Act.5-2 アクアマリン伯爵家にて、美形兄妹とのお茶会(2) scene.1 下

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


「……とりあえず、ボクからお土産はこんなところかな? お茶会って言っても自分の作品のことを話すとネタバレになっちゃうし、聞き役に徹するのもいいけど……社交界にもデビューしていないし、共通の話題ってなると難しいよねぇ」


 気まずい雰囲気になっても仕方ないので遠慮などせずぶっちゃけてみた。


「私としては旅をお話しを聞かせて頂くだけで十分だとは思いますが……」


 気を遣ってくれるねぇ、ニルヴァス……一歳上だから四歳の筈なのにねぇ……この世界の子供って成長するの早いよねぇ、或いは近くにいるのが優秀な子供過ぎるのか。


「あの……実は、ブランシュ=リリウム先生の作品に触発されて私も小説を書いてみまして……よかったら、読んでみてください!!」


『まどかちゃん! またしょうせつをかいてきたの! よんでかんそうきかせて!!』


 また随分懐かしいものを思い出しちゃったねぇ……そういえば、いたねぇ……酷評されても懲りもせず、ボクのところに自作の小説の原稿を持ってきた子。

 しかも、高嶺の花と呼ばれるようになっても初恋の子の幻影を追いかけて……そんな純粋な女の子。


 でも、結局ボクはその子の想いに応えることはできなかったし、恋人としてその子を見ることは最後までできなかった。結局、あの子は最後まで見守るべき百合の片割れだった……その関係を壊すことに躊躇いをもっていた。

 まあ、ある意味それは柊木咲苗という個人を見ている訳ではなく、五十嵐巴も含めた二大女神の百合という構図をただ愛していたに過ぎない……結局、クラスメイトが高嶺の花という名の偶像として彼女を見ていたこととなんら変わらない上に、分かっていながら彼女のアピールをのらりくらりとはぐらかしてきた。

 ……まあ、そんな過去の初恋なんてとっとと忘れてもらいたいという気持ちもあったけどねぇ……ボクは咲苗の気持ちに応えられるとは思えないし、恋人として愛せるかも微妙だからねぇ。


 既にボクには月紫さんっていう愛している人がいるんだから……月紫さんにぞっこんのボクが咲苗を恋人として見られるとは思えないし、月紫さんにするように愛情を注ぐことができるとは思えない。

 やっぱり、咲苗はあくまで百合として愛でる対象だったからねぇ……ってことを正直に言えば良かったのかもしれないねぇ。


 ボク……というか、園村白翔という男にそんな権利があったかどうか分からないし、そもそもぼっちのオタク君と高嶺の花な委員長という分不相応な片想いだったのだけど、断る側がどう考えても逆な上に、断ったら断ったで心証を悪くするのは間違いなかっただろうけど、それが咲苗にとっては幸せな道だったんだろうねぇ……くだらない初恋なんて呪縛から解放され、自由に生きられるのならそれが一番だと思う。


 やっぱり……ボクは恋愛初心者だと思うよ。ああ、自分の力量は自覚できているって自信を持っていたのになぁ……結局、そんなことにも気付けないでいたのか。

 まあ、ボクが最低の人間なのは今に始まったことじゃない……沢山の人間の人生を滅茶苦茶にして、逆に振り回されて今のボクはここにいるんだからねぇ。


 ボクを見つけてみろなんて偉そうなことを言ったけど、そしてあの子は必ず僕を見つけ出そうとするだろうけど、その時はちゃんと言わないとねぇ……ボクは君を恋人としては愛せないって。



 ソフィスの書いた物語は、小学二年生の咲苗が書いたものよりもずっと物語として成立していた。ところどころ矛盾もあるし、誤字もあるけど、やっぱり部屋に引き篭ってずっと読書を続け、その中で様々なものを吸収してきたことが分かる。……同じ引き篭りでも、そこから学び得ようとして過ごす時間と、何もせずにただ漠然と過ごす時間では、その意味が大きく変わってくる。ソフィスは好きを追い求めて一つの物語を紡ぐに至った……本当に凄い娘だよねぇ。ああ、別に咲苗のことを貶している訳じゃないよ、あれが小学生の普通・・なんだからねぇ……いや、咲苗も普通ではなかったか。普通から離れていたからこそ、ああやってイジメられていたのか。


「……どう、でしたか?」


 ソフィスが上目遣いで聞いてくる。ニルヴァスは固唾を飲んでボクの言葉を待っている……覚悟をしているのかな? きっと、褒められないだろうって……。


「初めて書いたとは思えないくらい面白いよ。まあ、誤字とか少々辻褄が合わないところとかもあるけど、そういうのは商業で金貰っている人じゃなかったら……というか、趣味程度ならこれくらいで十分だと思うけどねぇ。ネット連載でも酷い人は酷いし……まあ、なんでこの人が書籍化したの? って人や人気を得ているの? っていう人も実は結構いる。人柄とか内面の温かみとか……多分完成されたものじゃないけど、その中にあるナニカに惹かれているんだろうねぇ」


 まあ、そこそこ技倆はある癖にギリギリアウトなグレーゾーンを攻め過ぎて書籍化できない作者っていうのもいるからねぇ、技倆だけあったってオリジナルなところや魅力が無かったら読者なんて寄ってこない「へっくしょん!!」……今物語の外からクシャミの音が聞こえた気がするけど、気のせいだよねぇ。


 咲苗が小学生の頃に書いていたのはファンタジー世界の物語だった……異世界召喚とかじゃないステレオタイプの。

 ソフィスが書いたのは身分差ものの恋物語……まあ、性格が滲み出ているよねぇ。

 咲苗はファンタジーゲームを通って『スターチス・レコード』に辿り着いたんだろうけど、ソフィスなら『スターチス・レコード』に真っ先に飛びつきそう……まあ、育った環境とか慣れ親しんだ物語の種類とかで結局好みって変わってくるからねぇ。少年漫画に親しんだ、少女漫画という概念を知らないまま育った女の子っていうのも実はそこそこの数居たりするんじゃないかな……えっ、それは特殊な例だって?


 しかし、この世界を乙女ゲームものってジャンル分けして発表したらジャンル詐欺って言われそうだねぇ……どう考えても乙女ゲーム要素少ないし、恋愛してないし。

 日本最大級の小説投稿サイトとかに投稿したら、下の読んでいる人欄に乙女ゲーム系の異世界もの作品の題名が一つも出ないとか、そういうことになりそう。


「……まあ、しかし随分と書いたねぇ……」


「ローザ様に見ていただきたくて……」


「そうだねぇ……まぁ、面白いものも読ませてもらったし……何かお礼をしたいんだけど。……これとかどうかな?」


 取り出したのは二人分の「E.DEVISE」……ただし、アプリの数を限定した比較的安価なものだけど。

 初期の「電話アプリ」、「メールアプリ」、「文書作成アプリ」、「表計算アプリ」、「プレゼン作成アプリ」、「イラスト作成アプリ」、「写真アプリ」がインストールされていて、「電話アプリ」は『管理者権限』に接続しているから眼鏡をかけていない状態でもボクと連絡が取れる。

 それと、プリンターをセットにして二人に手渡す。


 ちなみに、印刷機は最近普及し出しているけどその隠し機能にワイヤレスでパソコンからデータを受信する機能が付けられていることは隠している……まあ、様子見ってところだねぇ。

 しかも、技術はビオラ商会の独占で、タイプライターも印刷機も比較的高めに設定したから貴族でも滅多に持っていない。いずれは王宮辺りに大規模なパソコン環境を整えて紙媒体を減らすことは無理かもしれないけど、決まったフォーマットで、より簡単に書類を作ることができるようにしたいとは思うけど……まあ、そのためには人手も足りないし、素材も安定供給できるようにしたいからねぇ……となると、ドワーフとの交易はやっぱり必須かな? いずれにしても、行儀見習いで王女宮に行ってからクソ陛下に扱き使われることになるだろうし、その時でいいんじゃないかな? ……というか、まさか王女宮筆頭にしようとか企んでないよねぇ……? 一人も欠けることなく筆頭侍女はいた筈なんだけど……。


「これは……一体なんですか?」


「眼鏡型のヘッドマウントディスプレイ一体型ウェアラブルコンピューター……って言っても分からないか。まあ、羽ペンを使わずに文章を書いたり、条件付きだけど遠くの人と連絡を取り合ったりできる機能が搭載されているよ。……まあ、詳細は使いながら教えるからねぇ」


 ニルヴァスが「これ、絶対に高価なものですよね!? 無償でもらうなんて……やっぱりお父様に相談して然るべき値段を」とかなんとか言っているけど、これってこの世界の技術では(知識がなければ)ほぼ再現不可能だから値段はつけられないんじゃないかな?

 それに、アーネスト達……まあ、ラインヴェルド達も知って興味は持っていたみたいだけど、「量産は難しいから、別の方法を検討して条件が揃えば比較的安価に王宮の事務環境を整えることは可能だよ」って言ったら分かってもらえたからねぇ……って、まさか!? ドワーフとの交易を狙う目的ってもしかして、金属と技術!? まさか、他種族との交易の真の目的はブライトネス王国の事務処理能力の向上のためだった、だと!? だからアーネストも乗り気だったのか……確かにあの人が事務方のトップというか、仕事の内容的にはある意味国王より上の立場に見えるし。


「それじゃあ教えるからねぇ……一応使い方のメモは渡すけど、まあそこまで難しくは無いと思うし頑張って覚えてねぇ」


 こうして、第二回のお茶会は「E.DEVISE」の操作教室になったんだけど……これって貴族子女の優雅なお茶会なのだろうか? 少し……どころか大分違う気がするよねぇ。

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