第47話


「フィス様。ご無沙汰しております」



町の入り口。

そこで僕の姿を見るなり会釈する人物とその後ろに控える兵士達。


それは。

その人は。

僕がよく知る人だった。



「ローゼルさん?」

「まずはここに来るまでに時間がかかった事、このとおり謝罪させて下さい」



ローゼルさんは親子以上に年が離れている僕に向かい深々と頭を下げる。

この人はアィールさんの教育係だった人。


僕が尊敬する大事な人の一人だ。



「やめてくださいよ!そんな謝ることなんて!」

「いえ、これは我々の感謝の気持ちです。本来フィスさまの役割は本来我らが行うべき事。それを押し付け背負わせたのは我らの力が足りなかったせいです。ここにいる全員がそれを理解し、フィス様に感謝しています」



ローゼルさんの言葉をきっかけに、後ろに控えていた兵士達も兜を脱ぎ、頭を下げていた。



「本当に辞めてくださいよ」



後ろにいる兵士達。

よく見れば、見覚えのある人ばかりだ。


ルーチェと一緒になって剣を教えてた人達だ。

仲間が。

皆が僕に頭を下げている。



「ああ!もう!!」



僕も皆に負けじと地面に膝を付いて頭を下げる。


何の意味は無い

だけど、申し訳ない気持ちが一杯で、なにかせずにはいられなかった。



「フィス様頭を上げてください!」

「嫌です!皆が僕に頭を下げるのを辞めたら考えます!!」



一方的に頭を下げられるのは辛い。

なんだか心が落ち着かなくなるんだ。



「ローゼル!!」

「クリティア様」



後ろからリティの声が響いた。

気が付けばローゼルさんとリティは手を取り合い再会を喜んでいた。


完全に忘れ去れた……

僕は地面に膝を付きながら二人を眺める。


二人は本当に嬉しそうで、なんだかこっちまで暖かい気持ちになる。



「フィス、貴方地面に膝を付いて、何をしてるの?」

「なんでも……ないよ?」

「へぇ、相変わらず変わった事が好きね」



リティは砕けた口調で僕を不思議そうに見つめる。


口調が変わったのは、たぶん……という、間違いなくルーチェのせいだ。


リティとルーチェ。

二人はいつの間にか凄く仲良くなっていた。


ルーチェの言葉の粗さが伝染してるんじゃないかと不安になるくらいに。



「クリティア様、遅くなり大変申し訳ありませんでした」



ローゼルさんは小さく咳払いをし、リティに向きなおす。



「どういうこと?」

「帝国との戦争が間もなく始まります。もう、隠れて生活する必要はありません。ですから、こうしてお迎えにあがりました」



ついに来た。

それが僕の正直な感想だ。


必ずやってくる嵐みたいな物。

でも、この町での穏やかな日常が戦争という事実から目を背けさせていた。



「そうですか」



リティは小さく答える。

背筋は真っ直ぐ伸ばされ、力の篭った目でローゼルさんを見つめながら。



「では、お父様に私は戻らないと伝えてください」

「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「救いたいのです。戦争で不幸になる人を」

「ですが、ここは龍の狩場。このまま町が大きくなれば……」

「その心配はありません。フィスが龍を手なづけてくれました」



その言葉に後ろの兵士達がどよめき、それをローゼルさんが手を上げ抑える。


過大、いや、過剰評価だ。

僕がというより、全部セプトさんの力なのに。



「だから心配はありません。私はここで戦います。私は戦争に巻き込まれ絶望している人々に、希望を与えるため戦います。それが私の戦いなのです」

「詳しく聞いてもよろしいでしょうか」

「もちろんです」



そう前置きし、リティは説明していく。


その間、ローゼルさんはリティをただ見つめていた。

少し目を細めとても穏やかな表情で。


何を考えればそんな顔が出来るのか。

そんな事を思いながら、僕はローゼルさんをじっと観察していた。



「もう何を言っても無駄なのですね?」

「ええ、ローゼルなら分かってくれると信じてるわ」

「わかりました。クリティア様」



リティの説明が終わり、ローゼルさんは頭を下げていた。

それはリティの意思が認められたという結果でもあった。



「だれか紙と書くものを。お父様にお伝えお伝えしたいことがあるのです」



リティの呼びかけに、後ろに控えていた兵士達は慌てて荷物を漁り、要求の品を取り出す。

リティその兵士達に迷い無く労いの言葉をかけていた。


周りが頭を下げる中での堂々とした振る舞い。

こう見るとやっぱりリティは王族なんだと実感する。


僕なんかとはまるで違う。

性格……いや、人間的な何かが根本から異なっているんだと思う。



「何をしたんですか?クリティア様がこうも変わられるなんて」



気が付けばローゼルさんが僕の隣までやってきていた。



「変わってますか?」

「ええ、とても。穏やかな表情をしておられますが、堂々とした風格が出てきました」



そうかな?

僕にはいつもと変わらない様に見えるけど……



「僕には分からないです。でも……」

「でも?」

「もし、リティが変わったのであれば、それはリティの頑張りの成果なんだと思います」 

「がんばり……ですか」

「はい、リティは一生懸命村のことを考え、行動してきました。この村でそれを認めない人はいません」



そういうと、ローゼルさんは凄く優しい顔でリティを見つめる。



「経験がクリティア様をこうも変えたという事ですか」

「ええ、かなり厳しい経験をしたと思います」



嘘じゃない。

僕なんかじゃわからない位、リティは大変だったはずだ。



「フィス様。貴方はやはり不思議な人だ。貴方に関わると皆変わっていく。それも良い方向に」

「はぁ」



よく分からないけど。

ローゼルさんは凄く幸せそうだった。



「今日はこの村に泊まっていってください。大した事は出来ませんが、おもてなしさせてもらいます」

「ええ。フィス様のお言葉に甘えさせて頂きますね」



だから、僕はその幸せを少しでも大きくするため出来ることをしようと思う。


きっとそれはアィールさんも喜んでくれる。

そう思ったから。



■ 



ローゼルさん達がこの村を去り、それから暫くして戦争が始まった。


戦争の激しさは、普通なら誰も踏み入れないこの土地にまで届いていた。

大勢の難民という形で。


村にはこの為に蓄えていた食糧があった。

だけどそれはすぐに底を尽き、足りなくなった。


当たり前だ。

こないだまで自分達が食べるのさえやっとだったんだから。


押し寄せる大勢の難民を養う事なんて到底出来なかった。


ただ、現実非情だ。

戦争というものは、僕らの勝手な想像なんてはるかに越えていた。


藁をも縋る思いでやってくる難民は加速度的に増え、その数の暴力は僕らを容赦なく押しつぶそうとしていた。



「難民とかこつけて、盗人じゃないか!」

「盗むだけならまだいい!家畜を殺されては、俺たちまで飢え死にしてしまう!!」



ここは町の集会場。

町の中心にある一番大きな建物の中。


そこで、何人もの町人が不満をぶちまけるように叫んでいた。

彼らは戦争が始まる前にここに移り住んで来た人々だ


別に無茶苦茶な事を言っているわけじゃない。

原因は押し寄せた難民達。

彼らの所業のせいだ。


僕らの想像をはるかに超える難民達。

当然、十分な食料が行き届く訳がなかった。


その結果どうなったか。

一部の難民が作物を盗み、家畜を殺し、勝手に食料へと変え始めた。


難民達の言い分も少しは理解は出来る。

生きる為に必要な事をやっているだけ。


短期的には良いのかもしれない。

でも、僕らは知っている。


畑を耕す為の家畜や卵を産む鶏。

それをこうも無計画に殺されては本当にこの町が行き詰る。

町そのものが崩壊してしまう。


そんなわかりきった未来を、ここにいる誰しもが感じていた。



「追い出すしかないだろう。抵抗されたら殺してでも」



誰かがそんな声を漏らした。


ただ、その声を非難する人はいない。

誰もが頭の片隅に考えていた事をただ口にしただけなのだから。


ただ、その一言が沈黙をもたらし、視線は一点へと注がれる。

この町のリーダでもあるリティへと。



「もう少しだけ待ってください……私たちには龍の片翼を売って出来た資産があります。それを使って食料を買い込めば」

「無理だな」



リティの提案を否定したのは、リュンヌさんだった。



「食料を買うことは簡単だ。戦火に巻き込まれていない土地では、食料が余っている位だからな。だが、どうやってここまで持ってくる?これだけ大勢の難民を食べさせていく量なんて、道も整っていないこの場所に運べる訳が無い」

「それは」

「それにだ。たとえ運ぶ手段があったとして、ここに持ってくるまでにどれくらい時間がかかると思う?」

「……」

「わかっているんだろ、この問題は明日、明後日にも解決しなきゃいけない問題とな」



リティは黙ってしまった。

僕だって理解できる簡単な問題だ。


リティがわからないわけがない。


皆もそれに気が付いているのか、誰も言葉を発せず、ただ沈黙だけがゆっくりと流れていた。



「……結論は決まったようですな」



一人の村人がポツリと言う。



「皆、貴方には感謝しています。貴方が優しい事もわかっています。ですが、今は平時ではありません。決断をお願いします。我々を助けるために」




人々は次々に賛同の声を上げ、同情と感謝の言葉をリティにかけていく。

優しい脅迫だった。



「……わかっています。皆の意見が正しいことも」

「明日の朝、また集まりましょう。具体的な段取りを決めるために。それに今日はもう遅いですから」



町人達はそんな言葉を残し、集会場を後にしていく。

気が付けば僕とリティ、そしてルーチェの3人だけが残っていた。



「はぁ……盗みはまだしも、家畜に手を出されては、本当になんともなりませんね」



リティは頭を抱え机に伏せる。

今の難民達の行動はどんな理由があったって許容される物じゃない。


それは僕だって痛いほど分かる。

じゃあ、どうするか?

そう考えたとき、僕の結論は他の人達と同じだった。



「そうだな。いくら生きるためとはいえ家畜を殺されたら全ての歯車が壊れちまう」

「手詰まり……ですね、法を作り彼らを縛ってもこれは決して減りませんね。彼らも生きるために必死。家族の命がかかっているのですから」



家畜は沢山の恵みを僕らに与えてくれる存在だ。

農業での労働力は勿論、乳や肉、死んだ後の皮、そして、糞だって大事な資源になる。


それを無計画に殺されればどうなるか。

ここに住んでいる人でそれを知らない人間はいない。



「情けない……」

「気にするなよ。リティのせいじゃない」



ルーチェはリティの肩に手をかけていた。

本当に二人は仲が良い。


なんでこんなに仲良くなったのか、正直不思議だ。



「いえ、違うのです。過去の自分の愚かさを今になってこれ以上無いくらい反省しているのです」

「ん?どういう事だ?」

「昔の話です」



そう切り出して、リティは頭を上げる。



「貧困でどうしようもなくなった家族がいました。その家族を支えていた親は子供を生かす為に、罪を犯しました。確かにその親の罪は許されるものではありません。ですが、状況が状況だけに父に判断が委ねられる事となりました。その時、父は容赦なくその親に罪を与えました。他の咎人と同じ様に厳しい罰を」

「それで?」

「私はそれを糾弾しました。”貧困は国の責任であり、その責任を民にだけ押し付けるのは間違っている!”と声高々に叫んだのです。ですが、父は私の意見などに耳を貸さず、兄達には余計な口を出すなと戒められました。その時、私は憤慨しました。ですが、今父と同じ立場になり初めて分かりました。どんな気持ちで父は冷酷な決断を下していたのかと……その決断は、決して楽な物ではなかったはずなのに」



リティは短く息を吐き、肩を落とす。

僕には分からない。

立場が違いすぎるんだ。



「どんな方法でも取らなければいけない。たとえ、民を……いえ、自分すら欺いてでも全体を救うためなら取らなければいけない選択もあるという事を私はまるで分かっていなかった……。同じ状況になってはじめて分かります。ここで罪を許してしまえば全てが壊れる。皆で決めた法も意味をなさなくなる。もう選べる選択肢など無いのでしょうね」



僕はこの村全員の事など考えてはいない。

でもリティは違う。


この村、いや難民も含めて一人でも多く救い、幸せなってほしいと願ってる。


考え方が根本から違うんだ。

だから、なんて声をかけていいかすら分からない。

分かるわけがない。



「な、なぁ!フィスの国ではなんかいい方法無かったのかよ?!絶対に特定の動物だけを殺させない方法とか」



ルーチェは僕の顔を見て軽くウィンクする。

いや、そんな顔されても無理は無理だよ?



「え?うーん……」

「な?あるだろ?ヒントになるかもしれないかさ!」



そんな事言われても……

家畜だけを殺さない。そんな都合のいい話なんて無いよ。

僕の世界で例えれば、牛や豚みたいな家畜だけを殺さないようにって事でしょ?



「そんなのあるわけ……」



ん?待てよ?

牛や豚だけを殺さない?



「あ……あった!」

「え?」



あるじゃないか。

凄く有名で理屈なんて分からないけど。



「正確には僕の国じゃないし、理屈も分からないんですけど」

「ええ、構わないわ。是非聞かせて」



いつのまにかリティも期待した目で僕を見ていた。



「えっと、宗教……じゃわからないな。家畜を神の使いと定義して、殺す事を禁止していました」

「神の使い?……セプト様は手を貸してはくれませんよ?それはフィスも知っているでしょう?」

「いや、実際に神様の手を借りてたわけじゃないんです。破ってもなんの罰則もありません」

「はぁ?」



意味分からない。

そんな声をルーチェは上げていた。


確かに僕自身何言っているか分からないけど、実際に効果があったんだって!



「皆が信じているですよ。神様はいつも見ている。その決まりを破ってはいけない。だから、神の使いを殺すことは絶対出来ないと」

「なんだそれ?そんなの効果あるわけないだろ」

「いや、あるんだって!」

「じゃあ、破ったらどうなんだ?」

「別に……何も無いよ」



うっ……確かに言われると駄目な気がする。

でも、本当だったはずだ



「でも、効果あったんだって!もし殺すとしても決まった手段で殺した物しか食べちゃだめとか!」

「はぁ?結局殺して食べてるじゃねーか!」

「うっ!そうだけど」



反論できない。

なんで神の使いとされているか、なんで決まった方法だと食べていいのかとか習った事がないんだから……



「……いえ。やってみる価値はあると思います」

「へ?」



リティは何か思いついた顔で僕を見ていた。



「私達は自警団を組織し、夜の見回りの回数を多くしようとしています。それは何故でしょうか?」

「うん?悪いことをしてる奴を見つけるためと、警戒している俺達の存在をアピールする為だろ」

「そうです!でも、常に見張れる訳ではありません。ですが、心の中に神を宿す事が出来れば、常に監視が出来る。悪い事をしようとする人間の抑止になるんではないでしょうか?!」

「はぁ?そんなんで犯罪がなくなるわけ無いだろう」

「なくならないと思います。ですが、かなり減るとは思いませんか?!」



リティはどんどん語尾を上げ興奮していく。


ちょっとなんでそんなに興奮していくのか分からない。

僕が言うのもなんだけど、そんないい事を言ったつもりは無いよ?



「でも、みんな神様なんて信じてくれませんよ?セプトさんは僕ら以外に正体を明かす気がないって言ってたじゃないですか」



自分で言うのもなんだけど、この世界の神であるセプトさんは力を貸してくれない。

たとえここで僕らが滅びようとたぶん興味を示さない。



「セプト様は関係ありません。他の存在を信じさせればいいのです。いるではないですか!!力を示す事の出来るとっておきの存在感が!!すっかり忘れてました!あの力を借りれば全ては解決できるかもしれません!!」



えぇ……

正直リティが何を考えているか分からない。

ふとルーチェを見れば、僕と同じ気持ちなのか困った顔で僕を見つめていた。



「フィス、ルーチェ!!」

「「はい!」」

「二人には協力してもらいます!貴方達にしか出来ない事なんですから!!あぁ!リュンヌさんを呼んでください。はぁー!忙しくなりますね!」



僕とルーチェはお互いに顔を見合わせる。

ただただ、勢いのあるリティに押され困惑する。


そんな中リティだけは喜々として準備を進めていた。


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