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「これから進路希望調査表を配る。自分たちの将来に関する大切なことだ。各々、よぉく考えて記入するように」

 学校のホームルームでは担任教師がプリントを配りながら熱弁している。それを冷ややかな態度で聞きつつ、流れてきたプリントを一枚とって後ろに回す。

「いいか、お前たちの可能性は無限だ。なんでも目指せるし、なんにでもなれるんだ」

(・・・・・・またベタな文句を)

 思わず吹き出しそうになるくらいベタベタな常套句だ。しかし担任はそれが気持ちいいのか、それを口にすることで自分の教師としての存在感をアピールしようとしているのか、合人はもちろん一部のクラスメイトたちの冷ややかな視線に気づきもしない。

 無限の可能性。

 確かに可能性は無限大かもしれない。そこへの道程は誰の前にも伸びている。だがきっと、それだけだ。

 道はいくらでも伸びている。だがその道は生い茂った雑草に覆い隠されていて肉眼では見つけられない。その道を歩いて行くだけで可能性の先に到達できるというのに、そもそも見つけることができないのだ。

 じゃあその道を見つけるためにはどうしたらいいのか。

 答えは簡単だ。その道を見つけられるのは、特別な人間だけだ。

 自分の気持ちや努力は関係ない。生まれ持った特別さ。言い換えるなら『才能』というものを持つ人間だけが、その生い茂った雑草の中から道を見つけ、歩いて行くことができる。

(・・・・・・だから、無駄なんだよ。特別じゃない人間に、道なんてないんだから)

 同じ時に生まれ、同じように育ったはずだ。でも兄には絵という才能があった。しかし双子の弟である自分にその才能はなかった。

 景司の絵の才能が開花したのは僅か六歳の頃だ。六歳なんてまだ努力なんて知らない年頃だ。だからもちろん、景司も絵を描くための努力をしていたわけじゃない。でも差はあった。同じように生活していた二人の間には、明確なまでの差があった。才能が開花したのは景司だけで、合人には同じ才能がなかった。

 特別な兄と平凡な自分。それをよく知っているからこそ、担任の唱える言葉が薄ら寒く聞こえるのだ。

「・・・・・・くっ」

 未だ教壇の上で熱弁を振るう担任の顔を見ると笑いが込み上げてきた。無意識のうちに馬鹿にしたような笑いを漏らしてしまい、担任は目ざとくそれを見つけて合人を名指しする。

「中島、もう少し真剣に話を聞いたらどうだ?」

「はい、すみません」

 クラス中の視線が合人に集まる。その視線を感じつつ、口から謝罪の言葉が反射的に飛び出た。

「・・・・・・中島、どうしてお前はそうなんだ。兄のほうはあんなにも優秀だというのに、弟のお前はどうして」

 悪いと思っていないことがありありと浮かんでいたのか、担任は眉間に皺を寄せながら溜息交じりに言う。それに呼応するようにクラス中からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「・・・・・・」

 昔は担任の言葉も、クラスから笑いものにされることも嫌だった。その度に恥ずかしくなって、苛立って、反発していた。でもそれがずっと続き、変わることがないと知るとこの環境にも慣れてしまった。

 兄を褒め称え、景司の絞り滓のような合人のことを笑いものにする。景司が天才画家として注目されるようになってから、それだって合人の日常の一部なのだ。

「まったく」

 それ以上応えようとしない合人の相手などこれ以上は時間の無駄だと言いたげに担任は合人から視線を外す。そしてなにやらまた寒々しい言葉を熱く語り始めた。

(・・・・・・特別、か)

 特別な人間とは景司のことだ。特別と言われれば真っ先に頭に思い浮かぶ。

(そういえば、あの娘も・・・・・・)

 だが今日は少し違う。

 赤い瞳に黒い羽。空を飛んでいたあの少女。

 明らかに普通じゃないその少女の姿は紛れもなく特別で、合人はその日一日、その少女のことばかり考えて過ごした。

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