第58話

「アルス」

「んー……」


 俺は、ここ一週間、頑張って魔王城から戦利品を持ち出したこともあり、かなり疲れていた。

 どうやら父親が帰ってくるまでと頑張りすぎたようだ。


「アルス、そろそろ起きなさい」


 おかげで、母親が俺の名前を呼んでくるけど、疲れていて眠くて起きられない。

 もう、ゴールしてもいいよね……夢の中に……。

 母親の言葉を無視しながら、冬も近いということもあり寒かったので掛け布団の中に頭までスッポリと入る。

 一週間、父親は出かけていて母親と二人きりだったので母親の匂いが布団に染み付いていて、とても安心できた。

 きっと、俺と知識と経験が統合されたアルスの影響なのだろう。


「……アールースっ!」


 母親が、掛け布団を捲ると布団の中に入ってきて横になり俺に抱き着いてきたというか抱きしめてきて「そんなに眠いなら食べちゃうわよ?」と、ハァハァと息を荒くして俺の耳を舐めてきた。

 何故か知らないが肉食獣に狙われたような、そんな感覚が背筋を這い上がってくる。

 ――これは、いけない!!


 俺はすぐに布団から出て「起きました! もう起きました!」と言って服に着替えると、すぐに台所の水瓶に向かい、蓋を外して顔を洗う。

 もちろん水瓶の中には、色々な物が浮かんでいる。

 この一週間、新鮮な水を生贄に、魔王城からの戦利品をドロップした結果だ。

 所謂、等価交換と言う奴である。


 それにしても、水ってあまり綺麗じゃなくても、身体に影響はないんだなと俺は思った。

 日本人的感覚からすれば絶対に腹に壊すと思っていたのだが、案外にも人間の身体というのは丈夫らしい。


「いま、戻ったぞ!」


 外に通じる扉が開けられたと同時に野太い男の声――まぁ、俺の父親であるアドリアンの声が聞こえてきた。


「――ん? アルス。お前……」

 

 しまった!?

 父親には、アルスの振りをして対応する予定だったのに、台所で会うとは予想外だ!

 これでは、また俺のすごい才能が分かってしまう!

 ――ど、どうすれば……!


 俺が、どう対応していいか考えていると父親が「お前は、また……こんな時間まで寝ていたのか? 将来はシューバッハ騎士爵を継ぐのだぞ? まったく――」と、頭の上にゲンコツを落としてきた。

 地味に痛い……。


 それよりも……。

 何故か知らないが小言とゲンコツだけ落とされた。

 まるで、自分の息子の中身が全然変わってないような対応に見える。

 それって、つまり……。


 ――中身は47歳中年元サラリーマンなのに、まるで成長してないと思われた? 正体を不審に思われなかったのは良かったが、まるで成長してないように見られるのも、また来るものがあるな……。

 まぁ、俺が勇者と知ったら、驚くだろうし、今だけは普通の子供の振りをしておこう。



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