。ですが、お父様。私が何故ここに来たのかおわかりですか」


「……フ、フランに詫びるためだろう?」


「違いますわね。ロバート、申し訳ないけれど人数分のお茶を用意して人払いをしてちょうだい」


「っ、不器量な上に外に出て言った挙句突然戻ってきて家主かのような振る舞い、あなた、何故許すのです!!」


「よ、良いからフラン! 少し控えなさい、あそこにおられるのは……」


「あなた!!!」


 ――あんなに義母はヒステリックに叫ぶ人だっただろうか。

 ――当主の妻の座に収まり、跡継ぎまで生んで。目障りな長女も出て行ったのに、何が不満なのだろう?


 などと、アルマが考えていると、ロバートが黙礼してそっとアルマに「奥様は先ほどまたドレスを新調したいと旦那様に仰られ、却下されたばかりでご機嫌がようございません。ところでお嬢様、そちらの方はお嬢様の良いお方なのでしょうか?」と尋ねた。


「いいえ違うわ、こちらの方はバルトロメオ=アグレアスブリージョ王弟殿下です。それから、王子宮筆頭侍女で私の上司のレイン=ローゼルハウト子爵令嬢と、王女宮筆頭侍女のローザ=ラピスラズリ公爵令嬢よ。くれぐれも失礼のない様に。さあ急いでちょうだい」


「おっ……これは大変失礼いたしました。ファンデッド子爵家執事、ロバートと申します。ただいま客間にご案内させていただきます。どうぞこちらへ」


「ほう、あれがアルマさんのご両親か。なかなかユニークな方々だなぁ」


「王弟殿下、それ、褒めてはいませんよね?」


「まあ、うちに比べたらまだマシですよ。しょっちゅう地雷を踏み抜いた執事がリボンの似合うメイドとどこぞの公爵令嬢に埋められていますし、殺意を滾らせたメイドがしょっちゅう執事長と戦って負け続けていますし、色々やらかして料理長に爆破されたりしていますし」


「ラピスラズリ公爵家は別格だろ? ってか、相変わらずヒース坊は埋められているのか?」


「今日もアクアに『よっ、貧乳』って言って詰められていたよ? 全く、好意があるならしっかり示せばいいものを。……まあ、アクアはボクが嫁として認めた奴にしかくれてやるつもりはないけど」


「マジか、とんでもない小姑もいたもんだぜ。……というか、嫁?」


「隣国の総隊長の奴がなんだかアクアに気がありそうなんだよねぇ。とりあえず、総隊長は絶対に却下だ。ボクが絶対に止めるよ」


 ギラリと肉食獣のような笑みを見せたローザに、バルトロメオは「そ、そっか」と曖昧な表情を見せることしかできなかった。


 高らかにアルマが王弟殿下がお越しだと告げても、言うことを聞いてくれない夫に掴みかかるのに忙しそうで気づかない継母、妻を宥めるのに必死な挙句失敗して引っかかれているとんでもない姿を晒している父という状態にこっそりどころか堂々と溜息を吐くアルマを、ローザ、バルトロメオ、レインは同情的に見つめている。


「あ、姉上……?」


「メレク!」


 十五歳で既に社交界デビューも済ませているアルマの義弟――メレク=ファンデッドが突然のアルマの来訪と両親の夫婦喧嘩を見比べて、それからバルトロメオを見て、目を丸くしてから慌てて二階の部屋から転がるように降りてきた。

 そしてすぐさま膝をついて、「王弟殿下におかれましてはお初にお目にかかりまつる」と大事なところで噛んだ。


「……皆様、弟のメレク=ファンデッドですわ。今年社交界デビューいたしました」


「お、おう……」


 肩を震わせて一生懸命笑わないように堪えるバルトロメオに、ローザとレインが揃ってジト目を向けた。



「で、お父さま。どういうことか分かってらっしゃいますよね? この期に及んで分かりませんごめんなさいとか言い出しませんわよね? そりゃ言いづらいこととは思いますけれども言わなきゃいけない時ってあると思うんですよ、そもそも私が仮の勘当をそのまま否定せず乗っかっちゃったところがいけないんだとは自覚しておりますけどお父様もお父様でファンデッド子爵家の当主として云々言いながらやらかしちゃったことが沢山あり過ぎて困っちゃいますよね? でもそれが一つ一つ別物じゃなくて全部繋がってるかもしれないなんて私思ってもみませんでしたの、どうして知ったのかって聞きたいんでしょうけれどまずはご自分から言い訳込みでお言葉にして頂きたいんです」


「……怒涛の娘の怒りってなぁ怖いもんだなあ。なあファンデッド子爵」


「はっ、はい、いえ、あの、妻の方が怖いというかいえ今娘も怖いなとか思ったりとかしましたが……」


「……ってか、ローザ。お前、こんな針の筵でよく優雅に紅茶を嗜めるよなぁ。……というか、さっきさりげなく執事について行ってなかったか? 王女宮で飲む紅茶並みに美味しいし、このクッキーもビオラで市販されている奴より美味しいと思うんだけど」


「気のせいじゃない?」


 と言いながら、紅茶を啜るローザ。流石は公爵令嬢というべきか、所作の一つ一つに気品が感じられる。


「で?」


 バルトロメオの一言と、アルマの怒涛の言葉の雪崩に項垂れながら観念したロウズが「来た目的は公爵夫人のことではないか」と小さく言った。


 その言葉に当然フランが声を上げ、メレクはため息を吐き出した。


 ――なんだか修羅場の予感がする。ってここが修羅場の現場でした!!


 などと考えているアルマの心を読んだローザ、バルトロメオ、レインの三人が「案外余裕そうだな、お前」とジト目を向ける。


 ――執事のロバートは冷静な顔して立ってるけど、気を失ってるだろアレ。いい加減お歳だからまさかと思うけどお迎え来てないよね? 大丈夫だよね?


「ロバートさんなら脈もあるし、心配ないよ? このまま立ったまま気絶させておけばいい?」


「……あの、王女宮筆頭侍女様? なんで、私の心を読めるんですか?」


「そういう能力があるからねぇ。というか、王弟殿下とレイン先輩もしっかり心読んでいるよ?」


 ――そんな能力あるの!? 超能力!?


 と、内心叫んでいるアルマに、そっちよりも大切なことあるよねぇ? と視線を送るローザ。


「まあ恋愛自体は俺も否定はしないが、お前さんは既婚者な上に公爵夫人はあまりにも身分が違うだろう? それと確認しておきたいが、――知っているのか?」


「大公妃殿下のご懐妊でございますか。いいえ、そのようなことはないと思います」


「へえ、どうして言い切れる?」


「あの方が私だけではなく、数多の男に求愛されていることは知っております。ですがあの方は地上に現れた女神なのです!」


「……は?」


 これにはローザすら「はっ?」と固まった。


「分かりませんか! あの方の美しさはもはや人ですらない!! シェールグレンド王家の由緒正しき姫君であることからその気品は勿論、あの方は地上に使わされた天使! 私も他の者も、あの方にただ愛されたい。体の関係? そのようなもの必要ないのです。ただ優しく微笑みかけてくださる、それだけで愛が満たされるのです!!」


「わあ、何か宗教の人を見ているような気分です」


「父上……まさかこれほどまでとは……」


「あなた……」


「……おい、ローザ。ずいぶんと間抜け面して珍しいなぁ」


「ポカンと口開けていたヒゲ殿下には言われたくない。……もう、あれだ。トーマス先生を呼んでこよう」


「ラングドン教授でも、こりゃ手に負えないだろ」


「というかこの子爵、ヅラ並みに目が腐ってやがる。『我がルーネス様に良い所を見せて、一番のお気に入りの立ち場を私から奪取するつもりなのだろう!? そうはいかんぞッ、この第六師団こそが殿下の直属である!』って感じじゃん……もうねぇ、宗教家の盲目もあそこまでいくと喜劇だよ。千之助さんも笑かされるよ」


「……めっちゃポラリスの真似上手いなぁ。やっぱり、お前らって実は超仲良しなんじゃ」


「よし、クソ殿下表に出ろ。しばいてやる!」


 ローザが裏武装闘気で剣を作り出し、バルトロメオを睨め付けた。


「冗談だよ、冗談……ったく、暴れてもいいが、この屋敷吹っ飛ぶぞ?」


「……王弟殿下、それよりも説明説明」


「おっ、おう。……悦に入ってるとこ悪いけど、あの人シェールグレンド王家の血筋って訳じゃねーぞ?」


 げんなりした顔で当たり前のように言ってきたバルトロメオに、アルマ達は驚き、ローザとレインはため息を吐いた。


「……とりあえず、次はコーヒーにしよっかな?」


 現実逃避気味のローザは【万物創造】でカフェオレの入ったカップを作り出すと、優雅に口に運んだ。

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