季節短編 2020年七夕SS

『World Sphere on-line』期間限定イベント「七夕の夜空に願いを」

<三人称全知視点>


 羽瀬川大学附属高校には「電脳遊戯部」が存在する。

 文字通り、電脳遊戯――つまりネットゲームをする部活動だ。例え私立の附属高校だったとしても許可が絶対に出ないと思われる部活動だが、羽瀬川大学附属高校の「電脳遊戯部」は理事長以下教職員達からも正式に認められており、顧問を務める教員もいる。


 この羽瀬川大学附属高校始まって以来の物議を醸すこと間違いなしの部活動の設立は、羽瀬川大学附属高校三年生で生徒会長も務めている羽瀬川はせがわ蒼々花すずは――理事の娘がとある秘密を顧問をするように脅して顧問就任を認めさせた国語教員の江摩えま結衣ゆいを伴って理事長を含む理事会と教職員を説得したことでなされたものであり、そこに成績優秀な理事長の娘の力が大きく働いていたのは間違いなかった。


 既に設立から一年が経過した「電脳遊戯部」の部員は全部で八人。


 部長、羽瀬川蒼々花。羽瀬川大学附属高校三年生。

 理事の娘にして生徒会長。広義の意味での財閥である羽瀬川財閥の一人娘で生徒達からは慕われているものの、立場と敬意から他の生徒に距離を取られているため友達はおらず、恋愛や彼氏などの気配も全くなかった。そのため、リア充という存在に猛烈な憎悪を抱いている。

 ギルドのオフ会を切っ掛けに、メンバーのため学校でもネトゲができるように「電脳遊戯部」の設立に尽力した。

 親から借りた金を元手に資産を築いており、元手を変換した後に増やした資産を課金に費やす重課金者。その金のつぎ込みぶりは、普通は問題視される課金重視のゲームバランスを絶賛し、廃人クラスですら引くほど凄まじいが、重課金三巨頭(圓、影澤、紫恵奈)には及ばないレベルなので、上には上がいることを実感している。金に糸目をかけない性格で、皆で楽しむために大金を使うことは無駄ではないと感じている。

 トップダウンの指揮系統においてはあまりにも優秀すぎるが、一人一人の人間性や相性まで考慮しなければならない個別指揮には不向き。

 「電脳遊戯部」の設立のきっかけとなった『Eternal Fairytale On-line』ではWizardというアカウントを持つ。


 副部長、剣持けんざき郁騎ふみき。羽瀬川大学附属高校二年生。

 ネトゲ好きなオープンオタクだが、漫画やアニメ等は「流行りモノをチェックする」程度にしか嗜んでおらず、その理由も「周囲から話題を振られた際に応えられる様にする為」と消極的なもの。防御力重視の保守派で、一つのことコツコツと続けて極めることに長けている。

 過去に『Eternal Fairytale On-line』内で桜猫に惚れて告白したものの、中身はおっさんと返されたことがトラウマになったこともあり、その事件を教訓に「ネットとリアルは別」と考えるようになるが、羽瀬川大学附属高校で「電脳遊戯部」のメンバーと過ごす一年を経て、『Eternal Fairytale On-line』を通じて様々な人間と関わり、完全にネットとリアルが切り離されたものではないと考えを改めた。

 微課金勢でゲームの腕は廃人には遠く及ばないが、広範なセオリーを調べて理解して、それを実践できるだけの技量はある。また、課金が大してできない分、時間を掛けてコツコツとプレイしており、「複数のルートがある四次元職は一つの四次元職のスキルを全習得することで第二の四次元職、第三の四次元職と解放することができるというルール」にも結果としていち早く気づいた。

 『Eternal Fairytale On-line』ではPolar knightというアカウントを持つ。


 玉響たまゆら愛音あいね。羽瀬川大学附属高校二年生。

 リアルでも、リアルの姿を元にしたネットの姿も知的な風貌の黒髪美少女だが、ネトゲ内で告白して夫婦となった剣崎を「ポーラル」と呼んで夫婦として振る舞おうとするなどゲームと現実の区別がついていない。この性質はゲームも現実の延長であるという無意識の考え方によるもので、「ネットとリアルは別」という郁騎の考えとは対立している。家族やギルドメンバーとは普通に話せるが、コミュ障かつ対人恐怖症なため、基本的には他人を避けたがる。

 元々は不登校だったが、「電脳遊戯部」メンバーの奮闘により授業に出てくるようになり、少しずつクラスメイトとも話せるようになってきている。

 ゲームの腕前は瀕死の仲間を回復するつもりがうっかり敵を回復してしまったり、行動が遅かったりセオリーを知らなかったりと、お世辞にも上手いとは言えない。特に考えながら、話しながら動くということができない。

 また、装備の相性を考えずに気に入っているものばかりを使っており、ゲーム攻略への取り組みは不真面目と言える。

 剣崎に一途な愛を向けている一方で嫉妬深く、自分が知らない女に対しては非常に鋭敏で嫉妬深い。Polar knightと桜猫の過去の関係を知った際には中身が女性と見抜いて呼び出し、襲撃する事件も起こしている。これが後の江摩の顧問就任に繋がった。

 『Eternal Fairytale On-line』ではアイネというアカウントを持つ。


 瀬良せら夏美なつみ。羽瀬川大学附属高校二年生。

 ツインテールの美少女でオタクを嫌っている風を装っているが、実際はネトゲ好きで周囲にネトゲ好きを隠している隠れオタク。

 女子同士の裏のある付き合いに少しうんざりしていた時にコマーシャルで流れていた男同士の裏表のない友情に憧れ、『Eternal Fairytale On-line』の世界に飛び込んだ。このCMは雪城と飯島が主導したもので、何も知らされずにこのCMのことを知ってしまった圓は発狂した。男同士の裏表のない友情に憧れているが、決してBL好きではない。

 家のPCがお下がりでスペックが低いのが悩みで、ハイスペックなPCに釣られる形で入部した。

 『Eternal Fairytale On-line』ではゲイルというアカウントを持つ。


 倉敷くらしき眞梨子まりこ。羽瀬川大学附属高校二年生。

 剣持のクラスメイトで夏美の友人。明るい性格で友人が多く人気もあり、コミュニケーション能力が高く異性や初対面でもフレンドリーに接することができる。高いコミュ力を生かして間に入り込んだり雰囲気を察知する能力を発揮してトリックスターの働きをすることも多い。

 後に好奇心から全くの初心者ながら『Eternal Fairytale On-line』を始める。

 ゲームやオタクに偏見はないが、「電脳遊戯部」のネトゲ中毒風に若干引くこともある。「電脳遊戯部」からは好意的に受け入れられつつも、気が向いた時に参加するログイン率の低さから部員として迎えることはお互いのためにならないと判断されていたが、一年の夏休みに起こった事件をきっかけに正式に部員になる。

 推薦目当てでクラス委員長なども務めており、他のクラスに対しても顔が広い一方で、人間関係による柵に徒労を感じることもしばしば。

 『Eternal Fairytale On-line』ではリコというアカウントを持つ。

 

 剣持けんざき海月姫みつき。郁騎の妹で羽瀬川大学附属高校一年生。

 郁騎が高校一年生、海月姫が中学三年生だった一年前以前は郁騎が知らないものの『Eternal Fairytale On-line』をプレイしていた。「電脳遊戯部」と家庭科部を兼部している。

 ジェリーと出会った郁騎は当初相手を「妹なりきり。プレイをしているヤバいストーカー」だと思い込んでいた。兄妹仲は極めて良い。兄の女性関係を心配している。

 『Eternal Fairytale On-line』ではジェリーというアカウントを持つ。


 愛媛えひめミカン。羽瀬川大学附属高校一年生。

 眼鏡を掛けた大人しい少女。新入部員を探していた郁騎と知り合い、部へ連れて来られて『Eternal Fairytale On-line』のプレイを始める。負けず嫌いな性格で愛音にライバル心を抱き、愛音を超えるまでは入部しないと決めていたが、一年冬の最終イベントで愛音のポイントを超えるという目標を達成したことで、「電脳遊戯部」に正式加入した。

 実家が蜜柑農家兼柑橘類加工食品工場。買い出しで無意識に柑橘類をカゴに入れたり、料理や飲み物に一緒に飲み食いする相手の同意なく柑橘類を入れようとしたりするなど悪気なく柑橘類へのリスペクトっぷりがすごい。

 『Eternal Fairytale On-line』ではオレンジというアカウントを持つ。


 翠山みどりやま心和ここあ。羽瀬川大学附属高校二年生。

 剣持達のクラスメイト。剣持郁騎(Polar knight)、玉響愛音(アイネ)、瀬良夏美(ゲイル)、羽瀬川蒼々花(Wizard)と同じ『フィアラル・キャット』のメンバーだが、用事があったためオフ会には参加せず、メンバーだと判明したのは一年冬の最終イベントの時だった。

 姉と同じ濃いめのストロベリーブロンドの髪をセミロングにして、桜の花のような髪飾りをつけている。「会って三秒で友達」をモットーとしており、誰とでも打ち解ける才能を持っている。

 父親は大倭秋津洲に本社を置く多国籍企業の社員で世界各地を飛び回っている。ただの社員ではなく、そこそこの立場にいるらしい。元々旅好きな性格で小豆蔲とも面識がある。母親は小さな町パン屋を経営している。父親と母親は学生時代の友人で、結婚してからしばらくは父親も大倭秋津洲に留まっていたが、娘二人が自立できる年になったと判断した時点で再び飛び回る生活に戻った。その後は連絡を取り合いながら暮らしており、茜も含め四人はそれぞれがそれぞれの夢に向かって歩いていっている。

 高校進学を機に母親の母校である羽瀬川大学附属高校に進学し、一人暮らしを始めた。

 可愛い物やモフモフしたものが大好き。自身が末っ子であるために妹という存在に憧れており、後輩達を妹にすることを目論んでいるが、クラスメート達からみんなの妹扱いされており、そのことに抗議している。お菓子作りが得意で、コーヒーに関しても姉ほどではないにしても知識を保有している。

 数学や物理といった理系科目が得意だが、文系科目で壊滅してプラマイゼロで成績は平均レベル。

 『Eternal Fairytale On-line』ではココアというアカウントを持つ。


 顧問、江摩結衣。

 羽瀬川大学の教育学部と文学部を掛け持ちして卒業した羽瀬川大学附属高校の国語教諭で眼鏡を掛けた女性。

 『Eternal Fairytale On-line』ではあざと可愛い猫耳の施療帝の可愛いキャラで姫プレイをしていた結果、親衛隊が結成されてしまった。ちなみに、chatonからは「猫耳でキャラが被っている」と露骨に嫌われている。

 『Eternal Fairytale On-line』で過去にゲーム内結婚を申し込まれ、ネカマだと偽って振った男子高校生とその仲間達に半ば強制的に「電脳遊戯部」の顧問にされてしまった。

 『Eternal Fairytale On-line』では桜猫というアカウントを持つ。


 そんな九人だが、最近の部活動ではネトゲ用のパソコンは一切起動せず、部活動開始早々に脇の机に置かれたヘッドマウントディスプレイ(VRゴーグル)とセットになったVR対応ゲーム機器「Play Gimmick」を使ってVRゲーム『World Sphere on-line』をプレイすることが増えている。


 『World Sphere on-line』は『Eternal Fairytale On-line』を発売した『ノーブル・フェニックス』の伝説のタック、高槻斉人とフルール・ドリスが中心となって作ったVRゲームだ。前作『Clans in the wilderness』での失敗を生かし、他社に遅れて発売されることとなったVR対応ゲーム機器「Play Gimmick」は発売当初から蒼々花も興味を持っており、購入を検討していた。

 仲間達と楽しくゲームができるならば、いくらお金を使っても構わないと考えている蒼々花は、全員分のVR対応ゲーム機器「Play Gimmick」と『World Sphere on-line』のソフトを購入する準備を着々と整えていたが、発売日当日に高校の部室宛に差出人不明の宅配便が九つ届いてしまった。中に入っていたのは、「Play Gimmick」と『World Sphere on-line』のソフト――「親愛なる「電脳遊戯部」の皆様に」と書かれた百合の透かしが入っているカードが一枚。


 蒼々花達にとっては全く身に覚えのない相手からのプレゼントだった。この不気味なプレゼントを一体どのように取り扱うべきか、「電脳遊戯部」で話し合いが行われることになったのだが、そこで大きく方針を決める意見を出したのは遅れて部活にやってきた心和だった。


「このプレゼントは大丈夫だよ! このゲーム欲しかったんだよね。買わなくて良かった!」


 躊躇なく自分宛の箱を開け、ヘッドマウントディスプレイの設定を始める心和。


「……心和先輩、開けてしまっていいの?」


「ミカンちゃん、心和先輩じゃなくて心和お姉ちゃんだよね? お姉ちゃんって呼んでくれないと心和お姉ちゃん泣いちゃうよ!!」


「……心和先輩、開けてしまっていいの?」


「ミカンも心和さんもブレないよな。……それで、この贈り物は怪しいものじゃないんだな? 送り主の名前も分からない怪しい荷物だけど」


「えっ、ちゃんと誰が送り主か特定できるようになっていたよ!? もしかして、郁騎さん分からなかったの!?」


「ポーラルが悪いみたいに言わないでください!」


「愛音君、一旦落ち着いてくれ。……心和君、今のところは心和君以外には送り主が分かっていない状態だ。差し支えなければ、送り主が何者なのか教えてくれないか?」


 蒼々花の問いに、心和は困ったような顔をして数分間どう話そうか考えているようだった。

 やがて、決まったのか心和が頷いて口を開いた。


「蒼々花先輩は羽瀬川財閥の一人娘なんだよね? それなら、社交界で多くの財界や政界の人間と関わったこともあるんじゃないかな?」


「社交界ですって……ポーラル」


「俺達には遠い話だな」


「でも、なんで心和が社交界の話なんて出したのかしら? 普通の家庭の出身よね? あたし達と同じ」


 郁騎、愛音、夏美の三人がそんな会話をしている中、話は予想外の方向へと進んでいく。


「ところで、百合の花のイメージから連想できるものって何があるかな? 有名な隠語だと女の子同士の同性愛を百合って呼ぶよね? ただ、今回はその百合とは関係なさそうだね。百合の花をシンボルマークにしている組織はいくつかある。例えば、百合文化研究や百合文化の発展のための百合派学会という組織も一つ。みんなもよく知っているポインセチアさんが副会長を務めている組織なんだけど、あそこもシンボルマークは百合だったね」


「ポインセチアさんって、あのギルマスさんだよね?」


「海月姫、もしかして勧誘されたのか!?」


「うん。勿論、断ったよ?」


「……私もされた」


「私も、そういえば初めたての頃に一度勧誘されたなー。女の子限定の乙女の花園だっけ?」


「あそこのギルドマスターのポインセチアさんはかなり特殊な人なのにゃ……じゃなかった、特殊な人なのですよね。私も勧誘されたことがありますが、その時に親衛隊と『四つ葉のクローバー』が小競り合いを起こしてしまって……」


「ありそうな話ね……」


 ポインセチアは『Eternal Fairytale On-line』では大きなアンチを抱えているプレイヤーとして知られている。女性プレイヤーの独占がアンチの大きな理由になっていたが、二大アイドルであるリーリエと✧Étoile✧の引き抜きという暴挙がアンチを大きく増やすことになった。

 前者は【MilkyWay】のギルドメンバーとメンバー外の✧Étoile✧を怒らせることになり、翌日のギルド対抗戦でフルボッコにされた。後者はリーリエのガーディアンであり、ランキング二位の夜影による単身プレイヤーキルによってギルドが全壊――それ以来、ポインセチアは二人の勧誘を諦めたが、この一件で増えたアンチは今でもこの時の暴挙を根に持っているらしく、事あるごとに蒸し返している。


「他にも百合の意匠が使われている団体や企業はあるけど、その中でも百合の花と円環の縮図を意匠として使っている団体は一つしかないんだよ? 蒼々花先輩も聞いたことがないかな? 社交界にも顔を見せない、真の財閥が七つと彼らに匹敵する新世代がいるって」


「……あくまで噂の範疇だが、桃郷財閥、光竹財閥、浦島財閥、邪馬財閥、海宮財閥、蘆屋財閥、そこに三門財閥を加えた七つを財閥七家って呼んでいるんだけどね。この七家に匹敵する存在として新世代の成金達と呼ばれる人達もいる。一人目が【経済界のナポレオン】の異名を持つ才岳龍蔵。そして、もう一人が百合の花と円環の縮図をシンボルマークに掲げる百合薗グループ、その総帥の百合薗圓」


「……百合薗グループ、確か『ノーブル・フェニックス』に出資している企業の中に、そんな名前があったな。……しかし、我々と面識のない財閥の総帥が何故我々に贈り物を?」


「ま、圓さんって、リーリエさんだにゃ!? オフ会で『リーリエの中身の百合薗圓です』って言ってたにゃ!」


「まさか、ランキング一位のリーリエさんか!?」


「しかも、正体不明のゲームデザイナー、フルール・ドリスの正体でもあるんだよね。お姉ちゃんによると、圓さんは高いサーチ能力を持っていて、ゲームで入力した個人情報や位置情報から年齢・性別・在住地・仕事先や学校までなんでも調べ上げてしまうような人だから、別に贈り物の一つや二つ、学校に届けさせるなんて不可能じゃないと思うけどな」


「さらりと言っているけど、とんでもない人よね。……でも、心和さんが何故、そんな話を知っているのかしら?」


「私も直接はあったことがないんだけどね。お姉ちゃんからよく話は聞いていたから。皐月凛花でも敵わないほどの絶世の美少女と見紛う男の娘がこの国の経済の一部を牛耳っているって。でも、お姉ちゃんの話を聞く限りは優しい人だし、こうして友好の印を送ってくれたんだから遠慮なく遊べばいいんじゃないかな?」


 と、まあ、そんなこんなで『World Sphere on-line』を始めた郁騎達だったが、瞬く間にその面白さに惹かれていった。

 『World Sphere on-line』のキャラメイクシステムに組み込まれた「キャラクターコピーシステム」によって『Eternal Fairytale On-line』のキャラの見た目データを落とし込んだ彼らは、今や上位クランの一つに数えられる中小クランの期待の星【フィアラル・キャット】のメンバーとして知られている。



 丘町おかまち星歌せららが『World Sphere on-line』を始めるきっかけとなったのは親友の清水きよみず爽花さわかだった。

 ゲーマーの親友に押されてVR対応ゲーム機器「Play Gimmick」と『World Sphere on-line』を購入した星歌だったが、今ではその魅力に取り憑かれ、どっぷりとハマっている。


 星歌の分身であるフォーリンは、第一回のバトルロイヤルイベントで新人でありながら、いきなり三位に躍り出た。


 一位は現在でも『World Sphere on-line』のランキング一位とクランランキング一位を独占する最上位の女性プレイヤーでたった一人のクラン【天上の白百合】の主宰者であるカサブランカ、二位は後に大規模クラン【終焉の聖剣】のクランマスターとなる白銀のアーサーだったが、この二人は当時から桁違いの実力者だと認識されていた。この二人の入賞は確定だと第一回イベント開始前には噂されていたが、第三位に初心者プレイヤーが入るというのは運営のフルール・ドリス以外には誰も予想していない番狂わせだった。


 そんな星歌も今や人外魔境と称される【流星の見える丘】のクランマスターである。


 第一回イベント以降に頭角を現した【終焉の聖剣】と拮抗する大規模クラン【TGR】のクランマスター、†宵闇のアレイスタ†やあらゆる者に門戸が開かれた戦闘狂による戦闘狂のための「戦闘サークル」を母体とした最大規模の戦闘系クラン【魔神塾】のトップ魔神メルクリウス、【終焉の聖剣】の三大クランが三巨頭と呼ばれる不動の地位を築き、【流星の見える丘】、【終焉の聖剣】と三大巨頭を形成していた大手クランでカリスマ性の高いサラーマという女性プレイヤーが率いる【煉獄の帝国】が人外魔境【流星の見える丘】、期待の新星の中小クラン【フィアラル・キャット】と共に三巨頭を形成するようになるなど、初期ほどの勢いはないものの、今でも上位クラスであることには変わりがない。


「今日から新イベントだったね! 楽しみだな!」


 「Play Gimmick」を起動し、『World Sphere on-line』の世界にダイブする。

 次に目を開けた時に目に飛び込んできたのは馴染みある【流星の見える丘】のクランホームだった。既に仲間達の姿もある。


 【流星の見える丘】のメンバーはフォーリンを入れて九人。


 サブマスターのファンテーヌ。星歌の親友の清水爽花で装備は片手剣を選択、その後両手短刀にシフトしている。

 スキルを使わずに攻撃を紙一重で回避するほどの並外れた運動センスを駆使した回避と短剣の二刀流による手数を武器にしている。


 壬生狼士。着込襦袢に襠高袴、陣羽織をまとった浪士風のボサボサした総髪の野趣溢れる面差しと鷹のような眼を持つ整った顔の男性で第一回のイベントは四位。

 初期装備は大剣を選択、その後ユニークシリーズの【妖刀・百鬼殲滅】、【白天の着込襦袢】、【灰鼠の襠高袴】、【富士の陣羽織】を手に入れてからは刀使いとなった。攻撃力はSTR極振りのミナとユナに劣るが、【妖刀・百鬼殲滅】のユニークスキル【エクスターミネーション】により、攻撃時のSTR四倍と低確率の即死効果を持つため、一概にどちらが強いとは断言できない。

 鍛え上げた痩躯を持つ武人であり、面倒見も良い兄貴分的存在。実はログインしたばかりのフォーリンに『World Sphere on-line』について色々と教えた人物であり、装備に困っていたフォーリンにクラムベリーの店を教えた。


 クラムベリー。初期装備としては片手剣を選択したが身体を動かすことが苦手なため戦闘職を避け、生産職についた女性で、煌短剣アーツナイフによって取得した外れスキルの【錬金術】を極め、フォーリンと出会う時点では魔法薬作成のトッププレイヤーとして知られており、かつ魔法薬を売って手に入れた素材を元手に武器や防具の作成でも一流の技術を得ていたが、ユニークシリーズの取得後は戦闘にも参加できる生産職となった。


 ナタリア。美しい銀髪を持つ中性的な容姿の少女。その神秘的な容姿に反してフレンドリーな性格で口を開くと一気に残念になる残念美少女。語尾には「~っす」と付く。第一回のイベントは六位。

 初期装備は杖を選択し、その後もスタイルを変えずにいる。


 ミナとユナ、双子のそっくりな美少女、ミナは黒髪に若干の青髪が混ざった髪色の黒ロリィタ風衣装、ユナは白髪に桃色が混ざった髪色の白ロリィタ風衣装。

 初期装備はメイスを選択し、その後大槌の二刀流に変わった。STRの極振りで、【暴虐者】、【破壊王】、【崩壊者】の三つのスキルを保有するため、【流星の見える丘】でも上位の火力を誇る。


 夕霧。桜色の着物と紫色の袴を合わせた和装の黒髪長髪の槍使いの女性。初期装備は槍を選択し、その後獲得したユニークシリーズも槍だった。第一回のイベントは九位。

 静寂流十九芸の門下生で槍術を収めており、戦闘ではスキル以外に静寂流十九芸の槍術も使用する。


 鼎奏。第一回イベントは様子見で不参加。

 『World Sphere on-line』のキャラメイクシステムに組み込まれた「キャラクターコピーシステム」により、カナエ=カナデのキャラメイクをそのまま落とし込んでいるため、カナエ=カナデを天使から人間にしたような姿をしている。様々な計算に基づきつつ閃きや突飛な発想も加えてエゲツない極振りビルドを完成させている。

 第二回イベントでフォーリンに興味を持ち、【流星の見える丘】に加入したが、参謀役をすることはなく、フォーリン達の動向を見守る立ち位置にいる。


「ようやく集まったね。それじゃあ、フォーリン、後はよろしくね」


 サブマスターのファンテーヌから引き継ぎ、ホワイトボードをモニターに切り替えた。

 モニターには、今回のイベントの「七夕の夜空に願いを」の告知ページが映し出される。


「えっと、今回のイベントは期間中にドロップできる七夕の笹を多く集めた上位七クランまたは個人が報酬をもらえるというものなんだね。期間中に他のクランの人を倒したらその人が持っている笹の十分の一をドロップするのか。……えっと? つまり?」


「つまり、今回のイベントはひたすらモンスターを倒してドロップした笹を集めることと、他のクランと戦って笹を強奪すること、このバランスが重要になるってことだな。今回の枠は七つしかない。妨害で減らせば入賞に近づく」


「壬生狼士の言う通りだな。……他のクランの笹を狙いにかないとしても自衛は必要になってくるだろう」


「【天上の白百合】、【終焉の聖剣】、【TGR】、【魔神塾】、この辺りは確実に入賞してくるでしょうし、私たちが気をつけるべきなのか【煉獄の帝国】と【フィアラル・キャット】の二つでしょうか?」


「お姉ちゃん、他にも強敵なクランは沢山あるわ」


「それに、ソロプレイヤーにも気を付けないといけない人はいるっすよ。今回はクラン又は個人っすから、個人でも強力な力を持っているプレイヤーを忘れてはいけないと思うっす」


 ナタリアが思い浮かべたのは、ルナールという狐のコスプレをしたような銀髪の可憐な少女だ。

 トップクラスのソロプレイヤーで化引く手数多の実力を持ちながらもどこのクランにも所属せず、他のトッププレイヤー達と熾烈な戦いを繰り広げている。


「それじゃあ、具体的にどんな作戦で行こうか?」


 その後、フォーリン達は作戦を話し合い、それぞれがそれぞれの役割をこなすためにクランホールを後にしていく。


「さて、僕もそろそろ行こうか? 行こうかな?」


 『神界図書館のルービックキューブ』を片手で弄びながら最後に鼎奏が去り、クランホールは無人となった。



 「七夕の夜空に願いを」はその乙女チックなネーミングに反し、熾烈を極めていた。


「ハハハ! 課金の力は偉大だ!!」


 課金アイテムの大量投入という金にものを言わせた戦い方で次々とクランを全滅させて笹を回収していくWizard。

 そのWizardも、音もなく現れた神出鬼没のランキング一位、カサブランカの【崩界ノ剣】によって一撃で撃破され、入賞確定と噂される白銀のアーサーと†宵闇のアレイスタ†は笹集めそっちのけで激突してしまい、魔神メルクリウス相手にサラーマが必死の猛攻を続けるも、全く通用せずに【煉獄の帝国】が壊滅してしまい、それぞれの隙を縫うように笹回収に奔走したルナールや剣持郁騎操るPolar knightと玉響愛音操るアイネが着々とクラン順位を上げていくという誰もが予想しなかった状況へとイベントは突き進んでいく。


「大方予想通りになったね。なったようだね」


 いや、この状況を完璧に予想し、あえて主戦場から距離を取った者がいた。

 【流星の見える丘】の鼎奏と――。


「流石は花奏さんだね。こうなることがやっぱり分かっていたんだ」


 その隣で着々とモンスターを狩って笹を回収していくココア。


「二人とも自分のギルドメンバーの助太刀に入らなくてもいいの? 結構、被害が出ているみたいだよ」


 そんな二人に呆れの視線を向けながら自分も着々とモンスターを狩るルナールの三人。


 実はこのルナールという人物は心和や花奏とも面識があった。


 彼女のリアルでの名は玉藻たまも久遠くおん

 大倭秋津洲の頂点に君臨する三大妖怪、九尾狐、大天狗、八岐大蛇のうち、九尾狐の血を受け継ぐ女性で母親は妲己や玉藻前など名を変えて暗躍した九尾狐。

 母にも匹敵する美貌を持ちながらも、その美貌を全く活かすことはなく、普段は灰色のジャージを着て部屋の中でゲームをし続けているゲーム廃人。ズボラではなく、家庭的な能力もあるが、料理は面倒だからという理由で普段はコンビニ飯や出前で済ませてしまっている。普段は尻尾と耳を隠して保険会社のライン部長として働いており、美人部長として密かに人気を集めているが、性格の良さと仕事の辣腕っぷり、美貌などが高嶺の花の雰囲気を醸し出してしまっており、また仕事が終わると定時に帰ってしまい、仕事終わりの付き合いなどに参加しないことからより一層手を出しにくい相手となっている。

 小豆蔲とは親友の関係にある。


 といったプロフィールで、心和は姉の茜を通じて、茜と花奏は共通の友人である圓を通じて紹介されて知り合った。

 心和と直接の面識はないが、ゲームの世界で何度か話をする中で、久遠がかつて大倭秋津洲で迫害される立場にあったことは聞いている。《鬼斬機関》に討伐対象として狙われ、人間界に紛れて静かに暮らしていた時に力を貸してくれたのが圓だったそうだ。彼は小豆蔲達肩身の狭い生活をする良き鬼や、久遠のような妖怪も肩身の狭い思いをしないために、《鬼斬機関》と戦い、考えを改めさせた。勿論、それが目的の全てだった訳ではないようだが、そう言った思いが全く無かった訳ではないのだろう。


 結果として、久遠は《鬼斬機関》に追われる恐怖から救われた。それだけは確かなことだ。


「随分と面白い組み合わせだねぇ」


 全く音を立てずに天上から舞い降りた天使の如き少女の声を聞き、反射的に三人は身構えた。

 トッププレイヤーのレベル平均400を持つ三人にとっても、カサブランカは勝てる訳がない厄災に等しかった。何故なら、彼女のレベルは彼女以外誰一人到達していないレベル999なのだから。


「そんな身構えなくてもいいのにねぇ。ちょっと様子を見にきただけだよ。随分楽しそうにしているねぇ? みんなもワイワイ楽しくプレイしてくれているし、ゲームクリエイター冥利に尽きるよ」


 その後、カサブランカは少しの間三人と共闘してモンスター狩りをすると、「ボクはそろそろ行くねぇ。血気盛んな戦闘系の人達と遊びたいし。それじゃあ、楽しい七夕の夜を」と言い残して夜空を駆け抜ける流星のような勢いでその場から姿を消した。


「さて、もう一狩しようか? しようかな? 圓さんに倒された仲間の分も頑張らないといけないから。いけないからね」


 その後も三人は狩りを続け、最終的に一位【天上の白百合】、二位ルナール、三位【流星の見える丘】、四位【フィアラル・キャット】という番狂わせの立役者となったのだが、この事実はほとんど知られていない。

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