19.命令


 あー、よく眠れた。初心を忘れないためにも例のボロ小屋で寝てるんだが、今日も晴れ晴れとした天気でなんとも目覚めがよかった。


 被追放者の集落にはメアリーの道具屋に加え、ライレルの剣術道場ができて、着実に発展し始めている。


 それ以上にわくわくするのが、今日またと会えるだろうということ。俺の予想が確かなら、勇者アレクは相当に怒っているはず。俺の書いた手紙は揉みくちゃにされ、足で踏みつけられていることだろう。想像しただけで愉快で笑いが込み上げてくる。


「オルドよ、何故笑っているのだ?」


「オルド様ー?」


「あぁ、フェリル、クオン、おはよう」


「「おはよう!」」


「さあ、二人ともおいで。だ」


「グルルゥ……」


「ウミュァア……」


 フェリルもクオンも俺に頭を撫でられて気持ちよさそうだ。すっかり俺のペットになったみたいだな。本来の意味を知ったら怒りそうだが……。


「さあ、そろそろ王都へ行くぞ」


「うむ。今日もどんな方法でやつをやっつけるのか、楽しみにしている」


「クオンもです」


「少しずつ、それでも順調に踏み潰していくさ。やつらの自尊心をな……」


 俺は早速老けた状態に戻ると、フェリルとクオンを連れて転送魔法で王都の広場近くまで飛んだ。直接行くと魔法が使えることに気付かれる可能性があるからな。


 ……お、既にいた。勇者パーティー像の前で、凄い目つきで周りを見渡している。まるで飢えた獣のようだ。俺は込み上げる笑いを【逆転】で解消し、アレクに近付いていく。


「――やあ、アレク、待たせたな」


「……オ、オ、オルドォ……」


 俺があまりに明るい調子で声をかけてきたことが意外だったのか、アレクの舌が縺れている。


「て、て、てめえ……誰を待たせていると――」


「――あ、アレクじゃなくて、勇者様って言えばよかったかな?」


「い、いや、待て。それはやめろ……」


「……」


 騒ぎになるのを恐れているのか、アレクは焦った顔を浮かべた。この状況になってもまだ見栄は残っているのか。まあ勇者がまさかこんなやつれた姿になっていること自体知られたくはないだろうしな……。


「とっ、と、とにかく! ただちに土下座しろ!」


「……ん? すまん。聞こえなかったからもう一度……」


「お、おいっ! もう一度しか言わんぞ! 土下座をするな! ……あれ?」


 アレクはしばし呆然と佇んでいたが、まもなく我に返った様子で再び詰め寄ってきた。


「い、言い直さない! 土下座をしてはダメだ! ……あ、あ……?」


「……プッ……」


 俺は思わず噴き出してしまった。やつが考えていることの逆を言うように仕向けているんだが、言ったあとのうろたえ振りが最高だった。


「わかったよ。俺としてはやろうと思ってたんだけど……そこまで言うなら土下座は絶対にしない」


「て、てめえっ……! ふざけろ! 別に土下座しなくていいって言ってるだろうが!」


「……だからしないって」


「ぎ、ぎぎっ……なんだ、この状況……わけがわかりまくりだ。納得できる……!」


「そ、それならよかった……」


「て……てめえ、ぶっ生き返す! 多分生き返らせてやるぞ!」


「……俺は生きてるんだが?」


「……だから、正解だってんだよ! 生き返してやるってんだよおぉ……」


「頭大丈夫?」


「ぎ、ぎぎっ……」


 アレクのやつ、耳まで真っ赤にして掴みかかってきたが、自分で自分が許せないというのもあるのか、俺を殴ろうとして自分自身の顔面を勢いよく殴ってしまった。


「ぶえっ……?」


 あーあ……前歯が何本も折れた上に鼻も曲がって顔面血まみれで、ほんの少しだけ気の毒になる。


 アレクが憎悪する対象を俺じゃなく自分自身に【逆転】させたというわけだ。さすが、自己の能力を格段に引き上げるスキル【勇壮】を持つだけあって威力もある。さらに土下座までしてきたのは、憎い自分を傷つけたいからだろうな。そんな奇妙な行為が周りの注目を誘ったのか、人がどんどん集まり始めた。


「こいつ! ぐひっ!? こ、こいつめっ! こいつ……め……ぐばっ……」


 どよめきの中、アレクは地べたに這いつくばりながら自分をひたすら殴り続けたことで、とうとう気絶してしまった。それでも結構耐えてたのは、例のスキルによってタフさも引き上げたからなんだろう。


 中々のショーだったな。あくまでも少しずつ痛めつけたいし今日はこの辺でやめとくか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る