38.大願


『な、何っ!? 勇者パーティーはまだバルドリア地方に近いエイゼニルの町にいるだと!? これではまるで亀の歩みではないか。何故未だにそんなところでグズグズしているのか……』


 魔王城の謁見の間にて、玉座に腰を下ろしたまま口をあんぐりと開ける魔王。


『魔王様、そのような顔をなさっては威厳が損なわれますぞ?』


『……おっと。そうだったな、大臣。よし、ここは魔王らしくキリッとしなくては、キリッと……ひっく……』


『魔王様、全然凛々しくありません。お顔が緩んでおりますぞ……』


『うっぷ……! しょ、しょうがなかろう! まだこの通り体から酒の成分が抜けきらんのだ……グハハッ!』


『……』


 呆れたように髑髏の首を横回転させる大臣。


『しかし、今回はいくらなんでも遅すぎるな! 勇者パーティーのやつら……以前はたった半日足らずで余を打ち負かしたというのにっ!』


『……魔王様、それは自慢げに語ることではありませんぞ?』


『うっ、確かに! こりゃ一本取られたな! ワハハッ!』


『……おそらくですが、勇者パーティーがここまで遅れているのは、魔法力が半分になったことが大きく影響しているのかと思いますぞ』


『ガハハッ! そりゃ酒が旨くなる話だ! どうだ、大臣。ちょっとだけ余と飲まんか? ん?』


 魔王が盃を持つ仕草でアピールしてみせるが、大臣は首を縦に振らなかった。


『魔王様が飲みたいだけでは?』


『ギクッ……! これはな、図星というやつだ! グハハッ!』


『魔王様……気を抜いてはいけませんぞ、敵はあの賢者オルド。魔法力が半分になったとはいえ、絶対に油断だけはなさらぬことです。あの者たちが遅れている今のうちに少しでも訓練をば……』


『えー! やだなー! もう充分やったし……』


『……』


『そ、そう睨むな、大臣! お前に見つめられると怖いではないか……。まぁ、確実にリベンジを果たすためにもお前の言う通りにするか。勇者パーティー……いや、オルドさえ倒してしまえば、とうとう魔族の大願である人間界の支配が叶うのだからな! では、少し体を動かしてくる。とうっ!』


 魔王が片手を上げて次元の歪みを作り出し、そこからいずこへとワープして姿を消すと、大臣が杖の先で床をコンコンと叩いた。


『――ティアルテ。そう慎重にならずとも、もう出てきてもよいですぞ、魔王様はお出かけになられた』


『……はい』


 気まずそうな顔で現れたのは分厚い鎧を着たダークエルフの少女ティアルテであり、魔王軍を率いる大将でもあった。


『しかし、魔王様にを話さなくて本当によいのでありまするか、ジルベルト様……』


『よい。これも我々が生き残るための知恵でありますぞ。もし真実を話してしまえば魔王様は絶望し、また無条件で酒浸りになられるであろう……』


『……なるほど。しかし、何故オルドは魔法力が半分のように見せかけて手加減などしているのでありまするか? わらわは見当もつきませぬ……』


『それはわかりかねますぞ。勇者パーティーが仲違いしているということと何か関係があるのかもしれませんな……』


『仲間同士で上手く力を削ってくれるとよいでありまするね』


『そう都合よくはいくまい。あのオルドとかいう男の力は、今の魔王様でさえも遥かに凌駕するほど恐ろしいものだ。しかし……』


『……しかし?』


『ここに来て、愚かな人間がまた。とんでもない闇を……いや、狂気を我々の元へ放ったのだ……』


『……ジルベルト様、地が出ていまする……』


『……おっと。つい興奮して昔の自分が出てしまいましたぞ。懐かしいですな……』


 カタカタと嗤うように口を鳴らす大臣。その乾いた暗い響きはしばらく続いた。


『いっそ、以前のような調子で語ってくださるとわらわは嬉しいでありまする』


『……フフッ。ティアルテ、お前も言うようになったな。この戦いはおそらく三つ巴になる。さすれば我々が生き残る確率も格段に上がるというもの。死霊族の大願が成就する日は、ことのほか近いのかもしれぬ……』


『……はい。ジルベルト様……』


 ダークエルフの少女が恭しくひざまずく一方、髑髏の双眸から覗く光は怪しさを増すばかりだった……。

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