第38話 揺れる王都

「うっ……」


 窓にかかったカーテンの隙間から、光が差し込んできた。

 アンナは、ゆっくりと目を開け、体を起こす。


「朝か……」

「うん……?」


 隣のカルーナも目覚めたようで、声をあげていた。


「おはよう、カルーナ」

「……おはよう」


 隣のベットを見てみると、ティリアは既に身支度を済ませていた。


「あ、お二人とも、おはようございます」

「おはよう、いつも早いね……」

「……おはようございます」


 ティリアはいつも早起きで、アンナやカルーナが起きた時には、身支度まで終えていることが多かった。

 なんでも、村にいた頃からの癖らしく、自動的に目が覚めるらしい。アンナもカルーナも、朝は強い訳ではないため、羨ましく思っている。


「さて、カルーナ、私達も準備しようか」

「うん……」


 アンナとカルーナも身支度を始めた。





 身支度を終え、朝食を食べ、三人はそれぞれの行動を開始した。

 アンナは、王城の中庭にて修行を行っていた。

 昨日読んだ書物の通りなら、アンナの技量を上げれば、聖なる光も強くなるはずだった。なら、体を鍛えようと思ったのである。


「よく考えたら、聖剣の鞘って別にいらないんじゃ……」


 アンナは、自分の手にある聖剣を見て、そう呟いた。今まで考えたことがなかったが、聖剣を呼び出すと鞘に入った状態で出てくるが、この鞘の分を別の力として使えばよいのではないだろうか。


「とりあえず、やってみようか」


 アンナは集中して、鞘を聖なる光に変えて、全身に巡らせた。そして、闘気も同時に身に纏う。書物の通りなら、これが聖闘気となるはずだ。

 二つの力が、交わり、混ざっていく。


「うっ……」


 しかし、アンナの思考は途切れた。

 二つの力を混ぜ合わせるのは、かなりの集中力を使い、精神的疲労が普通ではなかった。


「はあ、はあ……」


 このように集中力がいるものは、戦闘中に使うことは難しいだろう。仮に使えたとしても、この疲労感では隙が大きすぎる。


「もっと、鍛えなきゃ……」


 だが、聖なる光は、アンナが成長すればする程高まるはずだ。それなら、鍛えればいいだけだと、アンナは思った。


「うん?」


 そこでアンナは、違和感に気づいた。何やら、城内の方が騒がしいのだ。。


「何かあったのか……?」


 兵士達が城内を駆け巡り、何かを話しているようだ。

 ただごとではない雰囲気を感じ取ったアンナは、城内に戻っていった。





 ティリアは、今日も医務室で治療にあたっていた。

 兵士達の傷は、一度の回復魔法では中々治らない。さらに、人数も多いため、治療は長期に渡っていた。


「ふー」


 ティリアは、数名の治療を終えて、一度休憩をしていた。

 いくら強い回復魔法を使えても、何人も治療していると疲労してしまう。それでは満足に魔法が使えないため、こうして休憩を挟むのだ。

 医務室には、他にも回復魔法を使える者がいるので、その者達に任せておけるのも、ティリアが安心して休息できる理由だった。


「ティリアさん、お疲れ様です」

「あ、お疲れ様です」


 休んでいるティリアに、回復魔法使いの一人が話しかけてきた。


「ティリアさんは、やっぱりすごいんですね。あんな強力な回復魔法、見たことありませんよ。何か理由があるんですか?」

「理由ですか? それはわかりませんが、幼い頃から、何故か魔力が高くて、それで回復魔法を練習したら、今のようになったんです」

「へー、生まれつき高くて、練習して、さらに高くなってって感じですか」


 本当にそれだけだった。生まれつき魔力が高く、魔法も得意だった。


「確か、親が高名な魔法使いだったりすると、魔力が高い子が生まれやすいって、聞いたことがありますけど、それって、どうなんでしょうね」

「それは……私は両親のことをよく知らないので、わかりません……」

「そ、そうだったんですか!? すみません、変なこと聞いてしまって」

「あ、いえ、大丈夫です。気にしてませんから」


 その話を聞いて、ティリアは自分の母親のことを思い出していた。フォステアは、高名な兵士であると、レミレアから聞いていた。つまり、母親は魔力が高い訳ではなかっただろう。

 もし、先程の話が本当なら、自分には魔力の高い父親がいたということになる。最も、それは推測に過ぎない。だが、これも一つの手がかりになるかもしれない。


「あれ?」


 そこでティリアは、城内の様子がおかしいことに気づいた。

 兵士達が、騒がしいのだ。


「なんでしょう……」


 ティリアは、その様子に、言い知れぬ恐怖を感じるのだった。





 カルーナは、武器屋で杖を新調し、町を歩いていた。

 今日も、鎧魔団の情報を集めたり、ティリアの出自の手がかりを探そうと思っていた。

 しかし、武器屋から出てから、どうも落ち着かないような、空気が重いような、よくわからない感覚がするのだ。


「なんか、嫌な感じ……」


 カルーナは周囲を警戒する。大通りには、普通に人々が行き来している。その者達は、特に何も感じていないようだ。

 そこで、カルーナは数名の兵士を見つけた。


「兵士さん!」

「あ、あなたは、カルーナ様?」

「何か、あったんですか?」

「……」


 兵士達は、顔を見合わせた後、ゆっくりと頷いた。


「実は、先程、前線にいた見張りから、鎧魔団に動きがあったという連絡があったのです」

「鎧魔団……!」


 兵士の言葉に、カルーナは目を丸くした。それは一大事だ。


「鎧魔団が侵攻しているようなのですが、ある種違和感のあるようなんです」

「違和感? それって、なんですか?」


 兵士達は、苦悶の表情を浮かべながら、話を続けた。


「動きが目立っており、恐らく陽動ではないかと、思われるのです」

「陽動……」

「何より、鎧魔将ツヴァイと副団長プラチナスの姿が見当たらないのも、おかしいのです。侵攻の際には、この二人が指揮をとるはずなのです」

「まさか……」


 そこで、カルーナの頭にある考えが過る。そして、それは兵士達の推測と同じだった。


「ツヴァイは、この王都を目指している可能性があります。恐らく、勇者の到着を聞いて、一気に決着をつけようとしているのではないかと……」

「そんな……」


 だとすると、まずいことになる。この王都が、一気に戦場に変わってしまう。


「カルーナさん、今から私達は、民の避難誘導を行います」

「わかりました。私は、ツヴァイとプラチナス、鎧魔団を探します」


 そう言って、カルーナは駆けて行った。

 鎧魔団がどこにいるか、見当はつかないが、王都を襲撃するのならば、隠れて行動しているはずだ。

 そう推測したカルーナは、鎧が隠れられる場所を手当たり次第に回っていくことにした。






 アンナは、町の中に駆け出していた。

 兵士達に事情を聞き、すぐに飛び出していた。鎧魔団を探さなければ、罪のない人々の命が奪われてしまう。

 町の中では、兵士達による避難誘導が行われていた。町の人々は、恐怖に怯えながらも、兵士達に従い避難していた。


「はっ……!」


 走っていたアンナは、あることに気づき声をあげた。


「闘気……」


 それは、闘気による威圧感のようなものだった。遥か前方より、強大な闘気を感じる。先程まではまったく気づかなかったため、こちらに気づいた何者かが発したのだろう。

 つまり、これはアンナを誘っているということだ。

 アンナは、ゆっくりと前方に歩いて行く。


「……」


 そして、相手を視認することができた。

 漆黒の鎧、手に持った槍、どれも聞いた特徴と一致していた。さらに、そこから発せられる闘気は、強大なものである。今まで、アンナがそれを体験したのは、二回。


「鎧魔将……ツヴァイ!」

「ほう、わかったか。赤髪の女勇者よ……」


 そこには、鎧魔将ツヴァイが立っていた。

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