第17話 エイリアンズ
眠れない夜は、彼がよく散歩に連れ出してくれた。
夏ならば、パジャマ代わりに着たTシャツのままで。寒い季節はパジャマの上にコートを羽織って、時には手をつないだり、時には前を歩く彼の大きな背中を眺めながら、僕たちはただ歩いた。
今夜は特別、眠れそうにない。理由は僕も彼も分かっている。分かってはいるけれど、それを声に出して言葉にすることを想像しただけで涙が溢れてしまいそうで、とても僕にはできなかった。
「マフラー、していく?」
「使おうかな」
「寒そうだもんな。俺もぐるぐる巻きで行こう」
鍵をかけ、ポケットに手を突っ込んで前を行く彼の背中を眺めながら、歩いた。
『さびしさは鳴る』とあったのは誰の小説だっけ。小学校の時、国語の授業で『哀しい』と『寂しい』の違いについて話してくれた先生がいた。教育実習でやってきた若い男の先生だった。誰かの小説を引用して話していたのは、憶えてる。あの先生も、確かメガネをかけていた。僕、その頃からメガネの男性に惹かれる傾向があったのかな。自分では全然、気づかなかったけど。
深夜の交差点で凍ったような信号機は、まばたきをするように音もなく色を変え、街灯はかすかな光で道を照らしていた。
人も車も通らないけれど、赤信号で僕らは立ち止った。信号が青に変わるのを並んで待つ間、足元に視線を落としたまま、彼の手を握り、言った。
「ねぇ、僕、自分が女の人だったらよかったのにって思ったんだ。そしたら僕は君にそっくりな子供を産むことができたのかもしれないって」
「…………」
「でも、僕が女の人だったら、君に出会うことはなかったよね。君は男の人が好きだから、女の僕は好きになってもらえるわけがない。すれ違うことはできても、出会えることはないよね」
「そうだな……」
彼はそう言うと、つないだ手をぎゅっと握ってくれた。
「だから、僕は男でよかったし幸せなんだと思う。それなのに、」
「なのに?」
「時々すごく寂しくなる。それがなぜかは分からないけど」
そう言い終わらないうちに、うつむいた僕の身体をすっぽりと包むように彼が抱きしめてくれた。信号が青からもう一度赤に変わるまで、彼は黙ったままずっとそうしていてくれた。
「同じだよ。俺も同じだから。本当はこういう時、『心配ないよ』って、『寂しくないよ』って言ってあげられれば、お前が不安になることなんてないんだろうな」
彼の優しい言葉と温かい腕に包まれたまま、にじんだ青信号を眺めながら、いつか今日みたいに夜中の散歩に出かけた時、彼がカラカラと笑いながら言っていたことを思い出した。
『俺がお前に魔法をかけてあげるよ。この先ずっと、寂しい思いをしたり、不安になったりしない魔法。ただし、俺と一緒にいれば、っていう条件付きだけど』
あの時の君の笑った顔を今でもはっきりと思い出せるよ。
でもね。
ごめん。
こんなにも寂しくて、眠れないぐらいに苦しくなるなら、君を好きにならない魔法をかけてもらえばよかった。今の僕はそんなふうに思うんだよ。
部屋に帰った時はもう、明け方に近かった。
「眠れないから散歩に出かけたのに、却って眼が冴えちゃうなんてな。何か温かいものでも飲むか?」
玄関の脇のポールにコートを引っ掛けながらそう言う彼の背中にそっと、おでこをぶつけた。
「何もいらないよ。……」
「ん?」
「……あたためて。ベッドで」
彼の腰に回した腕をやさしくほどいてこちらを向いた彼が、さっき交差点でしてくれたように僕の身体を包み、耳元で小さくつぶやいた。
「眠れるまであたためてあげる」
End
★お題「街灯」「魔法の言葉」(「僕だけが」「街灯」「魔法の言葉」のうち二題使用)
一次創作BLワンライに初めて参加した時の作品です。
お題を見た瞬間にキリンジの「エイリアンズ」という曲を思い出し、勢いでそのままタイトルもお借りしました。当短編集の「第10話 真夜中の独白」でも触れていますが、この「エイリアンズ」も後に『まるで僕らは、』という作品になっていく欠片のひとつでした。「僕」=圭人、「俺」=玲で、この頃は二人とも大学生の設定でしたが、実際は大学生と院の研究室に勤務する研究員になりました。よかったら覗いてみて下さい。
「まるで僕らは、」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894844155
#一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負 2016年10月参加作
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