ズルい人間です。

鳩尾

背骨の同志

 小生は、実にズルい人間です。特に、帰り道のサラリーマン(ウーマンも然り)や、部活動後の学生に、顔向けができない。

 小生は、ズルをして生きてきました。昨今、巷で耳にする、チーターとやらは小生の事です。

 小生は、この場を借りて贖罪を乞いたい訳ではございません。

 小生を、知って頂きたいのです。


 小生は、とある病を患っております。これが、実に中途半端なモノであり、中途半端な小生の、卑怯な生き方に追ってついてきた様な、実にイヤラシイ病であります。

 病名などは明かせません。何故ならコレ、程度は様々。患者によっては、実に憎むべき、恐ろしい病であるのも確かです。その様な病に苦しむ同志(仮に彼ら、彼女らが、小生などにその様な呼び様を許すならば。)に、どうして小生が、卑怯で中途半端な病の仲間などと云うレッテルを貼れましょう。


 何を寝惚けた嘘を言っているんだ?それは何かの比喩か?などと皆様がおっしゃるのもその通り。

 しかし、なんせ小生、その様な高等な術を身に付けていないのです。

 これは、メタファーでもフィクションでもございません。

 これは、小生の、中途半端です。


 小生は、今では明瞭に思い出せませんが、中学生の頃に、この病を発症しました。

 ただ、小生自身、全く問題とは捉えず、それは、まさしく、周りが言う様に小生の堕落、ダラシナサなのだと納得していたのを覚えております。

 そこで企てたのが、小生の両親であります。母は東京の大それた病院のお医者様に予約を取り付け、父は駄々をこねる小生を殴り倒し、連行しました。


 診察や治療の過程は省かせて頂きます。読者の皆様を軽視するわけではございませんが、小生は、同志の尊厳も守らねばなりません。皆様に…勘繰られては、困るのです。


 しかし、素人なりにも小説を書いている身からして、その場所、東京の大それた病院を描写しない訳にはいきません。


 それは、東京の大きな病院の、高く聳える棟と棟との間にポツンと建つ、陽の目を見ない小さな施設の様な場所でした。もう一つの棟とでも呼ばれていても、おかしくありません。が、なんせ棟と呼べる程に、高さがない。

 その場所は、中学生の小生にとっては、実に不気味な場所でありましたが、今ではとても…愛おしい。

 きっと、先入観のある人間には、理解ができないのです。

 小生の父は、文字通り陽の目を見ない、積み重ねられたスリッパなどには履き替えず、待合室を見渡し、女の絵を見ながら

「セガレがこんなビョーインにかかるなんてな。」と、なんとも無粋な事を呟きました。

 それは、呟きというには、あまりにも大きな声で、会話ととるには、どうにもこうにも、相手が見あたりません。

 結局、小生は何も言えませんでした。はたまた、同志を卑怯にも背中から突き刺している、父の、その、倫理の欠落した言葉に、小生、歯向かう事が出来なかったのです。

 青息吐息でトイレから出て来た大ぶとりの男、直角に背中が曲がった、怪鳥の様な面の老婆、全く垢抜けていない、無臭の女子高生、倦怠感を隠さない受付の女に怒鳴り散らす、二つの数珠を右腕につけた、背広の男。

 あぁ、小生はあの日、始まりの場所で、同志達を裏切ったのです。

 女の絵は、骨の浮き出た背をこちらに向ける、美しくも憂鬱なモノでした。

 今では彼女が愛おしい。

 あの日から定期的にカウンセリングを受ける度、あの待合室に座る、彼ら彼女らの丸まった背中が、度々入れ替わった。

 今では、この絵が、この背骨の彼女だけが、小生の知る、始まりからの同志なのです。

(仮に、彼女が、小生などにその様な呼び様を許すならば…)

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