百合好き悪役令嬢の異世界激闘記 〜前世で作った乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢が前世の因縁と今世の仲間達に振り回されながら世界の命運を懸けた戦いに巻き込まれるって一体どういうことなんだろうねぇ?〜

逢魔時 夕

Act.0-1 世界の意志との邂逅と赤薔薇の公爵令嬢(二歳)

<三人称全知視点>


 ――まるで、『湖水』だな。



 青に満たされた世界を認識しながら、少年・・はそんな感想を洩らした……といっても、少年には既に口を動かすことはできない。感想を洩らしたと錯覚しているだけなのだろう。


 そもそも、青に満たされた世界を認識してはいるが、それは眼を開けて〝世界〟を見ている訳ではない。もう既に少年の眼は開くことがないのだから。


 霜により感覚が失われ、冷たさの余韻だけが残った腕にも冷たいという感覚はもうない。身体を切り裂かれた時に感じた熱も、すっかり冷めてしまっている。


 身体は動かないが、いつもと同じように身体は五体満足で今からでも動かせるのではないかと感じた。しかし、身体は動かない――ただ、生温いドームのような世界に僅かに残った弱い流れに流されるように、ゆっくりと青に満たされた世界を進んでいく。


(…………天国って、娯楽とかがない代わりにゆっくりとした時間が流れ、蓮が咲き乱れる池があったり、あるいは天上の薔薇エンピレオに諸天使、諸聖人が集う……ってボクみたいな罪深い人間はそもそも天国になんていける訳がないよねぇ。まあ、その天国思想自体人間の空想上の賜物であって、真実・・は別みたいだけどさ)


 ――なら、行き先は地獄かなぁ……まあ、当然の報いな訳だし。少年は、この『湖水』のように流れが止まり、淀んだドームのような世界を漂いながら、少年は自虐の言葉を心の中で呟いた。


 草の根や蟹の匂いのような生臭さはない……『湖水』のような淀んだドームの中にいながらも生臭さがないのは少年にとっては幸いだった。

 まあ、既に少年からは嗅覚が失われているのだが……それでも、感覚と感情が曖昧になった世界ではもしかしたら鼻を通さずに臭いを感じ取れるかもしれない。


『…………ごめんなさい』


 突如、打つ筈のない耳朶を聞き慣れない少女の声が打った。

 少年――百合薗ゆりぞのまどかの記憶の中には、このような声の少女はいない。更に言えば、この状況下で謝られる理由も圓は持ち合わせていない。


 ――圓は自らの決断で、あの迷宮の未到達地点に現れた、ある意味では・・・・・・自らの負の遺産と呼ぶべき者達と対峙したのだから。


 もっとも、圓にとってそれら・・・は思い入れのある作品であり、この異世界という非日常的状況でなければ、巷を歩く老若男女の話題に上がっていることを確認しながら、心の中でガッツポーズするような、そんな愛着のある奴らなのだが……。


(……気にする必要はないと思うけどねぇ。どこかの誰かさん? ボクは自分の意思であのフィールドボス・・・・・・・九十超の階層守護者達ドレッドナインボスと戦ったんだからねぇ。……正直、自分の作ったボスキャラに生身で挑めるという最高の栄誉を賜ったと思っているよ? まあ、本当の意味で生身と言っていいのかは分からないけどさ)


『……それでも、このような形でこの世界に圓様とご学友を召喚してしまったこと……こんな最悪の形で命を奪い、転生先も私の意思ではどうしようもないこと……私には圓様に謝らなければならないことが沢山あります。本来ならば顕現して謝罪をしなくてはなりませんが、創造主・・・としての力もろくに扱えず、この圓様の世界の支配権を一部とは言え奪われてしまっている今、圓様の前に顕現することもできない状況にあります。声だけという失礼な形ですが、何卒お許しください』


(そんなにボクが怖いかなぁ……ボクが体裁がどうのこうのいうような性格じゃないのは知っているだろうに。……まあ、お互い未熟だったってことじゃないかな? この世界を完全に掌握できていない君も、自分の作品達が実際に動いているところを目にし、今の自分でどこまで戦えるのか確認してしまいたいという悪い癖というか、ゲーマー魂というか、或いはゲームデザイナー魂が出てしまったボクの方も……)


 圓は精一杯笑顔を作ったつもりだった……まあ、既に死んでいるので表情筋を動かす力はないのだが。


『圓様はクラスの皆様を身を挺して護りました。……やっぱり、私の創造主様・・・・は優しい方なんだなって、嬉しく思いました。……ただ、それでも自らの命を軽く考えて投げ出してしまうことは許せません。……貴方様を慕う人がどれだけいらっしゃるのかをお忘れですか!!』


(全く……君もボクという人間の本質を深く理解していないんだね。ボクが優しい? さあ、果たして本当にそうかな? 少なくともボクはボクという人間を最低な存在だと評価するよ? まあ、本当に大切だと思う家族・・を守るためだったんだ――後悔はしていないけどねぇ)


 青い世界の主――創造主の少女は、ぎこちなく笑う圓の姿に胸を締め付けられるような強い感情を抱いた。

 誰よりも純粋で優しい少年――そんな彼が本当は今も誰よりも優しいこと、そして、その仲間を守るためならばどこまでも無慈悲になれることを少女は知っている。


 そんな少年がクラスメイト如き・・・・・・・・のために命を張るとは少女も予想だにしなかった。彼は彼を慕う仲間達のために死に物狂いで異世界を生き抜くと本気で信じていた。


(……確かに人よりもボクは恵まれていたのかもしれない。それにあの騒がしい日々の中には楽しかったことも沢山あった……でもねぇ、ボクはやっぱり普通で平和な、命を奪う、奪わない、誰かに利用される、誰かを利用する……そんな殺伐とした世界にいい加減疲れてしまったんだよ。……勿論、引き継ぎはした。元の世界地球の方は元々行方不明で鬼籍に入っているだろうしさ、本来ボクは干渉し得ない立場にいる訳だしねぇ。まあ、それでも最大級のことはしたんだ。次は君の創造したこの世界に転生することができるんだよねぇ? なら、次は今世とは違う――普通の生活を送ってもバチは当たらないと思うんだけど?)


『…………そうですね。圓様のお考えはよく分かりました。ですが、二つだけ覚えておいてください。――圓様が圓様の魂を持っている限り、貴方様は決して貴方様が憧れを抱くような生活は送れないことを……そして、圓様を大切に想う仲間達は、そんな簡単に諦めるような人達ではないことを』


 これまでとは違い、少女が挑戦的な視線を向けてきているような気がした。

 大切な創造主であっても、これだけは譲れない――仲間達の気持ちを代弁するかのように澄んだ瞳を向けた(ような気がした)、青い世界の意志に、圓は不敵に笑って返した。


(そうだねぇ……なら、あの執念深い仲間達がボクを見つけるまで、ボクは悠々自適に過ごさせてもらうとするよ)


 挑戦的な視線に、同じく挑戦的な捕食者の笑みで返すと、圓は青い世界に呑み込まれた。



























 ――こうして、何一つ情報のないままクラスメイトと共に異世界に召喚されながらも、僅か数週間で世界の深淵に辿り着いた男子高校生少年は死に、青い世界を経て新たな生を授かる。


 そんな少年の新たな名前はローザ=ラピスラズリ――青い世界の主人のある意味宣言通り? 平穏とは無縁の、薔薇を象徴するような赤い髪と灰色の瞳、白雪のような白肌を持つきつめの顔立ちの悪役令嬢という、平穏とは無縁の、破滅に最も近い存在だった。


(…………百合好きのボクが薔薇を象徴する令嬢に転生するなんて……運命様は本当に人が悪いよねぇ)


 この世界の主にすら操作できない運命によって、転生した先が最も悪意を込めて作ったと悪役令嬢だったという事実を理解し、圓としての記憶を取り戻したローザ(二歳)は、主に薔薇を象徴する自分自身の姿を姿見で見ていかにも辟易とした表情を浮かべた。


 性別を超え、悪役令嬢に転生したローザだが、性別の変化に戸惑う訳でもなく、破滅が約束された未来を憂うでもなくではなく、真っ先に自分の転生先の設定を呪う時点で、ローザにはまだまだ余裕がありそうである。

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