十九、等活地獄
羅刹の村を出て、険しい山道を行くと、
地獄の淵に出た。
剣の森の向こうに、広い台地があり、
周囲を高い塀が取り囲んでいる。
「あの塀の向こうが、いわゆる
「あそこに行くのか?」
マタヨシは聞いた。
「恐ろしく高い壁だ。おれたちは
どうやってあの壁を超えるのか?」
プルートーは言った。
「壁を抜けるくらいのことは、
正直どうということはないが、
問題はあの熱さだ。
これだけ離れていても、
あそこの熱が伝わって来るでしょう?
並の人間じゃ、地面に立っているだけで、
炭になってしまう。
さて、どうしたものか」
プルートーは、マタヨシたちの周囲を
うろついていた
近寄って声をかけた。
「おい。ちょっと、あんた」
プルートーは、牛頭と二言三言
やりとりすると、マタヨシたちに言った。
「ここからは、雲に乗って行きます」
「雲に乗って行くですって!?」
カワバタが目を輝かせた。
プルートーは言った。
「なんせ、ここから先の地獄は、
どこもかしこもひどく熱くってね。
それに、罪人に与えられる刑も、
徐々に熾烈を極めてくる。
わたしはともかく、あなたたちには、
徒歩じゃ危険すぎるんだ」
マタヨシたちは、
牛頭が呼び寄せた雲に乗って、
剣の森を超え、高い塀を超えた。
雲の上では、カワバタが
大人気もなくはしゃいで、
迷惑をかけた。
「あの鉄でできた林は、どうやって
生えてくるんですかねえ?
種があるとしたら、それも鉄で
できているんでしょうかねえ?
ああ、雲から落っこちたらと思うと、
おっかない。
想像するだけで、身の毛がよだつ。
ああ、向こうの空を御覧なさい!
あの空の赤さは、いつか見た、
戦場の空を思い起こさせる。
見ていると、戦士たちの
阿鼻叫喚が聞こえてくるようだ。
……、……」
プルートーは痺れを切らして言った。
「ちょっと大人しくしていなさい。
でないと、雲から降りてもらいますよ?」
カワバタはペロリと舌を出して言った。
「いや、こいつは失敬。
なんせ、こんな経験、あっしの人生で
初めてのことですから。
どうか、堪忍してやってください」
等活地獄の塀の内では、
罪人たちが、熱く焼けた地面の上で、
刀を手に激しく斬り合っていた。
「旦那、あれは、あっしの想像じゃあ、
生前、争いを好んで、
刀で人を殺した者たちが
堕ちる地獄じゃあ、ありますまいか?」
「――まあ、そんなところだ」
「やっぱりねえ。
因果応報と申しますでしょう?
生前に自分がしでかした罪を、
やつらはその身で味わってるってえわけだ。
ほら、ホトケも、よそ見してないで、
目に焼き付けておきなさいよ。
せっかく旦那が、うちらみたいなもんを
連れてきて下すったんだから」
プルートーは苦々しく思って、
呟いた。
「この男には、わからないのか?
地獄の何たるかが、見えていないのか?」
多くの人間が、互いに斬り合い、
互いに殺し合って、血を流して
死んでいった。
焼けた地面から衣に火が付き、
火だるまになって死んでいく
人間たちの姿もあった。
刀に恐怖して、戦いから
逃れようとした者は、
獄卒に追い回された挙句、
槍で刺され、金棒で
頭を粉々にされて死んだ。
そして、死者の亡骸の前で、
獄卒が呪文を唱えると、
肉体は復活し、死者は蘇って、
同じことが延々と繰り返された。
ある者は、生き返るとすぐに、
復讐心にとりつかれて、
自分を屠った者に猛然と襲い掛かり、
返り討ちにあって死んだ。
ある者は、生き返ったかと思うと、
すぐさま獄卒に槍で刺し貫かれ、
金棒で袋叩きにされて死んだ。
プルートーは言った。
「死んではすぐに活き返り、
同じことが何万回、何億回も
繰り返されることから、
カワバタは嬉々として叫んだ。
「ああ、人間とは、なんと憐れで、
なんと脆い生き物でございましょう!
ああ、この世界は、なんと残酷で、
なんと無慈悲なことでございましょう!」
「気に入ってもらえましたか?」
「ええ、ええ。それはもう
気に入りましたとも。
大変気に入りました」
「他の方はいかがです?」
ホトケは終始、例の仏頂面で、
ぶすっとしたまま、眉一つ動かさない。
プルートーは呟いた。
「この男、いったい何だ?
とらえどころのない、いるかいないか、
わからないくらいのやつだが。
心中では、一体何を考えているのか?
ことによると、こいつも心の中で、
鬼を飼っているのかもしれん」
そのとき、ホトケが
大きなあくびをしたのを見て、
プルートーは考えを改めた。
「わたしの考えすぎか――。
こいつはただの馬鹿だ。
こいつは何も考えてなどいない」
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