第0081話 天に眼、天の網

『へぇ~。 火傷やけどがないとこんなに美人だったとねぇ。 びっくりしたよ。

 なんで火傷やけどが治っているのかは知らないが、これはもうけもんだ。

 娼館しょうかん……いや、性奴隷せいどれいとして売ればいい金になるよ。

 殺さずにっておいて正解だったねぇ。 ふふふ。

 ん? しかし、となりにいるガキとすごい美人二人は一体何者なんだ?』


 クソバアアは心の中でつぶやくが……


「俺たちか? 俺は "神" でこの子たちは俺の嫁だ。

 ゲイルは俺が "嫁" としてもらっていくからな。 そのつもりでな」

「よ、よよよ、よめっ!? はふぅ~っ」


 ゲイルがまるででだこのように真っ赤っかになっている?

 頭からは湯気ゆげでも出ているかのように見える。


 し、しまった! 先に話しておくべきだったな。 ゲイルをおこらせたかな?


 順序が逆になってしまった。


 この事は先に話しておくべきだったと思い、あわててゲイルとシェリー、ノアハに、このように言った意図いとを念話で説明する……


『すまねぇ。みんなには先に言っておくべきだったが……

 えず、ゲイルを俺の嫁にするって "てい" で話を進めるからな。

 彼女を嫁にすると言えばさすがのこのクソババアもしたがわざるをないだろうからすったもんだすることもねぇだろうし、その方が話が早いと思ったんだ。

 悪いなゲイル。 うそ方便ほうべんってヤツだ……本当にお前さんを嫁にするってことじゃねぇから、申し訳ねぇが俺の話に合わせてくれねぇか』


 ん? ゲイルがひどく落ち込んでしまったぞ? 


 俺の嫁になるのがそんなにいやだったのか!? へこむなぁ~。

 あれ? ハニーたちが な~んか ニヤニヤ しているぞ? みょうだなぁ?


「ぼそぼそ……本当のことだったら良かったのになぁ~。 あ~あ。とほほだよぉ。

 はっ? なにを弱気なことを考えてんのよ私!

 まだダメと決まったわけじゃないじゃん!

 そうよ! お嫁さんになれるようにがんばるのよ……ごにょごにょ……」


 ゲイルがなにやらブツブツとひとごとつぶいているな? なんだろう?


「ゲイル? 今なんか言ったか? ちょっと聞き取れなかったんだが……」

「い、いえ! な、なにも……あはははは」


「そ、そうか。それならいいが……」


 うそでも俺なんかの嫁だと言われるのは嫌なんだな、きっと。

 あとで、ちゃんとびてから、それとなく不満ふまんを聞きだすことにするかぁ……。


 目の前にいるクソババアがゲイルを嫁にすると言われたためか固まっている。


 しかし、このババアが出てきたときには驚いたな。翠玉すいぎょくの部下かと思ったぜ!


 肌の色が緑じゃないからすぐに違うとは分かったんだが……

 肌の色が緑色なら、どう見ても "アマゾネス・オーク" だもんなぁ。


 このクソババアの魂の色はほとんど黒に近い赤だ!


 ゲイルを虐待ぎゃくたいしてきただけじゃぁこうはならないはずだ。 間違いなく殺人を含む重罪を犯しているよな。


 クソババアは心の中でつぶやく……


『神? 確かに眉間みけんには御印みしるしが……こ、これはマズいわねぇ。

 ゲイルを売り飛ばせば金になると思ったのに! チッ!

 このままくれてやるのもしゃくだねぇ……

 そうだ! ダメで元元だ。 これまで面倒めんどうを見てきた養育費よういくひ請求せいきゅうしてみ……』


 クソババアが "にたぁ~" という 気持ち悪い笑みを浮かべながらなにかを言おうとした。 言おうとしていることは想像が付くので、その言葉が発せられる前に……


「調子ぶっこいてんじゃねぇぞ!? クソバアアっ! 養育費よういくひだとぉ~?

 火傷やけどえたゲイルを性奴隷として"うっぱらおう"と考えるようなクソバアアに、なんで金を払わにゃいかん!?

 俺の大切な嫁になる娘を これまでロクにめしわせず虐待ぎゃくたいしてきたくせに……」


 クソババアをにらみつけながら、強烈きょうれつ威圧いあつする!


「……生かしておいてもらえるだけありがてぇと思いな!」

「ひぃぃぃぃぃっ! な、ななな、なんであたしが考えていることが?」


 交渉事こうしょうごとをするにあたっては、相手の心が読めれば当然有利ゆうりだ。


 このクソババアが顔を出した時に、"受信じゅしん専用せんよう念話回線ねんわかいせん"をこの女につなげておいたのである。 この女の心の声は丸聞まるぎこえだ。


 まあ~、はなっから交渉こうしょうなんぞする気はないんだけどなっ! はっはっはっ!


「なんで? だとぉ? 俺は神だからだよ。

 てめぇら家族がこの子にしてきたこたぁ、全部まるっとお見通しだ!

 てんまなこてんあみ……悪事あくじは絶対に見逃さねぇぜ!」


 天網てんもう恢恢かいかいにしてらさず! だっ! ……ということにしておこう。


『ま、まさか私が姉さんの家に火を放ったことも知っているんだろうか!?

 男児にいたずらしているのを姉さんに見咎みとがめられ、口封くちふうじのために殺したことも知っているというのか? そ、そんなバカな!』


 平民へいみんの女性がおさな男児だんじ性的せいてきないたずらをしたら、おも刑罰けいばつせられる。


 情状酌量じょうじょうしゃくりょう余地よちがある場合でも犯罪奴隷はんざいどれいとして一生涯いっしょうがい苦役くえきせられ……特段とくだんむべき事情が無い場合は、まず極刑きょっけいだ。


「お前、ひでぇことしやがるなぁ……」

「や、やはり、あたしがねえさんの家に火をはなったことも、し、知っていると?」


「そ……そんな……叔母おばさんが……」


 ゲイルは顔面蒼白がんめんそうはく。 ひざからくずれ落ちそうになる……

 俺は咄嗟とっさに彼女をめる。 彼女は小刻こきざみにふるえながら目からポロポロと涙をこぼしだした。


「ふんっ。語るに落ちたな? てめぇがショタだってことも当然知っているぜ」

「し、ショタ?」


 この場にいる全員、『ショタ』の意味が分からずキョトンとしている!?

 そうか! この世界にはひと言で『ショタ』を表現できる言葉はないのか!?


「ああ。てめぇが男児だんじ欲情よくじょうするってことも全部お見通しだ」

「えっ! そこまでお見通しとは……」


 クソババアは愕然がくぜんとし、しばし考え込む……


『そうなると……あたしがゲイルの"後見人こうけんにん"になったのは、あの子が相続そうぞくした土地が目当めあてだったってことも知っているの!? どうしよう?

 土地を処分しょぶんして得た金はもう全部使っちゃったし……どう言い訳しよう?

 こんなことなら、金を手に入れたらすぐにゲイルを殺しておけば良かった』


 なんというクソババアだっ!


 ゲイルの家族を放火ほうかにより殺した上、さらに本来は彼女が相続そうぞくするはずの土地……

 焼け落ちた彼女たちの家が建っていた土地を、勝手に処分して金を得たのか!?

 そのためだけに、彼女をかたちの上でだけ養子ようしにしたということなのかっ!?


 ゆ……許せんっ!


「ゲイルの土地を売っ払った金が手に入ったとき、すぐ彼女を殺しておけば良かっただとぉ? なんて身勝手なっ! ぶっ殺す! てめぇは生かしちゃおけねぇ!」


「ひぃぃぃぃぃっ! そ、そこまでごぞんじとは!? で、出来心できごころなんです!

 ついして……」


「なにが 出来心 だっ! 四肢粉砕ししふんさい!」


 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ! 痛い……


 クソババアは激痛げきつうえかね、すぐに意識いしき手放てばなした。

 見た目は "アマゾネス・オーク" だが……弱い。 弱すぎる……。


「う、上様! お願いです! 叔母おばを……どうか叔母を許してやって下さい!」


「どうしてだ? お前さんの家族を殺した上に、お前さんたち一家の土地を勝手に売っ払って、得た金もふところに入れちまったんだぜ?

 お前さんを養子ようしにしたのも善意ぜんいからじゃねぇ! 土地を手に入れるためだ!

 しかもお前さんの火傷やけどが治ったのを見て、お前さんを性奴隷せいどれいとして売り払い、金にしようとまでしたんだ! 許せるか!?

 それになぁ……この女は年端としはもいかない少年を、性欲せいよくぐちにしている!

 もうわけねぇが、この女だけは絶対に許せねぇ! 成敗する!」


「そ、そんなぁ……うう……」


 宋襄そうじょうじんだ。 ここでけるなさけはあだとなる可能性がある。


 ゲイルは優しい子だ。 これまで彼女が受けてきた仕打しうちを考えれば復讐ふくしゅうしたいと考えるのが普通だろうに……


「ゲイル……お前さんは優しいいい子だなぁ。 その心根こころねの優しさにめんじてこの女を許してやりてぇのは やまやま だが、俺の立場上、それはどうしてもできねぇ。

 この女は看過かんかできねぇほどの悪事あくじかさねている。

 お前さんだけじゃなく、無辜むこの少年が多く犠牲ぎせいになっているんだ。

 だから、許すわけにはいかねぇんだよ。 たとえお前さんにきらわれようともな。

 この女だけは……処刑しょけいする。 これは決定事項けっていじこうだ」


 ゲイルは俺の胸に顔をうずめて しゃくり上げている……


「ハニーたち。 わりぃがこの子をれて先に神殿に帰っていてくれ。 頼む。

 これから俺がすることは見せねぇ方がいいだろうからな」


「承知しました。 さあゲイルさん。 私たちと一緒に行きましょう」


 シェリーが俺からゲイルを引き離し……

 ノアハと顔を見合わせ、二人は互いに小さくうなずき合うとゲイルを連れて転移していった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「修復」

「…………」


 クソババアは四肢しし骨折こっせつが治っても、まだ意識を失っている。すると……


「メッサリナ! どうした!? 大丈夫か!?」


 家の中から男が出てきて、倒れているゲイルの叔母おばに駆け寄った。

 せていて神経質そうな男だ。 どうやら夫、ゲイルの義理の叔父おじのようだ。


 魂の色は"オレンジ色"だ。人殺しまではしていないが、かなりあくどいことをしてきているようだ。


「お母さん! 大丈夫!?」


 メッサリナの娘のようだ。 外のさわぎを聞きつけて、家から飛び出してきた。

 この娘の魂の色も "オレンジ色" だ。


 こんなろくでもない者たちに囲まれてゲイルは生きてきたのか……


「お、お前がやったのかっ! 誰かぁーーっ! 誰か助けてくれーーっ!」


 メッサリナの夫は大声で助けを呼ぶ!


 すると、近所の者たちが わらわら と集まってきた。


 ざわざわざわ……ざわざわざわ……

 ざわざわざわ……ざわざわざわ……ざわざわ……


「どうしたんだ? バトリさん?」

「この男がつまを……」


 面倒めんどうなことになってきたなぁ。 しょうがない。


 眉間みけんの印を一際ひときわ輝かせながら……


「俺はこういう者だ。 俺のつまとなることが決まっていたゲイルにひど仕打しうちをしてきたコイツらにばつくだしに来た。

 お前たちもゲイルがひどっているのに、見て見ぬふりをしてきただろう? 

 みんな同罪どうざいだな。 覚悟かくごしろよ」


 "ひぃぃぃぃぃっ!"


「お、お許しを」「恐ろしくてなにもできなかったんです」

「ゲイルって誰なんですか? おっしゃっている意味が分からないのです」

仕返しかえしがこわくて、どうすることもできなかったんです。本当です。

 かわいそうに…とは思っていたんですが……」


 ざわざわざわ……ざわざわざわ……ガヤガヤ……


 世間というのは、そういうものなのかも知れない。 所詮しょせん他人事ひとごとだし、がかわいいのもよく分かる……だが残念だ。 人情にんじょうはどこへ行った!?


 虐待ぎゃくたい非人道的ひじんどうてき行為こういうったさきがこの世界……少なくともこの神国の首都にはないというのも、虐待ぎゃくたいする者たちをのさばらせる一因いちいんなのかも知れないが……


 なんか頭にくる! ここにいる全員をぶっ殺してやりたい気持ちをきんない!


 ゲイルのような子はこの世界には、他にもたくさんいるのかも知れないな。


 そう考えると途端とたんに気持ちが暗くなってしまう……。 なんとかせねば!


 神都の行政ぎょうせいつかさどるゼヴリン・マーロウとソリテアに相談の上、早急さっきゅう対応策たいおうさくして実行じっこうする必要があるな。



 ちなみにこの虐待ぎゃくたい防止ぼうし等々の件については、ここでの処理が終わってすぐに念話でこと次第しだいをゼヴリンとソリテアに説明し、対応策を考えるよう指示しておいた。


 うんざりしながら、人々のわけを聞いていると……


 ん? ガリガリにほそった女性が"よろよろ"と、よろけながら近寄ってくる?


 魂の色は……"スカイブルー"!? ひょっとしてゲイルに食事をれてくれていたのはこの女性か?


 女性の魂の履歴をのぞいてみる……間違いない! この女性だ!


 女性は俺の側まで来るとひざまずいてこうべれた。その動作をするのも苦しそうだ。

 ステータス等の情報を調べてみると末期まっきのガンをわずらっている!?


 名前はリウィア。 38歳だ。 若いのにかわいそうになぁ……


 え? 10歳のひとりむすめがいるのか? 娘のすえが気になって死ぬにも死ねないだろうな……このまま放ってはおけないなぁ。


 よし! 治してやるぜ! たとえ過干渉だと批判されようが絶対に治してやる!


「おお。リウィアか? ありがとうな。お前さんがいなかったらゲイルはどうなっていたか……彼女を無事に嫁としてむかえることができたのは、お前さんの御蔭おかげだ。

 心から礼を言うぜ!」



 ゲイルを嫁としてむかえる……かぁ……

 叔母おば成敗せいばいするんだから、ゲイルにはきらわれてしまうだろうなぁ……


 ゲイルを嫁にするといううそをつきつづけるのははばかられるが、今ここで設定せっていを変えるわけにもいかないもんなぁ……参ったなぁ。


 これだけ大勢の人間の前で、ゲイルを嫁にするって言ってしまったからなぁ。

 ゲイルが俺の嫁にならなかった理由を、彼女の立場が不利にならないような理由をあとで考えておかないといけなぁ。


 彼女が俺の嫁になってくれることなんて、絶対にないんだからな。

 おっと。いかんいかん! 今はリウィアのことを考えねば!



 リウィアは恐縮した表情で話す。


「ああ……上様。 もったいないお言葉でございます……

 実は私は心配しておりました。 ご承知の通り、私の命はもう間もなくきようとしています。 ですから、この先ゲイルちゃんが、どうなるかが心配だったのです。

 これで……これで私は安心して……死ね・ます……」


「お前さんにはかわいい娘さんもいるじゃねぇか。心残りだろうに……

 そう簡単に死ぬなんて言うんじゃねぇよ! 死なせねぇよ! 俺が助けてやるぜ!

 ゲイルをずっと助けてくれていた "れい" をしてぇからな! いいだろう?」


「ああ……上様……ありがとう…ござい・ま・す……うう……」

「よし、決まりだ! それでは! …… 修復!」


 リウィアの身体はあわい緑色をした半透明な光のベールに包み込まれるが、その光はすぐに消えた!


「さあ。もう治ったぞ。どうだ? 身体が軽くなっただろう?」

「…………はい。 うう……、ありがとう……ありがとうございます……うう……」


 リウィアはさめざめと泣く……

 顔色もどんどん良くなっていく。


「いや。礼を言うのは俺の方だぜ! ずっとゲイルを助けてくれてありがとうな」

「いえ……そんな……うう……」


 ざわざわざわ……ざわざわざわ……


「き、奇跡だ!」

「ああ……神様……」


「さてと……今度は、お前らをどうするか…だなぁ?」


「上様。どうかお慈悲じひを。 みんな、本当は善人ぜんにんなんです。

 ただゲイルちゃんを助ける勇気ゆうきがなかっただけなんです。

 どうか…どうかっ! お慈悲を!」


 リウィアが、胸の前で両手をみ、涙を流しながら懇願こんがんする。


「分かったよ。 お前さんに頼まれちゃぁ、いやとは言えねぇなぁ。 よかろう!」


 まわりでひざまずいている住民たちに目をやる……


今回だけ・・・・は……りをしていたお前たちのことも不問ふもんそう。

 だがいいか! 今後はこまっている者を見たら躊躇ちゅうちょせず助けてやれよ! いいな?

 なさけは人のためならず…だぜ! 人になさけをかけておきゃぁ、めぐめぐって、自分に良いむくいが返ってくるもんだと思え! いいなっ!?」


 "はいっ!"


「俺は ち~ゃんと 見ているからな。 てんまなこだ! 忘れるなよ、いいな?」


 "はいっ!"


「よし。 各人かくじ自分の家に戻れ!」


 言われたとおり、リウィアもふくみな各自かくじの家へと戻っていく……


「さて……」

「ひぃぃぃぃぃっ! お、お許しを!」


 ゲイルの義理ぎり叔父おじ、バトリの方を見た途端とたん、彼は許しをう……

 メッサリナは相変あいかわらず気絶していて、そのそばで娘がガタガタとふるえている。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 バトリと娘はけい執行しっこう猶予ゆうよした。


 身体にナノプローブを注入し、今後こんご、人がこまることやいやがることをしようとすると四肢しし激痛げきつうはしるようにプログラミングした"イベントハンドラ"を、行動を監視するイベントに割り当ててある。


 ゲイルの叔母おばのメッサリナの方は、許すわけにはいかない!


 彼女は魔獣の森の中心部へと転送してやった。 彼女をすぐに処刑しなかったのはゲイルの助命嘆願じょめいたんがんが頭をよぎったためだ。


 ほぼ確実に死ぬだろうが、最大限さいだいげん温情おんじょうをかけてやったつもりだ。運が良ければ魔獣に出くわすことなく、戻ってくることができるからだ。 前例ぜんれいもあるし……


 その前例とは、神都のバーベキューパーティーで毒殺事件を起こして、魔獣の森へ転送された、当時とうじ代官だいかんの妻だったカミイラル・ジェイペズのことだ。

(→第0020話後半参照。)


 彼女は魔獣の森で偶然勇者ユリコたちと遭遇そうぐうし、助けられて生還せいかんしたのだ。

 そうしたことも起こりるがゆえに、一応いちおう温情おんじょうをかけたことになる。

(→第0028話終盤参照。)


 しかし、この父娘にはあきれてしまった!

 肉親にくしんじょうというものが信じられなくなるような出来事があったのだ。


 メッサリナの夫、バトリと娘に、お前たちへの刑の執行しっこう猶予ゆうよしてやる代わりに、メッサリナが処刑しょけいされても仕方しかたない人間だとみとめろと言ったところ……


 二人とも、あっさりと『処刑されても当然の悪人だ。とっとと処刑して下さい』と言い放ったのである!


 俺はその言葉を聞いて、あきれて開いた口がふさがらなかった。

 だが人間なんて……所詮しょせんはこんなものなのかも知れない。


 この親子に限ったことじゃないのかも知れないな……


 エルフの女性たちをさらわせて、性奴隷せいどれいにしていたチュライズ・ロレンゾ侯爵を成敗したときのことを思いだした。 ヤツの妻と息子もあっさりとヤツを見捨てたのだ。

(→第0041話中盤参照。)


 かわいさ…なの……かなぁ。 ふぅ~。人間のいやめんを見ちまったなぁ……



 ◇◇◇◇◇◆◇



 俺は神殿へは転移せず、街中まちなかを歩きながら戻ってきた。

 ゲイルに彼女の叔母おば一家にくだしたばつを、どう伝えるかを考えたかったからだ。


 神殿へとつながる門まで来ると、なにやら門衛もんえいとひとりの女性がめている?


「……上様うえさまに大事な話があるって、さっきから言ってるでしょ!」


「こっちも、さっきから、何度も、何度も言っているんだが……上様うえさまは今、神殿にはいらっしゃらないんだよ! だから、出直でなおして下さいと言っているでしょ?」


「だからぁ! ノアハさんでもいいと言っているでしょうが! 呼んでよ!

 本当に重要じゅうような話なんだから! 上様うえさまに早く伝えないと、だ・め・な・のっ!」


 ん? あれはサブリネか?


 サブリネという女性はエルフの国の辺境へんきょうの町でノアハを奴隷にして精神支配していた黒幕くろまくの女で、今では逆にノアハの奴隷で、彼女の精神支配下にあって、俺たちがおこなおうとしている "闇奴隷商人摘発やみどれいしょうにんてきはつ" のために尽力じんりょくしてくれている。

(→第0039話参照。)(→第0043話参照。)


「よう、サブリネ。どうした?」

「あっ! 上様っ! もぉ~、一体いったいどこをほっつき歩いているんですか!」


「ほっつき歩いているとはなんだ! どうやら痛い目にいてぇようだなぁ?」

「ひぃぃぃぃぃっ! じょ、冗談じょうだんですよぉ~ったく、冗談が通じないんだからぁ」


「それでどうした?」

「はい。 あのう……っと、ここではちょっと。 神殿の中で話しませんか?」


「ああ。分かった。それじゃぁ……」


 ということで、神殿敷地内に入る者すべてに行わせることになっている等のチェックを受けさせた。 教皇きょうこうシミュニオンの絵をませて、シオンきょう愚弄ぐろうする言葉を言わせたのだ。


 もちろん、彼女は問題なくパスした。


 面白がって『これでもか! これでもか!』といった感じで、 シミュニオンの絵を何度も何度も踏みつけるし……


 読み上げるように渡した文章に、さらにオリジナルの、シオン教を愚弄ぐろうする言葉を追加するわ……で、喜喜ききとしてのぞんでいた。


 なんかみょうにハイテンションだったなぁ。

 元はシオン教のものだったのに……えらい変わりようだ。



 ◇◇◇◇◇◆◆



 サブリネと一緒に神殿にある俺の執務室しつむしつへとやって来た。


「それでなんの用だ」

「はい。闇奴隷商人やみどれいしょうにん一網打尽いちもうだじんにする話です」


「ああ。段取だんどりが付いたのか? お前さんのかくに集まる日が決まったか?」


「いえ。それが私が集めなくても今夜ある場所に勝手に集まってくるんですよ。

 それをお知らせに来たんです」


「ほおぅ?」


「実は……今夜、以前上様とお会いした女性奴隷専門の商館、ビギャルドの地下室でやみオークションが開かれるんですよ。 闇奴隷商人たちがいっぱいやって来ますよ。

 どうです? ヤツらをまとめて処分する絶好のチャンスでしょ?」

「なるほど。確かになぁ」

(→第0043話参照。)


「そこにほぼすべての闇奴隷商人が集まりますからね。 一網打尽いちもうだじんにするには持って来いですよ。 えへへ。 どうですか? すごい情報でしょう?」


「ああ確かに。 偉いぞ、サブリネ。 ……それでオークションにかけられるのは?」


「魔族女性が2人に、ダークエルフ女性が2人。ドワーフ女性が2人に……

 うさぎ族女性が2人とのことです」


「闇オークションって言うくれぇだから……

 また、どこかからさらってきた女性たちなんだろうな、きっと?」


「はい。シオン教徒が各地からさらってきた女性たちです」

「シオン教徒!?」


「ええ。そうです。各地の神殿神子をさらってきたようですよ」

「くっそうっ! またヤツらの俺に対する嫌がらせかっ! 許せんなっ!」


「それでどうします? 私も招待しょうたいされていますから……一緒いっしょに行きますぅ?

 それとも、いきなりそとからガンガンやっちゃいますか? 派手はでに?」


「いや。なか様子ようすも分からねぇからなぁ。 えずお前さんと一緒に行くことにするぜ。 それで何時なんじからだ?」


「オークションの開始は午後7時ですが、事前に商品確認時間がありますので……

 開場は午後5時からです」


「それで……お前さんとはどこで何時に待ち合わせる?」


「じゃぁ、午後4時45分に、ビギャルドの近くにある喫茶店きっさてんでどうです?」

「ああ、あそこか。 分かったそうしよう」


 しばらく世間話をしてからサブリネは帰って行った。



 サブリネが帰ってしばらくすると、マルルカとマイミィが執務室しつむしつにやって来た。

 ある目的のために、俺が二人を呼んだのだ。


「シンさん。お呼びとのことですがなんでしょうか?」

「実はお前さんたち二人に頼みてぇことがあるんだ……」



 ◇◇◇◇◆◇◇



『ああ……どうしよう。

 これからひとりでどうやって生きていけばいいの。 困ったなぁ』


 ユリコは自暴自棄じぼうじきになってしまって、勢いでシンのもとを飛び出してみたものの、途方とほうれていた。


『テントも持ってないし、お金も持っていない。野宿だってしたことないし……

 どうしたらいいのよぉ。 泣きたくなってきちゃったよぉ』


 ユリコの足は東へと向かっていた。


 特に目的があるわけではない。 神都から……シンのもとから離れようと思ったら自然と東へと向かうことになったのだ。 肩を落としながらトボトボと歩いている。


『食べ物や寝る場所をどうしたらいいの……

 今まで全部、他の人が面倒めんどうを見てくれてたから、どうしたらいいのかが全く分かんないよぉ……弱ったなぁ~』


 ユリコはこの世界に転生して初めてひとりぼっちになったのだ。


 かつて日本人だったユリコは、ゆたかな文明社会に生きていたがゆえに、何の根拠もなくなんとなくなんとかなるような気がして……

 なにも考えずに、シンのもとを離れてしまったのだ。


 だがここは、日本のように人に優しくなまぬるい世界ではない。

 そのことにユリコは、冷静さを取り戻してからようやおもいたったのだった。


『どうしよう……狩りなんてできないよぉ、絶対に無理だよぉ。

 それに、もし狩りができても、とてもじゃないけど獲物えもの解体かいたいなんて私には無理!

 そんなの絶対にできないわ! お肉なんてパックで売っているものか、調理されたものしか見たことないもん。

 ああ……食べ物を調達することもできないなんて……情けないなぁ』


 ユリコにはこの世界での食べられる植物等の知識もない。 絶望的な状況だ。


 素直にシンのもとへと戻ればいいものを……とはたから見れば思うのだが……


 彼女には妙なプライドや恥ずかしさが胸の内で渦巻うずまいており、それが邪魔じゃまをして、シンのもとへは、どうしても戻ることができなかったのだ。



 ユリコは、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がして、ふと顔を上げる。


 ずっとうつむいて歩いていたので気付かなかったのだが……

 前方に、どうやらこちらに向かって呼びかけながら手を振っている者が二人いる。


「ユリコさ~ん! おーーいっ! こっちこっち!」「勇者様ぁーーっ!」


 見知った顔だった! 近づくにつれ二人が誰なのかがハッキリと分かる……

 マルルカとマイミィだ!


 ユリコは涙ににじみ、前がよく見えなくなってしまった。

 二人を認識した途端とたん、涙がとめどなくボロボロとあふれ出してきたのだ。



 ◇◇◇◇◆◇◆



「はい。これ、ダーリンからです。

 食料が一杯入っているウエストポーチですよ。 勇者様専用だそうですよ。

 あ、それからシオリさんデザインの着替えと下着も山のように入っていますよ」


「ユリコさん、これもダーリンからです。

 ユリコさん用の野営用テントとシールド発生装置です。

 テントの中は、仲間が増えた場合を想定して、宿泊可能しゅくはくかのうな部屋が10室あるということでしたよ」


「えっ!? ふ、二人ともダーリンって? まさか……」


「はい。私もマルルカさんも晴れてダーリンのお嫁さんになれました!」


「私とマイミィが勇者様の件でダーリンに呼ばれたんですが……」

「その時に二人でダンジョン攻略も終わったので、正式に嫁にして下さるようにとダーリンに頼んだのです」


「はい。それで二人の意志はかたいことをお話ししたら……」


「大歓迎だぜ! よろしくなっ! って……でへへぇ。

 あーー幸せですぅ。ね? マルルカさん!」


「はい。幸せですよねーー! マイミィ! うふふっ!」


「勇者様、お先ですぅ~うふふふふっ」「お先に失礼しましたぁ~でへへへ」

「…………」


「ねぇねぇ、勇者様。ダーリンのところに帰ってはいかがでしょうか?」

「そうですよぉ、ユリコさん。ダーリンもさびしがっていましたよ。帰りましょうよ」


 ユリコは面白くなかった。 聞いていて "むしゃくしゃ" してきたのだ!


 理不尽りふじんな話なんだが……


 ハーレムメンバー入りを嫌っているにもかかわらず、ユリコをいてマルルカとマイミィが正式にシンのハーレムメンバーになったことに腹が立つのだ!


 ヤキモチを焼いている自分自身にも腹が立った。


 最大の懸案事項けんあんじこうだった食料問題と宿泊問題が解決した今……

 ユリコが意地を張り通すのをはばむ障害はすべて消えた。 ユリコは意固地いこじになってしまっていた。


「私は帰りません。シンのハーレムメンバーになどなりたくはありませんもの」

 ”はぁ~……”


 マルルカとマイミィは『ダメだわこりゃ……』とでも言いたげに、大きなため息をついた。


 二人はユリコを連れ帰ることができなかった場合のプランBに移行する……


「仕方ないですね……では、私たちもお供します」

「はい。ダーリンからのたっての頼みです。勇者様のお供をします」


「い、いいわよ! 私ひとりで大丈夫よ! 私、野暮やぼなことはしたくないもの。

 新婚さんのあなたたちを一緒に連れて行かれないわ。

 あなたたちもダーリンのそばにずっといたいでしょ?」


 "もちろんっ!"


「だったら帰りなさいよ。 私なら本当にひとりで大丈夫だから。 ね?」

「ダメです。これはダーリンの願いなんです。絶対に同行します!」


「そうです。それに毎晩、夕食の後にダーリンのもとへ転移して、その日の出来事を報告することになってしますから大丈夫です!

 ダーリンとは毎日会えますから! ね? マイミィ」


「はいっ! 神都にいても、ダーリンとずっと一緒にいられるわけじゃないですし、かえってこの方が毎日会えるからいいんですよね」


 ユリコも内心では、この二人が一緒にいてくれると心強いと思っているので、強く拒否することはできず……結局は二人の同行を認めることにした。


 こうして女性3人の旅が始まったのである。


 いや実は……彼女等には、それぞれ2体ずつのミニヨンが亜空間内あくうかんないひそんでひそかに護衛ごえいしているので、3人と6体の旅が始まったのである!


「あ、マルルカ。シンにテントとかをありがとうって伝えといて。それから……

 私の心は Nat King Cole の Unforgettable の歌詞の通りだからねって。

 そのことも……悪いけど伝えといてもらえるかな?」


「えーーっ! 勇者様。 ご自分で伝えればいいじゃないですかぁ?」

「は、恥ずかしいのよ。 い、いいから伝えといて!」


「分かりましたよぉ。自分で伝えればいいのになぁ……意地張っちゃってさぁ」

「マルルカ! なんか言った?」


「い、いえっ! 伝えます! すぐに伝えます!」


 彼女たちの旅は、これから一体どうなっていくことやら……



 ◇◇◇◇◆◆◇



『……それで、勇者様がダーリンにお礼を言っておいてくれとのことでした。

 あ、それから"なっとうきんぐ"の"あんふぉなんたら"の歌詞の通りだそうですよ、勇者様の気持ちは。 そう伝えて欲しいとのことでしたよ』


『"納豆キング"? の "あんふぉなんたら" の歌詞??? なんだそれ!?』


『私にはよく分からない…聞いたことがない言葉でしたので、間違っているかも知れません。 なんでしたら、勇者様に直接聞いていただけますか?』


『いやいいよ。やめておく。 どうせ大したことじゃないだろうからな。

 ハニー。ありがとうな! ユリコのこと、よろしく頼むぜ』


『はいっ! ああ……ハニーってなんていい響きなのぉ~! うふふふふ!

 じゃ・あ・ねっ! ダ~リン! うふふふふふっ!』


『お、おうっ! また明日な!』


 ふぅ~。 なんかマルルカの性格が変わってきたような気がするなぁ……



 ◇◇◇◇◆◆◆



『ダーリン! 大変ですっ!』

『おお、シノ。どうした?』


『フィルがっ! 后候補者のフィルが……自殺しました……』

『な、なにっ!?』


 獣人族担当助手のシノからの念話だった。


 フィルというのは、サル族の皇帝こうていシザルの第14皇女こうじょで俺の后候補者きさきこうほしゃである。

(→第0072話序盤参照。)


 彼女が…フィルが自殺したというのだ! 一体いったい何があったというんだ!?



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