Act.8-112 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.14 涙目ローザは土下座する!

<三人称全知視点>


「ようやく理解したか、リオンナハト王太子」


 そんなリオンナハトを冷ややかな目で見つめる男がいた。

 トーマス・ラングドン――リズフィーナの師であり、かつて『オルレアン教国の大賢者』と称えられた人物である。


 ルードヴァッハの師――ガルヴァノス・アーミシス大賢者が唯一『賢人』だと認めた知恵者。

 その知恵者をローザ=ラピスラズリが連れていると知った時、ルードヴァッハは「ローザもまた、『帝国の深遠なる叡智姫』と同格の知恵者なのだ」とその知恵を認めたのだ。


 当のローザは、この時のルードヴァッハの思考を読んで「嬉しい話だねぇ」と、人間らしい彼女と同列に並べられたことを嬉しく思っていたようだが。


「私には極めて嫌いな人種が存在する。それは、自分の正義の物差しを盲信し、決してそれを疑わない愚か者だ。私がかつて袂を分かった『オルレアン神教会の聖女』などと呼ばれているあの小娘に、お前はとてもよく似ていた。……ミレーユ姫殿下は大変お優しい。彼女の優しさを無駄にすることはないよう、今刻んだ決意をしかと心に刻んでおくがいい」


「相変わらず、トーマス先生はリズフィーナさんを嫌っているみたいだねぇ。まあ、気持ちは分からない訳でもないけど」


「まあ、あの小娘と顔を合わせるのも次回で最後になるだろうがな。――先程、ローザ殿がいない時にフィートランド王国の今後についての相談が行われた。フィートランド王国の実権を握っているティアミリス殿下は、オルレアン神教会の秩序から脱し、オルパタータダ陛下が国王を務めるフォルトナ王国の庇護化に入ることを決めたそうだ。今後の国号はフォルトナ=フィートランド連合王国、フィートランドの国王位は、大公扱いに移行し、委任統治という形に変更されるらしい」


「ティアミリス殿下の主君はオルパタータダ陛下以外にはいないってことだね。信仰自体は自由ってことになるけど、フィートランド地方の方針としては国教を定めず、いずれの宗教も認めるというつもりらしいよ? ただ、個人としては連中に関する情報を集める必要がなくなった今、雑務しか残っていないからさ。もう、所属する意味も無くなっちゃったんだよね。残っているのも暇潰しだけだし」


「その雑務や暇潰しっていうのは、神父業っていうのがやるせないよねぇ。正しく人を導く神聖なるお仕事なのに、そもそも誠心誠意すらないって……トーマス先生といい、ジョナサンといい、なんでオルレアン神教会に所属していたのか疑問な人が多いよねぇ」


「そういや、俺も気になったんだが……なんで、ジョナサンはオルレアン神教会に入ったんだ? 他にも情報を集める方法はいくらでもあったよな?」


「ん? 大嫌いだからココに入ったんだよ?」


 オルレアン神教会が唯一の宗教で、大なり小なり信仰されている大陸出身の面々にとっては、全く信じられない言動であった。


「ということで、一応神父を辞めることを総本山に通達してから辞めよっかと思ったんだけど、ラングドンさんもお別れの挨拶をしたいって話を聞いて、じゃあその聖女様っていうのがどんだけクソつまらない人なのか物見遊山に行ってみようかなって思って」


 オルパタータダが「相変わらずドSだ、こいつ」と一人で笑っていたが、大半のメンバーは大陸の常識を破壊するようなジョナサンの言動に大なり小なり恐怖を覚えたようだ。


「神父辞めたらどうしよっかな? 騎士になるのはちょっと……そうだねぇ、天上の薔薇聖女神教団の神父になってラングドンさんと言論を戦わせるのも楽しそうかな?」


「本当、そういうのやめてくれないかなッ!? あそこのアレッサンドロス教皇はフォティゾ神教会の最高司教のレイティア=ベネディクトゥスさんと違って視野狭窄だからねぇ。……彼女は誰よりも信心し、それでいて何者よりも正しく、物事の真理を見ていると思うよ」


「やっぱり親友もそう思うか! いや、紹介して本当に良かったぜ」


 きっと、トーマスもレイティアさんなら気にいるんじゃないかと思う。


「まあ、その時はボクも同行させてもらうよ。『這い寄る混沌の蛇』に関してはこっちも説明しないといけないことがあるだろうし……それに、このドS神父が暴れないか見張らないといけないし」


「僕ってそんなにドSじゃないと思うんだけどな。というか、オニキスさんとかローザさんの方がドSじゃない?」


「ついでに、ローザはドMなところもあるからな! 仕事抱えて自分を追い込みまくっておるところとか、ドMだろ?」


「あのモネと一緒くたにされるの心外なだけど! それじゃあ、大体の方針は決まったようだし、ミレーユさん達は頑張ってきてねぇ。後、ディオンさん。ちょっとだけお話ししたいことがあるから時間をもらってもいいかな?」


「僕はミレーユ姫殿下の剣だからね。姫殿下の許可なしだとどうにもならないかな?」


「えっ、別にいいですわよ。ローザさんがそう仰るなら、きっと考えがあるのでしょうし」


「そう? じゃあ、ローザさん。今回の件が解決したら是非お話しさせてもらうよ」



 カラックからもたらされた情報から、宰相のグレンダール・ドーヴラン伯爵が囚われている場所がこのサイラスであることが判明した。

 アモンはこのサイラスに詳しくないため、兵士達に聞き込みをすることを提案しようとしたが、そこでミレーユは革命派のフーシャに尋ねることを提案した。


 「そもそもわたくしにだけ面倒ごとを押し付けてご自分は何もしないというのは、ちょっと甘いんじゃないかしら?」などとミレーユ本人は考えていたのだが、アモン達はミレーユが「過ちを犯した者達への憐れみに向けたミレーユが合理性に固められた考えで反乱軍の彼らに情状酌量の余地を与えた」などと曲解し、更に『帝国の深遠なる叡智姫』の幻想に深く溺れていくのだった。


 カラック達に真相を伝えた『黒烏』の間者がミスシス・エンディエナであることもアモン達に伝えられ、アモンが少しショックを受けるという場面もあった。


 リオンナハトの口から「諜報部隊『烏』を全員国外に退去させるように父上に進言する」つもりであることも語られたが、実際リオンナハトの提案の有無に関係なく、なされることでもあるだろう。

 現状、ライズムーンにしろ、プレゲトーンにしろ全面戦争などという事態は避けたいのだ。

 プレゲトーンの側は戦力的な面から、ライズムーンの側は外聞的な理由で。

 そうなれば、極秘裏に会談が開かれることになり、恐らく賠償金などの形で解決が図られることになるのだろう。


 その会談に先立って、プレゲトーン王国側が「烏」の国外退去、自国内の諜報網の一掃をライズムーンに求めるのは、想像に難くない。

 陰謀に加担した者にどのような処罰が下されるかは外交交渉次第だろうが、アモンはミスシスにあまり厳罰を科してもらいたくないと思っているので、そこまで厳しい処罰は下らないだろう。


「……賠償金、いくら払うことになるんだろうねぇ。ジョナサンが暴れて相当迷惑を掛けたでしょう? あんまり高くないといいんだけど」


「案外、ローザが払う賠償金がライズムーン以上に高額になったりしてな。ってか、財源の方は大丈夫なのか?」


「まあ、大丈夫なんじゃない? 国二つ……三つくらい丸々買収できるくらいの金は持っているし……うーん、もっと行けるかな? 最悪連載とか増やせば資金調達はもっとできるしねぇ」


 さらりととんでもないことを言うローザに、ミレーユ達は揃って「えっ……そんなことあり得るのかよ」という顔で固まった。


「……とはいえ、どれだけお金があっても使ったら使った分だけ消えてなくなるからねぇ。なんらかの形でお金を得ないと足りなくなる一方だし……こっちにもビオラの支店を出せないか聞いてみよっかな? 出店先はフィートランド王国辺りで」


「おい、俺はそんなこと認め――」


「おっ、そいつはいいな! ついでに、フィートランド=フォルトナ間に転移門の設置も頼めるか?」


「まあ、元々そのつもりだからねぇ」


 相変わらずマイペースなローザ達である。


「ミレーユ姫、すまないが君の家臣の、あの男を一緒に連れて行っても構わないだろうか? 元々護衛をしていたヴォードラルは王宮で事情を説明してもらっていてここにはいないからね。まあ、結果的に良かったと思う。彼はどうも融通が利かなくってね。できればまだライズムーンがこの件に関わっていたとは教えたくないんだ」


「ああ、そうなんですのね。まぁ、嫌とは言わないと思いますけれど……」


 ミレーユは微妙に気が進まない顔でディオンのもとに向かった。


「まあ、姫殿下が行くというのなら僕が行かない訳にはいかないよね」


 ディオンは肩を竦めてやれやれと首を振った。

 ローザから話をされ、既に今回の救助隊に加わることが決まっていると知ったミレーユだが、往生際が悪い彼女は一縷の望みに賭けていた。しかし、現実は残酷でやはりシナリオの流れは変えられないらしい。


 ミレーユは悟りきった瞳で、ふぅーっと溜息を吐いた。

 結局、宰相グレンダール・ドーヴラン救出に向かうのは、二人の王子とカラック、ディオン、更にミレーユとライネというメンバーになった。


 ルードヴァッハはダランヴェールのもとに行き、ドーヴラン伯爵が返された場合には、即時反乱軍を解散させるように交渉することになり、多少は剣の腕に覚えのあるマリアや暇を持て余した似非神父もルードヴァッハに同行することになった。

 王子自らが現場に行くことには異論も上がったが、最終的にはこれ以外のメンバーを出すことができなかったのだ。


 プレゲトーン王国軍の兵士を入れることは、ダランヴェールら革命派のメンバーが警戒して許さなかった。

 といってその革命派から兵を捻出することも、実力と信用という二つの理由からできない。

 結果として、現在動ける中で、最も頼りになるのがミレーユ達ということになってしまったのだ。ここでローザ達の力を借りるというのも一応手ではあるが、彼女はシナリオが改変されることを嫌う。ミレーユ自身に成し遂げてもらいたいと思っているので協力はしてくれないだろう。


「さて、と。これで一件落着だろうし、各国に放った臨時班にも帰国の準備を――」


 統合アイテムストレージからスマホを取り出した瞬間、ローザのスマホが『La Campanella』の演奏が鳴り響いた。


「げっ、通話履歴が一分に一個で百個……って、どんだけ掛けてきたの!? はいはい、今出ますよって」


 通話ボタンを押すと、スピーカーにもしていないのにバカデカい声がスマホから響き渡り、この場にいた全員が思わずギョッとしてローザの方に視線を向けた。


『早く出んか、馬鹿者め! 今、ライズムーン王国の騎士達と交戦中だ。アクアとディランが突撃した。私もミゲルも止めに向かっているが……おい、こら。どさくさに紛れて私のヅラを飛ばそうとするなッ!! 今すぐこっちに来てどうにかしろッ!!』


 ラインヴェルド、バルトロメオ、オルパタータダがニヤリと笑い、ミスルトウ、プリムヴェール、マグノーリエ、ダラスが溜息を吐く中、ローザは通話を切ると「もう……やだ……」と死んだ魚の目でスマホを切り、恥も外聞も捨てて土下座した。それは、もう、清々しいまでに綺麗なDOGEZAを。


 ラインヴェルドもバルトロメオもオルパタータダも「おい、貴族令嬢がそんなことしちゃっていいのか?」と中身のことをすっかり頭から吹っ飛ばしてローザを注視する。


「必ず莫迦共を止めるんで、後でこの件の調停の場に立ってください。お願いしますッ!!」


 予想外なことが起こり過ぎて限界に達したらしいローザは彼女に珍しく涙目になっていた。

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