7 [付録]金縛り現象についての覚書

[付録]金縛り現象についての覚書


 ぼくはこれまで、金縛りらしきものを体験したことが三度ある。参考までに、以下にその内容を書いてみようと思うが、あらかじめ注記しておくと、最初の二つの事例(AとB)は、「金縛り」の夢である可能性が高い。特に、二つめの、著しく奇妙な現象は、確実に夢である。一つめは、入眠時幻覚であろう。対して、三つめの事例(C)は、真正の金縛り現象かもしれない。


(A)金縛りの夢(入眠時幻覚)

 ぼくは何かひどく奇妙な、恐ろしい音で目を覚ます。その音は、ベッドの左側、たぶんすぐ近くから聞こえた。体が動かない。ぼくは右を向いて寝ていたので、音がした方向を目視することができない。部屋にはぼく一人しかおらず、その音が実際に聞こえたのだとしたら、ぼくになんらかの「脅威」が差し迫っている。しかし、ぼくはそれが現実に鳴った音ではないかもしれないとも思っている。それはそれで、いやむしろそのほうが、恐ろしいことなのではあるが。しかし、その実、ぼくはその音が幻聴ではないかとも疑っている。同種の奇妙な幻聴を経験したことが、前にもあったからである。

 いずれにせよ、まったくもって「得体のしれない」音、鳴るはずがない音であり、そこになにかいるとすれば、侵入者か、それとも化物の類か、あるいは、幻聴であるとすれば、なにもいないだろう。ぼくは振り向いて早く安全を確かめたいと思っているが、振り向くのが怖いとも思っている。ぼくは勇気を振り絞り、体を動かす努力を継続しているが、あきらめて再び寝たふりをして危険をやり過ごしたほうが楽かもしれないとも感じている。

 体はまったく動かないわけでも、感覚がないわけでもない。体全体、特に右半身が麻痺して、痺れているという感じだ。必死に寝返りを打とうとするが、体に力が入らない。幸い、電気はついていた。(電気をつけたまま寝ることはよくある。)必死の努力の末、なんとか起き直ることができた。室内には何も異変がなかったようであるが、体がうまく動かせない状態が続いている。

 だが、突然、ぼくはその不快な状態から解放される。「別のベッド」の上でぼくは目を覚ましたのである。今度は体を自由に動かせる。ぼくは『さっきのはやはり夢だったのか』と思い、安堵している。ところが、真実にはそこもまたやはり別の夢の中なのである。むろんそのときのぼくはそのことに気づいていない。

 その後は、「暗い未来」を暗示する、不安を駆りたてるストーリーが続いていく。母は担当医の事で、不都合な局面に置かれている。医師は母を含め同時に三人の患者を視なければならず、それがいかに危険なことであるかを、奇妙な専門用語をまじえて、誰かが力説している。このままではいけないと、家族は転院を考えている。


(B)フリーズ

 ぼくはベッドの上で寝ている。文脈は明らかではないが、いま「目が覚めた」ところか。ぼくは、仰向けに寝ており、天井と、自分がかけている眼鏡のフレームが見えている。(ぼくは、それを現実だと思っている。状況は、現実と非常に似ているが、後から考えると、おかしいところがある。画像も鮮明ではなかった。)

 ぼくの視界は、どういうわけか「フリーズ」している。首を動かしても、視界には、天井と眼鏡のフレームの画像が張り付いて、動かないからである。ぼくには、それが完全に異常なことだとわかっている。

 ぼくは、いま起きたばかりで、たぶんまだ意識が完全に覚醒していないから、こういうことになっているのだと考える。そこで、「目覚める」ために、ベッドの上で、体を起こそうとする。だが、体が動かない。まったく動かないわけではない。首は動かすことができる。ただ、上半身を起こそうとすると、どうにも力が入らない。

 ぼくは、テレビをつけっぱなしで寝ていたことを思い出し、テレビの画面がある方に、首を向けた。もしかすると、動く映像を見たら、それが刺激となって、覚醒の「スイッチが入る」かもしれないと思ったからである。

 だが、視界は、依然としてフリーズしたままであった。ずっとこのままだったらどうしようか、という不安が頭をよぎる。だが、案外、何とかなるもんだよ、とも思っている。もう一度寝て、起きれば、正常な状態に戻っているかもしれない。

 突然、視界が鮮明になり、視界が動くようになる。本当に目が覚めたのである。体も普通に動くようだ。ぼくは『さっきのは、金縛りだったのか』と思う。だがすぐに、『いや、いまのは夢だったんだ』と思い直す。現実と比べれば、天井の様子におかしなところがあったし、眼鏡を外して寝ていたのに、眼鏡のフレームが見えていたのは、確実におかしい。


(C)真正の金縛りと思われる事例

 ぼくはとても恐ろしい夢を見ていた。声を出そうとしても、出すことができない。ぼくは、夢の中で必死に声を出そうと努力する。すると、突然、夢が途切れ、アパートの部屋の暗い天井が見える。ぼくは、まだ声を出そうとしている。しかし、(喉の筋肉が弛緩しているため)うめき声のような声しか、出すことができない。体も動かすことができなかった。この状態は、再び眠りにつくまで続いた。

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