Act.7-9 潜入・ルヴェリオス帝国 scene.2

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>


 先代ラピスラズリ公爵家のメンバーとは、神嶺オリンポスの麓で落ち合うことになっている。

 ボク達は『精霊の加護持つ馬車』に乗り込み基本的には街道を進みつつ、各町の冒険者ギルドにも立ち寄り、途中で通過する森や草原では魔物討伐にも勤しんだ。フォルトナ王国までは冒険者ギルドが存在するから魔物の討伐で収益を得られるけど、山を挟んだルヴェリオス帝国にはそもそも冒険者ギルドが存在しないから旅費の足しにするのは難しいねぇ。まあ、金には全く困っていないからどっちでもいいんだけど。


 魔物との戦闘の目的はどちらかというとアクアやディランの有り余ったパワーの発散であったり、技を洗練させるための標的として魔物を使うためであったりするため、魔物の素材としての価値は猛烈な勢いで無いも同然に暴落していっている。こいつらの肉は後で食料になるんだよな、と思いながらボクはシェルロッタ、スティーリア、スピネル、チャールズ、フレデリカ、ジャスティーナと同じ討伐証明部位を極力傷つけない冒険者らしい戦い方で魔物の殲滅に尽力した。……ってか、この中にボクを除いて誰も冒険者はいないんだけど、冒険者じゃないメンバーの方が冒険者らしいって、それでいいのか?

 ちなみに、スティーリアの魔物丸ごと冷凍保存が一番部位ダメージを与えていない。……そりゃ、丸々凍らせているからねぇ。……運が良ければ解凍させたら動くんじゃない?


 馬車の中では大人数でもやれるカードゲームに興じた。……見気使用禁止ルールで。

 フレデリカとジャスティーナは初めてだったみたいで少しずつルールを覚えながらプレイしていき、三回戦目以降は楽しそうに参加していた……ってか、帝国崩しの前にボク達って一体何をやっているんだろうか?


 フォルトナ王国の横断には五日を要し、その間はブライトネス王国のラピスラズリ公爵家と行ったり来たりを繰り返した。

 ここまではこれまでの遠征とさほど変わらないけど、ルヴェリオス帝国到着後は帝国崩しが終結するまでブライトネス王国に戻らないと決めている。神嶺オリンポスの麓が間近に迫ったその日にカノープス達にその旨を伝え、次の日の朝には家族と使用人全員に見送られ、ボク達は遂に先代ラピスラズリ公爵家との合流の地――神嶺オリンポスの麓に到着した。



<一人称視点・アネモネ>


 フォルトナ王国側の神嶺オリンポスの麓にあるシトロンの村、その宿屋の一つ『シトラス』が待ち合わせの場所として設定されていた。

 宿の一角にある小さな酒場に居たのは七人。


 シャツの他、黒一色という貴族紳士の外出衣装に身を包んだ、長身でありながらかなりの細身で、頬骨が目立つ肉付きの悪い老け顔で白髪と長い白髭の老人――メネラオス=ラピスラズリ。


 白髪交じりの髪を貴婦人らしくゆったりと結い上げた、少しふっくらとした穏やかな女性――暗殺貴族バーネット伯爵家の娘で殺しがないと暇で悲しむ性格のメネラオスの妻、リスティナ=ラピスラズリ。


 きっちりと髪を結い上げた首も腕も今にも折れそうなほど細く、コルセットでウエストをぎゅっと絞る風変わりなメイド服を着た女性――先代メイド長のマナーリン=ウィルクス。


 大きな白いレースでお洒落にアレンジしたメイドを着た癖の強い短髪と狂気で濁った緑の眼を持つ無邪気な女性――先代の戦闘メイドの一人、マイル=スクトゥム。


 長い赤髪をツーサイドアップにした、一切の改造が施されていないヴィクトリア風メイド服を身に纏った女性――エリシェアの師匠、クイネラ=エルファバ。


 先代の庭師で串刺しを得意とする十代の少年に見える年齢詐欺な五十代――【串刺し庭師ドラキュリア】や【刺突の蠍針スコルピウス】の異名を持つ庭師アンタレス=スコルピヨン。


 すらりとした若作りの美貌を持つ、手術用手袋と外科の手術着のような衣装を身に纏った男――先代の料理長兼医師、【暗殺執刀医】シュトルメルト=アーヴァンス。


 ってか、先代公爵家の主要戦闘使用人と先代公爵夫妻が揃っているってどれだけ気合入れているの!? いや、せいぜい数人派遣して終了だと思ってお願いしたんだけどさ……まさか、先代公爵夫妻が来るなんてねぇ。

 そのまま、無言でついてくるように促したメネラオス達に続いて、彼らが滞在していた部屋に移動する。鍵を掛けたところで、ボクはアネモネからローザにアカウントを切り替えると、カーテシーで礼を取った。


「お初にお目にかかりますわ、メネラオスお爺様、リスティナお婆様、使用人の皆様。ローザ=ラピスラズリですわ。皆様にお会いできる日を楽しみにしておりました」


 うわっ、と猫を被るボクにマジかよと視線を向けるアクア達。『お姉様ご主人様♡ 可愛過ぎて悶えちゃうわ♡』と何故か悶える欅達とスフィーリア。……まあ、欅達の可愛い基準がバグっていることはいつものことだから放置でいいか。


「初めましてだね。本当は孫娘の顔を見に行きたかったのだけど、ラピスラズリ公爵家はもう代替わりしてしまっていて、もうあの屋敷はカノープスとその家族のもの……それに外からブライトネス王国を守護するのが先代当主とその家族の役割でね、仕事の忙しさと領分の問題で顔を見せられなくてすまなかったね。ただ、話はジーノ経由で聞いているよ。これまでのラピスラズリ公爵家の価値観と掛け離れた考えを持っている全く新しい類の令嬢だと、ブライトネス王家を尊ぶことはなく、彼らのためにその手を汚すべきラピスラズリ公爵家に名を連ねる者でありながら、その役目を果たさない特殊な存在だとね」


 一切躊躇なく、殺気一つ漏らさず異様に厚みのある黄色く鋭い爪を突き出したメネラオスの手を一瞬にして顕現した『漆黒魔剣ブラッドリリー』で切り裂いた。

 骨を経つほどの威力を持つ圓式で綺麗な断面で斬られた腕は床に落下し、まるで腕が切られたことを思い出したかのように激しい鮮血を迸らせた。


「……どうして、分かったのかな?」


「そんなこと、少し頭を巡らせれば簡単に分かるよねぇ? 君達先代ラピスラズリ公爵家にとっても王族が第一で、彼らのための毒剣として忠誠を捧げてきた。そんな君達にとって、ラインヴェルド陛下とその一族を第一に考えないボクのような存在は目障りだよねぇ。……それに、何を考えているか分からない得体の知れない存在は潰しておいた方がいいと考えるのは至極当然のこと。ボクだって、不穏分子は減らしておきたい。……改めて明言しておくけど、ボクにとって最も大切なのは常夜月紫、化野學、柳影時、陽夏木燈、斎羽勇人、高遠淳、蛍雪栞、ホワリエル、ヴィーネット……掛け替えの無いボクの家族達・・・だ。ボクの身がどうなろうと知ったことじゃない……けど、ボクの家族に手を出す存在は例え世界だろうと敵に回して塵一つ残らず消し飛ばす。でも、ボクも少々傲慢なところがあってねぇ……できるなら、この世界で出会った大切な人達も守りたいって、そう願っている。本来、両者は決して対立しない……その二つが万が一対立するとしたら、ボクがどちらを大切にするかってことなんだよ。ボクは敵対しない限りはこの世界で出会った大切な人達と幸せに暮らしたい。ボクのことを友だと言ってくれたラインヴェルド陛下のことだって護りたい……あの人に関しては殺そうとしたって殺せないと思うけどねぇ。……君達はどっちだい? ボクの敵か、それとも味方なのか。ボクは先代ラピスラズリ公爵家と友好関係を持っておきたいと思っているけど……君達がブライトネス王家だけのことを考えろと強要するのなら、滅しちゃっていいよねぇ?」


 冷や汗を垂らすメネラオス、メネラオスの腕を拾って観察するシュトルメルト、「またお嬢様の目が渦巻いている……これ、先代ラピスラズリ公爵家滅ぶんじゃねぇ?」と半分呆れ気味に慣れた調子でボクの方を見ているアクアとディラン、未だにボクの怒りへの耐性がつかないのか震えるプリムヴェールとマグノーリエ、そして、ボクが先代ラピスラズリ公爵家との前面戦闘をいつ決断してもいいように体制を整えるシェルロッタ、欅、梛、櫁、椛、槭、楪、櫻、スティーリア、スピネル、チャールズ、カルメナ、爛々と目を輝かせながら戦闘準備を整え始めているマナーリン、マイル、クイネラ、アンタレス、事の成り行きを見守るリスティナ……全面戦闘待った無しだねぇ。さて、どう動く? メネラオス。


「……私が間違っていたようだな。私達とは違う関係がローザとブライトネス王家には築かれている。その関係を否定し、ブライトネス王家に忠誠を尽くせと言えば、それこそこれまでの関係を破壊し、結果としてブライトネス王家そのものを破壊することに繋がりかねないか」


「君達の言いたいことは分からない訳ではない。でも、ボクにだって大切な人がいる。彼女達を捨てさせようとするならば、それ相応の対価を支払ってもらわなければならない。ボクにとってその価値はブライトネス王国よりも重いということをよく理解してもらいたいねぇ。君達がブライトネス王家を信奉し、王家にとっての脅威を消し去るラピスラズリ公爵家の人間ならよく分かる筈だよ。ボクと君達はよく似ている、特に過激で敵に一切の容赦をしないところがねぇ。……それに、ラピスラズリ公爵家は既にお父様カノープスに受け継がれた。もう既に君達の時代ではないことをよく理解しておいてもらいたいねぇ。そうやって線引きをしたのはラピスラズリ公爵家の慣習に従った君達でしょう?」


「……確かに、カノープスが決めたことを私が覆すのは道理に反するか」


「ローザ、メネラオスのことを悪く思わないであげてね。メネラオスはあなたとブライトネス王家が対立することを恐れているの。未だかつて、ブライトネス王家に忠誠を誓わなかったラピスラズリ公爵家の裏に通じる人間はいない……そのイレギュラーがわたくし達には恐ろしいの。……あなたの気持ちはよく分かったわ。わたくし達とは形が違っても、陛下を友人として大切にしているあなたなら何も問題はないと思うわ」


「今回の件は不問にさせてもらうよ。まあ、不服があるなら戦ってあげてもいいけどねぇ」


「あの、ローザお嬢様。一つよろしいでございますか?」


「確か、先代の料理長を勤めていたシュトルメルトさんだったねぇ? 不服があるのなら君の『執刀』とボクの圓式、どっちが強いか試してみる?」


「いえ、それはそれで面白そうなのですが。……随分と美しい断面だと思いまして。斬撃も全く見えませんでしたし、ジーノから聞いていた通りの凄腕のようですね」


「料理長、ローザお嬢様。僕がすればお二人の方が綺麗な断面には面白みを全く感じませんけどね。潰さない臓器の何が良いのでしょうか?」


「庭師のアンタレスさんも噂通りの性格なんだねぇ。ボクは死の限界ギリギリを見極めて行われる生きたままの解剖ショーも、原始的な串刺しも大して変わらないと思うけどねぇ。重要なのは、いかに効率よく目的を達するか、でしょう? 一辺倒な暗殺は応用性に欠けるからあんまり興味がないねぇ」


「あの……ローザお嬢様。そろそろ治療して頂かないとメネラオス様が出血死されてしまうのですが」


「あっ、そういえばそうだったねぇ。ここで死なれても困るし、回復させておこうか? 時間回復魔法-リバース・クロック・リジェネレーション-」


 【万物創造】で生成した時空属性の指輪で「時間遡行魔法-クロック・アップ・ストリーム・リバース-」の派生のオリジナル時空系回復魔法で、負傷した部分や零れ落ちた血液の一滴にまで干渉して時間を巻き戻すことで負傷を「無かったことにする」魔法を発動し、メネラオスの腕の負傷を巻き戻して治した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る