第15話 カルーナの策

 カルーナが放った炎によって、ボゼーズの操る水は蒸発した。

 しかし、ボゼーズは、にやりと笑うと、新たなる魔法を口にした。


昇華サブリメーション氷の礫アイス・ダスト


 すると、水が蒸発したことによって発生した水蒸気が、見る見る氷の粒になっていく。


「くっ!」


 対応が間に合わいと思ったカルーナは、頭を守るように腕を交差させた。


「きゃあ!」


 カルーナの体に、無数の氷の粒が当たった。

 数カ所の痛みに耐えつつ、カルーナは、その場から移動する。

 じっとしていると、追撃がくるからだ。


氷の杭アイス・パイル!」


 事実として、氷の杭が、先程までカルーナがいた場所を貫いていた。


「おや、おや、躱されてしまいましたか……」

「はあ、はあ」

「ですが、ダメージは与えられたようですね」


 カルーナは、氷の粒によって、全身を痛めつけられていた。

 命にかかわるものはないが、痛みと疲労が、蓄積されてきている。

 ボゼーズも、先程の攻撃によって、ダメージは受けているが、人間のカルーナと、オーガのボゼーズでは、そもそもの体の丈夫さが違う。


「そっちこそ、中々の魔力を消費したんじゃない?」

「おや? 流石に気づいていましたか」


 ボゼーズは、魔法の連撃により、カルーナよりも多くの魔力を消費していた。

 もちろん、元々の魔力の量が違うが、それでも、現在、ボゼーズの魔力は、カルーナよりも残っていないだろう。

 魔法使い同士の戦いにおいて、魔力切れは即敗北につながるものだ。

 現状、二人の状態は、ほぼ互角といえるだろう。

 しかし、ボゼーズは、口の端を歪めながら、笑っていた。


「ですが、切り札とは、最後まで残しておくものなのですよ」


 そう言うと、ボゼーズの杖の先端が光り始めた。


「何……?」

「魔石という物をご存じですか? これは、少量の魔力を込めることで、効果が得られる便利なもの」

「まさか!」

「そうです。私の杖には、それが仕込んであるんですよ」


 ボゼーズは、杖を振り下ろし、地面を叩いた。

 すると、地面から、土でできた円錐型の突起が発生していた。


地の怒りグランド・ストライク


 それは、カルーナの方に向かうように、次々と生えていった。


「くっ!」


 カルーナは走ったが、地面から生えた突起は、カルーナを追跡してくる。


「逃げることなど、できませんよ!」 


 次々と地面の形が変形していき、カルーナの逃げ場がなくなっていく。

 ついに、カルーナは動きを止めてしまった。


「終わりです!」

「ふっ!」


 しかし、カルーナはこの絶体絶命の状態で、笑っていた。


「何を笑うのです!?」

「あなたは、切り札とは、最後まで残しておくものと言った」


 カルーナの杖の先端が、光り始めたのを、ボゼーズは確認した。

 そして、理解した。カルーナが、自分と同じであったことを。


飛行フライ


 カルーナの体は、空へ飛び立った。

 当然、飛んでいるカルーナに、地面から出る攻撃が届くことはない。


紅蓮の火球ファイアー・ボール!」


 カルーナは、空中から、そのまま魔法を放った。

 炎の弾は、ボゼーズの方向へ、飛んできた。


「ぐおおおおっ!」


 ボゼーズは、必死に身を躱し、炎の弾の軌道から外れた。

 炎の弾は、そのまま、木々の間に、着弾し、小規模の爆発が起こった。

 そこでボゼーズは、にやりと笑った。どうやら、爆発の煽りすら、ボゼーズの元に届いていないようだった。


「狙いを外しましたね。確か、飛行魔法は、身動きはとれなかったはずです。いい的ですねえ」

「いや、狙い通りだったよ」


 ボゼーズが、カルーナ目がけて、攻撃しようと思案していると、後ろに大きな気配を感じた。

 振り返った時、それが何かを理解したが、時は、既に遅かった。


 ドスン!


 大きな音とともに、ボゼーズは倒れてきた木の下敷きになっていた。


「がはっ!?」


 激しい痛みに、ボゼーズは思わず叫んでいた。


「はあ、はあ……最初から、これが狙いで」


 大木に押しつぶされたボゼーズは、小さな声で呟いていた。

 体に、まったく力が入らず、激しい痛みに襲われていた。

 だんだんと、頭の中で考えが纏まらなくなっていく。

 ボゼーズは、自身の結末を理解した。

 そんな中、朦朧とする意識の中で、カルーナが下りてくるのを、ボゼーズは認識した。


「はあ、はあ、情けないですねえ……あんな娘一人に、剛魔団魔術師が……?」


 カルーナは、変形した地面の隙間を縫って、ボゼーズの方に歩み寄ってきた。


「ボゼーズ、まだ息はあるみたいだね……」

「ふふふ、お見事ですねえ……まったく」


 カルーナに話しかけられて、ボゼーズは言葉を発した。

 その顔は、悔しさに溢れていた。


「勘違いしないでくださいよ。悔しいですが、本当に褒めているのです。私は、少なくとも、最初にあった油断や慢心は捨てたのですから、あなたは実力で私に勝った……」

「ボゼーズ……」


 思わぬ言葉に、カルーナは顔をしかめた。

 この状態で、そんな言葉をかけられても、ちっともいい気分にはなれなかったのだ。


「ですが、私が負けても、剛魔団は負けません。それで、私はいいのです」

「……私達は、負けるつもりはないよ」

「ふふふ、それは、あり得ません。なぜなら、デルゴラド様が負けるはずがないのですから」

「お姉ちゃんは、負けないよ」

「ふふ、私達は、どこまで行っても、平行線のようですねえ……」


 ボゼーズは、薄ら笑いを浮かべながら、カルーナを見つめた。


「早く、お姉さんの元に、行くんですね。もう決着は、ついているかもしれませんが」

「……そうさてもらうよ」

「ええ、これで、やっと、ゆっくり、ね、む、れ……る」


 そこで、ボゼーズは目を瞑った。


「……ボゼーズ」


 カルーナは、自分がやったことを噛みしめていた。

 自らの手で、生命を奪う。それが、どれだけのものか、実感していた。

 アンナも、こんな感覚を味わっていたとすれば苦しかっただろう。

 しかし、奪わなければ、奪われていたのだ。

 現に、ボゼーズは、五人の兵士の命を奪っている。

 それでも、心の中で、割り切れないものがあるのだと、カルーナは理解した。


「さようなら」


 カルーナは、それだけ言って、ボゼーズの方を見るのをやめた。

 これ以上考えても、上手く思考することはできないと思ったからだ。

 今は、自分がやれることをやるべきなのだ。


「早く、お姉ちゃんの元に行かないと……」


 カルーナは、そう思ったが、足は早く動かせなかった。

 カルーナにとって、初めてともいえる、本格的な戦いだった。

 相手は、かなりの実力者。肉体的にも、精神的にも、その疲れは普通ではなかった。

 それでも、足を動かした。全ては、アンナのためだ。


「はあ、はあ」


 カルーナは、アンナの元に、急ぐのだった。

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