Act.5-54 獣王決定戦開戦直前〜悪役令嬢の忙しい二日間〜 scene.1 上

<一人称視点・アネモネ>


 昨日だけでいつもの何倍も疲れた気がするけど(主に欅達が原因。目の色が変わった義姉キャラって恐ろしいんだねぇ)、今日は今日でやることが目白押しだ。

 ということで、朝からアネモネの姿でビオラ商会本店……ではなく、元祖・服飾雑貨店『ビオラ』へ向かったボク。


 ビオラ商会……というよりビオラグループと呼ぶべき巨大組織へとボクもあまり仕事に関われていないうちに発展した、一応ボクが会長職についている組織だけど、現在は王都と郊外に服飾雑貨店『ビオラ』本店、書肆『ビオラ堂』、警備員派遣会社『ビオラ・セキュリティ』、私設銀行『ビオラバンク』、『ビオラ-フォルノアマルチセンター』の五つを設置し、一等地を手に入れてこれらを統括するビオラグループ本社を置いている。

 普段は服飾雑貨店『ビオラ』本店をニーハイム姉妹が、書肆『ビオラ堂』をアンクワールの秘書のモレッティが、警備員派遣会社『ビオラ・セキュリティ』をラルが、私設銀行『ビオラバンク』をアンクワールが、『ビオラ-フォルノアマルチセンター』をジェーオが取り仕切り、外部との折衝やその他のビオラ商会施設の担当と融資関連をアンクワールとジェーオ、モレッティが、それぞれ請け負ってくれているというほとんどアンクワールとジェーオに頼り切りの運営をしていて、たまにビオラグループ本社の本社に赴いては今後の方針を話し合っている(たまにボクも参加するけど、基本的には彼らで決めても問題なさそうなものは自分達で決めているそう。会長案件は全てボクに飛んでくるけど。何故か、ボクの意見が鶴の一声と化しているらしく、ボクが言ったことが大体問答無用で承認されてしまうところだけは本当に組織としてアウトだと思う)訳なんだけど、それは一般社員クラスが知っているレベルの情報。


 実は、仕事抜きでリラックスするために元祖・服飾雑貨店『ビオラ』に役員クラスが集まるっていうことがいつの頃からか始まったみたいでねぇ。現在は社長をニーハイム姉妹に託して、自分は好きな服とかのデザイン、職人業に邁進しているラーナのところに、お茶菓子なんかを持ち寄って集まることが定着したんだよねぇ。

 まあ、ボク個人としてはあんまり仕事し過ぎも良くないし、仕事抜きでゆっくり楽しくできる息抜きがあることに大賛成だからなんの問題もないんだけどねぇ。


 で、頑張っているみんなが至福の休息を楽しんでいるところに、怠け者の代表みたいなボクが足を運んだのは……まあ、久しぶりに顔を出そうかなと思ってねぇ。


「アネモネの姐さん! 働いていないって、俺達と違って一日も休んでいない姐さんが働いていないなら俺達は一体どうなるんですか!! ちゃんと知っているんですよ! 朝本社に出勤したら会長室に『いつでもできる時にやってもらいたいな』っていう気持ちで置いておいた十一日くらい・・・・・・掛かってこなす案件・・・・・・・・・確認済みの会長印捺印済みで全て終わらせてあったことだってちゃんと知っています! 会社のことは俺達に任せてくれればいいのに、姐さんは働きっぱなしじゃないですか!!」


「まあ、みんなは実際に社員を取り仕切って、その上で本社での会議とかもきっちり参加しているのに対して、ボクってたまに会社に来て無責任なことを言ってまたフラフラと消えていくやな奴でしょう? せめてボクに割り当てられた仕事はやらないといけないじゃないかな?」


「そのフラフラとしているというのが、ブライトネス王国と亜人種族の橋渡しのための使節団のメンバーとしての外交活動。その上、通貨改革のために宰相様とも緊密に連携して改革を行っていて、一時は休止していた書肆『ビオラ堂』で発売していた小説や漫画も隔週、月刊レベルで販売しているのですよね? 私のように服作りや雑貨作りに本腰を入れたいとアザレアさんとアゼリアさんにお願いして好き勝手やっている訳ではありません。そんなことは仰らないでください。……そんなに働き詰めで本当に大丈夫なのですか?」


「大丈夫大丈夫、ここ最近は気絶してないし」


「…………この人って本当に公爵令嬢なのかしらって疑いたくなる時が結構あるわよね」


 ラルがジト目を向け、ラーナ達が本気で心配そうにボクを見てくるんだけど、大丈夫だよ? それが昔からだし。


「モレッティさん、それで融資関連の業務なんだけど」


「本日もお忙しいのですよね? 融資の新規受付に関してはストップしてあるのでご安心ください」


「本当にすまないねぇ。まあ、ボクもいつ融資業に復帰できるか分からないし、モレッティさんの裁量で独自に融資の方は進めてもいいよ? 一応回収はできるようにやっているけど、ボクのってあくまで夢を叶えるための力添えだからねぇ。効率面に関してはあまり高くはないし」


 融資したところで絶対に夢を叶えられない、失敗する人には貸さないけど、多少の損ならしてもいいかな? ってスタンスで営利だけの目的で融資はやっていない。

 でも、モレッティならボクのような甘さがないからもっと上手くやれるんじゃないかな?


「……ローザ様の融資だから意味があるのですよ。私がやったらただの金貸しです。……それでもローザ様が是非にと仰られるのなら、私は夢を叶えるための融資を目指します。……ローザ様のように上手くはできないでしょうが」


「君も随分と変わったねぇ。昔は究極的に金が全てだったのにねぇ」


「私にそういう生き方もあるのだと、その身をもって教えてくださったのは他でもないローザ様ですよ。ローザ様だからこそ、私達はついて行きたいと思ったのです」


「そういうものなのかねぇ? まあ、嬉しい話ではあるんだけど。……あっ、そうそう今日はこの後の仕事に関連した話と、アンクワールさんとラルさんに用事があって来たんだよねぇ。お土産にケーキ焼いてきたから食べながら話すよ」


「「ケーキですか!?」」


「ローザさんの特製ケーキ! 本当にいいのですか!!」


「姐さんのケーキって本当に美味しいもんな! 今日はここに来て良かったぜ!」


「ありがとうございます、ローザ様。モレッティ、紅茶の準備を」


「ああ、大丈夫だよ、紅茶の用意もするからねぇ。たまにはモレッティさんも休んだらどうかな? 秘書業務に加えて他の仕事も大変でしょう?」


「ローザ様の方が…………いえ、なんでもございません。ありがたく頂戴します」


 相変わらずまだまだ美味しくなる余地のあるそこそこ美味しいケーキだったけど、ラーナ達は大満足だったみたい。ニーハイム姉妹とか同じタイミングで目を輝かせて頬っぺた落ちそうな蕩けた顔をしているし。


「まず、ラルさんになんだけどこの後、極夜の黒狼のアジトにお邪魔してもいいかな?」


「ええ、今日ならみんなもいるしいいと思うけど、どうしたの?」


「いや、アクア達の装備を新調したらクソ陛下が駄々を……俺達の装備も良くしておいて損はないんじゃないのかって言われてねぇ。で、急遽ラピスラズリ公爵家の使用人も含めて戦闘員の装備を新調したんだけど……」


「ローザさん、一体何をしているんですか?」


「本当に、少し休んでください。お身体が心配です!」


「アザレアさん、アゼリアさん、二人ともありがとうねぇ。まあ、大丈夫だよ? 大したことはしていないし。で、今日の午後は王国中枢関係者の装備新調があるんだけど、その前に極夜の黒狼の装備を新調しておいた方がいいかもと思ってねぇ。実際問題、ボク達がいない時に最悪の状況になった時に少しでも戦えるようにしておいてもらいたいし」


「本当は休んでおいてもらいたいけど、ローザさんのたっての希望じゃ仕方ないね。……それに、私の息子もローザさんに会いたいって言っていたわ」


 アーロン=シャドウギア……ラルの息子のアーロン=ジュビルッツは攻略対象の一人なんだけど、乙女ゲームに登場する極夜の黒狼が解散したことでアインス=フォルトナを殺す目的で学園に通う暗殺者の攻略対象として登場する可能性は消えた。

 そして、アーロンとアインス関連のフォルトナ王国第二王子サレムに関しては今回の使節団の終着地点でどうにかすることになる。それが上手くいけばアーロンとアインスルート関連の問題は全て解決することになるねぇ。


 このアーロン、今のところはまともに育っている……けど、周りにいるのが癖の強い暗殺者ばかりだから正直どうなるか分からないよねぇ……。まあ、アクアが鼻血を出して跪きそうな(アクアは天使みたいな小さい子供好き、所謂ショタコンとロリコンがメインで、百合は半ばボクが扉を開いてしまったものだから、メインはやっぱり天使みたいな小さな子供好きで、ボクやアーロンは性癖ドストライクみたいなんだよね。あの人、本当にアウトなんじゃないかな? 前世とかよく逮捕されなかったよ)、攻略対象らしい美形だし、まだ変な方向に染まってない純粋な子だから可愛いとは思うけど……まあ、アクアほど入れ込むことはないよ。ボクは徹頭徹尾百合派なんで。


「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいし、折角だから会って行こうかな? あんまり長いはできないけどねぇ。それから、アンクワールさん。頼んでおいた土地の手配はできた?」


「え、ええ。お願いされた通り、ローザ様から頂いたお金に糸目はつけずに王都の一等地を購入しましたが……どうなされるのですか?」


「うん、いいところ手に入れられたんだねぇ。良かった良かった。それじゃあ、ラルさん達の件が終わったらペチカさんと一緒に来てくれるかな? 実はそろそろペチカさんに店を持ってもらってもいいかなと思ってねぇ。緑霊の森に行った時に炊き出しをやったんだけど、その時にメグメル家の総料理長さんに褒められていたし、うちの料理長もペチカさんの腕を買っているからねぇ。かくいうボクも彼女は既に店を出せるレベルだと思っているし……何故か本人は頑なに無理ですって言っているんだけどさ。このままじゃ、彼女は夢を叶えることを躊躇い続けることになるかもしれないし、ここで背中を押そうと思ってねぇ」


「…………本当に、ありがとう……ございます」


 そんな、泣かなくてもいいと思うけどねぇ。元々ペチカの腕は買っていた訳だし、夢を応援するって約束したしねぇ。




『ところで、ペチカさんって夢……憧れって言い換えてもいいかな? 将来、こうなりたいって思っていることってあるのかな?』


『…………美味しいお料理を作れるようになりたいなって思っていました。でも、お父様にはそのことを話していません。……料理人になるための全てを完璧に準備されてしまうか、お前は働かなくていいって言われるか……とにかく、夢を壊されてしまいそうなので。……ずっと色々な気持ちを押し殺してきました。ずっとお父様が私や、亡きお母様のために頑張ってきたことは知っていましたから。感情を殺して、お父様の望むような娘を演じてきました。でも……本当はお父様に悪いことはして欲しくない。私は守られるだけの弱い存在じゃ、何もできない存在じゃないって、そう伝えたい……そのために、アネモネさん! 私に力を貸してください』




 もう、あれから一年か……ようやく、夢を叶えられるね、ペチカさん。

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