第13話
朝食後、ライオネル王の案内で、私はとある一室へ行った。
開いたドアの向こうにある部屋には、ニメットやサーシャといった、いつも私の身の回りの世話をしてくれる数名の侍女がいる他、初めて見る男性が一人いる。
ということは、あの人がエイリークなのか・・。
つい中へ入るのをためらう私に、ライオネル王は「どうした、マイ・クイーン」と聞きながら、私のウエストにさりげなく手を添えた。
「あ。いえ、べつに・・」
「エイリークのことは信頼しても良いと言ったはずだ。ニメットや他の侍女も然り。だがあの女は信頼するな」
ライオネル王が一瞬だけチラリと向けた視線の先にサーシャがいたのは、やはりと言うべきか。
「あっ!おはようございますライオネル様!ジョセフィーヌ様!」というニメットの声を皮切りに、侍女たちが次々と私たちにお辞儀をしながら挨拶をする。
それを機に、王と私は、部屋の中へと入った。
「ライオネル!」
「エイリーク」
「王妃様。やっとお目にかかれて光栄です。私はエイリーク・ミラーと申します。どうぞエイリークと呼んでください」
「あ、あぁ・・はぃ、よろしく・・」
・・・うわぁ。何て白い肌・・・。
とても滑らかそうだけれど、決して女々しく見えなくて。
エイリークの体型は、ライオネル王よりも細身だけど、王に劣らない整った顔立ちをしている。
それに、私と同じ碧眼で、腰まで届く長いストレートの髪を後ろで一つに結んでいる姿は、まるでこの世のものとは思えないくらい、とても美しく・・・女性的な「綺麗」や「美」ではなく、神々しいながらも、王より気さくで、近寄り易い雰囲気を発している。
ライオネル王が、屈強な体躯をした「魔王」なら、さしずめエイリークは、細身な「妖精」と呼ぶべきか。
・・・この目で妖精を見たことは一度もないし、魔王同様、妖精もこの世に実在しないんだけど・・・。
それにしても・・・エイリークとは初対面のはずなのに(エイリークも「やっとお目にかかれて」とさっき言ったし)、どこかで会ったことがあるような、とても懐かしい感じがするのは、私と同じ、プラチナブロンドの髪と、碧い目をしているから?
「おまえたちの紹介も終わったから、俺は行く」
「えっ?どこへ」
「執務室だ。これでも俺は一国の王だからな」
唇の片方を上げてフッと笑うライオネル王の姿を見たサーシャ以外の侍女たちから、ホゥと感嘆の息が漏れる。
つい見惚れてしまうその気持ちは、分からなくもない・・・ん?
ということは私、王に見惚れていたの?!
ついブンブンと顔をふった私を見て、ライオネル王が「どうした」と聞いてきた。
「えっ!いえいえいえいえ!」
「・・・そうか」と呟いたライオネル王の声は、笑いをこらえているように聞こえる。
「では頼んだぞ、エイリーク」
「お任せ下さい」
「また後でな。マイ・クイーン」
「あ・・・行ってらっしゃい、ませ」
「後で」って・・・?
と私は思いながら、広く大きく威厳あるライオネル王の後姿が見えなくなるまで、その場に佇んでいた。
「なるほど・・・これは最近染めたんですね」
「えぇ」
「かなり質の良い染料を使っている」
「見ただけで分かるのですか?」
「大よそは。僕は一応、メディカルアカデミーの校長を任されていますからね。その“大よそ”は、大抵当たっています」
染料となったタボの花は、私が運営している庭園で作られたものだった。
だから自分の事を褒められているようで、とても嬉しい。
屈託のない笑みを浮かべているエイリークにつられるように、私の顔にも笑みが浮かんだ。
「そう言えば。メディカルアカデミーとは何ですか?初めて聞く言葉ですが・・」
「薬草の効能や知識、及び医療技術を学ぶ学校です」
「学校?ですか」
「はい。ライオネル王の母君であったバーバラ様は、10年前、毒薬を盛られて亡くなりました」
「まぁ。そうだったんですか・・」
「あの頃、この辺りはまだ戦乱に満ちていましたから。それを機に、ライオネルはアカデミーを開校することに決めました。ほとんどの国では、術師と呼ばれる者から学ぶことが一般的、と言うより、それが唯一学べる方法なのが現状です。だがそれだと術師の流派によって偏りが生じる上、師(術師)弟(術者)間という閉鎖的な環境で、知識を得ることになる。ライオネルはその壁に風穴を開けて、オープンにしたかったわけです」
「術師にもよりますけど、弟子である術者を、あまりたくさん取りませんよね」
そこから閉鎖的な世界ができ、薬草についての知識が広がるのは、結局その中でだけ。
だからこそ術師は重宝されるのだけど・・・危険な存在だとも言えなくはない。
「その通り。それに結局のところ、術師にとっての“お気に入り”のみが術者になれる、というのが現状でしょう?だから術師・術者という関係を廃止し、代わりに術師レベルの知識を持つ者が、学びたいと思う者に、薬草の効能から実際薬を作れるようになるまで、アカデミーで教える。十分な知識と技術を会得すれば、薬剤師や医者として、その知識と技術を地域に活かしたり、今度は自分が先生となって、アカデミーで教える」
「なるほど。理にかなったシステムだと思います」
「何も僕は、全国民が薬草の効能や、医療技術を身につけるべきだと言っているんじゃない。だが、多少なりとも知っておくこと、例えば、モルフィーネは神経を麻痺する作用があるため、怪我などの痛み止めに利用できるが、過剰摂取すれば死に至る、とか、ベラドナ自体は毒薬とされているが、50分の1に希釈した液は点眼薬に―――もちろん良薬として―――使える、といったことを知る者が一人でも多ければ、いつかどこかで、自分自身か、誰かの役に立つかもしれない。その想いがライオネルと僕にはあったから、アカデミーを開校しようとライオネルに言われた時、僕は賛同したんだ。最初の数年は、近隣諸国からも強い風当たりを受けましたよ。前例のない、世界初のシステムを発動させたんですからね。でも今では、疾患の手術ができる
「そうでしたか」
さらりと話した中に、大変な努力があったことがうかがえる。
今聞いたばかりの話なのに、エイリークはもちろん、ライオネル王のことが、とても誇らしく思えてしまった。
「ですから、ロドムーンでは薬草、特に毒がある薬草の規制と管理は徹底しています。前王妃様の悲劇を繰り返さないためにも」
さりげないエイリークの言葉に、私はハッとした。
恐らくサーシャも・・・。
「良薬とされる毒薬及び毒草は、薬局で販売されていますが、購入される際は、必ず購入目的を薬剤師に言わなければいけません。使用目的と量が合致しない場合、まず販売は許可されませんし、その者は即、アカデミーに通報されます。一度通報を受けた者は、ブラックリストに載りますからね。たとえ王妃様であっても、ですよ」
「き、厳しい、ですね」
「それくらいしなければ・・あぁニメットさん、それはここに置いてください」
「はいっ!」
「それは・・・?」
「バソウをすり潰したものです。少々草っぽい匂いがしますが、これを塗ることで、今王妃様がおつけになっている髪の染料が落ちて、地毛色が出てきます」
「あぁ。なるほど」
「一応申し上げておきますが、バソウは毒草です」
「えっ!」
「ですが配合によって、良薬にもなります。そういうわけで、今回は僕が呼ばれたわけです。ちゃんと配合をするために。ですので王妃様はどうぞ御安心ください。バソウは毒草ですが、配合次第で、とても良質な・・・僕の知る限り、今のところ一番良質な、染料落としですよ・・・しかも、色落ちが早い・・・やっぱり。王妃様は僕と同じ、ベリア族ですね?」
「・・・ベリア、族・・・?」
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