Memory 1 退院祝いとショッピングモールとあたし その1

「先輩、退院祝いはなにがいーですか?」

「……退院祝い?」

 ものすごい回復力で、いろんな検査をパスし、先輩の退院があっさり決まった。

 荷造り……がないので、着替えたら即帰宅で、今は書類関係がそろうのを待ってるっぽい。

 とくれば次にやるのはハデめな退院祝いパーティー──だと思うけど。

「いや、祝われるようなことはなにもしていない。気持ちだけで大丈夫だ」

「はい、そーゆう遠慮はいらないでーす」 

 両手で×印をだすと、先輩はまばたきをして「だが」とか言いかけたので、あたしはさらに続けた。

「てか、あたしがしてあげたいんですよ、先輩に。……ダメっすか?」

「………………ダメじゃ、ない……」

 顔赤くしてる先輩かわいい。マジ天使。

「よろしい。あ、ってゆっても、『退院祝いはお前がいい』とか、そーゆうのはさすがになしっすよー?」

「そんなこと言うわけがない……」

「えー、彼女なのにー?」

「──彼女だからだ。大事にしたい」

「………………そっすか」

 ……今のはちょっとヤバかった。

 不意打ち禁止。

「あ、あー、でですね! ほら、先輩、異世界で二〇年すごしてきたじゃないですか?」

「ああ」

 これ、マジのマらしい。

 なんか精神?だけ飛ばして異世界に行っていたとかで、先輩の中では二年じゃなくて二〇年経ってるとかなんとか。

 そのあいだ五つも異世界を渡り歩いてそれはそれは大変だったらしいんだけど、その影響がこっちに帰ってきてからもめっちゃ出てるっぽくて。

「──桑折」

「え」

 突然身を乗り出して凛々しい表情になった先輩が、あたしの口元に人差し指を立てて、ドアの向こうをにらむ。

 それだけならドキドキするだけだったけど、先輩は反対の手でなにもないとこからメチャクチャファンタジーっぽい全力銃刀法違反の刃物を取り出していた。

「ちょ──」

「しっ」

 人差し指を当てる、が手で口をふさぐ、に変わる。

 そのままドアの向こうをじっと見てた先輩は、しばらくしてからやっと手をはなしてくれた。

「……襲撃じゃなかったか……」

「い──いやいやいや『襲撃じゃなかったか』じゃなく! それ!!」

「ああ……禍々しい魔力を放っているから魔剣に見えるかもしれないが、これは元々──」

「……いえ、魔力とか魔剣とかわかんないですけど、とりあえずしまってください……」

「……わかった」

 ちょっと首はかしげたけど、おとなしく言うとおりにする先輩えらい。

 えらいんだけど。

「えー……今めっちゃわかりやすくやらかしてくれたみたいに、先輩やっぱちょっとこっちの世界のジョーシキわかんなくなっちゃってますよね?」

「いや、そんなことは」

「ありますから! もう忘れたんすか、『ICUの悲劇』」

 すでにそんなカンジに病院で呼ばれちゃってるあたりすごいアレ。

「…………覚えている。すまん」

 素直な先輩かわいい。とか思ったらダメ。

 ここは心をオニにして続ける。

「だから、他の知り合いと会う系のやつはしばらくやめときましょー。お祝いも人呼んでぱーっとハデにパーティーとかしたいですが、いろいろきかれるとボロ出しちゃうカモなんで、それ系はもちょっと先輩が慣れたらってことで……」

「パーティー……」

「やっぱしたいですよね……せっかく帰ってきたんですし。気持ちはわかりますけど……」

「いや全然そういうことはないが」

「ないんかーい」

 ないんかーい。

「こちら側の……普通の人や、普通の生活は、少し見てみたい気はするな……」

 エモいカンジで窓の外を見る先輩につられる。

「ふむ……まー病院の看護師さんとか先生は、フツーの人たちではないカモですね~」

 てか看護師さんたち、二年昏睡→覚醒→即体調回復→退院というマジヤバルートの先輩を怖がって、あきらか距離とっちゃってるし……。

 まーその気持ちもわからなくはないけど……ちょっとだけムッとするし、できたら自然な、先輩のことを知らない人たちを見せてあげたいなってなる。

 それと。

「人もそーですけど、街なんかもなつかしーんじゃないです? 先輩がいた異世界たち……異世界たち? がどういうとことかはわかんないですけど、ビルとかなさそう」

「……そうだな。確かに人そのものよりも街のほうが気になるかもしれない」

 思ったとおりの反応に、あたしは目を光らせる。

「とゆーことは──退院祝いはあたしとの街デートがいいと。そーゆうことっすね?」

「……街デート?」

「おけまる水産でーっす!」

 先輩めっちゃ首かしげてるけど、ここはいきおい。

「じゃ、今日はこれで解散ってことで、明日駅前広場で一一時に集合しましょー!」

「……集合、は、別にいいんだが……」

 これで解散? という顔をしているので、あたしはチッチッチッと、指を振ってみせる。

「デート前の女の子はいろいろと準備がいるんですよ。──はいここテストにでまーす!」

 エア黒板を叩いたあたしを、先輩は無の表情で見てくる。

 あ、ヤバイ……ちょっとアゲすぎた?

 でもしょーがない。

「とゆーわけでまた明日です、先輩」

 秒で病室を出たあたしは、ウキウキとスマホを開いてカットの予約を──と、その前に。

「あ、先輩もちゃーんと気合い入れて来てくださいね~! 退院祝い&初デートなんですから」

 特になにも考えずに言った軽口。

 まさかそれが余計な一言だったなんて──このときのあたしは思いもしなかったのである。


   ★☆


 翌日、駅前広場に三〇分も早く着いてしまったあたしは、先輩とのデートを楽しみにしていたことをここに認めます。

 アラームが鳴るより早く起きて、髪もネイルもバッチリ、ちゃーんとデートスタイルのオシャレもしたら、なんかウズウズドキドキして、だいぶ早かったけど家を出てしまった。

 スタパで時間を潰そうとして、いやでもあとで先輩と行くかもな? と思いなおして、想像したらめっちゃ楽しそうだったので、待ち合わせ場所に直行。

 なんかやたらとまわりで「なにあれ……?」「コスプレ?」とかザワついてたけど気にせず、三〇分なにで時間潰そっかな~ってスマホを開こうとしたら隣に先輩がいた。

「ぅえっ!?」

 びっくりしすぎて手からこぼれ落ちたスマホを、先輩は手も触れないで(たぶん魔法で)ひろってくれたので、お礼がだいぶ変な感じになった。

「あ、りがと……ござい、ます……?」

「早いな、桑折」

「いやそれ自分でしょ……待ち合わせ一一時っすよ?」

「八時にはいた」

「早すぎ!! 異世界は一八〇分前行動がジョーシキなの!?」

「……異世界の、常識……といっても、どの世界かにもよるし、各国、各地域でも違うな。そもそも人が──」

「や、そんなガチな答えがほしかったワケじゃないですけど。とゆーか先輩」

 あたしはそこでようやく、先輩を見た瞬間からずっと思っていたことを口にした。

「その格好……なんです?」

 一言で言うと鎧。

 めっちゃ──鎧。

 病室でいきなり抜いたファンタジー剣にすっごく合いそうなコーデを、先輩はバッチリ決めていた。

 ……そっか~。まわりがザワついてたのこれか~。八時からいたのか~。

 あちゃーっとあたしが顔を押さえていると、先輩はしれっと、なんだったらちょっとドヤ顔で言った。

「『天星鎧ステラリウス影月スキラ〟』だ。こう見えて敏捷性アジリティにも大きく補正がかかる」

「……なるほどなるほどアジリティにね……で、なんでそんなスゴイのフツーの街デートに着てきちゃったんです?」

「気合いを入れて来い、と」

「…………言いましたけども」

 ちょっと誇らしげなのもキュンときますけども。

「なにか違っていたか?」

「そっすね~……えっと……もうなにが違うのかわかんなくなるくらい違っちゃってますね……」

「そうなのか…………すまん」

 ……ん~。しゅんとする先輩もイイ……とか言ってる場合じゃなかった。

「なら、すぐに脱──」

「あ、待ってください、ウェイトです先輩!」

 脱ぐ、といっても物理的なやつじゃないのが察せられたので、あたしは全力で止めて周囲の目を気にしつつ、公衆男子トイレのほうへ誘導する。

「着替えはトイレの個室で……!」

「……わかった」

 素直な先輩はトイレに入ったかと思うと秒で出てきた。

 で、その中身は。

「なるほど、ジャージですか~」

 まあしょーがないよね。脱ぐと思ってなかっただろうし。

 と同時に、イイコトひらめいた。

「──わかりました。ちょっとプラン変更でいきましょー」

「プラン変更?」

「はい。デートにはツキモノのヤツです」

 や、ホントにそーなのかは知らないけど。

 首をかしげる先輩に、あたしはにひっと笑ってハイテンションに言った。

「まずは先輩の服を選びにショッピングモールにゴー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る