第20話【四月二十八日~都祭真理~】

 おかしい。

 上原香織がおかしい。いや、もともとこれ以上はないくらいおかしかったのだけど、今日は本当におかしい。

 普段の上原香織は教室に入ってきても、机に座って黙って本を読んでいる。近づくなオーラ全開だ。それが今日は、教室に入ってくるなり隣に座る女子に話しかけた。

「香川さん」

「な、なに?う、上原さん?」

とつぜん、R上原香織に話しかけられた女子はうろたえている。上原香織は、まったく話さないというわけでもないが、愛想は最悪だ。たぶん自分から話しかけたりすることはめったにない。

「映画研究会に入らない?」

「え?な、なんで?」

「映画研究会に入ると、省吾とゾンビ映画が観れるわ」」

「しょ、省吾くんって……えと、あー。内藤くん?で、でも、私、そこまで映画は好きじゃないし……ゾンビ嫌いだし」

「そう。残念だわ」

そう言って、くるりと身体を回転させると、今度は前に座る女子に話しかける。残念と言うのは、ゾンビ好きの仲間が見つからなくて残念と言う意味かしら。

「福井さん」

「え?わ、私も?」

「映画研究会に入らない?ゾンビ居るわよ」

「いや。別に私、映画にも内藤君にも興味ないし…」

「そう。残念だわ」

挙動不審とは、あのことだ。あと、省略しすぎて内藤くんがゾンビみたいになってる。あの子、成績は悪くないんだけど、実際に話すのは下手すぎる。

 上原香織は、クラスの女子にその調子で次々と声をかけては、次々と断られている。どうなっているのかしら?

「都祭さん」

「私は、もう映画研究会の部員よ。ゾンビは好きでも嫌いでもないわ」

「そうだったわね」

ひらりと切りそろえた髪をひらめかせて、上原香織が振り返る。一人の男子が話しかけた。

「上原さんも映画研究会だっけ。俺、入ろうかな」

「私は、やめるわ」

上原香織はその言葉と胃の内容物を一緒に口から出した。

 なるほど。上原香織の朝食は、目玉焼きとソーセージとレタス。

 不用意に話しかけるな。バカ男子。


 やめる?


 昼休みになると上原香織がいつものように、お弁当の包みを持って教室を出て行く。内藤の話では、映画研究会の部室で食べているそうだ。男子に近づくと吐いてしまうのでは、教室では落ち着いて食べられないだろう。

 それにしても、なんで上原は女子高に行かなかったのかしら。そんな面倒くさい体質なのに…。

 まぁ、両親がここで矯正しておかないと社会に出られないと思ったのかもしれない。ご家庭の教育方針に口を出す気はない。

 そもそも、上原香織と映画研究会に口を出したことだって後悔しているのだもの。

 上原香織は、あの日、映画研究会の部室で吐いて二日休んだ。週が明けて、また学校に来るようになった。お昼休みにお弁当を持って映画研究会の部室に行くのも今までどおり。

 そう。今までどおり。

 余計な口を出して後悔したけれど、今までどおりに戻った。

 それでいい。なにもなかったことになった。


 なかったは、よかった。

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