隣に越してきた小梢です

 翌日は店を閉めていた。定休日だからだ。その日は家でゴロゴロしていた。休日はいつもこうだ。外に出るのさえも億劫で、寝転んで過ごす。普段重労働するわけでもないのに、身体が重くなってしまうのだ。父の様子を見に行くのも面倒くさくて行かない。


 昼寝から目を覚ますと、隣の空き家から物音が聞こえた。その家も相当な大きさであったが、この家の母屋と母屋は竹垣を隔てて並び建っている。建物の壁が薄いようで、物音もよく響く。かの家は確か数年前に老婦人が亡くなって以来、手付かずだったはず。親族が今更片付けに来たのだろうか。訝しげに思ったが、たとえ盗人だとしても、あたしには関係ない。こちらの家に侵入してきたとしても、盗られる物なんてあろうものか。このあたしを含めて。


 無視を決め込んだまま、瞼を閉じると、睡魔が訪れる。波に揺蕩うように睡魔に身を任せると驚くほどすんなり眠りに落ちた。




 次に目を覚ましたのは夕暮れ時だ。差し込む夕陽が目元を赤く照らし、玄関のチャイムがうるさく鳴り続けるからだ。この片田舎でそんなものを鳴らす人間は珍しい。他人であろうと顔見知りであれば庭に回り込んで家の中を覗き込むか、玄関を開けて家の人間を呼ぶからだ。玄関に鍵はかけていないし、ここではそれが当然である。しかし、そうしないということはこの風習に馴染みのない人間か、それとも宅配の業者などだろうか。どちらにせよ対応するのに面倒くさいことには変わりない。


 一昨日来やがれ、こちとら休日満喫中だコラ、とあたしは居留守を決め込んだ。しかし、チャイムは等間隔ごとに鳴らされ続けている。五分も放置していたが、二〇秒くらいの間隔で押され続けている。一抹の気味悪さがあったものの、あたしは観念して出ることにした。


「はい」

 我ながら、人前で出すべきではない声が出たと思う。やる気のなさがたっぷりだ。


「あら、こんばんわ」


 しかし、あたしの声とは対照的で、透き通った声が返ってきた。聞き覚えのある声だ。あたしはその声を聞いて、半開きだった目をこじ開けた。そこには、つい先日、初めて言葉を交わした少女が目の前に佇んでいる。


「隣に越してきた小梢です。お近づきのしるしに、コレ、どうぞ」

 笑顔の小梢はひとつの紙袋を差し出した。

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