Act.6-23 対帝国前哨戦〜フォルトナ王国擾乱〜 vs『怠惰』の枢機司教 scene.6 上

<三人称全知視点>


「あぁ!! 今すぐに私の陛下の元へ馳せ参じたい! 陛下の身に危機が迫っていないか心配だ! もし、私の陛下に万が一のことがあれば!」


「……お父様、落ち着いてください。あの陛下がこの程度の相手に負ける訳がありませんよ」


 一時的に周囲の人間の限定的な認識に干渉する《認識阻害》の魂魄の霸気の効果で自らの存在を隠蔽しながら素手で次々と魔界教徒の心臓を握り潰し、一方で彼の敬愛する陛下ラインヴェルドを身を案じる言葉を口から垂れ流しにするカノープスに、齢五歳となったネストは冷ややかな視線を向けた。


 戦場では武装闘気を纏わせた『闇を征く使用人の飛翔ブーツ』を使った足技で魔界教徒を殲滅するエリシェアが、幻惑魔法を得意とし、敵を混乱の渦中に落とし込み、その中で高い視力を利用して『黒刃天目刀-濡羽-』で接近戦を仕掛けるカレンが、『災禍の死神鎌カタストロフ・リッパー』と『明星の星球式鎖鎚矛モーニングフレイル・クラッシャー』を踊るように振り回すナディアとニーナが、分厚い瓶底眼鏡を逆光で白く輝かせながら『黒刃天目刀-濡羽-』を振り回し、他の戦闘使用人に負けず劣らずの勢いで魔界教徒に致命傷を刻んでいくクララが、武装闘気を纏わせた腕に「宿纏烈火」で炎を纏わせて魔界教徒を次々と殴り殺していくジーノが、刃に毒を塗った『黒刃天目刀-濡羽-』で魔界教徒を切り裂いていくヘイズが、『黒刃天目双短刀-濡羽-』の二本のナイフを使った早業で確実に魔界教徒の急所を貫いていくサリアが、戦闘狂らしい笑みを浮かべながら次々と『黒刃天目刀-濡羽-』で型のない喧嘩殺法の斬撃を放っていくスティーブンスが、『黒刃天目刀-濡羽-』で力任せの斬撃を放っていく元冒険者のジミニーが、スラムから成り上がり我流で鍛え、ラピスラズリ公爵家の戦闘使用人として活動する中で磨かれた暗殺剣技を駆使して魔界教徒達を翻弄しながら確実に仕留めていくアルバートが、目を血走らせて獰猛な肉食獣のような笑みを湛えて次々と魔界教徒を惨殺しているフェイトーンが、かつてアスタリス王国で近衛騎士団長を務め、『剣聖』の称号を得ていた化物レベルの正当騎士剣技で次々と魔界教徒を殲滅しているダラスが、【ブライトネス王家の裏の剣】に相応しい活躍をしている。

 形勢は多種族同盟軍側の圧倒的有利な状況――ここから一気に形勢が逆転する可能性はまず無いだろう。


 それに、最も強大な敵二体を多種族同盟軍最強にして、最も頼りになる義姉ローザが買って出ているとなれば、カノープスが敬愛してやまないラインヴェルドに危害が及ぶ可能性は万が一にもないだろう、と心の中で結論づけたネストは掌中で生み出したドライアイスの弾丸を魔界教徒に放ちながら義父に視線を向けた。


 ラピスラズリ公爵家にとっては、義父カノープスの方が正常なのだろう。国王と王族への絶対的敬意によって支えられてきたラピスラズリ公爵家にとって、王族を守るためではなく義姉の隣で戦うための力を得るために、と【血塗れ公爵】を継いだ当主は未だかつて前例がない。

 彼がラピスラズリ公爵家ではなく分家のソーダライト子爵家から養子に来たからなのだろうか? ネストは五歳になった今でも国王と王族に対し、今でも義父のような親愛の情を持つことは無かった。ラインヴェルドという人間に何かを感じたことがなかった訳ではなかった……が、それは義姉ローザを中心とする温かい世界・・・・・の一員であるからということが根本にあるからであり、一途に王族を愛するという気持ちからは大きくかけ離れている。


 あの日、一人ぼっちだった自分に、自らが傷つくことを厭わず手を差し伸べてくれた姉のためにネストは【ブライトネス王家の裏の剣】を継いだ。

 彼らにとって王族が守るべきものだったように、自分にとってその対象は義姉だったのだとネストは納得している。そう考えると、血の繋がっていない父と自分はどことなく似ているのかもしれない。


 もしかしたら、そういう部分を感じていたからこそカノープスはネストを毒剣の後継者に選んだのかもしれない。


 さて、ネストの放ったこの魔法――名を「乾凍の弾丸ドライアイス・ブリット」という。大気中から二酸化炭素のみを抽出し、更に固体化――弾丸として放ち、敵の眼前で気化させることで衝撃と高濃度の二酸化炭素で敵を戦闘不能に追い込むというオリジナル魔法である。

 風属性でも最高難易度の分子レベルの制御を必要とし、熱を操作する瀬島新代魔法で熱変化を起こしつつ分子を操作することで強度がそれほど高くないドライアイスでも音速にすら耐えられる強度を得ることが可能になる。先程、敵の眼前で気化させる前提で話したが、それはこの魔法のバリエーションの一つで、弾丸として攻撃手段に用いることも可能だ。単体の魔法としては複雑な工程を踏み過ぎている非常にハイコスト・ローリターンな魔法だが、武器として使用するものが二酸化炭素であるため大気中に消失して証拠を残しにくいため、暗殺向きな魔法として最近のネストは「エアリアル・ウィンドテンペスト」以上に愛用している。


 最早、五歳の時点でネストは『スターチス・レコード』のネストとはかけ離れた存在になっていると言えるだろう。チャラ男になる要素はこれっぽっちもなく、寧ろ義父カノープスのような貴族の中でも野心の無く人畜無害な文官や司書のような空気を纏った公爵家当主になりそうな予感がある。既に五歳にしてその顔から感情を読み解くことは難しくなりつつあるが、彼が攻略対象としてのスペックを超えた【ブライトネス王家の裏の剣】の頂点に立ったとしても、彼が本当に守りたい姉に追いつくことは限りなく不可能に近いだろう。そもそも、ネストは守るという考えの方が烏滸がましいのではないかと、思うことが増えてきている。


「しかし、姉さんは凄いな。……あれ何? 最終戦争?」


 ネストの視線の先には敬愛する姉が今回の侵攻の首魁と相見える戦場がある……が、そこは今のネスト……どころか、カノープスですら足を踏み入れることを許されていない神と神が人知を超越した力をぶつけ合う場所だった。


『……本当に、歯痒いですわ』


「欅さんでも、やっぱりあの戦いに割って入るのは難しいの?」


 近くにいた二年前から付き合いのあるローザの侍女の立場にいる七星侍女プレイアデス――彼女達の強さはネストのそれを遥かに上回る……どころか、そのスペックは義姉の最強の切り札、リーリエすらも圧倒する。

 現在、欅と同等の力を持つ梛、樒、椛、槭、楪、櫻は魔界教徒の暗殺を、エヴァンジェリン、カリエンテ、スティーリア、真月、琉璃は魔モノ討伐を行っている各国の補助を臨機応変に行っている。率先して魔モノを討伐している訳ではないが、形勢が不利になった際に素早く補助に入ることで生存率を上げるというエヴァンジェリン達の仕事はこの戦いで多種族同盟側の犠牲ゼロを目指すためには無くてはならない仕事である。


『……いえ、私達の誰か一人でも従魔合神で連れて行ってくださったらと思っていたのですわ』


「そういえば、欅さん達にはそれがあったね」


 直接義姉の力になることができるのは欅達の特権と言えるだろう。少なくとも同じ人間であるネストにはできない。

 魔物だからこそできる義姉の支え方、そこに羨望がないという訳ではない。……が、いくら願っても変えられないことをとやかく言っても仕方ないと、すぐに気持ちを切り替えた。


 今、義姉ローザにとって一番力になれることは何なのか? ネストは自らに与えられた役割を全うするために、再び「乾凍の弾丸ドライアイス・ブリット」を放った。



<一人称視点・リーリエ>


 多種族同盟軍と魔モノ・魔界教徒との戦いが始まった頃、ボクもまた敵の大将と相見えていた。


「アナタが百合薗圓デスか? ……ハァ、面倒デスが、その『管理者権限』を手に入れれば神に近づくことができる訳デスね? ……ハァ、戦わずしてアナタを殺して力を奪い取れればそれほど素晴らしいことはないのデスが。……ハァ、面倒デス。神になることは面倒デスが、自分が神になれず他の神にいいようにやられるのはもっと面倒デス。怠惰に、アナタを殺しましょう」


 ボロボロの魔界教徒のローブに、ボサボサの地面に届くほどのボサボサな深緑色の髪。感情の欠片もない精気を微塵も感じさせないゴマ粒のような黒目。

 その背後には混沌の魔力を纏った苔生した甲羅を持つ深紫色の甲羅と紅の瞳を持つ要塞のような大亀の姿がある。


「魔界教の『怠惰』の枢機司教スロウスと、『鈍足の大罪スローリー・シン』だねぇ……しかし、三十のゲームが融合した世界の筈なのに妙だよねぇ? 君達は『スターチス・レコード』の『管理者権限』を持つ神、なのかな? それとも、『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の『管理者権限』を持つ神なのかな? 『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の『管理者権限』を持つ神だとしたら、『スターチス・レコード』の『管理者権限』を持つ神は誰なのかな? マリエッタ? それとも――」


「ア〜、そういうかっタルい話はやめてもらいたいデス。……ハァ、面倒くさい。生きることが面倒くさい、動くことが面倒くさい、何もかもが面倒くさい、そうやってワタクシを設定したのはアナタ、なのデスよね? それなら、よく理解している筈デス。……ハァ、面倒な話などやめて始めるのデス。……《神の見えざる手インビジブル・ハンズ・オブ・ジュピター》」


 気怠げにスロウスが技名を呟いた瞬間――混沌の魔力を持つ者だけに見える不可侵の黒手がスロウスと大亀から四、五十本生え、一斉にボクへと殺到した。

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