四、決 別

 かくして、マタヨシは暗闇から出て、

 異教の辺獄を後にした。

 

 細い、暗い穴倉を通り抜けると、

 彼は、かつて自分が暮らした、

 掃き溜めのような場所に帰ってきた。


 彼はしばらくの間そこに留まり、

 かつての自分であって、

 いまは骸骨と化した、現世の名残を

 慈しみ、それを愛した。


 愛着が芽生えるにつれ、彼の耳には

 躯に宿った言霊が響いてきた。


『殺せ……、殺せ……』


 哀願か? 呪詛の言葉か? 

 それは彼にもわからなかった。


 生への執着などではなかった。

 むしろ生を呪う気持ちから、

 彼は現世にとどまっていた。


 そうこうするうちに、

 敵意のある輩がやってきて、

 九字の呪文を唱え、手刀で

 彼の躯を切った。


 マタヨシは苦痛によく耐え、

 説得に耳を貸さなかったので、

 術師は自らが盛った毒を飲んだ。


 ややもして、断末魔の叫びと共に、

 首から血しぶきが上がった!

 刃が喉元深く食い込んで、

 術師の息は絶えなんとしていた。


 マタヨシは、仰向けに倒れた男の顔を見た。

 その男は、なんと彼の父親だった――。


 どうしてこういうことになったか。

 マタヨシには皆目わからなかった。


 なにもかもどうでもよくなり、

 マタヨシは立って行こうとした。


 振り返って見ると、

 薄暗い部屋の片隅には、

 青白い顔をした男が、

 膝をついて躯に寄り添っていた。


 マタヨシは自嘲して言った。


「いつまでも

 そうしていればいいさ。

 好きなだけそこにいろ。

 それがおまえの望みならば。


 おれは行く。立って行く。

 もうこの世に未練はない。

 おれの復讐は遂げられた。

 別れの時はきた――。


 さらばだ、わが友よ。

 わが亡骸よ。

 現世よ。家よ。

 そこにあるなにもかも」


  すべてが彼には遠く、

  虚ろであり、色あせた、

  セピア色の写真は、

  下辺から燃え、

  無残に崩れ落ち、

  あとにはただ、

  空しさだけが残った。


   (第一章、終わり)

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