33 夢のコントロールの探求(13)「図書館の夢」
前略
これまでぼくは冗談半分に、魔導書を探す旅に出ようかなどと言ってきた。しかし、どうやらそれが望み薄なのは、昨夜ぼくが見た夢の内容から推し量られる。このときの夢は、実は明晰夢ではなく、つまりそれが夢だという自覚を欠いていたのであるが、どういうわけかぼくは夢の中で魔導書を探しており、したがって目的という点では合致していたと言える。通常の夢にしては、いやに鮮明であり、記憶にもはっきり残っているので、その内容をきみにも報告しておくことにしよう。
ぼくは大きな古い図書館の前にいた。ギリシャの神殿のような石造りの重厚な建物で、ここになら求める本もあるだろうとぼくは期待していた。
中に入ってみると、建物の内部は意外と近代的なつくりで、カウンターや奥に見える書架の様子なども、ぼくらがふだん目にする図書館とほとんど変わらなかった。ぼくは少し拍子抜けしつつも、目当ての本はどこにあるかと思案した。図書の検索機を探したが見つからなかったので、仕方なくぼくはカウンターにいる司書の女性に声をかけた。
「すみません」
女性はぼくの声が耳に入らない様子で、パソコンとにらめっこしていた。聞こえなかったのかと思って、ぼくはもう少し大きな声で、
「すみません。あの、魔道書を探しているんですが」
すると、その女は一瞬、目線を上げてぼくのほうを見たが、すぐにまた元のようにカタカタとパソコンのキーボードを打ち始めた。
壁の時計を見ると、もうすぐ午後6時にならんとしていた。どうやら図書の貸し出しは、閉館の十五分前までという決まりでもあるらしい。それにしても、あの冷然とした態度は、人間としていかがなものか。司書が聞いてあきれる。定時に帰れることが唯一の自慢とは、専門職として何ともなさけない有様ではないか。
ぼくは勘を頼りに、廊下を奥へ奥へとずんずん進んでいった。なんとなくこの辺りかなと足を止め、立ち並ぶ書架を見渡すと、そのひとつの脇に、ひどくばかげた書体で『魔導書コーナー』と書かれた張り紙を見つけた。ぼくは少し嫌な予感がしつつも、そちらのほうに向かった。
魔術というとまがまがしいイメージがするが、一瞥したところその棚にある本は、どこにでもある普通の本と様子がちがわなかった。ぼくは少々落胆しつつも、現実とはこんなものだと自分に言い聞かせて、希望の本を探すことにした。
ぼくが求める本は、実践的なことが書かれていて、なおかつ短時間で読めそうな本だ。読むのに苦労しないに越したことはない。ぼくは試しに一冊の本を棚から抜き取って、タイトルを確認した。『きみも魔導士になろう』という本だった。ぼくは表紙に書いてある文字を読んでみた。
「丸わかりテク大公開。この一冊を読めばきみも魔導士だ」
こういうのはだめだ。信用できない。できたためしがない。
他にもいろいろあるが、どれもいまいちだなあ。
『10分でできる魔法のトレーニング』
うさんくさいなあ。
『空想魔術読本』
空想じゃだめだ。
『サルでも読める魔導書』
ぼくをバカにしてるのか?
まったく、ろくな本がないな。もっと古い本、専門書の類はないのか。あった。これなんてよさそうだ。……外国語だな。フランス語に似た言語で書かれているようだが、ぼくには意味が頭に入ってこない。洋書の類はよそう。不慣れな言語を読んで、頭を痛めるのはいやだ。日本語で書かれている本、翻訳書の類でもいい。なにかよさそうなのはないか。
このいかにも堅そうな感じの『魔術概論』なんていいんじゃないか? ……だめだ。専門的すぎて、なにがなんやら、さっぱりわからない。別のにしよう。
なんてこった! こっちのは、カバーだけ本物で、中身はただの猥褻本だ。誰がこんなもの仕込んだんだ。中学生でもあるまいし。
まったく、ため息が出るな。こんなに本があるのに、ぼくが求めている本だけ見つからないとは! ……燃やしてしまおう。こんなくだらない本は。
ぼくはそばにあった石油ランプを本棚に投げつけた。すると、本棚はみるみるうちに燃え上がり、そのうち別の本棚にも引火して、やがて図書館全体が炎の渦につつまれた。
明かりが消えて、立ち並ぶ書架から燃えさかる炎の赤い光が不気味に照らし出す回廊を、ぼくは出口のほうに向けて黙々と歩いた。
やれやれとうとうこのざまだ。これであの無礼な司書も定時には帰れなくなったわけが、おれとしてはしてやったりというところだろうか。若者を知恵で助けたり、騒ぐ子供を怒鳴りつけたり、そういう大人も少なくなってきたものだが、そもそも頭の中身が空っぽでは、たかが知れている。くだらない知識をどんなに寄せ集めてみたところで、人間はちっとも賢くなんてなれないのだ。
夢の話は以上だ。もちろんこれで可能性が潰えたわけではないが、ぼくが求めている魔導書を探すのにはかなりの困難が予想されることが判明したと思う。よしんば見つかったところで、ぼくの読める言葉で書かれている保証はなかろう。夢の世界でぼくが読む本はすべて、ぼくの頭が書き込んだものだろうが、ぼくが知らないこと、信じていないことは、夢の世界でも正しい知識として通用していないのかもしれない。取り急ぎご報告まで。 草々
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