Act.5-39 使節団メンバーの全く休んでいない休日 scene.1 上

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 使節団再始動初日の夜、ラピスラズリ公爵邸にて――。


「……何でこんなことになっているんだろうねぇ」


 メイド長のヘレナに発狂寸前のカトレヤを部屋に運んでもらいながら溜息をついた。

 さて、このカオスをどこから説明しようか……まず、ラピスラズリ公爵家では例外的に使用人も家族同然だから一緒に食事を取ることが多いんだけど……床に埋まって足だけが出ているヒースと、「おほほほほ」と取って付けたように笑ってからディランと一緒に見るだけで胸焼けしそうな大盛りの料理を食べ続けるアクア。

 同席しているプリムヴェールとマグノーリエは食欲を失ったようで、料理を食べる手が止まっている。


 執事長のジーノが「……また屋敷の修繕をしなくてはなりませんね」と溜息を吐きながら、とりあえずアクアの脳天にきっちり加減された拳骨を落とし、エリシェラ、カレン、ナディア、ニーナの戦闘メイド達、執事のヘイズ、料理長のジェイコブ、庭師長のパペットと庭師のカッペ、義弟ネスト、欅以下七星侍女プレイアデスはいつものことなので我関せず食事を続けている…………と、ここまではいつも通り……ではないんだけど、使節団メンバーが屋敷に滞在するとなればなんとなく予想できたこと……なんだけどねぇ。


「アハハハハ、アクアが拳骨落とされてやがる! クソ笑えるな! 元漆黒騎士団の団長が拳骨とか、前は落とす側だっただろ?」


「全く……食事中なのだから少しはローザ嬢や使用人達を見習って食事をしたらどうだ? 統括侍女や王子宮筆頭は諦めたような表情で食事を摂っているぞ?」


「私は騒がしい方が好きだけどね。しかし、お父様について来て正解だったね、おかげで美味しい夕食をご馳走になることができた。王宮うちの料理よりも何倍も美味い。それに、王宮ではこうやって楽しく食事することもできないからな」


「クソ殿下、それ王宮の料理人に言ったらプライドがズタズタになっちゃうから絶対にここ以外で言わないでねぇ」


 そこに、国王陛下ラインヴェルド、第一王子ヴェモンハルト、ヴェモンハルトの婚約者のスザンナ、統括侍女のノクト、王子宮筆頭のレインがいるとか意味不明だよねぇ……国王と第一王子が城抜け出しているって大丈夫なの? 侍女がついているからセーフ扱いなの!?


「まあ、手間が省けたからいいけどねぇ。明日は休息日にして魔法省に行こうと思っていたし……」


「ん? 何か私に用事があったのか?」


「まぁねぇ。ミーフィリアさんにも教えたし、スザンナさんに伝えないってのはフェアじゃないと思うからねぇ。それに、スザンナさんがいかにも興味を持ちそうな内容だし」


 『光属性と闇属性の対消滅による莫大なエネルギーの生成に関する仮説』に関する説明をするとスザンナが目を輝かせた。……ああ、やっぱり。


「なかなか面白そうな話題ですが、それってエネルギーを貯めておける技術が無ければ意味がないのでは?」


「ヴェモンハルト殿下の懸念も分かるけど、そもそもエネルギーを貯める技術を用意しても肝心の特殊相対性理論を無視したエネルギー発生の術式を完成させなければ意味がないからねぇ。とりあえず、神界も法儀賢國フォン・デ・シアコルも『光属性と闇属性の対消滅による莫大なエネルギーの生成に関する仮説』の完成の方に尽力して、エネルギー保存の技術の方は後回しにしていました」


「なるほど……例えば新しい魔法薬を開発できたとしても、その品質を維持できる器がなければ意味は無いですが、逆に品質を維持できる器が出来上がっても肝心の魔法薬が作れなければ器を作った意味がなくなると……そういうことですね」


「品質を落とさない器も、エネルギーを貯めておける器もそれはそれで需要のありそうな発明だけどねぇ……。エントロピーの増大則に左右されないエネルギーの保存が可能であるとか、どこかの淫獣が喜びそうなシステムだけど……そこから煩雑なエネルギーを規則的なエネルギーに戻す術式が完成すれば、擬似的な第二種永久機関の完成も夢じゃないねぇ。まあ、こういう理系分野は化野さんの専門分野だし、そんな簡単に実現できるなら法儀賢國フォン・デ・シアコルの八賢人の現身が過去二人も更迭されることも無かったからねぇ……前者はともかく、後者は『光属性と闇属性の対消滅による莫大なエネルギーの生成に関する仮説』よりも実現は困難だとは思うよ? それは、物理法則の上に立つ科学で、という括弧付きじゃなくて、魔法を含めたあらゆる技術を駆使しても……っていう意味ねぇ」


「……魔力の魔法への変換は相対性理論の法則の例外に当たるのだろう? 同じ魔力消費でもその結果発動される魔法の結果には個人差がある」


「確かに魔力変換理論にまで相対性理論を当てはめられないだろうねぇ。消費魔力と発動される魔法の関係には技倆レベル才能適性などの条件が関わってくるだろうし。例えば、ボクがリーリエの状態で放つ『火球ファイア・ボール』と低レベルの魔導師が放つ『火球ファイア・ボール』では、ボクの『火球ファイア・ボール』が圧勝する」


「そりゃそうだろ……って、その理由を説明できないんだったな? カノープス、分かるか?」


「残念ながら娘にもさっぱり分からない法則が私に分かる筈がありません。陛下のお気持ちにお応えできないことが残念でなりませんが……」


「だよなぁ。……ディラン、お前も分かんねえだろ?」


「なんで俺が分からなきゃお前も分かんねえだろって前提なの!? いや、俺って漆黒騎士団の参謀していた頭脳なんだけど!? ……まあ、今回に関しちゃさっぱりだけどな。理屈は分かるが、数値がどうのこうのって言われてもさっぱりだ。ってか、魔法研究においてはミーフィリアと双璧を成すスザンナと化野って規格外な科学者を除けば最高クラスの地頭を持っている親友ローザが考えても分からねえ問題をここにいる誰が分かるって言うんだ?」


 ディランの反語で沈黙に陥る食卓……あまりにもボクのことを買い被り過ぎだと思うけど。本当の魔法のプロはミーフィリアとかスザンナとかだよ?


『ですが、一つだけ確かなことはありますわ。魔法を使えば確実に魔力は消費される……そして、魔力は有限――つまり、いつかは魔力が尽きてしまうということですわ』


「いや、欅の言っていることは正しいだろうけどさ……途方もない話だよな? 少なくとも魔力の量は俺達が使い続けてもなかなか減っているようには見えないだろ?」


 食事の手を止めた欅の発言に、ディランが「そりゃそうだけど」と何を当たり前なことをという視線を向けている……いや、そこが重要なんだって。


「欅は賢いねぇ。まあ、究極的には欅の考えで十分なんだよ。ボクらは自覚しにくいけど、魔力は確かに減っている。つまり、確実にエントロピーの増大則に乗っとっているんだ。魔力を使った魔法も他の燃料に比べたら効率は格段にいいだろうけど、無から有を生み出している訳じゃない」


『……お姉様に、褒められましたわ!』


 満更でもないようで嬉しそうに笑う欅と、欅に嫉妬の視線を向けている欅以外七星侍女プレイアデス達……ほら、露骨に嫌な顔をしない。後でみんな平等にヨシヨシしてあげるから。……これでいいのか分からないけど。


「まあ、難しい話はこれくらいにして……ジーノさん、欅達は頑張っている?」


「はい、戦闘使用人に相応しくなれるように教育は一通り施しました。どこへ出しても恥ずかしくありません」


「良かったねぇ……ジーノさんのお墨付きがもらえたなら暗殺面ではバッチリだねぇ。それじゃあ、次の段階に移ろっか? って言ってもしばらくはボク不在の屋敷の戦力補填をお願いしたいんだけど。使節団はボク達五人で十分だしねぇ」


「存在そのものが規格外な姉さんに、使用人最強の一角のアクアさんに、元漆黒騎士団副団長のディランさん、そこにプリムヴェールさんとマグノーリエさんが加われば負ける気がしないからね……本当は僕も参加したかったんだけど」


 しょんぼりする義弟と別の意味で落ち込む欅達……まず、ネストは三歳だからねぇ。普通、三歳の子供が使節団に参加することは無理なんじゃないかな? 戦力的な問題で……えっ、ボク? 例外です。

 そして、欅達……ボクと一緒に居たいから頑張ったって気持ちは嬉しいけどさ……なんでボクなんかのために? ……それに、まだ続きあるから。


「ずっと忙しかっただろうから申し訳ないんだけど、明日、一日だけ欅さん達に時間をもらえないかな? まあ、戦力強化のためなんだけど……」


『『『『『『『本当ですか!?』』』』』』』


 途端に目を輝かせて花が咲いたように笑顔になる欅達……そんなに幼女とのデートが楽しいか? まさか……ロリ……コン?


「それから、ネストの方はどう? 魔法の制御や勉強は進んでいる?」


「姉さんに教えてもらった魔法はある程度使えるようになったけど、オリジナルの魔法を使おうとすると少し魔法が暴走してしまう……ジーノさん達に修行をつけてもらっているから少しはマシになったけど」


「剣術と拳術に関しては私が指導をしています。まだまだ荒削りなところはありますが、ラピスラズリ公爵家の当主に相応しくなるための素質は備えているようでございます」


「足技と暗殺剣の使い方はお父様にお願いされて教えていますが、ネスト様はかなり上達されています」


「毒物の扱いと、薬の扱いを担当していますが、どこかのサボり魔執事よりも覚えが良くて楽をさせてもらっています」


「マナー教育も真剣に取り組まれていらっしゃるわ。どこかのサボり魔執事よりも遥かに立派な紳士になれるわ。まあ、当然よね」


「ネスト様の勉学の方も順調ですわ。どこかのサボり魔執事よりも物覚えがよく、成績も優秀で教え甲斐がありますわ」


「ナイフと投擲の担当だけど、ネスト様は優秀で僕が教えることはほとんどないよ」


 分かるとは思うけど、それぞれネスト、ジーノ、エリシェア、ヘイズ、ヘレナ、カレン、サリアの言葉……特に後半のヒース弄りが酷いよねぇ……しかも実の姉まで。


「ヘレナ姉さんまで酷くない?」


「あら、ヒース、起きたの? てっきりもう少し沈んでいると思っだのだけど」


「全く、毎回毎回殴るなよ……ついうっかり『貧乳』って言っただけじゃ「もう一回沈んでろ、そして反省しろ!!」


 アクアの拳骨が直撃してまたしてもヒースが床に減り込んだ。ついでにボクも踵落としを放って追い打ちしておく……女の子相手に言っていいことと悪いことも理解できないから万年彼女無しなんだよ!!


「それじゃあ、ネストの方も大丈夫そうだねぇ。まあ、ネストを苛めるお姉ちゃんはいない訳だから危険は…………あれ? 寧ろ増しているような?」


「乙女ゲームはとっくに終わっているからな? だが、そっちの方が絶対クソ面白いだろ!?」


「……本当に乙女ゲームとしては破綻しているよねぇ……主にこいつらのせいで」


 乙女ゲームを破壊している元凶達にジト目を向けたら何故か鏡に反射されたようにジト目が返ってきたんだが……何故、ネストまで!? ブルータス、お前もか……お前までボクが常識人じゃないと言いたいのか?

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