30.返還


「……はあ」


 思わず溜息が出る。まあよくここまでやるもんだ。


 あれから俺たちは王都内の宿で一晩過ごしたあと、例の広場に自分一人だけで乗り込んだわけだが……周囲は異様な空気に包まれていた。


 大勢の僧侶たちに取り囲まれ、野次馬もことごとく排除された厳戒態勢の中、【無効化】スキルの所有者である若いキザな感じの男と【半減化】スキルを持つ気難しそうなおばさんが、ここから少し離れた正面の位置に立つ格好になっていたのだ。


【無効化】スキルは相手の魔法力をゼロにしてしまう恐ろしい効果だが、文字通りもう一度使用することで与えた効果そのものを【無効化】することができるらしい。


 しかし、ただでさえこうして物騒なのに、すぐ側でロクリアたちが悪意を隠そうともせず睨みつけてくるから困る。


 遠くにある建物の屋根の上にフェリルとクオンの姿があるのがわかるから、それが唯一の救いだ。かなり距離があるから肉眼だとよく見えないが、気配を読むことができるので問題ない。あいつらの場合は視力や聴力が凄いからこんなに遠くても何をしているかがはっきりとわかるそうだ。


「いい? 賢者さん。魔法力が戻ったからって暴れようなんて思わないことね。もしそうなったら、またスキルの鎖につながれて雁字搦めになるだけだから」


「……」


 おお、怖い怖い。ロクリアの威圧感は今日も抜群だ。まあそれだけ俺を恐れてるってことなんだろうけどな。


「さあ、始めなさい」


 ロクリアの冷たい声が合図となり、正面にいる【無効化】と【半減化】スキルを持った二人が緊張した様子でゆっくりと近付いてくる。魔法と違って、スキルの効果を与えるにはかなり近づく必要があるからな。


 しかし、遠方から見ている野次馬を含めて、みんな一斉に黙り込んでて圧が凄い。俺はまるで狂暴な事件を起こした死刑囚のようだ。


 自分の姿が以前の状態に戻ってるせいか、集まってくる視線も鋭く尖ってるのがわかるんだ。まあトラップに引っ掛かっただけとはいえ、一度は王様に対する不敬罪で追放されてるから仕方ないか。


 さて、いよいよ間近に迫ってきたな……。


「――お、おい。妙な真似、するんじゃないぞ……?」


【無効化】スキルを持つ青年が念押ししてきた。


「声が震えてるが、そんなに怖いのか?」


「ひっ……」


 俺が笑うと、男は青ざめつつもへっぴり腰で片手を掲げる。いつでも逃げられる態勢ってわけか。しかし、魔法力を消してしまうという凶悪なスキルの持ち主だからどんな強面の男かと思えば、こんなにも普通すぎる男だったとはな。まあ現実はこんなものか……。


「……おおっ……」


 思わず声が出る。この懐かしい感じ……かつて所持していた本物の魔法力が帰ってきた感覚だ。それ自体【逆転】スキルで元に戻せてはいたが、何かしっくりこなかった。


 同じクオリティのものでも、俺が一から作り上げてきた魔法力はまた別物であってこっちのほうが上だと感じる。気分の問題ではあるが、魔法力というものはそこが重要でもあるんだ。


「……かっ!」


「あ、あ、あひい……」


 俺が軽く威嚇してやったら、男が目をひん剥いて気絶してしまった。情けない……。


「何をしているの!? 早くこいつに【半減化】スキルを使いなさい!」


 ロクリアの焦りにも近い怒声がして噴き出しそうになる。俺の本来の力がどんなものかよく知ってるだろうしな。


「……わ、悪く思うんじゃないよ!」


 人前に出るからか、思いっ切りおめかししたおばちゃんが声を震わせつつも【半減化】スキルを使用してきた。そのタイミングで俺が睨みつけても転ばずに普通に逃げていったし、結構度胸がありそうだな……。


「……無事に終わったみたいね。賢者さん、もう半分の魔法力は、魔王を倒したら返してあげるわ」


「そりゃどうも」


 礼を言うと、ロクリアにプイッと顔を背けられた。嫌われたなあ。まあ、もう半分は魔王を倒しても返ってこないだろうし、そもそも魔法力は【半減化】されてないんだけどな。


【無効化】スキルで魔法力が元に戻ったあと、【半減化】スキルを受ける対象を一時的に魔法力とは逆のにしたんだ。


 元々まったく鍛えてないから身体能力なんてあまりないし、減ったことによる負担は魔力によって軽減できる。すぐにゼロに近い今の身体能力を【逆転】させれば筋肉超人にもなれるってわけだ。そもそも莫大な魔法力があるのでその必要性はないが、一応やっておくか……。


 これで俺はいつでも魔王を倒せるし王国も滅ぼせる。その気になればすぐにでもだ。とはいえ、オモチャ弄りという幸せな時間をたっぷりと楽しみたいので手加減しつつ頑張ろうと思う。


 さて、次は地に落ちた俺の名誉を回復させにいくか……っと、その前に、新しく考案した遊びをやるとしよう。というわけでアレクのイカれた精神状態を元に戻してやる。


「……あ、あれ? 俺、どうしたんだ……」


「あ、アレク様!?」


 ロクリアがはっとした顔になったかと思うと、涙ながらにアレクに抱き付く。とてもわかりやすくて感動的な光景だ。


「元に戻ったのね……」


「ロクリア、俺一体……」


「あの男よ! あの男に精神を壊されて……」


「バブー?」


「……え?」


 ドヤ顔で俺を指差したロクリアの顔が面白いように青ざめていく。アレクに狂った精神状態を返してやったわけだ。持ち上げられてすぐ落とされる感覚を味わった気分はどうだ?


「……あ、あ、あへへぇ……」


「マ、ママ……? ママー!」


「ロ、ロクリア? どうしたのですぅ?」


「……あひんっ」


「……こ、壊れている……」


「ええっ!?」


 あーあ……ロクリアのやつアヘ顔でダラダラ涎垂らしちゃってるし、エスティルの言う通り明らかに壊れてるな。ま、狂った幼馴染を側で見て楽しむのも面白そうだし、これでしばらく緩やかに魔王退治の旅をするのも悪くない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る