第45話

闇夜に高く巻き起こる土煙。

その中心にいるのは、最強の存在。


それが劈くような叫び声を上げ、地面でのたうち回っていた。


僕はただ見つめる事しか出来なかった。

全ての力を使い切り、必死に体を動かそうとするが、いくら命令しても指ひとつ動かない。


それどころか、足はもつれゆっくりと地面に近づいていく。


ジュッ。

地面に着いた僕の頬を熱された地面が焼く。


熱い……


この痛みを僕は知っている。

奴隷時代に腕に押された焼印。


あの時の痛みが僕の頬からギリギリと伝わってくる。

蒼炎で燃えた地面は、赤熱した鉄板よりも遥かに熱かった。


それなのに。

一秒でも早く立ち上がりたいのに。

僕の体は一切動いてはくれなかった。



「……フィス」



消え去りそうな小さな声。


その声のほうへ視線を向ければ

ルーチェがその場に座り込み首をだらりと下げている。


当たり前だ。

僕もルーチェもとっくに限界を超えていた。


もう、龍どころか子供一人にだって勝てる気がしない。


正直打つ手なんてない。

暴れる龍をただ見つめる事しか出来ない。



「凄いね。まさかこんな事になってるなんて。ふふっ、本当に面白い」



ふと、僕の前に黒い影が落ちる。


見上げれば、一人の少女が立っていた。

地面に残された蒼炎に照らされた青い髪をなびかせ、楽しそうに僕を見ている。



「遅くなった」



そんな声と共に急に体が宙に浮き、僕は頬を焼く痛みから解放された。


僕の背中と足を支える逞しい腕。

なんて事はない。


黒肌の亜人フカさんが僕の体を持ち上げ、抱えてくれていた。



「俺達でも龍相手ではどうしようもない。だから、セプト様を呼んできた」

「ごめん……な…さい。巻き込まない……約束……」



もう、僕は言葉さえ旨く紡げなかった。

申し訳なさそうな表情を浮かべるにフカさんにちゃんと謝る事さえ出来なかった。


龍との戦いには巻き込まないって約束だったのに。



「いい。もう大丈夫だ」



そういってフカさんは、僕を少女の前に供物の様に捧げる。


気がつけばルーチェも僕と同様に赤肌の亜人。

リジーさんに担ぎ上げられ、少女の前に掲げられていた。



「本当は君だけを助けようとここまで来たんだよ?でも、まさか龍を落としているなんて驚きだね」



少女は笑顔を浮かべ、僕とルーチェの体に触る。

その瞬間、暖かい何かが僕の体に流れ込んできた。



「!?」



少女が僕とルーチェの体に触った途端、あれだけ命令しても動かなかった体が自由に動いていく。

それだけじゃない、僕の焼け爛れた肌がみるみるうちに綺麗な姿を取り戻し、折れていたはずの足や腕からも痛みが消えていた。


そして僅かな時間が経過した後、僕達は自分の足で地面に立つ事が出来ていた。



「何これ……どういう事?」



ルーチェも同じ感想を持ったのか、僕と見詰め合う。

僕らは知っている。


回復魔法はルーチェだって使える。

でも、それは完璧じゃない。


セネクスさん程の実力者なら切られた腕も戻すことも出来る。

でも、それだけだ。


失った気力や体力を回復させる事は絶対に出来ない。

火傷の傷や骨折は直せても、魔力の消費によって失った気力を回復させるなんてありえない。


それが出来れば、僕が剣闘士時代に寝込む事なんて無かった。

その……はずだった。



「龍なんて翼さえ落とせばただの大きなトカゲ。いつかは人に狩られる運命だね。付いておいで、紹介するよ」



そんな僕の疑問に答えることなく、少女は暴れる龍に近づいていく。


あの天災の如く暴れている龍に?

そんなのどう考えたって自殺行為だ。



「いいから。悪いようにはしないさ」



少女は呟き、僕とルーチェを顔を見合わせる。

そして僅かな躊躇の跡に、僕たちは頷き合う。


信じる。

それが、僕とルーチェが言葉も交わさずに出した結論だった。


”本当に大丈夫なのか?”


一歩、また一歩と竜に近づく度、そんな不安が大きくなる。

そして、その不安はすぐに現実の物になる。



「!!」



龍は僕らを見るなり、鼓膜が張り裂けそうな咆哮を上げたのだ。

そして、一目散にこちらへ向かってくる。



「逃げたほうが……」



僕は思わず一歩、二歩と後へ下がっていた。

理性を忘れた龍と正面からぶつかり合うなんていくらなんでも無茶だと思った。



「平気、平気。大丈夫だよ」

「ちょ!後ろ!!」



少女はクルリと反転し僕達に微笑みかける。

その後ろでは龍が大きく口を開き、素早い動きで少女を噛み砕こうとしていた。



(避けられない!)



僕はこれから起きる惨劇を覚悟した瞬間、地面が揺れた。


気がつけば龍は大きく口を開いたまま顔の半分を地面に埋めていた。


何をしたのか。

それすら僕には分からなかった。



「ほらほら、痛いのは分かるけど落ち着いてね」



少女は龍の顔に手を乗せる。


武器ひとつ持たない少女が笑顔を浮かべながら龍を押さえつける。

そんな、信じられない光景だけが目の前に広がっていた。



「君は翼を捥がれた、逃げることさえままならない。そんな状態で僕と戦うのかい?」



龍がグゥゥと小さく唸る。

小さな少女が、龍を従える。

それは、まるで御伽噺に出てくるような光景だった。



「いい子だね。少し待ってね」



少女の手がゆっくりと光を帯びる。

その途端、僕が切り落としたはずの龍の翼が淡い光と共に再生していく。



「ちょっと!何してるんですか!?」



冗談じゃない!

せっかく翼を落としたのに、そんな事したらもう太刀打ち出来なくなる。



「この子がいなくなのは困るんだよ。欲の深い人間が集まってくるからね」

「なにを……」



少女は僕の質問には一切答えない。

その一瞬の間に龍は元の姿を完全に取り戻していた。



「二人とも手を伸ばして、この子に触ってごらん」



ルーチェと目が合う。

冗談でしょ?

そんな感想を僕らは抱いたと思う。


ただ、少女の言葉に従うように龍は地面に埋まった顔を持ち上げると、ペタンと顔を地面につけていた。



「ほら、大丈夫だから」



少女は僕らの手をとり、無理やり龍の顔へ押し付ける。

龍の皮膚は、硬い岩石の様な感触だった。



「グゥゥゥ……」



僕らが触ると龍は目を閉じ小さく唸る。

それは慣れた犬の様な反応だった。



「どういうこと?」

「懐かれた……のか?」

「君達を認めたのさ。ふふ、龍が人を認めるなんてね」



僕らの疑問に答えたのは、セプトと呼ばれる少女だった。



「いやー、面白いものが見れたよ。この子は君達を強者として認めた。君達が望めば村はもう襲われる事はないさ。オデ……。いや、龍達の価値観はいたってシンプル、強き者を尊重する。それだけだからね」

「えぇ……」



知らない。

龍の価値観なんて分かるわけがない。



「試しに何かお願いしてごらん?彼は君達二人の意見なら聞いてくれるはずだよ」

「言葉わかるんですか?」

「うん、無駄に長く生きているからね。ただ人の言葉には興味が無いから喋りはしないけど」

「じゃあ」



予想外だ。

もし言葉が通じ、僕達が住むことを認めてくれるのなら、龍と戦う理由なんてない。



「この村だけは襲わないで下さい。他は貴方の縄張りですから、文句を言える立場にありません。でも、出来ればこの場所で貴方と一緒に生きていく許可が欲しいです」



僕の願い。

それに応えるように、龍は小さく吼える。



「分かったってさ。でも、君達の村に人が大勢でやって来たらきっとこの子は襲うよ?それでもいいの?」

「構いません。むしろ好都合です」



僕の言葉。

それに応える様に、龍はもう一度小さくうなり声を上げ、空高く飛び去っていった。


龍の姿は空の闇に紛れ消えていった。


そして、その姿も音も聞こえなくなった瞬間、今度は遠くから歓声が湧き上がった。


それはリティや生き残った村の人たちが上げた声だった。

皆、僕とルーチェの名を叫びながら嬉しそうにこっちに向かってくる。



「……どうして?」


 

よくわからなかった。


村は半壊し、村人たちが命を失った。

僕は皆を守るという約束すら果たせず、途中村人を見捨てようとした。


それなのに。

みんなから怒られても仕方ないはずなのに。

皆僕の想像とは真逆の反応を示しながら僕らに向かってくる。



「何を考えてるかはしらないけど、龍を退ける人間なんて、普通なら存在しないんだよ?龍を退けて胸をはれないなら、世界の創造主でも屠るしかないよ?」

「いえ、そんなんじゃ……」

「冗談さ、それより僕は君にここまで協力したんだ。お返しは貰えると期待していいんだよね?」

「あっ、はい」



そうだ。

僕は約束していた。



「僕の知りうる事全てをお話します」



それが亜人達の長

セプトと呼ばれる少女との約束だった。




「お待たせしてすいませんでした」



僕は皆に頭を下げる。


龍がこの村を去ってからずいぶんと時間が経過していた。

龍を撃退した。

その事実に、はじめこそ皆興奮し騒いでいたけど、しだいにその熱は冷めていった。


半壊した村。

死んでいった仲間達。


その事実が嫌でも僕らを襲い。

僕らは最低限の弔いや片付けを行わなければならなかった。

それに、リュンヌさんが連れてきた盗賊に攫われた女性達を受け入れ、そして村の復旧方法などを話し合った。


大まかな指針だけでも纏まり、何とかひと段落ついたのは龍が去ってから随分と時間が経った後だった。


たぶん、あと少しすれば太陽が昇り暗い夜空を明るく照らしていく。

そんな時間だった。



「それに、皆さんを戦いに巻き込んでしまいました。本当にすいません」



そして、僕は約束を果たすため、村で無事だった一番大きな民家に集まっている。



「いや、別にいいよ。彼らが自分で考え、行動をおこしたんだ、面白い変化であり成果だよ。私としては楽しかったかな」



ここにいるのは、主要な人だけ。


四人の亜人に、その長であるセプトさん。

後は、ルーチェとリティ、リュンヌさんだけがここにいる。


亜人の人以外は、本当に最小限にさせてもらった。



「そんな些細な事はどうでもいいさ、それより本題をゆっくりと聞かせて」



ワクワクした様子で、亜人達の長であるセプトさんは僕を見ていた。

こうやってみると、本当に見た目相応の少女にしか見えない。



「じゃあ……」



小さく咳払いをし、一度周りを見回す。



「僕はこの世界で生まれた人間ではありません」

「出鱈目をいうな!!」



パンッ!

熱い痛みが僕の頬から発せられる。


いきなりだった。


亜人の女性。

ユイさんが僕の言葉を大声で遮り、叩いたせいだ。



「これだけ待たせた挙句、セプト様の前でよくもそんな嘘を並べられるな!!」



白い肌を真っ赤に染めてユイさんは怒っていた。


当然……だ。

いきなり真面目なトーンで別の世界から来た。なんて言ったらね。

あり得ない。

適当な事を言って約束を反故にするつもりだと思われるだけだ。



「煩いね。話を聞かないなら出ていきなよ。邪魔だよ」

「しかし!」

「次、喋ったら強制的に追い出すよ」

「っ!」



セプトさんはユイさんを一瞥する。

それだけで、部屋が凍った様な錯覚に襲われる。



「申し訳ありません」



それをユイさんも感じていたのか、すぐに膝をつき頭を下げていた。


少し不機嫌になっただけでこの感じ。

この少女、本当に何者なんだ?



「ごめんね、続けてよ」

「あ、はい」



セプトさんの笑顔に僕は慌てて頷く。



「僕がこの世界にどうやってきたのか、それは分かりません……」



そう前置きし、僕は少しづつ語っていく。

何の力も持たずこの世界に来て、奴隷にされ、絶望していた事を。


そして、絶望の底で心から信頼できる人達に出会い、この世界に希望を見出したことを。


僕の話している時間は決して短くなかったが、みな真剣に聞いてくれた。



「これが僕の全てです」



すべてを話し終えると、ルーチェが木のコップに注がれた水を差し出してくれた。

随分と喋っていたみたいで、カラカラの喉によく染みわたる。



「悪いが、信じられないな……」



水を飲み終えた僕に向けられた第一声。

それは、黒肌の亜人フカさんが発した言葉だった。



「うん。そうだね。私も同じ意見だよ」



それに亜人の長であるセプトさんも続く。


こんな話信じられるわけが無い。


嘘みたいな僕の話を無条件で信じてくれたのは、ルーチェとセネクスさん。

そして、アィールさんだけだ。



「いや、言葉が足りなかったね。君の言うことは確かに信じられない。違う世界の人間など聞いたことも、存在するかさえ知らない。だけど……」



セプトさんは、ポンと皆の前に何かを放り投げた。



「これを見てしまった以上、フィス君の言っている事が嘘だとも言い切れない」



それは僕がセプトさんにあげた本。

日本語で書かれた一冊の本だった。



「この本はさ。この世界に存在していい本じゃない。紙の品質、僕の知らない均一な文字、精巧な挿絵。こんな本はどうあがいたってこの世界の人間に作れるわけが無いんだよ」

「そんなに凄い本なんですか?」



リティが本を手に取り、不思議そうな表情を浮かべながらペラペラと捲っていく。



「読めません。それも見たことも無い文字です」

「そのとおり。フィス君はこれを読めるんだよね?」

「はい。僕の世界の言葉で書いてありますから」



僕の言葉に反応するように、皆リティが持っている本を覗いていく。

別にそこまで変わった本ではないのだけど、この世界では存在しない本なのは間違いない。



「こんな証拠を揃えられたら、嘘だと簡単に否定することも出来ない。だから、あらゆる可能性を考えたよ。この本がどうしたら存在出来るのか、あり得ない選択肢も含めて全てを。そしたらひとつの可能性に気がついたよ」

「可能性?」

「うん。メリスの力を利用し、それを極限まで高めればそれに近い事は可能かもしれないねだ」

「メリス?!まさか、あのメリスですか?!」



リティは驚いた声を上げていた。


メリス?

どこかで聞いた事のある名前だ。

でも、全然思い出せない。



「その顔だとフィス君は知らないって感じかな。メリスは……そうだね。この世界を作った創造主の一つとでも言えばいいのかな」



創造主?

いまいちピンと来ないけど……



「フィスは覚えてないのですか?私を攫ったあのローブの男。あれはメリス教の信者だと」

「!!」



その言葉で思い出した。

あの男!

リティを攫った時に会ったあの男だ!!



「ディエスとか言ってた奴だ!!」



あの気味が悪く、胸糞悪い男。

あいつは確か自分の事をメリス教の信者だと名乗っていた!



「ん?良くわかんねぇけど、ディエスさんってフィスの知り合いだろ?だってフィスの事助けたじゃねぇか」

「えっ?!」



ルーチェがポツリと呟いた言葉。

それは到底信じられない内容だった。



「え?なんで?ていうか、どうしてルーチェがあの男の存在を知ってるの?!」



分からない。

初めて知る事ばっかりで、理解が追いつかない。



「あれ?俺言ってなかったけ?」

「聞いてないよ!なんでルーチェはディエスとかいう奴を”さん”づけで呼ぶのさ?会ったことも無いのに!」

「ん?会ったぞ?フィスを助けてくれた良い奴だった」

「なにそれ!」

「ちょっとその話、詳しく教えてくれるかな?」

「ああ、いいぞ」



セプトさんが僕の言葉を遮り、ルーチェに話を促す。



「どこから話せばいいかな?まずフィスが勝手に飛び出した所を話したら、ちょっとムカついてくるからそこは飛ばすぞ」



ルーチェは僕を睨み付けていた。

ごめんなさい……。

そのことに関しては、もう言い訳のしようが無いです。



「まぁ、いいか」



満足そうに頷いたルーチェは、僕の知らない事実をゆっくりと語っていく。

それは、信じられない内容だった。


ディエス。

リティを攫い僕らがここへ逃げてくるきっかけを作った男。


その男は僕の命を救っていた。


僕はトゥテレの街からリティを助け出した後、追っ手の盗賊達と戦った。

文字通り命を懸けて。


そして、僕は盗賊全員を殺す事は出来なかった。

全員を殺す前に僕の意識は途切れている。


目を覚ました後、僕はルーチェやリュンヌさんに助けれられたと思っていたけど、事実は違っていた。


あの男。

リティを攫ったディエスという男に、僕は助けられていたらしい。


僕が盗賊たちと戦うきったけを作った張本人の癖に……

まったく理由がわからない。

考えれば考えるほど、なんとも言えない悪寒に襲われるだけだった。



「フィス君はなにか思い当たる事はないかい?そのディエスとか言う男に関して」

「……特に、というか戦う原因を作ったのはあのディエスという男ですし」

「なんでもいいよ。少し気になった事や理解できない言動。本当に些細なことでもいいよ」

「わかりました、ちょっと待ってください」



あの日の出来事をゆっくりと思い出す。

あのディエスという男と会話し、なんか良く分からないことを言われて……それから……



「ああっ!そういえば!!」



そうだ!

絶対に忘れてはいけない事があった!



「僕が日本!!ああ、僕が住んでいた国の名前を知ってました!たぶん僕がこの世界の住人ではないことをあの男は知っていました!!」



全ての鍵はあいつじゃないか!

僕の事。それに日本の事を知る人間なんてこの世界にはいない!


リティは勿論、アィールさんやルーチェにだって国名までは教えてないんだから!!



「なるほどね。合点が言ったよ。間違いないね。君はメリス。もしくはその関連する何かから呼び出された。そう考えるのが自然だね」

「ディエスという男は、メリス教の信者だから……という事ですね」



分かった気がする。

この世界は僕の想像していた様な優しい世界なんかじゃない。


辛く、厳しい世界。

僕はこの世界に来たとき神様に呼び出されたとか都合のいい事を考えていたけど、それは根底から間違っていたんだ。


それも当たり前だ。

少なくても僕を呼んだ関係者は、リティを攫い人の命を道具の様に扱う人間なのだから。



「あのー、説明して頂けると」

「ああ、ごめんごめん。そうだね。説明するよ」



リティが遠慮がちに声を上げる。



「まずフィス君は、何故そんなに魔力の器が大きいと思う?」

「器……ですか」



話が突然変わった。

今までの流れとまったく関係ない話だ。



「ごめんなさい。分からないです」



理由なんて分からない。

セネクスさんから器が大きいとは聞いていたけど、その理由なんて聞いたことも不思議に思った事すらない。



「じゃあ説明するね。まず魔力というのは、本来人が持ちえる力ではないんだよ。無から有を生み出すなんて行為は、本来創造主しか持ち得ない力だ」

「でも、感情を持つ生物なら誰でもって……」



亜人達の長。セプトさんの言うことは僕の知識と根底から違う。


セネクスさんは言っていた。

感情を持つ生き物なら誰でも魔法が扱えるって。



「君達の中ではそうみたいだね。確かに道理はある。全ての生物は創造主から作られた物だからね。うん……昔話をしようか。君達の生まれる遥か前の話だ」



そう前置きをして、セプトさんが語っていく。



「この世界は4つの異なる力から生み出された存在なんだ」



それは僕の知らない神話の様な内容だった。


この世界の生物。

大地や海、この世界の全ては、4つの力から作られ、様々な進化を遂げ、色々な環境に順応していった。


水中や土中で生きる生物。

炎の中や氷のを寝床とする生き物。


多種多様な変化を遂げていったらしい。

その中でも、特別な進化を遂げたのが人だった。


人はその4つの力を神や創造主と呼び崇めた。

そして、他の生き物とは違い、生を楽しむ為に色々な文化を生み出し、人同士の争いこそあれ、それを糧にさらに進化していった。


それを4つの力。

神々や創造主と崇められた存在はとても喜んだらしい。

その中でも、エンスと呼ばれた神は人の進化を心より喜び、人だけにほかの生物には無い、様々な知識と力を与えた。


始めこそ、その祝福を人は感謝し受け入れた。

ただ、その感謝は時と共に薄れ、徐々に異型の物へと姿を変えていった。


人は、神によって与えられた力に感謝する所か神の力を妬み、嫉妬し始めた。


なぜ神だけが人智を超えた力を行使できるのか。

なぜ我々には出来ないのか?と


当然その不満の矛先は、エンスへと向かい人は要求する。


神々の力を人にも与えるべきだ!と。


当然、エンスはその要求を断った。

エンスや他の神が求めたのは、自発的な進化、成長であったから。


すると、人の不満は爆発した。

人はその神の力を得る為に、エンスを殺し、その肉体を啄ばんだ。


そして人は神の力を手に入れた。

それが、魔法の誕生。


人の領分をはるかに越えた力。

そんな力を一部の人間が手に入れた結果。

今度はその力を巡り、世界を巻き込んだ凄惨な争いが始まった。


あまりにも愚かな人の行為。

その様子に一人の神が本気で激怒した。

それが4神の一人。メリス。


人のあまりにも恩知らずな行為と身勝手さに激怒し、こう結論づけた。

人など生きる価値は無い、淘汰されるべきだと。


それからメリスは人に戦いを挑み、そして人は抵抗らしい抵抗すら出来ず死んでいった。

いくらエンスの肉体を啄ばんだ人とはいえ、所詮人。


世界を創った力でもある神にかなう訳が無く、人は各地に逃げ、散らばりメリスの怒りが静まるのを待った。


ただ、幾ら時を重ねてもメリスの怒りは、収まらなかった。

各地に散らばった人を追いかけては、殲滅し、それをひたすら繰り返した。


だが、人も最後の抵抗としぶとく生きながらえた。


そこで、メリスは悟った。

いくら強大な力を持っていても一つの力では限界がある。

このままでは、人を殲滅する事は出来ないと。


そこでメリスは自らの肉体を沢山の生き物へと変えた。

それが、魔物の始まり。


特にメリスの心臓を分け与えられた魔物は特別な力を与えられた。

鋼の肉体と巨躯を持った”魔神”。

そして、特別な力を持ちながら、人と変わらない容姿を持つ”魔人”


その効果はすさまじく、各地に散らばった人を絶滅の一歩手前まで追い込んだ。

ただ、追い詰められた人は強かった。


全ての柵を超え、団結し、人は自らの存亡をかけて魔物と戦った。

それが……



「魔神戦争」



リティが呟く。

僕は知らないけど、ここにいる皆は知っているようだった。



「そうだね。その結果はもう知っているでしょ?」

「……はい。多大な犠牲を払い、人は紙一重の差で勝利したと聞いています」

「そうだね。それは間違っていないよ。人は勝ち、メリスの魂は封印された。でも、それは人だけの力じゃない魔人の裏切りもあったからね」



皆黙ってしまう。

僕もそうだ。


神とか魔人とか言われても、正直全然実感が湧かない。



「でも、どうして僕は魔法を?今の話だと……魔法は……その創造主を食べた人しか使えないって」

「それが人の凄い所さ。体内に眠る創造神の力。すなわち創造主が創った感情という力を魔法の根源とすることで。その神の肉体を啄ばんでいない人にも力を行使できるようにしたんだよ。確かに道理には叶う。こういう部分に関しての人の発想と知恵は本当に凄いね」



セプトさんは頷き感心していた。

それは演技などではなく、心の底からの感情に見えた。



「ただ、感情というは鍛えるのが難しい。子供の頃にしか鍛えられない上に、より様々な喜怒哀楽を経験し、手ごろな困難を潜り抜け、心の底から幸せに暮らさない限り器は大きくならない。この世界ではそれを得るのは本当に難しい。だから、フィス君なのさ」

「僕?ですか?」

「うん。君のように小さい頃から幸せな時間を過ごしてきた人間は魔力の器がとても大きい。そして、それを欲し、望んでいる人物がいるという事だね」

「望んでいる?」

「私の想像でしかないけどね、メリスの封印を解こうとしてるんだよ。もっと具体的に言えば、メリスの魂を定着させる為の器だね」

「器?」

「そう、神の魂はとてつも無く大きい。それを人の体に入れればすぐに死んでしまう。だけど、フィス君は違う。溢れる魔力を体に入れても生きていられるからね」



凄い。

全然、想像すらしなかった事をセプトさんは語っていく。



「でも、どうしてセプトさんはそんなに詳しいのです?」

「わからない?私も、創造主の一人だよ」



絶句してしまった。

神とか創造主と崇められるべき存在。


本物が目の前にいる。

普通なら信じられない。


でも、龍を一撃で従わせたり、体力は勿論気力までも完全に回復させるような真似が出来るのは神や創造主位しか考えられない。



「僕はもう既に魂だけの存在さ、この体は適当に作った入れ物にすぎないからね。行使できる力なんて殆どない。僕の肉体はここにいる皆に変換済さ」

「じゃあ、亜人って……」

「僕の肉体を使って再現した人さ。僕一人の力では人を一から作り上げる事なんて出来ないからね。僕の肉体から作られた人ならざる人。亜人だね」



僕は人が好きだからね。とセプトさんは笑って言う。

なんだか、その一言に救われる気がした。



「ちなみに、最後の創造主であるオデンスも肉体を4対の龍へと変えているよ。今日戦った龍もその一体だね。肉体の濃度もあって。今じゃもっとも創造主に近しい強さを持つね。まぁ魂は別だからあくまで肉体の強度という点だけにおいてだけどね」



創造主という存在がどれだけ強いのかすら想像が付かない。

肉体だけの強さあの龍の4倍。


信じられない強さだ。



「一つ聞きたい。邪神をディエスとかいう男達は何故復活させようとうする?」



今まで黙っていたリュンヌさんがポツリと呟く。



「それが不思議さ。僕にも分からない。自分達を滅ぼそうとする存在を復活させるなんて普通じゃない。だからこそ、人の考えることは面白い」

「なら、質問を変えよう。どうすればメリスは復活する?」

「彼女の司る力。まぁ、感情といえば分かりやすいかな?それは愛であり、また哀でもある」

「わかりにくいな」



凄いなリュンヌさん。

目の前にいるのは創造主の一人。


いわゆる神と呼ばれる存在なのに、少しも態度がかわらない。



「メリスの力の根源は愛し憎む力さ。世界を愛で満たすのは難しいけど、哀しみや憎しみで満たすのはそんなに難しくないでしょ?」

「なるほどな……それで戦争か、合点がいく」



え?今ので分かったの?

全然分からないんですけど……



「あの、どういう事ですか」



リティも分からなかったのか、遠慮がちに声を上げる。

ルーチェはただ神妙な顔で小さく頷いていた。


いや、ルーチェも絶対分かって無いでしょ。



「簡単だ。リティ、お前が嵌められた事も、その前の戦いも全てはそのメリスを復活させる為に仕組まれた事。つまり茶番だ。戦争し、疲弊する。その傷も癒えないうちにまた戦争する。戦った当人は達はまだいい。だが、それに巻き込まれただけの大多数の人はどうなる?」

「……悲しみや怒り、そして憎しみが生まれます」

「そのとおりだ。特に今の時勢なら尚更だ」



リュンヌさんは平然と言い放つ。



「よくわからないですけど、戦争を起こすことがメリス教の目的という事ですか?」

「そうだ。最終目的は創造主の一人であるメリスを復活させる事だろうな。ただでさえ少ない頭なんだからしっかりと聞いておけ。屑が」



リュンヌさんは相変わらず僕に厳しい。

もうちょっと優しくしてくれても……



「気にすんな、アレも愛情だ」



ルーチェがそっと慰めてくれる。

やっぱり僕の味方はルーチェだけだよ。



「で、どうするだい?君達がそれを止めるの?」

「止める。といえば手伝ってくれるのか?」

「まさか。僕は基本的に人がやることには干渉しないよ。人が滅ぼうが関係はない。どんな結果であれ楽しく見させて貰うさ」

「人が好きなんじゃないのか?」

「それとこれとは話は別。目的に反することはしないよ」



セプトさんは、笑いながら首を竦める。

だんだんセプトさんの性格が分かってきた。


この人は自分の興味のある事にしか動かない。

そして、その興味は決して金や地位など世俗的な物には絶対に向かない。


ある意味これ以上ないくらい信頼出来て、また、絶対に頼ってはいけない人だ。



「ただ、フィス君には興味があるよ。いろんな話も聞きたいしね」



セプトさんは僕に向かって小さく手を振る。

なんか喜んでいいのか複雑だ。



「さて話は戻るけど、そのディエスという男。彼はフィス君を攫うチャンスがあったのに攫わなかった。これがどういう事か分かるかい?」

「……既に器は揃っている?」

「それだけなら、助ける意味は無いよ。必要の無いものをわざわざ助けるかい?」

「いや、無いな。だとしたら予備か?」

「かもしれないね。結論は出せないけど、フィス君は彼らにとって有益な存在である。それは間違いないという事だね」



リュンヌさんと亜人の長であるセプトさんの会話。

正直ついていけない。


僕の事なのに完全に部外者みたいだ。



「わからない。って顔してるね」



そんな僕の顔を見たセプトさんは小さく笑っていた。



「簡単に言うとね。君は何かの目的を叶える為に呼び出され、そして、まだディエスという男から狙われていると可能性が高いという事だよ」



説明されてもやっぱりよくわからない。

ただ、僕はいったい何の為にこの世界に呼び出されたのか

初めてその手がかりを得たような気がした。


僕は当初想像していたように祝福されてこの世界にやってきた。

……訳では無いことは間違い。


それだけは分かった。


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