第171話

「ヘポイ海爵!」


衛星都市エルノの総督府執務室にノックもせずに入ってきた男を、ヘポイは疲れた目を擦りながら見る。


「どうしたんですか?」


声にもまったく覇気が感じられない。たいして入ってきた男、元エルノの海爵であるカベルは元々、軍人肌で肉体派と言う事もあり朝から元気であった。そしてヘポイの片腕でもある。


「それが、海上都市ルグニカのグランカス殿から大至急という書簡が届いております」


「だ、大至急?」


「そうです」


ヘポイの問いにカベルが頷く。


そのことに、ヘポイは首を傾げた。海洋国家ルグニカでは治めてる領土こそ大きいが都市間はかなり距離があり書簡のやりとりにも時間がかかる。そこで上級魔法師を高いお金で雇用し有事の際には上級魔法テレパスで瞬時に都市間の情報のやりとりをしているのだ。ただ、テレパスの魔術は上級魔法師であっても一日1回10分程度が限界でありそう何度も使うことはできない。それを使ってまで書簡を送ってきたと言う事はよほどの事なのだろう。


ヘポイは何だろう?と書簡を手にとり読み進めていく。読み進めていくうちに先ほどまで疲れていた顔がみるみる青くなっていく。


「や、やばいでふ!く、クサナギがくるでふ!」


いつも冷静な男ヘポイ海爵の姿はそこには無かった。元海爵のカベルはカイジン・クサナギが来る事でどうしてこんなに上司のヘポイが混乱するか理解できない。おそらく英雄がくると舞い上がっているのだろう。


(やばいでふ、とても嫌な予感がするでふ)


クサナギをよく知ってる人間だからこそ、何かが起きるという予感。それは全ての奴隷商人に共通する考えであった。経済理論から新しい社会構造と仕組みを20日間、一睡もせずに勉強させられた悪夢が思い出されてくる。睡魔に負けて寝たらヒール講座が待っていたあの地獄……。


そして数々のクサナギの非道な行い。

資金稼ぎとして追っ手の騎士をボコッて資金を集めた事。

大会中に王家の船を破壊しテヘッと悪びれない顔をした事。

悪質なことを平気な顔で行いそれを武力で押し付けること。

そう……ヘポイを含めた8人の奴隷商人達は、黒く長い髪に美しい容姿からクサナギの事を黒い悪魔と呼んでいたのだ。


そんなのが衛星都市エルノに来る?

睡眠を削って冒険者達を必死に誘致して派遣制度も整えて税制も必死に改革してようやく軌道に乗り始めた此処に?


――――――嫌な予感しかしない。


むしろ、普段のクサナギの姿を知ってるヘポイとしては重大な事が起きそうな事しかしないと長年の奴隷商人の感が盛大なアラームを上げていた。


(グランカスさん!ひどいでふ!これはこれはあんまりでふ!)


神を信じた事のないヘポイが両手を合わせて天に祈る。どうか何事もなく黒い悪魔じゃないクサナギがさっさと自分が管理してるエルノから出ていきやがれと。

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