Act.8-110 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.12 斯くして、歴史は修正され……。

<三人称全知視点>


 レイチェル・レイホルンを伴ったベルデクト・ランドロフは、都市サイラスを取っていた宿に向かって歩いていた。


 革命派が都市サイラスを拠点としていることを知ったタイミングから、ベルデクトはこの都市サイラスにレイチェルと共に潜入していた。

 ベルデクトは各地に散った先代公爵家出身の転生者達――『瑠璃色の影ラピスラズリ・シェイド』と同じくほぼ個人で調査を行っていたのだが、たまたま同じ都市サイラスに来ていたアノルド・ローグロードから受け取った手紙で「独断で都市サイラスに潜む蛇関係者の抹殺を三日後に延期した」という報告を受け、憤りながらも彼の期待したミレーユ姫のために三日だけ待ってやるつもりになったのである。


 正直、ミレーユ自身には微塵も期待していなかった。

 ベルデクトにとって、真なる王族とはブライトネス王家のみ。ミレーユに対しては『帝国の深遠なる叡智姫』と呼ばれている以上、何かあるかもしれないとは思っていたが、王たる資質はラインヴェルドの方が上だと考えていたのだ。全くその通りである。


 決行まで暇になってしまったベルデクトは、その暇な時間にプレゲトーン王国の犯罪者を秘密裏に抹殺して楽しもうか……などと考えていたのだが、街の一角で見覚えのある人物を見つけ、足を止めた。


「へい……か……!? そんな、まさか!?」


「……お前がメネラオス=ラピスラズリの転生者だというベルデクトか?」


 その隣には王弟バルトロメオの姿もあった。


「まさか、これは夢……」


「いや、夢じゃねぇよ。俺はお前が知っているラインヴェルドとは少し違うかもしれないが、紛れもないこの世界のラインヴェルド陛下だ。……国王陛下命令だ、三日後の都市サイラスに対する攻撃を中止しろ。今後、この大陸における冥黎域以外の『這い寄る混沌の蛇』に対する対処は全てミレーユ姫と、その仲間達が行うことになった。これは決定事項だ、【ブライトネス王家の裏の剣】が、まさか国王陛下の意に反した動きをする、なんてことはねぇよな?」


「し、しかし……」


「お前は前世で『這い寄る混沌の蛇』に苦しめられたのかもしれねぇ。だけど、この世界とは別の世界の話だ。今もブライトネス王国は存続しているし、王族も生存している。全て、たった一人の公爵令嬢の努力の賜物で、だ。その公爵令嬢がそう決定を下したし、俺もそれに同意した。繰り返す、この大陸における冥黎域以外の『這い寄る混沌の蛇』に対する対処は全てミレーユ姫と、その仲間達に任せろ。それと、お前らはブライトネス王国に撤退しろ。お前らだってみたいだろ? この世界の平和なブライトネス王国の姿を」


 ラインヴェルドは、このぶっちぎりの危険人物を説得するために言葉を選んだ。

 先代公爵家は実の所、『這い寄る混沌の蛇』以上に厄介だ。この拷問が趣味の老人は、各地の抹殺リストに載っている対象を一人ずつ殺しながら本国に帰還したということもある。

 純粋な暴力という面では『這い寄る混沌の蛇』以上のものを持ち、それこそ守るものさえ無くなれば、一つの大陸を生贄に捧げても『這い寄る混沌の蛇』を蹂躙するだけの力を持つ。


 ……といいつつ、前世で『這い寄る混沌の蛇』の冥黎域の一人に殺されているので、『這い寄る混沌の蛇』そのものの本体を駆逐するだけの力はないのだが。


 そんな先代公爵家の手綱を握れる者は、世界で唯一いるとすれば、それはブライトネス王家の王族だけである。

 【ブライトネス王家の裏の剣】――王家の毒剣一族が、王族を裏切るなどあり得ないのだから。


「……承知致しました。『瑠璃色の影ラピスラズリ・シェイド』の者達を今すぐ集め、本国に帰還させる準備を整えさせます。ところで、陛下、一つご質問させて頂いてもいいでしょうか? その決定をなされたのは一体どちら様なのでしょうか?」


「彼女の名は、ローザ=ラピスラズリ。カノープスの娘、そしてお前の孫にして、俺の大親友だ!」


 その言葉にベルデクトは目を丸くし、「それは、是非一度お会いしたいですね」と好々爺然と笑った。



 一方、オルパタータダ、ティアミリス、アモン、ヴォードラルの四人はプレゲトーン王国の王城に向かった。

 といっても、四人で移動しようとすれば時間が掛かってしまうため、先に《冥府門》の黒い魔法陣を展開しておき、王城側で《冥府門》を開いて三人を転移させるという作戦を取った。


 オルパタータダが、神速闘気を纏って走るとあっという間に王城に到達した。

 既にプレゲトーン王国の王城は制圧され掛けているようで、ほとんどの兵士が死ぬか死なないかのギリギリのラインまでボコボコにされ、謁見の間では、神父の男が老境の兵士と剣を交えていた。


「まさか、『剣聖』ギルディアズ殿が押されているだと!?」


「いや、凄えな。あの神父、ヨナタンの転生体なんだろ? ドSな三つ子の司書の兄の方相手によくあそこまで善戦しているな! ってか、信心なんて欠片もねぇのに、なんでこっちの世界のアイツも別世界線のアイツも揃って神父になってやがるんだよ!?」


 俺、こっちの転生したヨナタンには神父になれなんて一言も言ってねぇよな? どうなってんの!? と、一瞬頭を抱えた隙にティアミリスが剣を構えて突撃した。


「しまった、出遅れたッ!?」


 オルパタータダが後悔しつつ、遅れて剣を抜くが、ティアミリスが先にジョナサンに斬り掛かった。


「あれ? どういうこと? 革命派のところに行ったんじゃないの?」


「作戦は中止だ。陛下がそう決定なされたからな」


「陛下……ってことは、フィートランド王国のじゃなくて、フォルトナの方の陛下ね。あっ、居た。でも、さぁ、なんで炙り出し作戦を止める必要があるのかな? 折角、ここまで剣を振れる相手と遭遇できたんだし、もう少し暴れさせてもらいたいんだけど。……ってか、なんで玉座に陛下を縛り付けておかないの? この人、放っておくと勝手に剣持って突撃しちゃうでしょう?」


「まあ、玉座に縛り付けられても自力で縄か玉座を壊して突撃してやるけどな。俺は面白いことのためなら限界だって超えてやるぜッ!」


「相変わらずな方だね。……陛下と剣を交えるのもそれはそれで楽しそうだけど、どうせならオニキスさんと剣を交えたいよね。結局、あの出撃以来、僕もオニキスさんも殺されちゃって結局会えてないからさ」


「どっちのオニキスがお望みだ?」


「あっ、もしかしてオニキスさんも転生しているの!? 迷うな……転生後のオニキスさんも捨て難い」


 ジョナサンの表情がパァっと明るくなり、ティアミリスが目を大きく見開いた。


「ついでにファントの奴も転生しているぞ? 後、ウォスカーとポラリスの転生が確認されている」


「あっ、副隊長とヅラはどうでもいいや。そっか、割と転生しているんだね。……じゃあ、仕方ないね。二人のオニキスさんとの戦いの場をセッティングしてくれるなら、今回は陛下とティアミリス殿下だけで我慢してあげるよ」


「全く我慢してねぇじゃねぇかッ! しかし、二対一とは随分ナメてくれるなッ!」


 『国王陛下の月影双剣ルナシェイド・レガリア』に武装闘気と覇王の霸気を纏わせ、加速したオルパタータダが、ジョナサンの剣と打ち合った。

 ジョナサンの剣は一撃で粉砕され、砕け散った金属片がキラキラと輝きながら床に落下する。


「賠償諸々あるだろうけど、それはとりあえず後回しってことで。アモン殿はあっちに戻る気なんだろ? じゃあ、状況説明は『剛烈槍』殿に任せるのが妥当か? アモン殿の護衛が必要というのなら、そちらの『プレゲトーン王国の剣聖』殿について来てもらえばいいんじゃねぇか? とりあえず、とっとと決めろ。早くしねぇと肝心なところに間に合わなくなるぞ?」


「ヴォードラル、みんなへの事情説明を頼めるか?」


「承知致しました」


「護衛は必要ありません」


「おう、そっか。じゃ、そういうことで……おい、ティアミリス、ジョナサン、お前らもいくぞ? 出番ないから待機だが、もしかしたらクソ面白いことが転がってくるかもしれねぇしな」


 トラブルが起こることを望んでいるような言動を楽しそうにするオルパタータダの姿を見ながら、「絶対にこういう大人にはならないようにしよう」と内心反面教師にするアモンであった。



<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 ボクとミレーユが戻る頃には既にラインヴェルド達は老人とメイドを連れて戻ってきていて、カラックとマリアも合流していた。

 そして、そこにオルパタータダ、ティアミリス、アモンが神父を連れて戻ってきて、ようやくメンバーが揃った。


「ようやく揃ったねぇ……そっちがメネラオスさんの転生体のベルデクト・ランドロフさんと、メイドのマイルさんの転生体のレイチェル・レイホルンさん。そっちがヨナタンの転生体のジョナサン・リッシュモンさんかな?」


「君がカノープスの娘のローザさんか。いや、奇妙なものだね。私の知るカノープスには子供はいなかったのだが」


「そちらの世界線にもローザという存在はいたのだけどね。ただ、『管理者権限』を持つ神として世界を超越していたからお父様とお母様の子供として生まれなかった。子宝に恵まれなかったのは、そういうカラクリがあったという訳だねぇ。ローザがこの世界でカノープスとカトレヤの子として生まれるためには、ハーモナイアの助力が必要だった。つまり、ボクが異世界召喚され、命を落とすということがローザ=ラピスラズリの生まれる条件だったということになるねぇ。……ブライトネス王国の滅亡に関しては個人的に興味がある。あの国は簡単に滅ぶものじゃないからねぇ。後ほど話を聞かせてもらってもいいかな?」


「勿論だよ。君が対冥黎域の切り札であるというなら、喜んで情報を提供させてもらおう。ただ、どうせなら敵討ちの機会を頂きたいな。私は殺しに飢えているのでね」


 ……ベルデクトの言動にミレーユが涙目になり、リオンナハトが眉を顰め、ライネ、ルードヴァッハ、マリア、ミレニアムは怯え、ディオン、アモン、カラック、ティアミリス、ジョナサンは剣に手を掛ける。

 ミスルトウ、プリムヴェール、マグノーリエ、ラインヴェルド、オルパタータダ、バルトロメオ、ダラス、カルコス、トーマス、レナードは成り行きを見守っているねぇ。


「色々と積もる話もあるだろうけど、フィートランド王国勢のティアミリス殿下、ジョナサン神父、『瑠璃色の影ラピスラズリ・シェイド』のベルデクトさんとレイチェルさんに関する話は後回しにしよう。まずは、レナードさんから。まずは、今回の任務と冥黎域の十三使徒に関して再度説明してもらいたいんだけど」


「任務は……多分、ミレーユ姫を含む面々の抹殺だった気がする。なんか記憶が曖昧なんだよなぁ……で、一度目は馬車で襲ったんだけどミレーユ姫がミラクルを起こして銃撃を回避された。で、次にアモンとリオンナハトの決闘の後くらいに襲撃を仕掛けた記憶があるんだが……うーん、なんなんだろうなぁ? 冥黎域の十三使徒は、空席が一つあってそのメンバーが見つかっていないんだが、これもおかしいんだ。ローザ、これが過去改編の結果だってことか?」


「どうやら歴史は修正されたみたいだねぇ。レナードさん、解説どうも。レナードさんの襲撃に巻き込まれて本気で死に掛けたミレーユ姫、リオンナハト殿下、カラックさん、マリアさんの怯える気持ちも分かるけど、レナードさんは冥黎域を裏切ってこっち側についたから怯えなくても大丈夫だよ」


「大丈夫だ、カラック、マリアさん。コイツはついさっきローザ殿に買収された」


「まあ、そういうこった。あっ、実際に俺と戦ってみたいって奴がいたら大歓迎だぜ? ローザが面白いもの持っているって聞いたからな?」


「……ほう、ならば俺がお前をボコボコにしてやる」


「なぁ、この見た目で中身フォルトナの総隊長とかマジでやめて欲しいんだけど!! もっとお淑やかに――」


 あっ、ティアミリスが剣を抜いた――だから、ここで暴れるなって。狭いんだから。


「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか? その前に前提だけ確認させてもらうから、その後はミレーユ姫殿下に引き継がせてもらうよ? それでいいよねぇ?」


 ボクの言葉にミレーユが「えっ、ええ……」と曖昧な返事を返して寄越した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る