第四章 地 獄
十七、地獄の一丁目
道すがら、プルートーは言った。
「ここを統べるのは、神だか仏だか、
わたしには見分けがつかないが。
かれらは死にゆく者たちに、
なんと無慈悲な刑を科したのか。
持て余した人間どもを
あそこにとどめておいて、
共食いさせるとは。
人間もだんだんと、神の手に
余るようになってきたということか」
マタヨシは言った。
「ちがうね。人間だけが裁かれるんだ。
動物を裁判にかけるなんて
馬鹿な話があるかい?
人間でありたいと願い、
人間であろうとする者だけが、
あの門をくぐることができるんだ。
あそこに留まっている人たちは、
自分の意志で、そう決めて、
動物になることを選んだ。
かれらは、人間をやめることで、
罪を免れたのだ」
プルートーは肯定も否定もせず、
「昔は、あそこも、
威勢のいい輩が大勢いて、
軍隊を組織し、激しい戦いに
明け暮れていたものだが。
近頃じゃあ、とんと骨のあるやつが
見えなくなってねえ?
おかげであの始末だ。
目も当てられない。
一日中ぼーっとして、頭にあるのは、
食べることと寝ることだけ。
あなたはさっき、
やつらを動物と言ったが、
あんなのは動物以下だよ。
わたしに言わせれば、
やつらは腰抜けの能無しだ。
自分たちの立場を、
いかに不味くしてるかってことが、
まるでわかっちゃいない」
プルートーは続けて言った。
「さて――。このまま、
閻魔宮に直行してもいいんだが、
急ぐ旅でもないし、どうです?
ちょっと寄り道して、
地獄の奥深く分け入ってみては?」
「そりゃあいい! 地獄めぐりですかい」
カワバタはプルートーの提案を喜んだが、
マタヨシは難色を示した。
「地獄めぐりなど、悪趣味極まりない」
「まあ、そう言わないで。
滅多に見れるもんじゃありませんぜ?」
カワバタはマタヨシを説得しにかかった。
「地獄の閻魔様のところに、
焦って馳せ参じたところで、
なんともなりゃあしませんよ。
ですよねえ、旦那?」
プルートーは静かに笑っている。
カワバタは浮かれ気分で、
「ねえ、旦那。
その、地獄めぐりとやらは、
危険はねえんでしょう?」
プルートーは言った。
「あなたたちの身に危害が
及ぶようなことはありません。
それはわたしが保障します」
カワバタはマタヨシに言った。
「冥土の土産って言うでしょう?
でも、うちら、
あっちにいるおふくろに、
土産話のひとつでもしてやりてえんですよ」
マタヨシは、ちょっと考えてから、
地獄めぐりの旅への同行を了承した。
一週間、馬車で荒野を走り続けると、
大地の割れ目まで来た。
やがて、険しい山道となった。
暗く深い谷は、まるで底が見えなかった。
峠に差し掛かると、
宿のような立派な建物が見えた。
プルートーは首をかしげた。
「はて、こんなところに宿なんかあったかな?」
宿に入ると、美しい女将が出迎えて、
一行を部屋に案内した。
客室には、豪華な寝台や家具が
設えられていた。
プルートーはマタヨシたちに言った。
「いいですか? 誘惑を受けても、
女を抱いてはいけないし、
差し出されたものを食べてもいけない」
目覚めると、豪華な寝台や家具は
跡形もなく、宿は
豚小屋に変わっていた。
「げげっ、こいつはひでえ!」
カワバタが悲鳴を上げた。
「あんた、うちらを
プルートーは言った。
「騙したとは、聞き捨てなりませんね。
わたしはあなたがたに忠告しておいたはずだ。
誘惑を受けても、女を抱いてはいけないし、
差し出されたものを食べてもいけないと」
マタヨシがプルートーに聞いた。
「おれたちはもう地獄に入っているのか?」
「そうですね。
この辺は、さしずめ
地獄の一丁目ってところでしょうか。
この先は、馬では行けません。
向こうに羅刹たちの村があるから、
そこに馬車を置いて、
そこからは、徒歩で向かいましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます