Short Short
平 打電
リライト
30年続くロックバンド「
「少しご相談したいことがありまして...」と、ゾニーミュージックの音楽プロデューサー笹山から連絡があったのは、昨夜のことだ。
笹山とはデビュー以来の長い付き合いだが、用件を事前に知らされずに呼び出されるというのは初めてのことだ。ゾニーミュージック受付のソファーに座り、何の話だろうかと思いを巡らせている。
何か良くない話だろうか。
「お待たせしました」
執務スペースの扉を開けて登場した笹山は、一番良い応接スペースへと案内した。
近況などの雑談を交わすが、用件が気になってしまい、松木の頭には話がまったく入ってこない。生返事を繰り返していたら、場が温まったと判断したのか、笹山は姿勢を少し正し、用件を切り出した。
「実はご相談というのは、今進めている30周年記念ベストアルバムについてなんです」
申し訳無さそうに話し出す笹山の表情から、あまりいい話ではないことを察した。
「なになに? もしかして企画が中止になっちゃった?」
想定していた一番悲劇的なケースを冗談交じりに出してみる。
「いえ、そんなことはないです。アルバムはちゃんと出します」
断言する笹山の言葉に、少しほっとする。アルバムの中止の話でなければ、そう大した話ではないだろう。
「じゃあ、何の話かな」
「実は、歌詞を一部変えて歌い直していただきたいんです」
予想外の言葉に、一瞬思考が止まってしまった。
「歌詞を? 変える?」
「はい」
言いにくことを言葉にし、期が楽になったのか、笹山の目からはこの話をなんとしても通すぞという強い意志が感じられる。
「どの曲の?」
「『ひと夏のアバンチュール』です」
『ひと夏のアバンチュール』は10年ほど前にプチヒットした曲だ。ドラマの主題歌になった。
「『ひと夏のアバンチュール』の2番の歌詞にある『嫌がる君に強引にキスをした』が、性的暴行を連想させるのではと指摘がありまして」
「性的暴行って...」思わず絶句する。「指摘ってどこから?」
「弊社の内部監査室です。昨今、コンプライアンス遵守の圧力が年々高くなっていまして、所属アーティストの活動に関してもチェックをしていこうと、そういう流れになっています」
アーティストへの冒涜だよ、という言葉が喉まで出かかったが、脳裏を多額のローンがよぎる。印税収入にかまけて、ここ数年散財していたつけがまわってきている。正直なところ、このベストアルバムの印税収入が頼みの綱だ。ここでごねて話がなくなってしまうのは、良くない。
「なるほど」冷静さを装い、大人の対応をみせようと努力する。「どういう風に変えればいいのかな?」
「はい、失礼かと思いましたが、我々の方で素案を用意させていただきました」
笹山は、新しい歌詞が印刷された用紙をすっと差し出した。
『欲しがる君に優しくキスをした』
用紙に書いてある歌詞を頭の中で歌ってみる。言葉ははまりそうだ。しかし―
「これではストーリーが変わってしまう」思わずつぶやいてしまった。「笹山ちゃん、これじゃあ歌詞全体のストーリーが辻褄が合わなくなっちゃうよ」
「大丈夫です。今のリスナーはストーリーなんか気にしないので」
アーティストが聞いたら激怒しそうなことをさらりと口にする。
「断るという選択肢はあるのかな?」
「そうなると、ベストアルバムの企画自体をどうするかという話になると思います」
「じゃあ、この曲を選曲から外しちゃうというのはどうだろうか?」
バンドの代表曲のひとつではあるので、不自然さは残るだろうが、歌詞が書き換わるよりマシだろう。アルバムの売上にも多少は影響あるだろうが、悪い提案ではないはずだ。ところが、笹山の顔色は冴えない。
「実は、これだけではないんです」
そう言うと、かばんから束になった用紙を出した。
「収録予定のほぼすべての楽曲について、歌詞の書き換えが必要になっています。ご納得いかないかもしれませんが、アルバムを待っているファンのために、なんとかご協力ください」
笹山は深々と頭を下げた。
差し出された用紙をパラパラとめくる。そこに書いてあるのは当たり障りのない、穏当な言葉たちだった。
「笹山ちゃん...」長年連れ立ってやってきたプロデューサーからの話とは思えず、言葉が続かない。言いたいことはたくさんある。たくさんあるがゆえに、ぶつける言葉が見つからない。重たい沈黙が会議室を包んでいたが、ようやくとっかかりの言葉が見つかり、言葉を続けた。
「笹山ちゃん...俺らのバンド名『
松木の言葉を聞いた笹山は、ゆっくりと頭をあげ、その言葉に答えた。
「実はバンド名も、頭を取ると『
松木は頭を抱えた。
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